35 / 70
二章 変態的活用法
鏡
しおりを挟む
「さぁ、どうぞレントン男爵。おかけください。外で申し訳ないです、まだ家の内装が出来てませんで……」
リーンは、自宅の庭になる予定の原っぱにテーブルと椅子一式とお茶を用意させ、レントンと夫人のドゥーエを座らせた。
小さな白樺の丸テーブルの上には、四つのカップとお茶の入ったポットだけで一杯一杯だ。
主賓のリーンが一口カップに口を付けると、それに倣いレントンとドゥーエもカップを手にした。
「しかし、リーン殿が住むには、随分もこぢんまりした家ですな」
レントンは三角屋根になった二階建ての家を見上げる。
「アイか小さくて良いからと言うもので。僕としては、三階建てでも良かったのだけど。一階の広さはアイが妥協して、三階建てから二階建てには僕が妥協することで、この大きさになったのさ」
中央の入り口がある正面からは見えていないが、かなり奥行きのある造りになっており、アイの提案で侍女やメイドも同じ家で住める位には部屋数があった。
「まぁ、レントン男爵。完成したら、また来てください。良いものをお見せしますよ」
「ほほぅ……なんだね、それは?」
リーンはレントンの耳元でアイやドゥーエに聞こえないように耳打ちすると、レントン男爵とリーンは互いに顔を見合せ、「ぐふふ……」と笑いながらアイの顔を見てきた。
二人して何か企んでいるような含みのある顔に、「何よ?」とアイは怪訝な表情をする。
「さすが、先生。相変わらず斬新な発想をなさる」
レントンがリーンを先生と呼ぶことに、アイは意味が分からず首を傾げる。
「ああ、そうか。いやなに、リーン殿は我輩の先生でもあるのだ。初めて先生のお姿を拝見した時、我輩は、ビビっと来たのだ。なんて、恍惚な笑顔で縛られているのだと……」
真面目に聞いていたアイは、最後の最後で性癖の事と分かり、飲んでいたお茶を吹きそうになる。先ほどドゥーエが「同類」だと言っていた事がよくわかった。
「ど、ドゥーエ様も大変ですね。旦那様がこんなだと……」
「ドゥーエでいいですわ。アイリッシュ様。それに喜ぶ旦那様の顔が見れるのですから。むしろ、悶絶する表情をもっと見せて欲しいです」
(ダメだ……この人も同類だ。折角仲良くなれそうなのに……)
アイは早々に三人の会話に混ざるのを諦めたのであった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
「そう言えば、アイリッシュ殿、お怪我はもう……?」
「ええ、この通りピンピンしていますわ」
「一時は、危篤だの既に死亡されただの噂が流れていて心配していましたが、健康そうで何よりです」
「えっ!? 何よ、それ?」
アイはリーンを見るが、わざとらしく視線を逸らして合わせようとしないので、追及すると、確かにあの事件直後すぐに、そんな噂が流れていたと言う。
「失礼しちゃう。そう簡単に死ぬもんですか!? 大体誰よ、そんな噂流したの」
「多くの人が目撃しておりましたからな。誰が流したかは一概には……。恐らくアイリッシュ殿の後がまを狙っていた連中の一人かと。現にリーン殿の所には、是非妻にと、辺境伯へすり寄ろうという連中が来たのでは?」
そんな話は聞いていないと、アイから視線を送られリーンは観念したように話し始める。
「確かにね。でも、全部突っぱねたよ。僕の愛すべき婚約者はアイだけだってね」
「ちょ、もう……!! 何もこんな所で言わなくても」
アイは恥ずかしさのあまり、頬を赤く染める。どさくさ紛れにリーンがアイの肩を引き寄せ耳元で「本当だよ」と囁く。
アイは近寄るリーンの顔を引き離し、暑くなった顔を冷ますように手を団扇のように扇ぐのであった。
「し、しかし、そんな噂が直後に流れるなんて……」
「アイリッシュ殿、貴族間では良くあることですよ」
