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秋の章
三、白の神の使い
しおりを挟む「私は、無月と申します。鎮守の森、白の神に命じられ、領主様のお傍でこの地を見守るようにと、仰せつかって参りました」
その落ち着いた穏やかで優しい声は心地好く、門番たちが門前払いしなかった理由が、なんとなくだがわかった。言っていることは突拍子もないのだが、嘘を言っているようには見えなかったからだ。
「疑うのは苦手だが、信じるに値する証拠はあるか?あなたの言う"白の神"は、俺たちが信仰し崇める神の名だ。もしあなたが、本当にその神の使いだと言うのなら、俺にそれを証明して欲しい」
わかりました、と無月は軽く会釈をして、それから桂秋の右腕に巻かれた包帯に視線を向けた。
「白の神は癒しの神と呼ばれております。その使いもまた、癒しの力を使うことができます。あなた様のその腕の傷を治して差し上げましょう」
桂秋は疑いつつも興味を抱いたのか、階段から身軽に飛んで、自らすすんで無月の前へとひらりと降り立った。
よくみればその瞳は碧く、空よりもずっと深い青色をしていた。色白な肌は透き通っており、到底人とは思えぬ美しさだった。
その細い指先が、傷を負った腕に巻かれた包帯に触れてきた。丁寧に包帯を解き、破れた黒い衣裳から覗く傷に躊躇うことなく触れて来る。
先日、この地を脅かさんとする、盗賊たちを討伐しに行った先で負った怪我だった。
領主自ら出向くのはいつものことで、その無鉄砲さはよく元老や臣下たちに叱られていたが、どうしてもじっと待っていることができない性格な為、自身直属の従者たちはもはや諦めている。
負った傷も、仲間を守るために自らが盾になったせいで、傷自体はそこまで深くないのだが、破れた衣裳もそのままにしていたため、庇われた者は気が気ではなかったらしい。
本人に至っては、まったく気にも留めていないようだ。
「あなたが、本当に"白の神"の使いなら、俺はあなたを崇めないといけない?」
「いえ、その必要はありません。私は、鎮守の森に存在する、数多の化身たちの中でも一番格下なので、崇められるような立場ではありません」
そんな会話を交わしている間に、みるみると塞がっていく傷を目の当たりにし、桂秋も、遠目で見ていた門番たちも目を瞠っていた。
気付けば、痛々しかったその切傷は、傷痕さえ残さずに消えてしまい、彼が癒しの力を使って傷を治した、という事実だけが残った。
「これで信じていただけましたか?」
「あなたは、本当に白の神の使いなんだな!俺はあなたを信じるよ!」
それは、無邪気な子供のような、弾むような声。満面の笑み。青年とは思えない、純粋で無垢な感情だった。
桂秋はこの地を守護する鎮守の森に対して、幼い頃から強い信仰心を抱いていた。
森を穢す者を赦さず、侵略する者を赦さず、神の使いである森の獣を狩る者を、侵犯者として裁くこともあった。
「早速だが、今日から、俺の傍で友として助言して欲しい。俺は領主としては、まだまだ学ぶことがたくさんあるから、足りないことがあったらなんでも言って欲しい」
「····ありがとうございます。桂秋様のお力になれるように、この身を捧げるつもりで尽くします」
「ああ、頼む。では、俺の仲間を紹介するよ。さあ、中に入って、」
その手を躊躇うことなく取ると、そのまま門の中へと駆けて行った。残された門番たちはぽかんと口を開けていたが、自分たちの仕事を思い出して門を慌てて閉めた。
「本当に、あの白の神の使いだったなんて、」
「ああ、門前払いしなくて良かったな····」
ふたりは今更ながら心臓がバクバクしてきた。
「それにしても美しいひとだったな」
「ああ、あんな美しいひと、見たことがない」
門番たちはいつもの調子に戻るまで時間を要したが、この時の出来事は、それから何年経っても忘れることはなかったという。
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