上 下
35 / 58

35 無能王子と予想通りの聖女

しおりを挟む
*ルドヴィク視点*


王城サロンにて(男性の集まり)


「マテウス殿、聖女との婚約おめでとう……と言いたいところだが、今朝の出来事を聞いてからは、あまりおめでたいとは言い難いな…」
「本当に、申し訳ありませんでした」

早朝のチカ達との話し合いを終え、自室に戻って来ると、血相を変えて侍従がやって来て「何事だ?」と訊けば、聖女リリが騎士団の訓練場へ無許可でやって来たと言う。予想通りの行動をしてくれていた。おそらく、王太子マテウスが、朝の挨拶で不在だった時間を狙って行動したんだろう。とんだ女狐だ。聖女だとしても、あの女のどこが良いのか…理解に苦しむ。

「前の婚約者だった公爵令嬢は、今はどうしているんだ?彼女には一度しか会った事はないが、その時には既に立派な立ち居振る舞いだったと記憶しているが…」
「彼女─ジョセリンの事はお忘れ下さい。ジョセリンは…聖女であるリリを虐げていたのです。」
「あの令嬢が?本当に?ちゃんと調べたのか?」
「勿論。リリからも聞きましたし、リリの親友にも訊きました。」
「令嬢側には?」
「ジョセリンはあまり他人と行動する事がなく、訊けるような者がいませんでしたけど、ジョセリンがリリを虐めていたのを見たと言う者が居ましたから。」
「なら、令嬢は1人だったから“していない”と言う証拠が出て来なかったのだな?」
「それは────」

ーこの無能王子がー

偏りのある調査など、何の意味があるのか。公爵令嬢で王太子の婚約者となれば、蹴落としたいと思う者がどれ程居るのか。子供だけの話だけでは済まない。親も絡んで来る事もあり得る。実際のところ、親が絡んでいるから、王太子と言う身分でしかないのにも関わらず、公爵令嬢を国外追放する事ができたんだろう。
馬鹿な王太子に無知な聖女を結婚させ、国王となった後、無知な聖女では妃は務まらないとでも言って、我が娘を則妃にでも添えて、裏から国を牛耳ろうとでも思っているんだろう。オールデン神が選んだ聖女が居れば、貴族も国民も何も疑う事はないだろうから。

「あの聖女様の事は、しっかりと頼みますよ?」
「分かりました……」

ー少し、デストニアを調べさせるかー

少し顔色を悪くしたマテウス殿から離れて、私は他の参加者達への挨拶回りを進めた。






男性の集まりは、城内のサロンで開かれたが、女性の集まり─公爵夫人主催のお茶会は、庭園で開かれた。その庭園は、代々王妃が引き継いで行くのだが、ルドヴィクの母であった王妃が亡くなってからは、庭師が世話をしている。この庭園を、次は誰が引き継ぐ事になるのか…。今の社交の場では、その話で盛り上がっている。


庭園で行われていたお茶会も特に問題もなく、そろそろお開きに─と言う頃に、ルドヴィク国王が挨拶に来るとの知らせが入った。

やって来たルドヴィクは、時間もあまり無いからと、簡単に挨拶をした後、お茶会を主催した公爵夫人と共に、庭園を後にして行く来賓を見送る事にした。1人1人に挨拶をし、そして、最後に残っていたのは───

ーやっぱりこの女か……ー

最後に庭園を後にした来賓から少し間を空けてやって来たのは、聖女リリだった。ニコニコと笑顔を浮かべているその視線の先はルドヴィクではなく、ルドヴィクの後ろに控えているブラントだった。

「聖女様、どうしました?もう、他の皆さんはお帰りですよ?」
「ルドヴィク様、今日こそ、紹介してもらえませんか?」
「…………」

他国の国王の名前呼びに、失礼極まりない物言いに、私の横に立っている公爵夫人の顔がとんでもない事になっている。

「公爵夫人、今日はありがとう。ここは私に任せてもらって、夫人は下がって休んでくれ」
「……畏まりました。ですが…何かありましたら、直ぐにお呼び下さい。」

心配そうに私に視線を向け、聖女リリを一瞥した後、公爵夫人は城内へと入って行った。

「あの公爵夫人って方、失礼ではありませんか?何なのかしら?あの嫌な視線は!私が聖女だって、分かってないのかしら?」

ー嫌な視線なんだろうー

「それで、ルドヴィク様、後ろの方と挨拶をしても良いですか?」

チラッと叔父上に視線を向けると、叔父上が私の隣に並び立った。

「私はブラント=カールストンです。第一騎士団の副団長をしています」
「ブラント様。私は聖女リリです。挨拶ができて良かったです」

ニッコリと微笑む聖女リリ。この姿だけを見れば、なんとも可愛らしい女性だなと思う。
聖女ミズキと同じ、黒色の髪と瞳なのに、他の全てがミズキと違う聖女。

「あの…良ければ、私の部屋迄案内してもらえませんか?お城が広過ぎて…場所がよく分からなくて…」
「「「…………」」」

ー聖女リリの後ろに控えている侍女の顔が、青を通り越して白くなっているが、大丈夫か?ー

「分かりました。ご案内致しましょう」

と、叔父上は私が何か言うよりも先に、聖女リリの願いを受け入れた。

その時の笑顔は、何とも恐ろしい程の………笑顔だった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!

伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。 いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。 衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!! パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。  *表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*  ー(*)のマークはRシーンがあります。ー  少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。  ホットランキング 1位(2021.10.17)  ファンタジーランキング1位(2021.10.17)  小説ランキング 1位(2021.10.17)  ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。

お嬢様のために暴君に媚びを売ったら愛されました!

近藤アリス
恋愛
暴君と名高い第二王子ジェレマイアに、愛しのお嬢様が嫁ぐことに! どうにかしてお嬢様から興味を逸らすために、媚びを売ったら愛されて執着されちゃって…? 幼い頃、子爵家に拾われた主人公ビオラがお嬢様のためにジェレマイアに媚びを売り 後継者争い、聖女など色々な問題に巻き込まれていきますが 他人の健康状態と治療法が分かる特殊能力を持って、お嬢様のために頑張るお話です。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています ※完結しました!ありがとうございます!

あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
聖女ウリヤナは聖なる力を失った。心当たりはなんとなくある。求められるがまま、婚約者でありイングラム国の王太子であるクロヴィスと肌を重ねてしまったからだ。 「聖なる力を失った君とは結婚できない」クロヴィスは静かに言い放つ。そんな彼の隣に寄り添うのは、ウリヤナの友人であるコリーン。 聖なる力を失った彼女は、その日、婚約者と友人を失った――。 ※以前投稿した短編の長編です。予約投稿を失敗しないかぎり、完結まで毎日更新される予定。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

処理中です...