「私には貴族の機微なんて分からないわ。社交界にも全く出ないし」
「な、レントン男爵、今じゃ見ての通り元気なくらいさ。何せ自分の工房に立て籠って、貴族の付き合いなんて皆無なくらいだ。あ、そうだ。アイ、例の試作品、是非レントン男爵にも見せてあげなよ」
アイは「失礼します」とレントンとドゥーエに頭を下げて、一度退席すると、その足で工房へと入っていった。
数分くらい経過してアイが戻ってくるとレントンに持ってきたものを手渡す。受け取ったレントンは、ドゥーエと一緒にそれを見ると、あからさまに驚いた。
レントンの手には手のひらサイズの歪な円をした金属が。
「こ、これは鏡ですか!? いや、しかし、これ程綺麗に映るなど……」
「凄いですわね。濁りも全くないですわ。でも、これ、試作品なんですよね?」
アイは再び席に座るとコクリと頷く。
「まだまだ磨きが足りないのですわ。最適の薬品が中々見つからなくて……」
「いやぁ……これでも十分な気もしますが……」
レントン男爵は興味ありげに鏡の裏を見たり、ドゥーエに渡したあとも隣から覗くように見つめる。
「良ければ差し上げますわ。交流の証にでも。残念ながら手のひら程度の大きさですが」
「よろしいのか!? 良かったな、ドゥーエ」
「ええ。でも、この大きさでも結構ズッシリとした重みがあるのですね」
手のひらサイズとはいえ、この鏡は金属鏡で重いのは仕方のないこと。銅とスズの合金なのである。
「元々、銀引きで作りたかったのだけど、材料が足りなくて……仕方なく鋳物になってしまったのよね」
銀引きとは、温められたガラスの表面に硝酸銀を塗り、硝酸と銀と分ける方法。しかし、硝酸銀が手に入れることが出来ず、やむ無く所謂青銅鏡にするしかなかった。
アイの説明を受けても二人にはチンプンカンプンで、愛想笑いを見せるのみ。
また、やってしまったと反省するアイであった。
リーンは、自宅の庭になる予定の原っぱにテーブルと椅子一式とお茶を用意させ、レントンと夫人のドゥーエを座らせた。
小さな白樺の丸テーブルの上には、四つのカップとお茶の入ったポットだけで一杯一杯だ。
主賓のリーンが一口カップに口を付けると、それに倣いレントンとドゥーエもカップを手にした。
「しかし、リーン殿が住むには、随分もこぢんまりした家ですな」
レントンは三角屋根になった二階建ての家を見上げる。
「アイか小さくて良いからと言うもので。僕としては、三階建てでも良かったのだけど。一階の広さはアイが妥協して、三階建てから二階建てには僕が妥協することで、この大きさになったのさ」
中央の入り口がある正面からは見えていないが、かなり奥行きのある造りになっており、アイの提案で侍女やメイドも同じ家で住める位には部屋数があった。
「まぁ、レントン男爵。完成したら、また来てください。良いものをお見せしますよ」
「ほほぅ……なんだね、それは?」
リーンはレントンの耳元でアイやドゥーエに聞こえないように耳打ちすると、レントン男爵とリーンは互いに顔を見合せ、「ぐふふ……」と笑いながらアイの顔を見てきた。
二人して何か企んでいるような含みのある顔に、「何よ?」とアイは怪訝な表情をする。
「さすが、先生。相変わらず斬新な発想をなさる」
レントンがリーンを先生と呼ぶことに、アイは意味が分からず首を傾げる。
「ああ、そうか。いやなに、リーン殿は我輩の先生でもあるのだ。初めて先生のお姿を拝見した時、我輩は、ビビっと来たのだ。なんて、恍惚な笑顔で縛られているのだと……」
真面目に聞いていたアイは、最後の最後で性癖の事と分かり、飲んでいたお茶を吹きそうになる。先ほどドゥーエが「同類」だと言っていた事がよくわかった。
「ど、ドゥーエ様も大変ですね。旦那様がこんなだと……」
