4 / 61
第1章ー前世ー
願い
しおりを挟む
“婚約解消できなかった”
その事実は、私の心を蝕んでいった。
ある日は元気に目覚め、食事もでき庭を散歩した。かと思えば、次の日には彼を思い出し体が震えてしまい、1日中布団に潜り込む。勿論、そんな日はまともに食事すらできない。ある日は涙が溢れて止まらない。そうして、毎日少しずつ心が擦り減って行く日々を過ごしていた。そんな中、時々ジョアンヌ様から手紙が送られて来た。
その内容は、どれも私を気遣うものだった。
ージョアンヌ様本人も、辛い筈なのにー
両親からもジョアンヌ様からも、あれからどうなったのか─ハッキリとは教えてもらっていないが、ジョアンヌ様は卒業後、予定通り王城へと住まいを移したと聞いたから、このまま第二王子と結婚する事になるのだろう。
ーそして…私も………ー
そう思うと、ゾッとした。予定通りにいけば、私も2年後には彼と結婚する事になる。もともと求めてはいなかった愛情は要らないけど、信頼関係すら、もう無理だ。会う事すら無理なのに。
父と母が話していたのを偶然耳にしてしまった。
私が倒れてから部屋に引き籠もるようになって今迄の間に、何度も彼が私の見舞いと称して会いにやって来ている事を。
「直接会って謝罪をしたい」
「元気かどうか、自分の目で見て確かめたい」
そんな彼を、父は赦す事はできず、邸の門を潜らせる事もなく追い返しているそうだ。
何の躊躇いもなく私を叩いたのに───
“私が子爵令嬢を苛めていた”
誰かから聞いたのか、または噂があり、それを鵜呑みにしたのか─。兎に角、彼は婚約者である私よりも“誰か”か“噂”を信じたのだ。
私は、あの時の目を……忘れる事なんてできない。
「一体…どうしたら良いの?」
******
その日は気分が良くて、庭にあるガゼボでお茶を飲みながら本を読んでいた。
「お待ち下さい!」
「そちらへ行かれては困ります!」
「──?」
邸の方から叫ぶような声が聞こえ、本に落としていた視線を上げて声のする方へと視線を向けると─
こちらへ向かって来る婚約者と、その彼を引き止めようと追って来ている使用人達の姿があった。
ヒュッ─と息を呑んだのと同時に、私の側に控えていた侍女が私を背中で隠し、2人の護衛が私達を守るように、更にその侍女の前に立ち塞がった。
「アドリーヌ、ずっと……会いたかったんだ!会って、謝りたくて!!お前達、そこをどくんだ!」
彼は、私の目の前に立っている護衛と侍女に食ってかかるように大声を上げる。侍女と護衛のお陰で彼の顔や目を見る事はないが、その大きな声が、とても恐ろしく耳に入って来る。そう思ってしまうと、もう駄目で──
「お嬢様!?」
カタカタと震え出した私を支えてくれる侍女。
「どうか!どうか!お引き取りを!!」
1人の護衛が彼の腕を掴んで門の方へと連れて行く。
「アドリーヌ!」
彼は、護衛に引き摺られるように歩きながら、ずっと私の名前を叫んでいたが、それすら………恐怖でしかなかった。
******
「────もう無理です…お願いです…」
「アドリーヌ………」
あれから半年経ったが、相変わらず婚約解消もできず、私の彼への恐怖心は増す一方だった。心もその分すり減ってしまい、普通の生活すら困難になって来た。このまま、心を壊して彼と結婚する意味はあるのだろうか?無いだろう。貴族としての最低限の責任である後継ぎを生む事が──できないのだから。
「お父様、お願いです。私を……侯爵家から除籍して…修道院に行かせて下さい。」
今迄も、何度か父にお願いした事だ。
私は彼が怖いだけで男性恐怖症にはなってはいないようだけど、なら他の男性となら結婚できるか?と訊かれれば───答えは“ノー”だ。もう、貴族としての責任は何一つ果たす事はできないだろう。ならば、両親や領民に迷惑を掛けたくはないから、侯爵家から除籍して縁を切り、修道院に身を預けたいと思ったのだ。そうすれば、彼も私を諦めてくれるだろう。
「アドリーヌ…除籍は……」
「お父様、お願いです。私を……開放して欲しいのです……」
「─っ!」
「これ以上は……無理なんです……ごめんなさい…」
「アドリーヌ!すまない!」
そう言いながら、父は私を優しく抱きしめてくれた。いつも私に優しかった父。温かった父。そんな父が、肩を震わせて泣いている。
「アドリーヌが謝る必要はない。私の方こそ……私の我儘で……お前を手放してやれなくて…すまなかった……」
