初恋の還る路

みん

文字の大きさ
上 下
37 / 105
第一章

カーンハイル公爵邸

しおりを挟む
夜会の途中で、ミシュエルリーナと一緒に帰路に就いた筈のゼスが、真っ青な顔をして早馬で王宮に居るレイナイト侯爵の元に戻って来た。ゼスが、レイナイト侯爵の耳元で何かを告げると、普段無表情である侯爵の顔が歪んだ。

「エルライン、ルティウス殿、緊急事態が起きたので私は先に帰る。お前達は、今から控室に居るキャスリーンの所に行き、今日はカーンハイル邸に行ってくれ。カーンハイル公爵殿には、私の方から説明しておく。」

「お父様、何か…お義姉様に何かあったのですか?」

エルラインが、不安気に父である侯爵に問う。

「…エルライン。こちらが落ち着いたら説明する。今は時間がないから、さっき言った通りにしなさい。いいね?」

「…分かり…ました…。」

普段はあまり表情を表に出さない侯爵が、少し顔色を悪く焦っている様子に、周りに居る者達も何があったのかと、遠巻きながら見ていた。

そこからのレイナイト侯爵の動きは早かった。急ぎ足で国王陛下に事情を説明しに行き、その間に執事であるゼスがカーンハイル公爵に事情を説明し、エルラインとキャスリーンの事をお願いしていた。そして、2人はそのまま急ぎ足で会場を後にした。

会場は騒然となったが、国王陛下が場を仕切り直し、また穏やかなムードに戻り、予定通りパーティーは続いたのである。




控室に居て、会場で起こった事を全く知らないキャスリーンだったが、エルラインとルティウスと一緒にやって来たカーンハイル公爵から、今日は我が家で過ごして貰うと言われ、4人でカーンハイル家に向かった。

何が起こったのか。カーンハイル公爵は、レイナイト侯爵から聞いているのか、顔色が悪い。ルティウスが何があったのか?と訊いても

「…私の口から言うのは止めておく。」

と言ったきり、黙り込んでしまった。

その様子に、エルラインは更に怖くなった。義姉であるミシュエルリーナに何かあったのかもしれないと。しかも、最悪な事態にー。涙が出そうになるのも、手が震えるのも必死に耐えた。その様子に気付いたルティウスは、そっとエルラインの手を握った。




カーンハイル公爵邸は、王宮から馬車で10分程の所にあり、急な来客有りの帰りだったが、流石は公爵家と言ったところか。公爵夫人を筆頭に4人の帰りをほぼ総出で出迎えた。

「今夜はゆっくり休んで欲しい。レイナイト侯爵殿から連絡があり次第、すぐに知らせよう。」

そう言って、カーンハイル公爵は自室へと下がり、キャスリーンとエルラインは各々客室へと案内された。

その日は、義姉の事が心配で、エルラインは寝る事ができなかった。

翌日、カーンハイル公爵と息子であるルティウスも王宮からの早馬があり、早朝より王宮に向かった。その日はカーンハイル公爵からもレイナイト侯爵からも何も連絡が入らず、キャスリーンとエルラインはもう1日カーンハイル公爵邸に泊まる事になった。



「明日、レイナイト侯爵家から、コーライル殿がカーンハイル公爵邸こちらに、2人を迎えに来るそうだ。」

その日の夜遅くに帰って来たカーンハイル公爵が、キャスリーンとエルラインに告げた。

「お義兄様が…ですか?」

「あぁ…。レイナイト侯爵殿は、まだ手が離せない状況でね。その代わりに、領地からこちらに出て来たコーライル殿が来るそうだ。」

たった1日だと言うのに、カーンハイル公爵は、疲労感が漂っていて、今にでも倒れそうな程顔色が悪い。
キャスリーンは、何も思う事が無いかのように公爵の話を聞いている。

「公爵様…まだ、何が起こっているのか、教えて頂けませんか?いえ…お義姉様に…何かあったのですか?」

エルラインは、震えそうになる体を抑え公爵に問い掛ける。

「エルライン嬢…」

カーンハイル公爵は、そう口にした後、苦しそうな顔をして黙り込む。

「すまない。明日、コーライル殿から聞いてくれ。」
 
その答えに、エルラインは、義姉に何かあったのだと悟った。カーンハイル公爵に否定して欲しかった。何が起こっているのか教えてもらえなくても、義姉は大丈夫なのだと言って欲しかったのに、義姉に最悪な事態が起こったと言う事が現実味を帯びたのだ。
そこから、エルラインは自分がどうやって自分に宛がわれた客室迄戻ったのか覚えていなかった。
この日も寝付けず、翌日はコーライルの迎えを待った。そして、そのコーライルは、お昼過ぎにカーンハイル公爵邸にやって来た。


「お義兄様!」

エルラインは、玄関でコーライルの到着を待ち、馬車から降りて来たコーライルの姿を確認すると、周りも気にせず走り出しコーライルに抱きついた。

「エルライン!?」

これには一緒に居たルティウスも、勿論コーライル自身も驚いた。

「お義兄様、お義姉様は…お義姉様は…大丈夫なのですか?ご無事なのですよね!?」

エルラインが、コーライルの服をギュッと握りしめ、コーライルを見上げながら問う。

「エルライン…」

コーライルは、何かに耐えるように眉間に皺を寄せて、でも優しい手つきでエルラインの手を握った。

「…ここでは落ち着いて話せないから…中に入れてもらおうか?」

そう言うと、公爵家の執事に案内され、応接室に入って行った。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

巻き込まれた異世界の聖女

みん
恋愛
【初恋の還る路】に出て来るミューの前世ー美幸ーの母のお話ですが、2話目は第三者視点で物語が進みます。 本編を読んでいなくても、この短編だけでも読めるようにはしています。 結婚して子供も生まれ、幸せいっぱいの棚橋美南。 ある日、家族3人で公園に遊びに来ていたら、美南だけがある女子高生の異世界召喚に巻き込まれてしまう。 何故美南が巻き込まれてしまったか、巻き込まれた後どうなったのか─。 タグにある通り悲恋です。美南的には、少し?だけ幸せが訪れます。 相変わらずの、ゆるふわ設定なので、優しい目で読んでもらえると幸いです。

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

修道院に行きたいんです

枝豆
恋愛
愛して全てを捧げたはずの王太子に新しい婚約者が出来た。 捨てられると思ったのに、いつまで経ってもその気配はない。 やばい、このままだと私がやばい。 もう死ぬしかない…そんな時に私の前に現れたのが、王太子の従兄弟だった。 「私があなたを自由にして差し上げましょう。」 悩みながらもレイチェルはその言葉を信じてその手を取ってしまった。

処理中です...