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凄腕占い師に「私の運命の相手は誰ですか」と聞いたら、その答えだけいやに聞き取りづらい

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 王都で国に仕えている騎士団と魔術師団は、数々の限定サービスを受けられる。そのうちのひとつが『腕利きの魔術師に占いをしてもらえる』ことだ。


 その魔術師は王都の端の塔の中にいる。
 高い塔の最上階を根城にしている彼は、人間付き合いは殆どしていないようだ。
 だが、その魔術による占いは実によくに当たる。


 過去に王族も彼の占いによって災害を回避したことがあるらしい。
 だから多額の謝礼を払って、魔術師を宮仕えに留めるようにしているのだ。

 ちなみに、彼は魔術師団とは一緒に活動していない。時折行われる『占い』のサービスだけでどの団員よりもお給金を貰っているとの噂だ。



 魔術師は基本的に塔に閉じこもっているらしいが、占いは常時受け付けている訳ではない。気まぐれに『今日は占い可』の看板が塔の入り口の扉に掲げられるので、それが出ているときのみ占いをしてくれる。
 それを見た団員は、高い塔の最上階を目指す。ちなみに塔内部は階段しか無い。それでも昇る価値があると言われている。



 私、魔術師団の末席に名を連ねる魔術師ことマリーも、その占いをよく利用していた。


 +++


「魔術師様!」
「……マリーさん」


 私は塔の一番上まで階段で昇り、扉をノックした。
 中には魔術師様がいて、私の名前を呼んで扉を開ける。



 存外広い部屋の中は魔道具やら薬草やらでごちゃごちゃしているが、占いに使われるテーブル周辺は整頓されているようだ。

 魔術師様の座る椅子には瑠璃色のローブが掛けられている。魔術師にとってローブは魔力をブーストするものなので、占いをするときに使うのかなと最初は思ったものだが、彼がそれを使ったところは見たことが無かった。



 なお、魔術師様の本名を知る者は私の周りにはいない。


 以前に占ってもらいに行った騎士団員のひとりが、『魔術師様は名前は何というのですか』と質問をして、『私の名前を答える必要はありません。占いに必要なのは貴方の名前のみです』と一蹴されたらしい。 


 魔術師様は人間嫌いなのだ、いざとなれば王都から姿を消してスローライフを送るため、なるべく個人情報を握らせないようにしているのだろう、という噂がまことしやかに流れている。




(でも、私が関わった限りでは、魔術師様はそこまで人嫌いな感じはしないのよね……)



 最初に魔術師様のもとを尋ねたとき、『私に向いている仕事はなんですか』と占ってもらった。丁度その時魔術師団として任務に追いつくのが難しくなっていた頃で、真剣に仕事を辞めるべきか悩んでいたのだ。


 魔術師様は、『マリーさんには魔術師が一番合っています』と占ってくれた。


 それに加えて、魔術師様手ずから魔術の特訓もしてくれた。


 そこそこ長い時間二人きりで特訓した後で、このことは他の人には秘密ですよと言い含められた。占いを営む者として、守秘義務もばっちりなのだろう。


 そんなことがあって、私は魔術師様のことを信頼しているのだ。






「それで、今日は何の目的で来たのですか?」


「魔術師様。私の運命の相手を教えて欲しいんです」



 魔術師様の占いのお陰もあって、私の魔術の腕は上達した。魔術師団からも認めてもらっている。
 家族にそれを報告しに行ったところ、「よし、次は結婚だね」と言われてしまった。
 家族としては、仕事が安定したらその次は相手を見つけて欲しいと願っていたようだ。



 まあ、私だって運命の相手と巡り会えるものならそうしたいと思っている。
 という訳で魔術師様に聞きに来たのだ。


 魔術師様は眉間に皺を寄せて呟いた。


「運命の、相手……」
「あ、魔術師様といえど、わからない事はあるかもしれませんよね。そしたら……」
「いえ。相手を探してほしい、というのは占いでよく来る依頼です。場所や名前を当てるのは難しいことでは無いですね」
「そっ、そうなのですか」
「マリーさんの運命の相手は、あなたの近くにいますよ」
「えっ」



 思わず私は息を吞んだ。

 私は魔術師様に続けて質問をする。


「その人は王都にいるのですか?」

「はい」

「その人は、今現在結婚を前提にお付き合いをしても問題ない方ですか?」

「年齢的にも、財産的にも、社会が咎めるような相手ではないでしょうね。あと、とても強いです。どんな災いからも貴女を守ってくれるでしょう」

「そ、そうなんですか……。そんな相手が、私に……。 ……どうしよう、今のところ全然見当がついていないです」

「…………」

「魔術師様、ずばりその人の名前は何ですか?」






「…………%#_&、です」



「んっ?」



 私は、魔術師様の顔をじっと見た。

 少しうねった黒髪が目にかかっているが、鬱陶しがる様子もなく、無表情なままだ。つまりいつもの魔術師様と変わりない。



「……すみません、もう一度お願いします」



 私は恐る恐る魔術師様にお伺いを立てる。


 魔術師様は明朗快活な性格ではないが、先程まではもっと滑らかに話していたはず。

 今回の質問でだけ、いやにウィスパーボイスで、何を言われたかわからなかった。



 私の問いに、魔術師様は深くため息をつく。

「……そろそろ店じまいをする予定なんです。答えるのはこれで最後ですよ。%#_&です」
「…………」



 その答えを聞いた私は、どうしよう、と思った。
 二回目も聞き取れなかった。
 魔術師団の試験で古代言語のリスニングがわからなかったときの、あの絶望感を思い出す。


「……ありがとうございました!」


 私は内心の混乱を隠しつつ、魔術師様にお礼を言って塔を降りていった。




 +++


 三回目を聞くことは私には出来なかった。


 今はもう亡くなった私の父親が、『マリー、会話の中で二回聞いても聞き取れなかったときはね、もう聞き返してはいけないよ。相手が気難しい人の場合、聞き返しすぎると関係が悪化する可能性がある。続きの会話でなんとなく何を言っていたかを悟るようにするんだ』と社交のテクニックを言っていたのを思い出したのだ。