「ふふっ──それこそ、お父様が謝る必要なんて…ありませんわ。私を……思っての事だったのでしょう?お父様……ありがとう…ございます……」
それが、私が“娘”として父と抱擁を交した最後となった。
その事実は、私の心を蝕んでいった。
ある日は元気に目覚め、食事もでき庭を散歩した。かと思えば、次の日には彼を思い出し体が震えてしまい、1日中布団に潜り込む。勿論、そんな日はまともに食事すらできない。ある日は涙が溢れて止まらない。そうして、毎日少しずつ心が擦り減って行く日々を過ごしていた。そんな中、時々ジョアンヌ様から手紙が送られて来た。
その内容は、どれも私を気遣うものだった。
ージョアンヌ様本人も、辛い筈なのにー
両親からもジョアンヌ様からも、あれからどうなったのか─ハッキリとは教えてもらっていないが、ジョアンヌ様は卒業後、予定通り王城へと住まいを移したと聞いたから、このまま第二王子と結婚する事になるのだろう。
ーそして…私も………ー
そう思うと、ゾッとした。予定通りにいけば、私も2年後には彼と結婚する事になる。もともと求めてはいなかった愛情は要らないけど、信頼関係すら、もう無理だ。会う事すら無理なのに。
父と母が話していたのを偶然耳にしてしまった。
私が倒れてから部屋に引き籠もるようになって今迄の間に、何度も彼が私の見舞いと称して会いにやって来ている事を。
「直接会って謝罪をしたい」
「元気かどうか、自分の目で見て確かめたい」
そんな彼を、父は赦す事はできず、邸の門を潜らせる事もなく追い返しているそうだ。
何の躊躇いもなく私を叩いたのに───
“私が子爵令嬢を苛めていた”
誰かから聞いたのか、または噂があり、それを鵜呑みにしたのか─。兎に角、彼は婚約者である私よりも“誰か”か“噂”を信じたのだ。
私は、あの時の目を……忘れる事なんてできない。
「一体…どうしたら良いの?」
******
その日は気分が良くて、庭にあるガゼボでお茶を飲みながら本を読んでいた。
「お待ち下さい!」
「そちらへ行かれては困ります!」
「──?」
邸の方から叫ぶような声が聞こえ、本に落としていた視線を上げて声のする方へと視線を向けると─
こちらへ向かって来る婚約者と、その彼を引き止めようと追って来ている使用人達の姿があった。
ヒュッ─と息を呑んだのと同時に、私の側に控えていた侍女が私を背中で隠し、2人の護衛が私達を守るように、更にその侍女の前に立ち塞がった。
「アドリーヌ、ずっと……会いたかったんだ!会って、謝りたくて!!お前達、そこをどくんだ!」
彼は、私の目の前に立っている護衛と侍女に食ってかかるように大声を上げる。侍女と護衛のお陰で彼の顔や目を見る事はないが、その大きな声が、とても恐ろしく耳に入って来る。そう思ってしまうと、もう駄目で──
「お嬢様!?」
カタカタと震え出した私を支えてくれる侍女。
「どうか!どうか!お引き取りを!!」
1人の護衛が彼の腕を掴んで門の方へと連れて行く。
「アドリーヌ!」
彼は、護衛に引き摺られるように歩きながら、ずっと私の名前を叫んでいたが、それすら………恐怖でしかなかった。
******
「────もう無理です…お願いです…」
「アドリーヌ………」
あれから半年経ったが、相変わらず婚約解消もできず、私の彼への恐怖心は増す一方だった。心もその分すり減ってしまい、普通の生活すら困難になって来た。このまま、心を壊して彼と結婚する意味はあるのだろうか?無いだろう。貴族としての最低限の責任である後継ぎを生む事が──できないのだから。
「お父様、お願いです。私を……侯爵家から除籍して…修道院に行かせて下さい。」
今迄も、何度か父にお願いした事だ。
私は彼が怖いだけで男性恐怖症にはなってはいないようだけど、なら他の男性となら結婚できるか?と訊かれれば───答えは“ノー”だ。もう、貴族としての責任は何一つ果たす事はできないだろう。ならば、両親や領民に迷惑を掛けたくはないから、侯爵家から除籍して縁を切り、修道院に身を預けたいと思ったのだ。そうすれば、彼も私を諦めてくれるだろう。
「アドリーヌ…除籍は……」
「お父様、お願いです。私を……開放して欲しいのです……」
「─っ!」
「これ以上は……無理なんです……ごめんなさい…」
「アドリーヌ!すまない!」
そう言いながら、父は私を優しく抱きしめてくれた。いつも私に優しかった父。温かった父。そんな父が、肩を震わせて泣いている。