「ドゥーエでいいですわ。アイリッシュ様。それに喜ぶ旦那様の顔が見れるのですから。むしろ、悶絶する表情をもっと見せて欲しいです」
(ダメだ……この人も同類だ。折角仲良くなれそうなのに……)
アイは早々に三人の会話に混ざるのを諦めたのであった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
「そう言えば、アイリッシュ殿、お怪我はもう……?」
「ええ、この通りピンピンしていますわ」
「一時は、危篤だの既に死亡されただの噂が流れていて心配していましたが、健康そうで何よりです」
「えっ!? 何よ、それ?」
アイはリーンを見るが、わざとらしく視線を逸らして合わせようとしないので、追及すると、確かにあの事件直後すぐに、そんな噂が流れていたと言う。
「失礼しちゃう。そう簡単に死ぬもんですか!? 大体誰よ、そんな噂流したの」
「多くの人が目撃しておりましたからな。誰が流したかは一概には……。恐らくアイリッシュ殿の後がまを狙っていた連中の一人かと。現にリーン殿の所には、是非妻にと、辺境伯へすり寄ろうという連中が来たのでは?」
そんな話は聞いていないと、アイから視線を送られリーンは観念したように話し始める。
「確かにね。でも、全部突っぱねたよ。僕の愛すべき婚約者はアイだけだってね」
「ちょ、もう……!! 何もこんな所で言わなくても」
アイは恥ずかしさのあまり、頬を赤く染める。どさくさ紛れにリーンがアイの肩を引き寄せ耳元で「本当だよ」と囁く。
アイは近寄るリーンの顔を引き離し、暑くなった顔を冷ますように手を団扇のように扇ぐのであった。
「し、しかし、そんな噂が直後に流れるなんて……」
「アイリッシュ殿、貴族間では良くあることですよ」
「私には貴族の機微なんて分からないわ。社交界にも全く出ないし」
「な、レントン男爵、今じゃ見ての通り元気なくらいさ。何せ自分の工房に立て籠って、貴族の付き合いなんて皆無なくらいだ。あ、そうだ。アイ、例の試作品、是非レントン男爵にも見せてあげなよ」
アイは「失礼します」とレントンとドゥーエに頭を下げて、一度退席すると、その足で工房へと入っていった。
数分くらい経過してアイが戻ってくるとレントンに持ってきたものを手渡す。受け取ったレントンは、ドゥーエと一緒にそれを見ると、あからさまに驚いた。
レントンの手には手のひらサイズの歪な円をした金属が。
「こ、これは鏡ですか!? いや、しかし、これ程綺麗に映るなど……」
「凄いですわね。濁りも全くないですわ。でも、これ、試作品なんですよね?」
アイは再び席に座るとコクリと頷く。
「まだまだ磨きが足りないのですわ。最適の薬品が中々見つからなくて……」
「いやぁ……これでも十分な気もしますが……」
レントン男爵は興味ありげに鏡の裏を見たり、ドゥーエに渡したあとも隣から覗くように見つめる。
「良ければ差し上げますわ。交流の証にでも。残念ながら手のひら程度の大きさですが」
「よろしいのか!? 良かったな、ドゥーエ」
「ええ。でも、この大きさでも結構ズッシリとした重みがあるのですね」
手のひらサイズとはいえ、この鏡は金属鏡で重いのは仕方のないこと。銅とスズの合金なのである。
「元々、銀引きで作りたかったのだけど、材料が足りなくて……仕方なく鋳物になってしまったのよね」
銀引きとは、温められたガラスの表面に硝酸銀を塗り、硝酸と銀と分ける方法。しかし、硝酸銀が手に入れることが出来ず、やむ無く所謂青銅鏡にするしかなかった。
アイの説明を受けても二人にはチンプンカンプンで、愛想笑いを見せるのみ。
また、やってしまったと反省するアイであった。
0
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる