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一章 変態紳士登場

同衾

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 アイとリーンは部屋へ戻ると、扉の前にはゼロンが立っていた。ゼロンと共に部屋へと入るとリーンに向けて頭を下げ銀色の長い髪が垂れ下がる。

「リーン様、明朝出立の準備は整っております」
「ご苦労様。そういやアイに紹介がまだだったね。彼はゼロン。父の右腕であり、側近でもある」

 リーンに紹介されるとゼロンは、アイの前にひざまずき、アイの右手に親愛の情を示し軽くキスをする。

 しかし、ゼロンが立ち上がり、ふっと笑みを溢すのを見て、アイは誰かに似ていると、首を傾げた。

「リーン。彼って、結構慇懃無礼じゃない?」
「あはははは、よくわかったね。父には忠実だが、父以外の人間にはろくに話も聞きやしない。だって、コイツ、君が囚われているのを知っていて助けようともしないし」
「心外ですね。だから、居場所は部下に把握させていたじゃないですか」
「ほらね、こんな奴さ」

 やれやれと大袈裟に肩を竦めるリーンに対して笑みを全く崩さないゼロンを見ていたアイは、自分が危険な目に遭っていても動かなかった事に驚愕する。

「人の心が無いのかしら……」

 不思議とゼロンにゼファーが重なる。この二人を会わせてはならないと、アイは直感で感じ取るのであった。

「それで、公爵はどうでしたか?」

 上手く話を逸らすところまで似ていると、アイは思わず半目になりゼロンを見ていた。

「僕の直感では白だな。それに連中の捜査を始めてくれると約束してくれた。あとは成り行きだな」
「リーン様がそう仰られるなら、白なのでしょう。しかし、この公爵邸に情報を漏洩した者がいることは間違いありません。何せ私達があの小屋に向かっている事を知っているようでしたからな、連中は。ね、アイ様?」
「えっ? えぇ……そうね、多分」

 突然ゼロンに話を振られてアイは驚く。

(あなたに『アイ』って呼んでいい許可はしてないのだけれども……)

 一度返事を返してしまった以上、今後も自分を『アイ様』と呼ぶのは明白で、上手くゼロンの手のひらで転がされた気分になってくる。

「それでは、明朝起こしにきますので、私はこれで。お二人とも、今宵はゆっくり休んでください」

 ゼロンが出ていきパタンと扉が閉まると、アイはハッと自分の置かれた状況に気づく。

「ちょっと待って! 私もここで寝るの!? ベッド一つしかないのだけど!?」
「言ったはずだよ。僕から離れないようにって。当然、君を一人寝させる訳にはいかないよ。危険だからね」
「私にとっては、貴方も十分危険なんだけど! えっ、私の貞操、一難去ってまた一難ってやつ!?」

 リーンは、アイが言ったことわざがわからないのか、首を傾けるのだった。


◇◇◇◆◆◆◇◇◇


 命には変えられない、けれども自分の身は自分で守ると決意したアイは、ベッドの真ん中にクッションを並べて境界線を作る。

「ぜっ……たい! ここから入って来ないでね!」
「あはははは。アイは僕を信用していないのかい? だったら僕の提案を飲めばいいのに」
「嫌よ! 貴方の変態を改善したいのに、あんな提案、助長するだけじゃない!」

 頑として首を縦に振らないアイに、リーンはやれやれと肩を竦める。

「そんなに不安なら、簡単なことさ。僕を縛って動けなくしてしまえばいい。縄なら持って来ているよ」

 はい、と常備しているのか自分の荷物の中から縄を取り出したリーンにガックリと肩を落としたアイは呆れ気味に諦め、境界線を作ることで予防することに決めたのだった。

「寝ないのかい、アイ?」

 カーテンを閉め、真っ暗な部屋、既にベッドに入っていたリーンは手元に置いた魔晶ランプの明かりで読んでいた本から顔を上げる。リーンに釘を刺したものの、それでもやはり不安は拭えないのか、アイはベッドの足元で立っていた。

「あ、貴方が寝たら寝るわ」
「だから縛っておけばいいのに……」

 仕方ないと溜め息を吐いたリーンは、本を枕元に置き布団の中へと潜り込む。

「おやすみ、ランプの明かりは消しておいて」

 しばらく立っていたアイであったが、起きてくる気配のないことに安心して、ようやく就寝の準備に入る。

 借り物の上着を脱ぎ、スカートがストンと床に落ちる。一回、一回の動作にチラチラとリーンを確認しながら、アイは胸を支えるステイズを外す。シフトドレス一枚になったアイは、ブーツを脱ごうとしゃがみこむと、いつの間にかベッドの足元から顔を出して此方を見ていたリーンと目が合った。

「り、リーン……?」

 目を疑い、アイが確認のために声をかけるとウンウンと満足気に笑みを浮かべながら頷いた。

 アイは踵を返して、リーンの荷物を真っ暗な部屋の中、ごそごそと探り出す。再び戻って来たアイの手には、先ほどリーンが見せた縄があり、布団をガバッと剥ぎ取ると、リーンの体を縄でぐるぐる巻きにして、ベッドの下へと落とした。

「ふんっ!」

 そして、自分はブーツを乱雑に脱ぎ捨て、頭から布団を被って眠るのだった。
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