彩雲華胥

柚月なぎ

文字の大きさ
上 下
21 / 228
第一章 予兆

1-21 痴れ者、跪く

しおりを挟む


 左の手の平を胸元の前で広げて、高い天井を見上げる。

「今のは····、」

「見事な舞だったぞ、公子殿!花見酒なんて粋なことをする」

 上機嫌になったの宗主が、盃を掲げてこちらに声をかけてくる。

 正直、このどこからか降って来る無数の花びらたちは、無明むみょうが用意したものではない。

 あの声の主たちがやったのだ。
 その主は、宝玉の主たち。あの声は自分にしか聞こえていなかったのだろう。

(なんで俺が?それに····待っていると言われても困る)

 自分はこの紅鏡こうきょうからは離れられない。
 そもそも彼らの言う神子みこでもない。

 ふと、白笶びゃくやと眼が合った。現実に戻されるように、本来の目的を思い出す。こく、と頷き口元を緩める。目的のひとつは達成したが、これからが本題なのだ。

 長い時間霊力を消耗し、しかも笛を吹きながら舞っていたというのに、無明むみょうは息ひとつ切らしていなかった。

 舞台を下り、そのまま宗主や姜燈きょうひ夫人の前に立つと、ゆっくりと跪いてそのまま頭を下げた。

「出過ぎた真似をしたことを、お許しください」

 予想もしていなかった言葉に、夫人は驚いた顔をしていた。

 いつもの言動からは考えられないほど、謙虚で礼儀正しいその姿に、その場にいる親族の誰もが目を疑う。

「いえ······助かったわ。あなたがいなければ奉納祭自体が成り立たなかったわ」

「母上、こんな奴に礼など不要です。最初のあの姿で十分恥を晒しました。望み通りに罰を受けさせるべきです!」

 虎宇こうはふんと鼻を鳴らして無明むみょうを睨む。その理不尽な言動に、無明むみょうは頭を下げた姿勢のまま、唇を軽く噛みしめる。

「母上、それはおかしいです。あいつはちゃんと舞を舞って、四神の宝玉も浄化されました。それより、藍歌らんか夫人が心配です」

 兄の滅茶苦茶な言いがかりを見ていられなくなった竜虎りゅうこが、思わず反論をする。お前はどっちの味方なんだと、睨まれた。

「とにかく、すべては奉納祭が終わってからだ。あとで使いの者を送るから、それまでは邸で控えているように」

 わかりました、と宗主の提案に頷く。

 そしてまた舞台の方へ身体を向け、広間を後にした。賑やかしい広間を抜けて渡り廊下の方を歩いていた時、ひとりの従者が駆け寄ってきた。それは、いつも邸に膳を運んできたり、周りの世話をしてくれている若い従者だった。

 騒動の際、広間の入り口で遠慮なく衣を引っ張り、必死に止めていたのも彼である。

 いつもの彼は、害虫でも見るような眼差しで、無明むみょうと極力眼を合わせないようにしているのだが、見間違いだろうか。

 今の彼の眼はキラキラと輝いて見えた。

「すごいです、無明むみょう様!私は感動しました!いつものあれは、もしかして仮の姿だったんですかっ!?」

「いつものあれってなんのこと?明日も俺の歌を楽しみにしててねっ」

 くるっと大きく手を広げて回り、あはは~と笑いながらいつもの調子で通り過ぎる。それを目の当たりにして、彼は幻でも見たような顔をしていた。


****


 邸に戻ると、すぐに藍歌らんかの部屋に足を運ぶ。

 まだ顔色が悪く、白笶びゃくやが言った通り、やはり三、四日は安静が必要なのだろう。毒は抜けたと言っていたから、これ以上やれることはなさそうだ。

 寝台の横に座り、そのまま横たわる。乱れる衣などまったく気にならない。

(······疲れた、)

 けれどもこれからが本番だ。宗主の前で、すべてを吐かせる。先程宗主たちの前で跪いた時、親族の席でひとりだけ青ざめた顔をしている者がいた。

 緊張の糸が解けたのか、息が少し乱れ始める。唇に塗ったあの紅の毒が、今頃効いてきたようだ。

(カマをかけるためとはいえ、やりすぎたか)

 あの時、虎宇こうが夫人に罰を与えろと言った時、わざと見えるように唇を噛んで見せた。傍から見たら悔しがってやった行動に見えたはずだ。

 けれど、あのひとだけはそれを見て驚いていた。

(でも····これで、)

 そのまま無明むみょうは意識を失う。

 少しして、人影が現れる。その影は、具合の悪そうな無明むみょうの傍に寄ってその場に座し、自分の膝の上にその頭をそっと乗せた。

「····無茶をする」

 真っ赤な毒の紅が塗られた唇を、衣の裾で丁寧に拭い、藍歌らんかにしたように経穴に鍼をうつ。

「やはり、君だったんだな」

 愛しいものでも見るような眼差しで、白笶びゃくやは柔らかい声音で呟く。
 その意味を知る者は自分以外いない。


 遠い昔に交わした約束。誓い。

 ――――あの日からずっと、君を待っていた。


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【 紅き蝶の夢語り 】~すべてを敵に回しても、あなたを永遠に守ると誓う~

柚月なぎ
BL
✿第12回BL大賞参加作品✿ 修仙門派のひとつである風明派の道士となった十五歳の少年、天雨は、時々不思議な夢を見ることがあった。それは幼い頃の自分と、顔が思い出せない少女との夢。数年前に魔族に両親を殺された過去があり、それ以前の幼い頃の記憶が曖昧になっていた。 夢は過去の出来事なのか。 それともただの夢なのか。 紅き蝶が導く、愛と裏切りの中華BLファンタジー。 ※この小説は、中華BLファンタジーです。BL要素が苦手な方はその旨ご了承の上、本編をお楽しみください。アルファポリスさん、カクヨムさんにて公開中です。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

王道にはしたくないので

八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉 幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。 これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

処理中です...