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憧れ
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僕は野田に連絡しようと、携帯電話を手に取った。良く見ると、不在着信がある。配偶者からだった。今なら着信拒否は解除されているだろうか。今電話をかけて、別れを切り出してしまおうか。迷ったが、やめておく。話があるなら、いずれまた向こうからかけてくるに決まっている。
もう僕は、配偶者と手を切って、野田に乗り換える気になっていた。別に野田と結婚しようと思っている訳でもないが、配偶者がいるというのは、この段階に至っては束縛でしかない。何しろ別居中なのだ。今日まで連絡もなかったくらいだ。もうあの頃の関係には戻れないのだ。
一方の野田は、昔からの憧れでありながら、新鮮な間柄だ。しかも、仕事場以外で木村を駆逐できる唯一の存在なのだ。
軍配はどうしても野田に上げるしかなかった。
気を取り直して野田にメールを送る。土曜日に会おう、という趣旨のメールだ。
しばらくすると、野田から承諾する趣旨のメールが返ってきた。
そもそも、調整しておく、などと言いながら、もとから土曜日に用事などなかった。当たり前だ。僕の勤める商社は土日出勤禁止なのだ。
もちろんそうやって嘘をついたのは、連絡先を交換するための名目に過ぎなかった。
土曜日が待ち遠しい。もう完全に僕は野田の虜だった。野田は、小学生の頃から変わらぬ可愛らしさと、年齢相応か、それ以上の落ち着きを併せ持っていた。そして何より上品で、笑顔が素敵だった。野田はまさしく、僕にとっては申し分のない女性だった。
野田は、微笑むととても可愛いかった。確かに山崎の微笑みには遠く及ばなかった。でも、野田の微笑みは僕の心臓を抜き取ってしまった。だから今の僕には心臓がない。僕の心臓は今、野田の手の中で大きな音を立てて脈打っているのだ。
あの日、山崎は僕の心臓を止めてくれた。お陰で僕は感情をなくした。それがあいつの置き土産だった。
その心臓を再び動かしたのは野田だった。この前の日曜日、野田は僕に感情を吹き込むと同時に、僕の心臓を手中に収めた。
「僕のことなんて、忘れてもいいんだよ。寂しいけど、それが君のためならいいんだ」
山崎が微笑んでそう言った。
「忘れる訳ないじゃないか!君は私の、唯一の親友なんだ!」
僕は叫ぶ。あいつの影が消えてゆく。
「ありがとう。でも無理はしなくていいんだよ」
僕はあの微笑みを忘れることができない。しかし、あいつが僕に遺してくれたものがまた一つ、なくなった。
居眠りをしていた。また山崎の夢か。僕はまた泣いていた。山崎が僕の側から消えていってしまう。それでも山崎は僕の唯一の味方だ。
寝ては山崎、起きては木村。それならば僕は、ずっと寝ていたかった。寝て、寝て、寝て、そのまま死んでしまいたかった。
山崎のことが頭を離れないのは、元はと言えば木村のせいだった。木村がいなければ、中学の卒業アルバムなんて見ることはなかったのだ。
木曜日、また配偶者から電話がかかってきた。
直接会って話をしよう、という内容だった。僕達はこの先上手くやっていくことはできない、という見解では一致した。配偶者は土曜日にでも会おうと言ったが、僕は土曜日は人に会うと言って、日曜日に会うことにさせた。もちろん、土曜日に会う人というのは野田のことだ。
憂鬱だった。もう配偶者とは顔を合わせるだけ無駄であるように思われた。
そう言えば、僕と配偶者が親密になるきっかけを作ってくれたのは山崎だった。僕と、あいつと、今の配偶者は中学時代の同級生だったのだ。確か山崎と配偶者は小学校からの同級生だ。
それからしばらくは、今の配偶者は友達の一人に過ぎなかったが、大学に入る頃に恋人に昇格した。
考えてみれば、僕の配偶者も、山崎の遺品だった。
もう僕は、配偶者と手を切って、野田に乗り換える気になっていた。別に野田と結婚しようと思っている訳でもないが、配偶者がいるというのは、この段階に至っては束縛でしかない。何しろ別居中なのだ。今日まで連絡もなかったくらいだ。もうあの頃の関係には戻れないのだ。
一方の野田は、昔からの憧れでありながら、新鮮な間柄だ。しかも、仕事場以外で木村を駆逐できる唯一の存在なのだ。
軍配はどうしても野田に上げるしかなかった。
気を取り直して野田にメールを送る。土曜日に会おう、という趣旨のメールだ。
しばらくすると、野田から承諾する趣旨のメールが返ってきた。
そもそも、調整しておく、などと言いながら、もとから土曜日に用事などなかった。当たり前だ。僕の勤める商社は土日出勤禁止なのだ。
もちろんそうやって嘘をついたのは、連絡先を交換するための名目に過ぎなかった。
土曜日が待ち遠しい。もう完全に僕は野田の虜だった。野田は、小学生の頃から変わらぬ可愛らしさと、年齢相応か、それ以上の落ち着きを併せ持っていた。そして何より上品で、笑顔が素敵だった。野田はまさしく、僕にとっては申し分のない女性だった。
野田は、微笑むととても可愛いかった。確かに山崎の微笑みには遠く及ばなかった。でも、野田の微笑みは僕の心臓を抜き取ってしまった。だから今の僕には心臓がない。僕の心臓は今、野田の手の中で大きな音を立てて脈打っているのだ。
あの日、山崎は僕の心臓を止めてくれた。お陰で僕は感情をなくした。それがあいつの置き土産だった。
その心臓を再び動かしたのは野田だった。この前の日曜日、野田は僕に感情を吹き込むと同時に、僕の心臓を手中に収めた。
「僕のことなんて、忘れてもいいんだよ。寂しいけど、それが君のためならいいんだ」
山崎が微笑んでそう言った。
「忘れる訳ないじゃないか!君は私の、唯一の親友なんだ!」
僕は叫ぶ。あいつの影が消えてゆく。
「ありがとう。でも無理はしなくていいんだよ」
僕はあの微笑みを忘れることができない。しかし、あいつが僕に遺してくれたものがまた一つ、なくなった。
居眠りをしていた。また山崎の夢か。僕はまた泣いていた。山崎が僕の側から消えていってしまう。それでも山崎は僕の唯一の味方だ。
寝ては山崎、起きては木村。それならば僕は、ずっと寝ていたかった。寝て、寝て、寝て、そのまま死んでしまいたかった。
山崎のことが頭を離れないのは、元はと言えば木村のせいだった。木村がいなければ、中学の卒業アルバムなんて見ることはなかったのだ。
木曜日、また配偶者から電話がかかってきた。
直接会って話をしよう、という内容だった。僕達はこの先上手くやっていくことはできない、という見解では一致した。配偶者は土曜日にでも会おうと言ったが、僕は土曜日は人に会うと言って、日曜日に会うことにさせた。もちろん、土曜日に会う人というのは野田のことだ。
憂鬱だった。もう配偶者とは顔を合わせるだけ無駄であるように思われた。
そう言えば、僕と配偶者が親密になるきっかけを作ってくれたのは山崎だった。僕と、あいつと、今の配偶者は中学時代の同級生だったのだ。確か山崎と配偶者は小学校からの同級生だ。
それからしばらくは、今の配偶者は友達の一人に過ぎなかったが、大学に入る頃に恋人に昇格した。
考えてみれば、僕の配偶者も、山崎の遺品だった。
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