「アドリーヌが謝る必要はない。私の方こそ……私の我儘で……お前を手放してやれなくて…すまなかった……」
「ふふっ──それこそ、お父様が謝る必要なんて…ありませんわ。私を……思っての事だったのでしょう?お父様……ありがとう…ございます……」
それが、私が“娘”として父と抱擁を交した最後となった。
37
お気に入りに追加
790
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます
かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~
【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】
奨励賞受賞
●聖女編●
いきなり召喚された上に、ババァ発言。
挙句、偽聖女だと。
確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。
だったら好きに生きさせてもらいます。
脱社畜!
ハッピースローライフ!
ご都合主義万歳!
ノリで生きて何が悪い!
●勇者編●
え?勇者?
うん?勇者?
そもそも召喚って何か知ってますか?
またやらかしたのかバカ王子ー!
●魔界編●
いきおくれって分かってるわー!
それよりも、クロを探しに魔界へ!
魔界という場所は……とてつもなかった
そしてクロはクロだった。
魔界でも見事になしてみせようスローライフ!
邪魔するなら排除します!
--------------
恋愛はスローペース
物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。
逆行転生した悪役令嬢だそうですけれど、反省なんてしてやりませんわ!
九重
恋愛
我儘で自分勝手な生き方をして処刑されたアマーリアは、時を遡り、幼い自分に逆行転生した。
しかし、彼女は、ここで反省できるような性格ではなかった。
アマーリアは、破滅を回避するために、自分を処刑した王子や聖女たちの方を変えてやろうと決意する。
これは、逆行転生した悪役令嬢が、まったく反省せずに、やりたい放題好き勝手に生きる物語。
ツイッターで先行して呟いています。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
巻き込まれではなかった、その先で…
みん
恋愛
10歳の頃に記憶を失った状態で倒れていた私も、今では25歳になった。そんなある日、職場の上司の奥さんから、知り合いの息子だと言うイケメンを紹介されたところから、私の運命が動き出した。
懐かしい光に包まれて向かわされた、その先は………??
❋相変わらずのゆるふわ&独自設定有りです。
❋主人公以外の他視点のお話もあります。
❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。すみません。
❋基本は1日1話の更新ですが、余裕がある時は2話投稿する事もあります。
【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました
三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。
助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい…
神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた!
しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった!
攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。
ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい…
知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず…
注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。
二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる