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第一章 邂逅
第十四話① 黒き魔剣とその主
しおりを挟む「……お、女の子?」
唖然と、それだけがシルヴァの口から零れ落ちる。
な、なんで? 突然、女の子が?
いや、状況から察するに――魔剣のお供的な、何か、か? 月雫みたいな。
刹那でそう推察する彼に、少女は「この、クソガキっ!」と金切り声を上げた。
「その顔、その瞳っ! お前、やっぱり、あの時の!」
「……?」
あの時? ……まさか、二十年くらい前、暴走を止めた時のことをいっている、のか?
でも、オレ、母さんにはまったく似ていないはずなんだけど。目つきも、瞳の色だって全然違うし。
と困惑しているうちに、いつの間にやら白男が隣へやってきていた。そして、先程頭へ浮かんだ疑問の答えを口にする。
「あれが、あの魔剣の呪いの根源だよ」
「へ? こ、根源?」
「そう。あの魔剣の怒りや恨み辛み、積もり積もった思念の塵が、同じように負の感情に満ちた魂魄たちと結びつき、凝縮した存在。君たちパウダースノー家の男子を呪い続けていた源。それがあれだよ」
「…………」
ごくりと息を呑み、前を見据える。
この子、が? オレたち、いや兄貴やおじい様、ご先祖様たちを苦しめてきた――呪い。
だがその忌まわしい事実とは結びつけられないくらい、こちらを睨んでいる少女は愛らしく、とてもそんな禍々しい存在には見えない。思わず、拍子抜けしてしまうほどに。
シルヴァよりやや年下――妹のふりると変わらない年齢に見えるその娘は小柄で、腕も足も華奢で、細い。
豊かな髪と、変わった形のワンピースは漆黒。あの魔剣と同じ色だ。おかげで、白い肌と瞳の赤がより際だって見える。
しかし可愛らしい顔立ちをしているのに、憎々しげに彼を睨むその表情は憤怒に満ちていて、少し、気後れしてしまう。女性に不慣れなシルヴァだが、とりわけ、明確な悪意を向けられるのは恐怖でしかないからだ。
「も、もしかして、あの子をなんとかしたら兄貴が正気に戻って、も、もうオレたちが呪いにかかることもなくなる、のか?」
「多分ね」
短くそう答える月雫だが、その横顔には表情が、ない。いつになく冷たい眼差しで、ただ静かに、少女を見据えている。
普段彼に接する時とは明らかに違う様子に、なんだか寒気を覚えるものの。魔剣の娘が「ふざけるな!」と叫びだした。
「そう何度も何度も封印されてたまるか、このクソガキ! お前なんか、あたしが本気を出せばイチコロなんだよ!」
「くそがき……」
実年齢は違うのだろうが、外見が彼より幼そうなだけについ違和感を覚えてしまう。ますます気後れする彼を余所に、少女は勝手に喋り続けている。
「あと少し、もう少しであたしのシグルドが復活するのに! なのに一度ならず二度までも! 絶対、絶対お前だけは、絶対に殺す!」
「…………」
女性から敵意どころか殺意を突きつけられるのが始めてで、動揺するシルヴァ。しかし困惑はしつつも、少女が口走った単語を冷静に分析していた。
復活? シグルド? いったい、誰だ?
兄貴の名前はルーカスだし、本当の名前もアイザックのはず。まったく違う名前だ。
いったい、誰のことをいっているんだ? と考える彼に、次の刹那、少女は再び突進してくる。もっとも傍らの男がさらりと立ちはだかり、迫る少女の首をわし掴んで、その体ごと高く持ち上げた。
「くっ、貴様ぁっ!」
「この時を、ずっと、待っていた。ここで遮那を呪った時も、あの時も、僕は見ていることしかできなかったけれど、今はもう、お互い実体がある。遮那と神剣を苦しめ続けた咎、その身をもって償え」
「ぐぅっ!」
首を掴む五本の指が、ぎりぎりとめり込んでいく。
それでも逃れようとぎゃあぎゃあ喚いている魔剣の娘だが、明らかに顔は苦悶で歪み、息苦しそうだ。
その姿に、敵とはいえ狼狽えたシルヴァは「お、おい!」と叫ぶ。
「し、死んじゃうぞ! その子!」
「それが、ここまで僕たちがやってきた目的じゃない。これが呪いの源なんだから。この悪霊さえ排除すれば、君のお兄さんは正気に戻るし、パウダースノー家の男子が呪いを受けることも、もう二度とない。ついでにおじいさんたちの敵も討てるだけじゃなくって、遮那を苦しめた罰も下せるし。それに、いちいち君が難しい魔法を使う必要もなくなるでしょ?」
「ま、待てよ!」
気持ちはわからなくもないが「やめろ!」とその腕にしがみつき、止めさせようとする。
呪いの源であるこの娘を殺せば全て解決するのだと、頭では理解できるのだが――お供が直接手を下すのは、避けたい。
相手が魔剣の悪霊である以上、罪に問われることはないだろうが、この男は神の使いなのだ。主として、そんなことをさせるわけにはいかない。
何よりまだ、伯父を魔剣の悪影響から切り離せていないのだ。
「この子が呪いの源だとしても、禁呪を兄貴にかけてないんだから、今死んじゃうとダメなんだよ! お前の気持ちはよくわかってるから、いったん落ち着け! お前はオレの眷属で、清く正しい神様の使いなんだろ? だったらオレに任せて、今はそんなことをするな!」
必死に、そう捲し立てる。気持ちはわかるだけに、――大切なものを苦しめられ、それを見ていることしかできなかった怒りと優しさがわかっているからこそ、止めさせたい。
少なくても自分が遮那だったら、そんなこと望んでいないからだ。
「勘違いするな! 敵を討つのは、お前じゃなくってオレだ! それに兄貴を助けられるのはオレだけ、なんだろ? だったら、今は主を信じて、そういうことはするな」
「…………」
「お前は、神剣とその主のお供の、月雫だ。怒りに囚われ、自ら手を下すような――そんな、その悪霊とおんなじレベルにまで落ちて、魂を汚す必要はない。オレが全部終わらせてやるから、今は、離せ」
「……シルヴァがそこまで言うのなら」
と、唇をとんがらせてはいるものの、お供は渋々といった様子で手を離した。
いいこだと言わんばかりにその背中を叩いていたところで、地面に落ち、咳き込んでいた少女が「くそっ」と毒づく。
「お前たち、どっちも、殺してやるっ!」
「無理だと思うけれど」
「う、うるさい! そんな飄々としていられるのも、今のうちだ!」
よろめきながら立ち上がり、ふらふらと後退した少女が猛々しくそう叫んだ。
何かする気か? と身構えた彼を指さし、哄笑する。
「忘れたのか? この地に眠る戦死者の恨み辛みに、お前たちがどれだけ苦しめられたのかを。一度撃退できたからって、そんなの無駄無駄! あたしなら、何度だって呼べる! その力をあのお方から賜ったんだから」
「……あのお方?」
「今度こそ殺してやる! あのクソ女の子孫の、クソクソガキ!」
そう叫んだかと思えば、ブツブツと何かを唱え始める。恐らく、あの黒い手を呼び寄せる術だ。
――しかし、しばらく経っても、何も起こらない。
さすがにおかしいと気づいたのか唱えるのを止め、辺りを訝しそうに見る少女へ、シルヴァは少し気まずそうに告げた。
「こんなこともあろうと対策しておいたから、無駄だぞ」
「なっ?」
「さっき怨霊を殲滅するだけじゃなく、その後しばらく出てこれないようにって地面ごと浄化しておいたからな。どんなに唱えたって、あと最低数時間は呼んでもこない。だいたい、出てこようにも地面は氷で覆い尽くしちゃったし」
「じ、地面ごと、浄化? そ、そんなバカな! ここは、大量の怒りや悲しみが積もり積もった地のはず! お前みたいなクソクソのガキが、そんなことできっこない!」
「……とにかく、兄貴は返してもらうぞ。大人しく引き渡せば命まではとらないが、そうじゃなければいくら女人といえど、オレが消滅させる。月雫の代わりに」
多分無理だろうなとは思いつつ、いちおう、最後通告はする。実際、これ以上抵抗せず渡してくれるなら、そのつもりだった。
だが魔剣の娘は悔しそうに地団駄を踏み、きぃきぃ金切り声を上げる。
「馬鹿にしやがって! どいつもこいつも! ……特に、あの木偶の坊! 二十年前も、今も、人ひとり殺せやしない! ただの役立たず!」
「……え?」
人ひとり、殺せやしない? 木偶の坊って、兄貴のこと、なのか? 二十年前もって言ってるし。
じゃあ――
と、頭を駆ける疑念に立ち尽くすシルヴァを尻目に、少女はなおも捲し立てている。
「シグルドにふさわしい器でなければ、こんな、あの女の血を引いた愚図なんか! なんて忌ま忌ましい! こいつも、あの女も、お前らも、シグルドを惑わした醜女も! 何もかも!」
「……忌まわしいのはお前だ。主を失い、そこらの怨霊と一体となって復活を目論むお前こそ、醜く、汚らしい。僕の主と遮那を愚弄するな」
「うるさいうるさいうるさい!」
月雫の言葉を打ち消すように、そうヒステリックに叫ぶ。
可愛いけれど怖いな、とシルヴァは純粋に怯えた。
彼が怯んでいる間に、少女は氷漬けの伯父の元へと飛び、「もう許さない!」と声高に宣言する。
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