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第一章 第七皇子は平穏に暮らしたいので、死んだことにします。

1-15 来訪者

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 それは、藍玉ランユーが十三歳になって間もない頃。第四皇子の梓楽ズーラが、幽閉されていた地下牢から解放されてすぐの話だった。

 人界で、辺境の村が壊滅。燃え盛る炎に焼かれ、数日間、村から火が消えることはなかったという。

 住んでいた村人たちは皆殺し。駆け付けた道士も大勢殺された。魔族の皇子とその配下や妖魔たちによる襲撃は、理不尽なものだったに違いない。

 藍玉ランユー碧雲ビーユンは、焼け焦げた家々と、地面に野ざらしにされている、原形がわからない無数の遺体を目の前に、言葉が出なかった。

 その村は、時々ひとのふりをして遊びに来ていた村で、なんの変哲もない田舎の小さな村だった。

 なんのためにそんなことをしたのか、誰の命令で動いたのか、それともただの気まぐれか、梓楽ズーラに問い質さずにはいられなかった。

 しかし、そんなことをすればただでは済まないし、その後の報復を考えると、藍玉ランユーは怒りを抑えるしかないとすべてを呑み込む。

「······父上は、僕をどうしたいんだと思う?ここは、よく桃李タオリー兄上と一緒に遊びに来ていた村だった。あえて梓楽ズーラ兄上に命じたのは、僕に力を使って復讐させるため?それともただの偶然?」

 偶然なわけ、ないだろう。
 碧雲ビーユンは拳を握り締める。桃李タオリーがあんなことになるまでは、藍玉ランユーの護衛として、この村には何度か来たことがあった。

 皆、よそ者にも優しい者たちで、目の前で崩れている茶屋だった建物の店主にも、世話になった記憶がある。

 ふたりが花の苗を貰ったのも、この村の人間からだった。あの白い花は、今も黑蝶ヘイディェ殿の庭にひっそりと咲いている。

「もし、母上にまでなにかあったら······僕は、もう、我慢できないかもしれない」

 この数日、母である夜鈴イーリンの体調が良くない。本人は大丈夫だと笑みを浮かべて言うのだが、ふたりは心配でしかなかった。

 その後自室で倒れているところを宮女に発見され、今は起き上がることができない状態にまでなっている。

 数日前、大王の妃たちだけが集まる茶会があり、戻って来てからそのような状態なので、なにかあったのではないかと気が気でなかった。

 そんな中、この襲撃の事を聞かされ、亡くなった者たちを弔うために人界にやって来たのだ。

 ひと通り焼け落ちた村を周り、もはや誰ともわからなくなっている亡骸に対して、できる限り手を合わせた。
 
 激しい炎は村だけでなく、そこにいた者たちをも焼き尽くしてしまった。普通の炎ではなく、魔力で放たれた炎だったのだろう。

 辛うじて残っている建物も、少し触れただけでぼろぼろと崩れ落ちてしまう。

 そんな光景に虚しさと悔しさを抱いたまま、ふたりは村を後にするのだった。


******


 ふたりが人界へと離れていた頃、とある者が魔界を訪れていた。

 その者は中性的な雰囲気を纏った青年で、茶色い髪の毛を結いもせずに背中に垂らし、右側のひと房だけ三つ編みにしている。

 女性的な仕草で大扇を扇ぎながら、人当たりの良さそうな優し気な表情を浮かべて、ゆっくりとした歩調で魔都を散策していた。

 白い道袍どうほうの上に若草色の衣を纏っている、女性に見えなくもない美しい容姿の青年は、その視線の先に見えるひと際目を惹く建物を眺めながら、くすりと笑みを浮かべた。

 姿だけ見れば名の知れた道士のようだが、市井しせいを行き交う多くの魔族たちが、彼を見ても振り向くことはあれど襲って来ないのには理由があった。

(最近、魔界が騒がしいと聞いて興味本位で遊びに来てみたけれど······魔都は特に変わりはなさそうですね、)

 となると、と青年は翡翠の瞳を細めて、持っていた大扇で口元を隠す。

 魔界の大王や皇子たちが住まう立派な宮殿の数々は、遠く離れた魔都の市井しせいの中からでも良く見えた。寧ろ、良く見えるように真っすぐそこに向かって路が伸びている。

鬼谷うち市井しせいにも統一感が欲しいですね。皆、好き勝手自分の店を出すから、ごちゃごちゃしていて治安悪そうに見えるんですよ。賑やかしいのはいいんですけど、おもむきとか上品さは皆無かいむですし)

 魔都の市井しせいに存在する多くの店は、どれも綺麗に整えられた建物の中に納まっており、賑わっているがきちんと統治されていて、鬼谷きこくのように肩がぶつかった程度では喧嘩が起こることもない。

 そんな平和そうな魔都とは別に、この路の先の宮殿には暗雲が渦巻いているように見える。

 行き交う魔族たちなど気にする様子もなく、ゆったりと宮殿の門の方へと歩を進める彼は、鬼界きかいと呼ばれる、人界にいくつか存在すると言われる鬼の棲み処のひとつ、鬼谷きこく谷主こくしゅ

 名を、翠雪ツェイシュエといった。

 鬼とは、生きている時、または死ぬ寸前に、強い恨みを抱いて亡くなった者たち。死に方や殺され方、元々の才能によって、鬼になってからの力や能力にバラツキがある。

 恨みや未練が強いほど鬼としての力も強く、生前なんの力もない弱い人間が、鬼になってから能力を開花させるというのも稀ではない。

 彼の場合、鬼谷に落とされて殺される百数十年ほど前は、名の知れた優秀な道士だったこともあり、鬼になった時にその能力はより強化され、法力も使えた。

 その頃の鬼谷は、弱肉強食、下剋上上等。とにかく劣悪で悪辣な者たちの集まりだった。

 そのすべてをひれ伏せされたのが、彼であり、それ以降、鬼谷は見違えるように変化を遂げた。

 今や、陽気で血の気の多い鬼たちが年中お祭り騒ぎの、生前の仕事や趣味を活かした、統一感の全くない屋台が乱雑に建ち並ぶ市井しせいが、名物のひとつとなっている。

 そんな鬼谷を統一し、必要な規則を作り、時に騒ぎを起こす者たちを笑顔で黙らせ、鬼たちに崇拝すらされている存在。

 鬼谷きこく谷主こくしゅ

 それが、この一見、穏やかで虫の一匹も殺せなさそうな青年、そのひとなのである。

(では、適当に侵入するとしますか······さて、見張りが手薄そうなのは、)

 目的は、人界に多大な被害を与えているという魔族の皇子の顔を、運が良ければ拝んで帰ろうという、物見遊山。

 普段なら、そんな理由で魔界に行くなど言語道断!と止める者がいるのだが、生憎、そんな口煩い者も今日はいない。

 運良く、見張りの少ない場所を見つけた翠雪ツェイシュエは、そのまま地面を蹴ってひらりと門の上に立つと、門の内側を見渡す。

 道袍どうほうの上に纏っている、若草色の衣の左の袖を探って、右手に黄色い符を掴む。黒く塗られた爪が特徴的で、妖艶さも垣間見える。

 ふぅと指で挟んでいる符に軽く息を吹きかけると、そこに在ったはずの青年の姿が一瞬にしてその場から消えた。

 消えた、のは他人の視界から消えただけで、当の本人は門の上から身軽に地面に降り立つと、近くに見えた宮殿へと足を向ける。

 一番大きく豪華な建物は、大王の住まう場所だろう。それ以外のいくつかある宮殿の中でも、立派な造りの建物が三つあった。

 その中のひとつに目星をつけ、翠雪ツェイシュエはのんびりと歩を進めて行く。


 やがてとある場所へと辿り着いた青年は、そこで運命的な出会いを果たすこととなる――――。


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