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第一章 最強の娘? いえいえ、娘が最強です
熊、熊、パニック
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俺達を取り囲む十数人の兵士達は、熊五郎を恐れてか槍を此方に向けながらも遠巻きのままで近づこうとはしない。
それでも熊五郎をサーシャ村に入れる訳には行かないと、なけなしの勇気を振り絞っているのだろう、引く様子は見られない。
「なんでだめなんです!?」
熊五郎の背に立ち、強く訴えるアリステリアには、友達が熊だからと馬鹿にされていると思っているに違いない。
躍起になって、何度も「大丈夫です」「大人しいです」と兵士に向かって訴え続ける。
失念していた俺も悪い。熊五郎に慣れすぎたところもある。それでもアリステリアにとって、友達であり兄弟なようなもの。俺は一人で前に出て、兵士に話をつけに向かう。
「娘の友達なのです。言うことをちゃんと聞きますし暴れもしません」
兵士の中でも特に上役らしい勲章のようなものを胸に付けていた人に話しかけた。
「ダメだ、ダメだ! あてになどならん!!」
上役の男の頭が固いのか、俺が柔らかすぎるのか。頑なに拒否して聞く耳を持とうとしない。ならばと俺は作戦を変えて、別の方向から攻める事にした。
「彼処に鳥がいる。何故鳥は良くて熊は駄目なのか?」
「はぁ? そんなもの鳥は危害を加えないだろうが!」
検問に並んでいた人達の中にいた肩にそれなりに大きな鳥を乗せた人を指差して質問するが、やはり此方が思った通りの答えを返してきた。
「何故、そう言いきれるのですか? 鳥もつついたりしますし、それが万が一目に入らない保証などないではないか。貴方が責任取るのだよな?」
ハッキリ言って只のイチャモンである。だが、俺も譲る気はない。熊五郎とは危うく生死を共にして分かち合った仲なのだから。
「いや、まぁ。責任と言われると……いやいやいや、でもダメだ。熊と鳥では危険が違い過ぎる。せめて首輪を……」
上役の男は早くも妥協案を出してきた。
しかし、熊五郎は飼い熊ではなく元々野生の熊。きっと首輪を嫌がるだろう。何より首輪一つ着けたところで、止められるのはアリステリアくらいのものだ。
俺には無理。
「彼処には犬もいます。犬は咬みますし、首輪もされていませんが?」
旅の一座だろうか、大きな荷馬車の横に結構な大型犬を二匹放し飼いにしている。旅には野生の魔物などに襲われたりもあるので、警戒の為に犬を連れていくのは良くある話である。
「いや、犬は言うことを聞くし……」
「つまり、それは言うことを聞くところをしっかりと見せれば入れてくれるという話だな?」
挑発するように俺はニヤリと笑って見せた。言うことを聞くところを見せて、かつ大人しい事を証明すればいい。
俺はアリステリアの元に向かい、こそこそと耳打ちする。
「わかったです」
熊五郎の背から降りたアリステリアは今度は熊五郎に耳打ちをする。
「それじゃ、大人しいところを見せるです! 熊五郎!!」
合図と共に熊五郎はその場で丸まり寝始める。ポカーンと口を開いた兵士達をよそに、アリステリアは丸まった熊五郎を持ち上げると宙に放り、また片手で受け止めた。
「ほら、熊五郎は大人しいです」
てくてくと熊五郎を片手に乗せ、上役の男に近づく。アリステリアと、恐れて退く上役の男の距離は一定を保っていた。
「ほら、大人しいですよ? もっと良く見るです!」
熊五郎を片手で抱えたまま、アリステリアは上役の男に向かって走り出す。驚いた上役の男は槍をその場に投げ捨てて背中を見せて逃げ出した。
一通り、そこいらの平原を追いかけ回して戻って来たアリステリアは、とても満足げな顔をしていた。
「楽しかったです!」
散々追いかけ回している内に、目的が完全に変わっていたようでアリステリアは黒い瞳を輝かす。
その一方で、生きた心地がしなかったのであろう上役の男の顔は真っ青になっていた。
「どうだろう? これでも大人しくないと?」
逃げ回り汗だくになった上役の男に声をかけたあと、わざとらしくアリステリアと熊五郎の方へ視線をやった。
「はぁ……はぁ、わ、分かった。許可はする。しかし、責任は取らんぞ」
また追い回されると思ったのだろうか、意外にあっさりと許可が降りた。
「隊長! いいのですか!?」
「ただし、最後に村長さんが許可をすればだ。おい、スアレスさんを呼んで来い」
「はっ! 直ちに!」
上役の男に命令されて、一人の兵士が村を取り囲む門の中へと入って行く。これで俺の目的は成したも同然だ。
実は村長のスアレスさんは、親父さんの知り合いでもあり俺も知っている数少ない仲だ。
方向性を変えたのは、彼を呼び出してもらうためでもあった。
「お久しぶりです、スアレスさん」
右足を引きずりながら杖を付く老人と俺は固く握手を交わす。
不自由な右足でも、一時間かけて徒歩でわざわざやって来てくれたことに感謝の意を伝えた。
以前会った時も薄かった頭は、すっかり無くなっており、それでも元気そうで何よりである。
「タツロウ殿だったのか、いきなり呼びつけられて驚いたぞい。しかも、なんだ……もう解決してしまったようだの」
スアレスは俺の背後の光景を見て、思わず目を細め目尻の皺を増やす。彼が来る一時間の間に熊五郎が大人しいと気づいた兵士達と打ち解けあっていた。
その中心はやはり、アリステリア。
兵士達は輪を作り、その中心でアリステリアが愛らしい笑顔を振り撒いてくるくると踊ってみせる。
その最中に、片手でくるくるとボールのように丸まった熊五郎を回すパフォーマンスに、拍手と喝采が飛ぶ。
「いいぞ、嬢ちゃん」
「つぎ、熊五郎のばんです!」
今度は交代して熊五郎がアリステリアを抱き抱えると、真上に放ってみせる。両腕を胸の辺りで折り畳みアリステリアは三回ほど回転してみせる。
落ちてきたアリステリアを受け止めた熊五郎と共に二人は、決めポーズを取ると、拍手が再び沸き起こる。
「もしかして、あのお嬢ちゃんは?」
「はい。娘のアリステリアです。そこで頼みがあるのですが……」
スアレスは首を横に振り俺の言葉を遮る。
「迎えに来た兵士から話は聞いておる。ワシが暫く一緒にいて住民に説明をしよう。それで良いか?」
「ありがとうございます! アリス、熊五郎! 来なさい!!」
二人を呼び寄せるとスアレスに礼を言わせる。
アリスが、きちんと麦わら帽子を脱ぎ、前に抱えてお辞儀をすると、それに倣うように立ち上がった熊五郎がペコリと頭だけを動かした。
熊五郎の威圧感にスアレスは苦笑いを浮かべていたが。
「ありがとです。おじいちゃん」
「ほほ、なんとも礼儀正しい」
アリステリアが上目遣いでスアレスに笑顔を見せると、スアレスの鼻の下がのびた。まさしく孫娘に甘いお爺ちゃんのような顔になる。
「それではワシについて来るんじゃな。……そうそう、宿は取れんだろうから、ワシの家に来るがええ。流石に他の客もおるのでな」
「スアレスさん、感謝します」
足の悪いスアレスが先に門をくぐり抜けたあと、俺達も続く。一斉に村の住人から視線を向けられて、空気が一変する。
しかし、アリステリアは初めて見る大勢の人に目をキラキラと輝かせるのであった。
それでも熊五郎をサーシャ村に入れる訳には行かないと、なけなしの勇気を振り絞っているのだろう、引く様子は見られない。
「なんでだめなんです!?」
熊五郎の背に立ち、強く訴えるアリステリアには、友達が熊だからと馬鹿にされていると思っているに違いない。
躍起になって、何度も「大丈夫です」「大人しいです」と兵士に向かって訴え続ける。
失念していた俺も悪い。熊五郎に慣れすぎたところもある。それでもアリステリアにとって、友達であり兄弟なようなもの。俺は一人で前に出て、兵士に話をつけに向かう。
「娘の友達なのです。言うことをちゃんと聞きますし暴れもしません」
兵士の中でも特に上役らしい勲章のようなものを胸に付けていた人に話しかけた。
「ダメだ、ダメだ! あてになどならん!!」
上役の男の頭が固いのか、俺が柔らかすぎるのか。頑なに拒否して聞く耳を持とうとしない。ならばと俺は作戦を変えて、別の方向から攻める事にした。
「彼処に鳥がいる。何故鳥は良くて熊は駄目なのか?」
「はぁ? そんなもの鳥は危害を加えないだろうが!」
検問に並んでいた人達の中にいた肩にそれなりに大きな鳥を乗せた人を指差して質問するが、やはり此方が思った通りの答えを返してきた。
「何故、そう言いきれるのですか? 鳥もつついたりしますし、それが万が一目に入らない保証などないではないか。貴方が責任取るのだよな?」
ハッキリ言って只のイチャモンである。だが、俺も譲る気はない。熊五郎とは危うく生死を共にして分かち合った仲なのだから。
「いや、まぁ。責任と言われると……いやいやいや、でもダメだ。熊と鳥では危険が違い過ぎる。せめて首輪を……」
上役の男は早くも妥協案を出してきた。
しかし、熊五郎は飼い熊ではなく元々野生の熊。きっと首輪を嫌がるだろう。何より首輪一つ着けたところで、止められるのはアリステリアくらいのものだ。
俺には無理。
「彼処には犬もいます。犬は咬みますし、首輪もされていませんが?」
旅の一座だろうか、大きな荷馬車の横に結構な大型犬を二匹放し飼いにしている。旅には野生の魔物などに襲われたりもあるので、警戒の為に犬を連れていくのは良くある話である。
「いや、犬は言うことを聞くし……」
