176 / 203
第七章ー隣国ー
ゼンの帰郷
しおりを挟む*時間は少し遡って、ハル達が隣国へと転移して数時間後のパルヴァン邸にて*
「あぁ─無事に…帰って来れたんだな?」
『よく、のうのうと帰って来れたもんだな?』
と、副声音が聞こえた。
「…只今…戻りました。」
何となく予想はしていた。きっと、俺の帰りを待ちわびているのは─シルヴィア様だろうと。そのシルヴィア様の横で、グレン様が苦笑している。
「ゼン─。時間が空いたら…先ずは…話を聞こうか?それからだな?」
と、シルヴィア様が小首を傾げている。やはり、シルヴィア様は─俺に…静かに…キレているようだ。
「言葉が通じなくなった?」
一緒に連れ帰って来たカオル=ミヤシタをルナとリディに任せ、俺はグレン様とシルヴィア様と共に執務室にやって来た。
あの隣国の魔法使いが、クズに魔力封じの枷を嵌め拘束した後も普通に会話はできていた。だが、魔法使いが隣国に帰ってから2日程経った日、急にクズと言葉が通じなくなった。それからはずっと、何処の国の言葉か分からない言葉で叫んでいる。
魔導師長がステータスを確認してみると、既にクズは“聖女”ではなくなっていた。聖女として召喚されたにも関わらず、聖女の務めを一切果たさなかった。僅かにあった聖女の力が無くなり─そのせいで、言葉が通じなくなったのではないかと。
そのせいもあり、クズの調査や事後処理がなかなか進まず、パルヴァンに帰って来るのに思った以上の時間が掛かったのだ。
「丁度良かったんじゃないのか?どうせ、その娘は、リュウとやらが元の世界に送り返すのだろう?」
「はい。隣国の穢れがある程度落ち着いてから─になるので、いつになるかは分かりませんが…。」
穢れを完璧に祓えるのは聖女だけだ。魔法使いだからと言って、そう簡単にはいかないだろう。あのクズがこの国─この世界から居なくなるのは、いつになる事やら…と、げんなりする俺とは違い、何故かグレン様とシルヴィア様はそれ程キレていない様に見える。
ー何故だ?ー
いや、実際、シルヴィア様は、俺の失態にはキレている。
しかし─
“ハル様が、自分の世界に還った”
ハル様にとっては良い事なのかもしれないが、俺にとっては…心に大きな穴が空いた様な感覚だ。勝手に娘の様に見守っていた。その娘が、自分の手の届かないところに行ってしまったのだ。しかも─俺たちに不信感を抱いたまま─。
「ゼンは…かなり堪えているようだな?」
「はっ。当たり前じゃないのか?自分の失態でもあるのだから。かと言って、ここではまだ教えてはやらないけどね?」
と、グレン様とシルヴィア様が、何やらコソコソ話をしていたが、考え事をしていた俺の耳には、何も入っては来なかった。
「あの言葉、ハル様の世界の言葉ですね。」
「ルナとリディは、クズが何を言っているのか解るのか?」
「いえ─。ハル様からいくつか教えて頂いた単語があったので…そうだろうと思っただけで、何を言っているのかまでは解りません。」
おそらく、“この枷を外せ”とか、“私は聖女よ!?”とか─文句しか言っていないのだろうが…ギャアギャアと煩くてかなわない。本当に…イライラするな─。
「口も塞ぐか?いや─縫った方が早いか?」
「ゼンさん、少し落ち着きましょう─。」
ーそんな事したら、ハル様が倒れるからー
とは、まだ口に出して言わないけど─と、ルナとリディは心の中で囁いた。
「そう言えば…ティモスはどうした?」
パルヴァンの森の状況を確認しようと思い、ティモスを呼ぼうかと思ったが、パルヴァンの邸に帰って来てから、一度もティモスを見掛けていない事に気が付いた。
ー森にでも行っているのだろうか?ー
「あー…ティモスは…今日は休みの日で…街にでも行ってるんじゃないでしょうか?」
と、私にお茶を持って来てくれた侍女が、何となく言いにくそうに言って来た。
?休みなら仕方無いか─。
森にはまだ穢れは出ていないと思うが、隣国の状態がアレなら、いつ影響を受けてもおかしくないだろう。
隣国に行ったエディオル様から、届く報告によると、穢れはまだ辺境地で収まっているとの事だった。ただ、辺境地と言う事は、隣接している国にも影響が出る可能性があると言う事だ。隣国と接している国は、我が国を合わせて三ヶ国ある。その三ヶ国の王達は、今回の隣国の王の穢れに対する対応に関して抗議文を送る事にしたそうだ。それでも動かなければ─いや、動いたとしても─
「一波乱…あるだろうな。」
ーん?そう言えば…エディオル様からの報告も、今日は来ていないなー
エディオル様は、王城とパルヴァンには報告書を飛ばしてしるのだが…
「何事も無ければ良いが…」
ハル様が居なくなった事で、自分を見失うような事にならなければいいが─。
ー他人の事も…言ってられないな…ー
気持ちを切り替えるように、俺は頭を軽く振ってから、自室を後にした。
49
お気に入りに追加
2,307
あなたにおすすめの小説
【完結】あなただけが特別ではない
仲村 嘉高
恋愛
お飾りの王妃が自室の窓から飛び降りた。
目覚めたら、死を選んだ原因の王子と初めて会ったお茶会の日だった。
王子との婚約を回避しようと頑張るが、なぜか周りの様子が前回と違い……?
私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。
火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。
しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。
数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。
かわりに王妃になってくれる優しい妹を育てた戦略家の姉
菜っぱ
恋愛
貴族学校卒業の日に第一王子から婚約破棄を言い渡されたエンブレンは、何も言わずに会場を去った。
気品高い貴族の娘であるエンブレンが、なんの文句も言わずに去っていく姿はあまりにも清々しく、その姿に違和感を覚える第一王子だが、早く愛する人と婚姻を結ぼうと急いで王が婚姻時に使う契約の間へ向かう。
姉から婚約者の座を奪った妹のアンジュッテは、嫌な予感を覚えるが……。
全てが計画通り。賢い姉による、生贄仕立て上げ逃亡劇。
婚約破棄計画から始まる関係〜引きこもり女伯爵は王子の付き人に溺愛される〜
香木あかり
恋愛
「僕と婚約して、《婚約破棄されて》くれませんか?」
「へ?」
クリスティーナはとある事情からひっそりと引きこもる女伯爵だ。
その彼女のもとに来たのは、『婚約破棄されてくれ』という不思議な依頼だった。
依頼主のヘンリー・カスティルは、皆から親しまれる完璧な伯爵子息。でもクリスティーナの前では色んな面を見せ……。
「なるべく僕から離れないで、僕だけを見ていてくれますか?」
「貴女を離したくない」
「もう逃げないでください」
偽物の関係なのに、なぜか溺愛されることに……。
(優しくしないで……余計に好きになってしまう)
クリスティーナはいつしかヘンリーが好きになってしまう。でも相手は偽の婚約者。幸せになれないと気持ちに蓋をする。
それなのに……
「もう遠慮はしませんからね」
グイグイと距離を詰めてくるヘンリー。
婚約破棄計画の結末は……?
あなたはその人が好きなんですね。なら離婚しましょうか。
水垣するめ
恋愛
お互い望まぬ政略結婚だった。
主人公エミリアは貴族の義務として割り切っていた。
しかし、アルバート王にはすでに想いを寄せる女性がいた。
そしてアルバートはエミリアを虐げ始めた。
無実のエミリアを虐げることを、周りの貴族はどう捉えるかは考えずに。
気づいた時にはもう手遅れだった。
アルバートは王の座から退かざるを得なくなり──。
【完結】妹?義妹ですらありませんけど?~王子様とは婚約破棄して世界中の美味しいものが食べたいですわ~
佳
恋愛
エリシャ・エストルムが婚約しているのはジャービー国の第二王子ギース。
ギースには、婚約者を差し置いて仲の良い女性がいる。
それはピオミルという女性なのだがーー
「ピオミル・エストルムです」
「……エストルム?」
「お姉様!」
「だから、あなたの姉ではーー」
シュトルポジウム侯爵であるシュナイダー・エストルムが連れてきた親子、母パニラと娘ピオミル。
エリシャを姉と呼びエストルム姓を名乗るピオミルだが、パニラは後妻でもないしピオミルは隠し子でも養女でもない。
国教の危険地域を渡り歩くポジウム侯爵は、亡き妻にそっくりなエリシャと顔を合わせるのがつらいといってエストルム邸には帰らない。
いったい、この親子はなんなのか……周りの一同は首を傾げるばかりだった。
--------------------------------------
※軽い気持ちでバーっと読んでくださいね。
※設定は独自のものなので、いろいろおかしいと思われるところがあるかもしれませんが、あたたか~い目で見てくださいませ。
※作者の妄想異世界です。
※敬語とか?尊敬語とか?おかしいところは目をつぶってください。
※似たりよったり異世界令嬢物語ですが完全オリジナルです。
※酷評に耐性がないのでコメントは際限まで温めてからお願いします。
2023年11月18日 完結
ありがとうございました。
第二章は構想はありますがまだ書いていないので、すぐに更新はされません。
書けたらUPします!
感想たくさんありがとうございました。
ジャデリアが話していた相手がだれかというご質問が多かったですが、そこは想像してほしいので明記していません。ヒントは結構前の話にあります。
完結してから読む派のかたもいらっしゃいますので、ぼかしておきます。
本当に、たくさんの感想、ありがとうございました!
【完結】4人の令嬢とその婚約者達
cc.
恋愛
仲の良い4人の令嬢には、それぞれ幼い頃から決められた婚約者がいた。
優れた才能を持つ婚約者達は、騎士団に入り活躍をみせると、その評判は瞬く間に広まっていく。
年に、数回だけ行われる婚約者との交流も活躍すればする程、回数は減り気がつけばもう数年以上もお互い顔を合わせていなかった。
そんな中、4人の令嬢が街にお忍びで遊びに来たある日…
有名な娼館の前で話している男女数組を見かける。
真昼間から、騎士団の制服で娼館に来ているなんて…
呆れていると、そのうちの1人…
いや、もう1人…
あれ、あと2人も…
まさかの、自分たちの婚約者であった。
貴方達が、好き勝手するならば、私達も自由に生きたい!
そう決意した4人の令嬢の、我慢をやめたお話である。
*20話完結予定です。
令嬢は大公に溺愛され過ぎている。
ユウ
恋愛
婚約者を妹に奪われた伯爵家令嬢のアレーシャ。
我儘で世間知らずの義妹は何もかも姉から奪い婚約者までも奪ってしまった。
侯爵家は見目麗しく華やかな妹を望み捨てられてしまう。
そんな中宮廷では英雄と謳われた大公殿下のお妃選びが囁かれる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる