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第一章 邂逅

第十一話① 我が最愛のあなたに

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「散々だな」
 心底疲れきったようなオリバーの言葉に、力なくうなずく。

 嫌みなほど青く晴れ渡った、空の下。そこにあるのは黒く焼け焦げ、何とか原形だけとどめている王立騎士団宿舎だった。
 深夜の襲撃を受けた、その翌日。空だけはのどかな昼下がり、シルヴァはオリバーと二人、燃え残った建物を見上げている。

 あれほどの火災に遭ったにも関わらず、宿舎が崩れ落ちることはなかった。
 そのほとんどが煉瓦れんがや大理石で築かれた、堅牢なつくりだったおかげだ。それでも、大損害を受けたのは間違いないが。
 焼け残った建物の残骸ざんがいは見るにえなく、如何いかに悲惨な火災だったかを物語ものがたるようにその姿をさらしていた。少しずつ駐屯の騎士や市民たちが後片付けをしているが、完全に瓦礫がれきが取り除かれるのは当面先だろう。
 幸いにも、近くの建物を間借まがりする形で仮設の宿舎は用意できたらしい。とはいえしばらく不便をいられるのは、間違いない。

「せっかく王都に戻ったっていうのに、ホント、休む暇なくトンボ帰りとは。エレミア様も陛下も、人使いが荒いのなんの」
「…………」
「間一日空けたとはいえ、二連チャンで空間転移テレポートっていうのはきっついぞ? ジル坊。まぁ、お前は魔力オバケの、未来の騎士団長様だからな。オレたちとは違って平気かもしれんが」

 いやもうホント、体がだるくてかなわんな。とこぼすオリバーは、ついさっき王都からヴィヴェールへ戻ってきたばかりだ。襲撃の報告を受けた母のめいにより、瞬間移動の魔法で飛ばされてきたらしい。確かに、「人使いは荒い」とはいえる。
 それだけ信用されている裏返しだと本人も知っているはずなのだが、愚痴を口にしてしまうくらい、疲れているのだろう。若騎士はぼやきながら、火災の後片付けをする人々を横目で眺めていた。

「ま、状況が状況だから、話はわかるんだがな」
「…………」
「まさか。たった二日離れているうちに、この街の宿舎が焼け落ちるどころか、アルフレッド補佐官殿まで死んじまうとはな」
 その言葉に、シルヴァは何も言えず、ただきゅっと拳を握りしめる。まだ、彼本人も受け入れがたい事実だからだ。

 昨晩。
 ようやく宿舎の火災を消火し終え、瓦礫がれきの中から掘り返したものの――アルフレッド団長補佐官は、帰らぬ人となっていた。
 お供の男が「見ちゃダメだよ」と隠すので、遠目にしか見えなかったが。優しかった老騎士は全身黒く焼け焦げ、僅かに原形をとどめただけの、悲惨な状況だったらしい。
 一晩明け、鑑識の結果補佐官本人に間違いないと確認もされた。遺体には右手がなかったそうなので、最後に見た姿とも符合ふごうする。

 人的被害は、それだけではない。
 火災に巻き込まれた、あるいは何者かに襲撃されたと思われる騎士の数人が死亡、ないし、重傷だ。

 ――ジョシュアも、その一人である。

 決死の消火活動後、宿舎の一番端、鍛錬場の裏側に倒れているところを発見されたのだ。
 何度も斬りつけられたらしく、ジョシュアは死んでおかしくないほどの重傷だった。それにも関わらず辛うじて生きていたのは、意識を失ってなお、治癒魔法を自分にかけ続けていたからだ。
 もし、ジョシュアが人並み程度の魔力しか持っていなければ――高練度の治癒魔法を使える人物でなかったのなら、もっと早い段階で死んでいたらしい。それほど、致命傷になりかねない傷をいくつも負っていたのだ。
 失神しても杖を握りしめ、じゅつ途切とぎれることのなかったその精神力は、まさしく騎士の鏡といえる。少なくても、騎士団長が話を聞いたらそう褒め称えるだろう。

 されど命こそ取り留めたものの、ジョシュアは今、意識を取り戻すかいなかの瀬戸際らしい。
 病院に運ばれ、懸命な治療が続けられているのだが、それほどまでに重傷で――発見までに時間がかかりすぎてしまった、とのことだ。今現在も、看護師や治癒魔法の専門家がつきっきりで看病をしている。
 気がかりでろくに寝ることもできなかったシルヴァは、早朝からずっと、眠るジョシュアを離れたところから見守っていたのだが。正午を過ぎた頃、ふらりと現れたオリバーが「話がある」というので、渋々と病院を後にし、ここまでやってきたのだ。

「さて、ジルぼう。今後の方向性について、王宮で正式に決定された。明日か明後日には、王宮騎士団本隊がこのヴィヴェールにくる。ルーカスを捕縛ほばく、ないし討伐とうばつするために」
「……そうか」
 この状況下で、わざわざ病院の外まで連れ出す必要のある話だなんて、少なくてもシルヴァはそれぐらいしか思いつかなかった。
 捕縛とはいうが、抵抗せず大人しく捕まる犯罪者は少ない。事実上の討伐任務だ。
 覚悟はしていたものの、実際そう告げられるとショックは隠せず、無意識に視線を落としてしまう。
 オリバーは「ああ」と表情のない顔でうなずくと、話を続けた。

「お前さんに知らせるのは心苦しいが、もう、完全に避けられない状況になっちまった。よりにもよって、騎士団の中核たる補佐官殿が亡くなったからな。準備ができ次第、各部隊陸路ないし空間転移テレポートでここへ派遣されてくるらしい」
「…………」
「これでもいちおう、昨日まではなんとか、ルーカスは生け捕りにする方向で粘っていたんだぞ? 陛下が、討伐だけはがんとして受け入れなかったおかげでな。でもこんな大事件に発展した以上、もう、それも不可能になっちまった」

 アンナ女王が、最悪の最悪を避けたかった理由は、想像できる。
 母を思ってのことだ。自分の近侍きんじとして育ち、誰よりも信頼しているエレミア・パウダースノーの心情を思い、首を縦に振らなかったのだろう。
 でももう、この国の最大権力者でさえ、そんな庇い立てをすることはできなくなった。
 これほど悲惨な大災害を起こし、何人もの死者を出した以上――義叔父おじの討伐は、もう、避けられない。そうでなければ被害者やその親族、多くの国民から「王宮は犯人に肩入れしている」としんを失ってしまう。
 よって、何が何でも義叔父おじを捕まえ、法の裁きを受けさせなければならない。それでももし、義叔父おじが抵抗をするなら、「討伐」する。民の安寧あんねいを守るためには、法治国家として当然のことだ。

 間違いなく数日以内に、王立騎士団本隊がこのヴィヴェールへやってくる。それより前、今日中にでも先発隊が現れてもおかしくはない状況だ。
 仲間である騎士団員の命が、奪われた。ましてや、多くの騎士に慕われるアルフレッド団長補佐官が、犠牲になったのだ。
 仇討かたきうちのため、多くの騎士が躍起やっきとなって犯人を捜し出し、大人しく捕まらないとなれば討伐するに決まっている。その許可は正式に下りたからだ。
 シルヴァとて、その犯人が義叔父おじではなかったら、きっと、そうだろう。
 それがわかっているからこそ、つらい。

「……母さんも?」
「うん?」
「母さんも、くる、のか?」

 未曾有みぞうの大事件だ。普段は王都にいる騎士団長本人が動いても、おかしくはない。
 しかし、オリバーは頭を横に振り「いや」と答えた。

「エレミア様は、動けない。陛下の許可が下りないからな。……お前も、いったん王都に戻れってよ」
「なんでだよ」
「なんでって、当然だろ? ルーカスを討伐するのに、お前たちの気持ちを考えたら、そりゃ陛下はそう言うに決まってるだろうが。誰が、親族を討伐されるのを近くで大人しく見ていろだなんて、そんな冷酷なこというと思うんだよ」
「……だけど」
「いいから、お前は王都経由で学園に戻れ。これは陛下からの命令だ。そのために、オレはトンボ帰りしてきたんだからな」

 普段の軽薄さは消え失せ、ややキツい口調でオリバーが言った。
 わかっている。この男も――アンナ女王も、シルヴァや母を心配してくれてのことだと。
 事態は、最悪の最悪を迎えている。だからこそ、せめて彼を含むパウダースノー家のダメージを最小にしようと、その心に寄り添っての命令なのだ。
 それがわかるだけに、もう、シルヴァは返す言葉がなかった。

「今日は後片付けやらなんやらで、ここの騎士たちも手一杯で無理だが。明日には少し落ち着くだろうから、駐屯してる魔法使いに言って空間転移テレポートで帰れ。話は通しておいてやる。もう、この街に長居はするな。お前自身が、しんどくなるだけだからな」
「…………」
「あんまり、自分を責めるなよ? お前は、何一つ悪いことをしていない。最善も尽くした。ジョシュアだって、そうだ。各々ベストを尽くした結果がこれなんだから、もっと悪い状況になっていた可能性はあれど、これ以上の顛末てんまつなんてなかったんだ。だから、自分を責めるな」

 わかったな、と念を押すオリバーに、やや間を置いてから、うなずく。優しさゆえの発言だということを、理解しているからだ。
 それでも口には出せない本心を見抜いてはいるようで、オリバーは小さく咳払いをしてから「とにかく」と続けた。

「仕事が残っているからオレはもう行くが。お前さんも、あんま気負きおわずに、今日は帰る準備にだけ専念しておけ。間違ってもルーカスを何とかしようだなんて、考えるなよ? ジル坊を王都に戻さなかったら、どやされるのはオレなんだからな」
「……うん」
「明日、絶対仮設宿舎にこいよ? こなかったら、いくらお前さんがエレミア様の息子でもしばき倒すからな」
「わかった。まあ、お前にオレがしばき倒せるとは思えないけど」
「確かに」
 軽口を叩いたシルヴァに、それくらいの余裕はあるのだと安心したらしい。オリバーはからからと笑うと、「じゃあな」ときびすを返す。

「お前さんの美人な彼女にも、今日中にちゃんと準備しとけって言っとけよ~」
「いや、彼女ではないんだけど」
「また明日な」
 それだけ言って、若騎士はすたすたと仮設宿舎のほうへ歩いて行った。立ち止まった女性たちの、うっとりした視線を一身に受けながら。
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