 もし私が魔術師様の機嫌を損ねてしまったら、私だけじゃなくて王都の宮仕えの人全てに影響が出る可能性がある。みんな魔術師様の占いを心待ちにしているからだ。だから詳しく聞くことは出来なかった。



 それに、魔術師様に頼らなくても、あそこまでヒントを出してもらえれば、運命の相手を特定出来るだろうと思ったのだ。



 だが、そううまくはいかなかった。


(魔術師団長のユリウス様……、でも彼はプレイボーイだし。二年目のハミル君……、でも彼にはいい感じの幼馴染みがいたって噂で聞いたわ。マレー様……、ゼクト様……、うーん。どの方も、運命の相手と確信出来るほど仲が良いかというと、わからない……)


 自宅のベッドの中で、私は頭の中でぐるぐる考える。


 一人でどう頭を捻っても、『運命の相手』が誰なのかがわからなかった。



 +++

 魔術師様のくれたヒントをもとに、私は新たな目標を立てるようにした。

『運命の相手を探すため、強くなる』ということだ。


 考えてみれば、魔術師様の占いでは、『運命の相手と私は既に会っている』とは言われていない。まだ会っていない可能性はある。


 魔術師様によると、私の運命の相手は『とても強い』そうだ。


 私の所属している魔術師団は、いくつか存在する団の中で、実力は中堅くらいなのである。まだまだ私が知り合っていない団員は沢山いるのだ。
 もっと腕を磨いて、上級の魔術師団に入れるようになれば、運命の相手とも出会えるかもしれない。


 などと、思っていたが。


(はやまっちゃった、かな……)


 強い魔物が多く出るが修行にもなると噂のスポットに行ったが、想像以上の手強さと数の多さで、私は追い詰められていた。魔力も尽きてしまったし、足も怪我してしまって、動けない。


(運命の相手なんて……私には……)


 弱った獲物を狩ろうと、魔物たちが一斉に攻撃態勢を取る。私は力なく目を瞑った。




「――え?」


 牙や爪の攻撃を覚悟していた私に、ふわりと被さるものがある。瑠璃色のローブだ。

 私を抱き留めた魔術師様は、そのまま無詠唱魔術で魔物を撃退した。






 魔術師様は怪我をしている私を背負い、そのままふわりと浮遊した。早く戻って治療したいから空を飛んで移動する、と彼は言った。


「マリーさんの場所を占ったら、強い魔物が出るエリアの方へ行ったと出たので、念のために後を追ったのです」

「……なんでそんな占いを……」

「日々の趣味です。占いをしないときも、貴女が近くの森に入ったりするのを、塔の上から見つめていました」


 魔術師様の塔の近くには森がある。私は薬草に使える植物の勉強のために、よく森へ一人で入っていた。


「ご存じ、だったのですか……」
「皆、私の占いだけを目当てに塔まで来る。占いの看板が出ていないとわかるやすぐに帰っていく。塔も森も不気味な場所だと噂されていることは知っていました。ですが、マリーさんは看板があがっていないときもよく森へ通ってくれた。気付けば、貴女から目を離せなくなっていました」


 魔術師様が私の耳元に口を寄せて囁いた。



「マリーさん、私と結婚を前提にお付き合いしてください。貴女のことがずっと好きでした。これからは占いだけでなく魔術師団に所属して働くようにするので、給料アップも見込めます。占い以外の時間でも、貴女の傍にいたいのです」


 魔術師様の告白に、私は頷いた。


 +++


「魔術師様……」


 塔に運ばれてベッドに寝かされ、治療を施された私は、魔術師様に質問した。



「貴方のお名前を、聞いてもよろしいでしょうか」
「名前……?」
「これからはお付き合いすることになるのだから、お名前でお呼びしたくて」
「ユリウスです」
「……えっ」


 魔術師様の答えを聞いて、私は目を瞬かせる。


「私には似合いませんか?」
「い、いえ!そんなことは……。ただ、あの……もっと複雑な名前なのかなと、勝手に思っていたので……」


 魔術師様が運命の相手を占ったとき、実は魔術師様自身の名前を言っていて、だからうまく聞き取れなかったのかなと思ったのだ。


 私がそう言うと、魔術師様は少々ばつの悪そうな表情をした。


「あの時、マリーさんと話していて思いました。まだ脈が無さそうだと。だからあの時に名乗り出るのはやめようと判断しました。それに……」

「なんですか?」

「魔術師団長もユリウスといいますよね」

「あ、はい。同名ですね」

「貴女に仮にユリウスとだけ伝えたとして、魔術師団長が運命の相手なんだと誤解して、あまつさえ喜びでもされたら、私が立ち直れないかなと思ったので」
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