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第一章 邂逅
第十五話⑤ その剣の名は、
しおりを挟む「なっ、お前、何を――」
「isolation」
その言葉を発した瞬間、紫色の壁が少女の体を取り囲んだ。より正確には、箱のような半透明な物体が出現し、魔剣の少女を閉じ込めている。
一見ただの防御壁のようにも見えるが、似て非なるものだ。
「な、なんだ! 何をした! クソガキ!」
と箱の中で暴れている少女を尻目に、シルヴァは氷の山へ向き直った。
「……さて」
あの子は、これで完了だ。
あとは兄貴と魔剣を掘り起こして、兄貴にだけさっきの禁呪をかける。どっちにしろもうあの子には何も手出しできないから、これ以上悪霊の塊が反撃してくることもない、はず。オレや月雫が怪我することもなく、安心して捜索ができる。
「……? シルヴァ、何をするの?」
きょとんとしている月雫に「心配するな」とだけ答え、さて兄貴を探そうかと気合いを入れたところで――目の前で凍結している黒がするすると萎んでいった。
少女にかけた禁呪の影響だろう。巨体を構成していた怨霊が褪せるように消失していき、最後の最後、探していた伯父と魔剣だけが、ぽつんと、地面の上に取り残された。
「兄貴っ!」
慌てて駆け寄ると、気を失ってこそはいるが、息がある。無事だったらしい。
ホッと安堵するものの、やるべきことがまだ残されている。まだ完全に、あの魔剣から助け出したわけではないのだから。
「ちょっとだけ我慢してくれよ」
と眠る伯父に告げると。再び、少女にかけたのと同じ禁呪を発動させる。
紫色の箱がアイザックを取り囲んだのを確認してから、シルヴァはゆっくりとそれへと近づいていく。
黒い魔剣。
パウダースノー家の男子を呪い、宝剣だと欺かれていた、忌むべき存在。
もし破壊されれば伯父の命を奪うのだと、母が折ることを躊躇い、一家から遠ざけることしかできなかった、祖父の敵。
それを手に取り、しげしげと観察したところで、少し離れた先で見守っているお供を呼んだ。
「月雫。これがおじい様と遮那の敵、なんだろ?」
「……うん」
「よく見とけよ」
とだけ告げると、シルヴァは近くに転がっていた岩へその刃の側面を打ち付ける。
呆気ないほど簡単に、音もなく、魔剣は折れた。何の感慨も浮かばないほどに、あっさりと。
代わりに、少女の高笑いが聞こえてくる。しかし強がりなのか、彼を見るその顔は少し引きつっていた。
「バカめ! 我らが剣を折れば、芋づる式にその木偶の坊も死ぬんだ! 我が身可愛さに、お前は自分の手で肉親を殺した! 英雄の末裔など片腹痛いわ!」
この期に及んでなお威勢良く、少女が猛々しくそう叫ぶ。
確かに、彼女の話と同じような事が母の手紙には書いてあった。しかし、だとしたらおかしいことが起こっているのに、気づいていないんだな。と少し居たたまれない気持ちになり、シルヴァは申し訳なさそうに頬を掻いた。
「ええと、その、冥土の土産ってやつで教えるけど。今、兄貴――アイザックは、この世界から切り離されている。禁呪で世界の全てから遮断され、何の影響も受けないし、与えることもできない。お前の目からは見えないだろうけれど、魔剣を破壊した今でも兄貴には息がある。お前たちから切り離されている証拠だ」
「……世界から、切り離す? しゃ、遮断?」
「現に、同じ魔法がかかっているから、お前が呼び起こしてるあの黒い怨霊たちもよりどころを失い、消えたしな。今、お前はこの世界の石ころ一つにさえ干渉できないし、兄貴だってこの世界の誰かから影響を受けることも、ない。だからこの状態のまま魔剣をへし折ってしまえば、その干渉を受けることなく、お前たちの巻きぞえで死ぬことはないだろ?」
シルヴァが伯父やあの少女にかけたのは、隔離。その存在を世界から『隔離』し、互いに干渉を受けることも与えることもできない状態にする、禁呪の一つだ。
完全に世界から遮断された状態で魔剣だけ破壊すれば、論理上、伯父は無事のはずだ。なぜなら、魔剣やあの少女がどれだけ道連れにしようと望んでも、その主そのものが世界に存在していないのだから、意味がない。
その後、元に戻しても無事な状況になってから、伯父の禁呪を解除する。再びアイザックを呪いに取り込もうと思っても、呪い祟る剣自体が破壊された後だ。もう、何の心配も要らない。
伯父は、二度と呪いの干渉を受けることなく、自分の意志で生きていくことが、できる。
「オレは禁呪を発動させた本人だから、今、お前の声は聞こえるし会話もできるけれど。うちのお供には、お前の声が一切聞こえていない。世界から遮断されているからな」
「だ、だからなんだ! このクソガキ! 今この箱を壊して――」
「壊すのはいいけれど。お前は、あの剣の守護霊とか、取り憑いている魂だとか、そういうのなんだろ? その壁が消えてお前が世界と再び接続しようとしても、繋がる先がもう存在しない。お前のよりどころである魔剣は、破壊された後だからな。遮断が解除されれば、帰るべきところを失ったお前は、多分、消える」
影響を受けない状態で剣だけへし折れば、伯父の支配は消失し、少女の魂のようなものも戻るべき場所を失い、完全に消えるだろう。
外見が女性なだけに少し怯んでしまうところはあるが、シルヴァにとっては一族の、そして祖父の敵だ。魔剣と共に跡形もなく消えるのは、まぁ、致し方ないことだろうと、思う。
「……ぅ、ぇ?」
ようやく事態を把握したのか、あれほど甲高い声で喚いていた少女の口は静かになり、顔色も真っ青になっている。シルヴァが禁呪を解いたその瞬間に消滅、――つまり完全なる死が訪れるのだから、無理もない。
それを尻目に、とことこと隣へやって来た月雫が「ねえシルヴァ?」と尋ねてくる。
「なんだかよくわからないけれど、お義兄さん、助けてあげられたの?」
彼にはシルヴァの声しか聞こえないはずだが、その内容から状況は察したのだろう。少し困惑しているようなその顔へ、「ああ」と頷く。
「魔剣は折ったし、もう兄貴がのっとられることもない。めでたしめでたしってやつだ」
地面に投げ捨てたのを拾ってくれたのか、月雫が手渡してきた白い鞘へ刀を納めると、笑顔でそう答えた。
なんにせよ、無事解決というやつだ。
後は、伯父と共にヴィヴェールに戻り、方々に事情を説明して回るだけ。それも結構な労力と時間がかかるだろうが、いちおう、一部始終の記録はとってある。これを女王と母に見せれば、少なくても伯父が重罪に問われることはない、はずだ。
いやいや一件落着だな。と安堵する彼に、月雫は小首を傾げたまま告げた。
「僕、詳しいことはわからないんだけれど。世界から切り離す~、とか、遮断する~、だとか、普通の魔法使いさんにできることではない、んだよね?」
「ま、まあな。最高難易度の術だし、下手したら術者が世界から消失しかねないレベルで強力な魔法だからな。そもそも、人道的に問題のある使い方ができるから、それで禁呪として使用を禁じられている。今みたいに人命を守るための、悪用じゃないレアケースもあるだろうけど、最悪、人ひとりの存在を世界から完全に消せる術だ。皆が皆使えるわけはない、な」
「シルヴァって、人並み外れてすごいのは含有魔力だけじゃなくって、知識量もなんだね」
たった十六歳なのに、とっても努力したんだねえ。とのほほんと褒める月雫に「……まあな」とだけ答えるものの。つい口の端がにやにやと上がってしまうのを、シルヴァ本人は自覚していなかった。
そんな彼の顔を見つめ、月雫はことさら嬉しそうに話を続ける。
「神剣が、君を主と選ぶのも当然だよ。才能だけじゃなく、日々努力を怠らない精神、忍耐力こそがシルヴァの強さ。とても素敵なことだよ」
「……あぁ」
「遮那の敵を討ってくれてありがとう、主」
そう天女か女神みたいに笑う男に、彼は僅かに俯き小さく頷いた。手放しで褒められ続け、満更でもないが、それでも少し、気恥ずかしいからだ。
だがいずれにせよ、これでもう、パウダースノー家の男子が呪われることは二度とない。伯父を魔剣から奪還し、祖父の敵も討った。
これ以上ないくらいの、大勝利だ。母さんも父さんも喜ぶ、と思っていたところで、小さな呻き声を聞いたような気がした。
「……?」
はたと、紫色の箱に取り囲まれた伯父を見れば、どうやら目を覚ましたらしい。微かに瞼を開いたのに気づき、シルヴァは慌ててそちらへ駆け寄った。
「兄貴! 大丈夫か?」
壁越しにその顔を覗き込み尋ねると、伯父は小さく頷いた。
「シルヴァ、……私を助けてくれたのか?」
「ああ! もちろんだろ!」
「とても、長い、夢を見ていたようだ。終わらない悪夢を。……思い出したよ。お前の母さんのことも、私自身のことも。あの剣のことも」
その口ぶりから察するに、自分が何者なのか――ルーカスではなくアイザックなのだと、記憶を取り戻したようだ。
「あの時、父の形見でもある宝剣を継いだあの瞬間から、恐らく、意識を浸食されていたんだな。時間をかけて心と体をゆっくりと奪われ、……そして、私は、とんでもないことをしてしまった」
「兄貴。大丈夫だから。兄貴が操られていただけだって、オレが証明してみせる! だから安心して、しばらく体を休めてくれ。もう、全部、大丈夫だから。全部、終わったんだ」
「……母上とエレミアに、もちろんお前にも、酷いことをしてしまった。それに、」
伯父は小さく誰かの名を呼んだが、それがいったい誰のことなのか、シルヴァが知ることはなかった。
次の刹那、女の哄笑と息まで凍り付くような殺意が、辺りを支配したからである。
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