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第一章 予兆
1-3 金虎の第四公子
しおりを挟む宗主が去った後、先ほどまで穏やかに音を奏でていた縁側の琴をしまい、藍歌と無明は文机を挟み向き合って座る。
無明の部屋は、いつもの如く、書物や竹簡、書きかけの符や、作りかけのがらくたが狭い部屋いっぱいに散らかっていた。
二人の間の文机も、山のように積み上げられた書物で埋もれており、かろうじてそれぞれの顔が見える状態だ。
艶やかな長い黒髪を飾る、赤い花の髪飾りがとてもよく映え、薄化粧だが十分整った美しい容貌の藍歌の表情は、宗主の前で見せていた気丈さを失くし、どこか不安げだった。
一方、同じ黒髪だが、少し先の方に癖のある髪を頭のてっぺんで無造作に括り、赤い紐で結っている無明の表情は、白い仮面に覆われていてさっぱり解らない。
藍歌によく似た薄赤色の綺麗な口元は、いつもの如くへらへらと緩んでいて、不安など一切感じさせないのだ。
「母上、姜燈夫人はなにを仕掛けてくると思う?」
手を頭の後ろで組み、足を崩して無明は楽しそうに言う。他の公子たちとは違い、武術の修錬などしたことがないので腕も細く、色も生白い。声音は女にしては低く、男にしては少し高いため、中性的な印象を受ける。
上背も藍歌とほとんど変わらないため、同じ年頃の子と比べれば低い方だろう。話し方や仕草からは天真爛漫さが溢れ、今も楽しくてたまらないという感情が汲み取れた。
「あなたに金虎の一族の直系が授かる力が無く、将来宗主になどなる資格もないと解っているのに、どうして夫人が敵意を向けてくるのかわかる?」
そもそも自分たちはそういうものに興味がなく、ただ平穏無事に日々を過ごせれば、他にはなにも要らないと思っている。それを宗主も解っているので、生まれてすぐに無明に仮面を付けさせ、この離れに住まわせているのだ。
邸に住む他の公子、親戚、従者や術士、門下生に至るまで、無明のことをなんと呼んでいるか。
痴れ者。つまり、愚か者の公子。従者や民、他の一族の者たちの間では、ちょっと頭があれな公子と言えば、紅鏡の第四公子と皆が知っている。
色々な意味で、一族の誰よりも有名で、誰よりも不名誉な名の轟かせ方をしていた。
「なんでだろう?身に覚えがありすぎてわかんないや。へへ。俺、ちゃんと周知の痴れ者でしょ?」
「その痴れ者と呼ばれてるあなたが、夜にこっそり邸を抜け出して、妖者退治をしているっていう民たちの噂も、ただの噂かしら?」
森の入口近くに祀られている古い祠に、どんな些細な怪異も文を書いて置いておけば解決してくれるという噂が、いつの頃からか流れ始めた。
その噂を聞きつけた民たちが、怪しさより神頼みという気持ちで文を置いていき、その数日後には見事に解決されたらしい。
ある日、同じように文を置きに行こうと森の中を急ぎ進んでいた民が、たまたま運悪く怪異に遭遇し、たまたま文を回収しに来ていた噂の公子に命を助けられ、その噂がさらなる噂を広めたのだった。
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