「つまり、それは言うことを聞くところをしっかりと見せれば入れてくれるという話だな?」
挑発するように俺はニヤリと笑って見せた。言うことを聞くところを見せて、かつ大人しい事を証明すればいい。
俺はアリステリアの元に向かい、こそこそと耳打ちする。
「わかったです」
熊五郎の背から降りたアリステリアは今度は熊五郎に耳打ちをする。
「それじゃ、大人しいところを見せるです! 熊五郎!!」
合図と共に熊五郎はその場で丸まり寝始める。ポカーンと口を開いた兵士達をよそに、アリステリアは丸まった熊五郎を持ち上げると宙に放り、また片手で受け止めた。
「ほら、熊五郎は大人しいです」
てくてくと熊五郎を片手に乗せ、上役の男に近づく。アリステリアと、恐れて退く上役の男の距離は一定を保っていた。
「ほら、大人しいですよ? もっと良く見るです!」
熊五郎を片手で抱えたまま、アリステリアは上役の男に向かって走り出す。驚いた上役の男は槍をその場に投げ捨てて背中を見せて逃げ出した。
一通り、そこいらの平原を追いかけ回して戻って来たアリステリアは、とても満足げな顔をしていた。
「楽しかったです!」
散々追いかけ回している内に、目的が完全に変わっていたようでアリステリアは黒い瞳を輝かす。
その一方で、生きた心地がしなかったのであろう上役の男の顔は真っ青になっていた。
「どうだろう? これでも大人しくないと?」
逃げ回り汗だくになった上役の男に声をかけたあと、わざとらしくアリステリアと熊五郎の方へ視線をやった。
「はぁ……はぁ、わ、分かった。許可はする。しかし、責任は取らんぞ」
また追い回されると思ったのだろうか、意外にあっさりと許可が降りた。
「隊長! いいのですか!?」
「ただし、最後に村長さんが許可をすればだ。おい、スアレスさんを呼んで来い」
「はっ! 直ちに!」
上役の男に命令されて、一人の兵士が村を取り囲む門の中へと入って行く。これで俺の目的は成したも同然だ。
実は村長のスアレスさんは、親父さんの知り合いでもあり俺も知っている数少ない仲だ。
方向性を変えたのは、彼を呼び出してもらうためでもあった。
「お久しぶりです、スアレスさん」
右足を引きずりながら杖を付く老人と俺は固く握手を交わす。
不自由な右足でも、一時間かけて徒歩でわざわざやって来てくれたことに感謝の意を伝えた。
以前会った時も薄かった頭は、すっかり無くなっており、それでも元気そうで何よりである。
「タツロウ殿だったのか、いきなり呼びつけられて驚いたぞい。しかも、なんだ……もう解決してしまったようだの」
スアレスは俺の背後の光景を見て、思わず目を細め目尻の皺を増やす。彼が来る一時間の間に熊五郎が大人しいと気づいた兵士達と打ち解けあっていた。
その中心はやはり、アリステリア。
兵士達は輪を作り、その中心でアリステリアが愛らしい笑顔を振り撒いてくるくると踊ってみせる。
その最中に、片手でくるくるとボールのように丸まった熊五郎を回すパフォーマンスに、拍手と喝采が飛ぶ。
「いいぞ、嬢ちゃん」
「つぎ、熊五郎のばんです!」
今度は交代して熊五郎がアリステリアを抱き抱えると、真上に放ってみせる。両腕を胸の辺りで折り畳みアリステリアは三回ほど回転してみせる。
落ちてきたアリステリアを受け止めた熊五郎と共に二人は、決めポーズを取ると、拍手が再び沸き起こる。
「もしかして、あのお嬢ちゃんは?」
「はい。娘のアリステリアです。そこで頼みがあるのですが……」
スアレスは首を横に振り俺の言葉を遮る。
「迎えに来た兵士から話は聞いておる。ワシが暫く一緒にいて住民に説明をしよう。それで良いか?」
「ありがとうございます! アリス、熊五郎! 来なさい!!」
二人を呼び寄せるとスアレスに礼を言わせる。
アリスが、きちんと麦わら帽子を脱ぎ、前に抱えてお辞儀をすると、それに倣うように立ち上がった熊五郎がペコリと頭だけを動かした。
熊五郎の威圧感にスアレスは苦笑いを浮かべていたが。
「ありがとです。おじいちゃん」
「ほほ、なんとも礼儀正しい」
アリステリアが上目遣いでスアレスに笑顔を見せると、スアレスの鼻の下がのびた。まさしく孫娘に甘いお爺ちゃんのような顔になる。
「それではワシについて来るんじゃな。……そうそう、宿は取れんだろうから、ワシの家に来るがええ。流石に他の客もおるのでな」
「スアレスさん、感謝します」
足の悪いスアレスが先に門をくぐり抜けたあと、俺達も続く。一斉に村の住人から視線を向けられて、空気が一変する。
しかし、アリステリアは初めて見る大勢の人に目をキラキラと輝かせるのであった。
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