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第十話 失踪事件の真相

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 激しくなっていく雨は、外套を頭から被り視界が狭まっている天雨ティェンユーの視界をますます悪くさせた。なんとか女の後ろ姿は追えているが、間違いなくこの先に何かが待ち受けているのが目に見える。

 案の定。

 女の足が止まる。途端、雨音に混じって不気味な呻き声が様々な方向から聞こえてきて、複数の気配が近付いて来るのがわかった。

(やはり、そういうことか)

 失踪した村人たちはすでに十人以上いると聞いた。彼らはどこへ行ってしまったのか。特級の妖魔がそれを行ったという確かな証拠もないが、気付いたことがある。しかしそれは仮定でしかない。敵は手がかりを残さず、気配も感じさせず、知力が高いのではないかという、仮定。それができるのは、特級の妖魔だけではないということ。

 昨夜、翠雪ツェイシュエと今回の件について話し合ったのだが、この失踪事件はどこか違和感があると言っていた。同じ村で十人以上も失踪人が出ていること。失踪した者たちは、この村の者ということ以外共通点がない事。

 なんのために村人たちを集めているのか。命じられて動いているとしか思えないその行動は、明らかに誰かを誘い出すための口実のようだ。仮にこの一連の失踪事件が妖魔と関係がないのだとしたら、これを起こした張本人は目的をもって行動しているはずだ。

 その足音はゆっくりと確実にこの場所に向かって来ていた。同時に腐臭が辺りに漂い始める。その臭いの原因であろう者たちが、ふらふらとした足取りで姿を現した。

殭屍きょうし。ここの村の人たちかどうかは正直わからないが、人数的にも間違いないだろう)

 失踪した村人たち、だったもの。顔にできたふたつの空洞は、まるで深淵の闇。眼球がなくなり、身体は腐敗していた。本能のまま動く屍は、この中で唯一精気のある天雨ティェンユーに迷わず向かって来た。

 村人たちは殺され、殭屍きょうしになった。
 否、された?

 それこそなんのためにと疑問が浮かぶ。だが今はそんなことよりも目の前の脅威を排除する方が先だった。天雨ティェンユーは腰に佩いていた宝刀を鞘から解き放つと、その湾曲した刃に自身の指を這わせた。途端、薄っすらと指先に血が滲み、鋭い刃にぽたりと数滴赤い雫が落ちた。

血奏けっそう術、ほむら

 天雨ティェンユーがぼそりと呟いたその瞬間、宝刀に紅い炎が宿った。現れた殭屍きょうしの群れの中心に、自分をここまで連れて来た女がいる。女はゆっくりとこちらを振り向きくすりと口元に笑みを浮かべると、ひとを装っていた皮を剥ぎ取るように一瞬にして別人へと姿を変えてみせた。

 特に特徴のないどこにでもいそうな村の女性の姿から、艶のある長く美しい黒髪を後ろで綺麗に纏めて結い上げている、二十代前半くらいの妖艶な女性が姿を現す。薄茶色の瞳は大きいが少しきつい印象があり、真っ赤な唇が漆黒の上衣下裳によく映えた。下裳は右脚の肌が露出するような衣裳で、上衣も胸の辺りが開けており、豊満な胸の間にある赤い石が付いた首飾りが目立つ。

「あの方の邪魔はさせないわ」

 先程までの弱々しい足取りも誘き出すための演技だったのだろう。

(妖魔、じゃない。あれは、魔族だ)

 飛びかかって来た中年の大柄な男を躱し、炎が宿った宝刀で薙ぐ。その瞬間、男の身体が燃え上がり、耳障りな悲鳴が辺りに響いた。もがき苦しみながらもそれでも抗えない本能に従い、燃えた身体のままこちらに襲いかかって来たが、真っ黒になった足がぼろりと崩れ、手をこちらに伸ばしたまま地面に倒れそのまま朽ちた。

「まだまだいるわよ? 気を付けてね、坊や」

 くすくすと笑って魔族の女がこちらを挑発してくる。彼女にとってこの殭屍きょうしがどうなろうと、関係ないのだろうということがわかる。あくまでも自分を足止めするのが目的で、時間稼ぎをしているのだとしたら。

「あんたはなんだ? あの方って誰だ?」

 答えは返って来ないだろうとわかっていながらも、天雨ティェンユーは問う。殭屍きょうしに気を遣うという概念はないので、そうしている間にも次々に襲って来るのだ。たが囲まれている状態でも天雨ティェンユーは焦る様子がなく、魔族の女は肩を竦めた。

「面白くないんですけど~? もっと、こう、なんだこいつらは!? とか、どうしたらいいんだ!? とか。もう俺はお終いだ~、とか? 盛り上がってくれないとつまらないじゃない。せっかくたくさん死体を集めて踊らせてるのに、拍子抜けよ」

 言って、台詞と合わせて表情豊かに動いてみせる。妖艶そうな雰囲気が一瞬にして消え去ったのは言うまでもない。魔族の女は肩を竦めて不敵な笑みを浮かべると、天雨ティェンユーの反応を待っているようだった。

殭屍きょうしになってしまった人間が元に戻ることはない。誰かを喰らって血の味を覚える前に、ここで葬ってやるのが得策だ)

 天雨ティェンユーは宝刀の炎をひと振りして消してしまうと、今度は左腕を捲って肌に強く刃を当てて、そのまま自身を傷付けた。その行動を見ていた魔族の女は、なにをしているのかまったく理解できないようだ。

「なに? 急に自傷行為とか。頭おかしくなっちゃった? 囲まれているとはいえ、諦めるのはまだ早いんじゃない?」

「別に諦めてなどいない。これが、俺の戦い方だ」

 そう呟いた瞬間、滴った血の雫が地面に落ちる前にいくつも分裂して、薄暗い森に紅い光が次々に生まれていく。

 それはひらひらと天雨ティェンユーの周囲を守るように翅を広げて舞い始め、いつの間にか大小さまざまな無数の紅蝶が姿を成していた。その光景を目の当たりにした魔族の女は、その悍ましくも美しい紅蝶の群れに思わず息を呑む。

血幻影けつげんえい。俺の幻影は紅蝶。悪しき存在が触れれば浄化の炎でその身は焼かれ、やがて朽ちる。さっきの殭屍きょうしみたいにな。それはあんたら魔族ももちろん例外じゃない」

 その言葉を理解すらしていない殭屍きょうしたちが、紅蝶に触れ次々に燃え上がっていく。浄化の炎に焼かれた者たちが燃え上がり悲鳴を上げる様は、けして見ていて気持ちの良いものではない。しかし魔族の女は恍惚な表情を浮かべて、炎に覆われ藻掻く殭屍きょうしたちを眺めていた。

「あら素敵な蝶。ふふ····そういうことね。あなた、道士じゃなくて退魔師だったのね。しかもかなり希少な一族といったところかしら?」

 隠すつもりもない天雨ティェンユーは、紅蝶を周囲に飛ばしたまま、すべての殭屍きょうしが燃えて朽ちるのをただ見ていた。失踪した村人たちは誰ひとりとして生きてはいなかった。殺された村人の器から殭屍きょうしを作ったのは、目の前の魔族の女だろうか?

 紅蝶の群れを挟んで視線が重なる。品定めでもするかのように、女は笑みを湛えたまま天雨ティェンユーを遠目で見ていた。

「綺麗な蝶の御礼に、良いことを教えてあげる」

 唐突に、女は言った。殭屍きょうしたちの行動を観察して紅蝶の特性を見抜いたのか、立っている位置から動く気がないようだ。

殭屍きょうしはあの方のお遊び。実験はまずまず成功ってところかしら? 本能を抑えられない部分は改善の余地あり、と。まあ、足止めにはなったからご苦労様って感じね。あなたがここに来たのは偶然かしら? そんなわけないわよね? じゃあ本当の狙いは、なのか、」

 これがどういう意味かわかる? と含みのある言い方で女は問う。

 天雨ティェンユーは、この女の狙いを勘違いしていた。自分を誘き寄せるためとは思っていたが、その本当の目的は目的のものを奪いやすくするためだったのだろう。つまり、狙いは翠雪ツェイシュエということになる。

(だが、どうしてこの件で翠雪ツェイシュエが出てくるとわかった?この件を持って来たのは風獅フォンシー様だが、厄介事が翠雪ツェイシュエに任されている事を知っている者は多い。そもそも、この女の主の正体もわからない)

 この失踪事件はそもそも翠雪ツェイシュエをここに呼び寄せるための口実。目の前の魔族の女は、おまけでついてきた天雨ティェンユーを引き離すために、わざわざその姿を晒してここまで連れて来たということ。

 
 そして、村人たちはそのためだけに殺され、この計画を企てた者に殭屍きょうしにされた挙句、実験と称して死してなおもてあそばれたのだ。


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