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第四話 雨宿り
しおりを挟む風明山の麓の村。
数軒の店と一軒の宿、他は民家という平凡な村で、風明派の道士たちはこの少し先にある大きな町の方で必要なものを揃えることが多いので、どちらかといえば素通りする村という印象がある。
天雨と翠雪はいつも纏っている衣の上に、薄汚れた灰色の外套を頭から被ることで旅人を装っていた。運良くぽつぽつと雨が降り始めていたので、そのような装いでも悪目立ちすることはない。
春と夏の間の頃。今の頃は雨がよく降る季節だった。ふたり並ぶと天雨の方が少しだけ背が高く声も低いので、初対面の者ならばどちらが年上で立場も上かはすぐにはわからないだろう。
翠雪は十八歳だが、中性的な面立ちのせいもあって、年齢よりも幼く見えなくもない。その上、声も中性的で背もそこまで高くはないため、ひとによっては女性と間違う者もおり、本人はものすごく気にしているようだった。
「雨のせいもあって、誰も出歩いていない。村人の失踪の件もあるから、警戒して当然だろうが」
天雨は視線だけ巡らせて状況を確認する。それに関しては翠雪も頷いて応える。数日前、風獅から依頼されたこの失踪事件の証拠集め。
「あくまでも、これが特級の妖魔によるものだという証拠を集めるのが君たちへの依頼だが、予期せぬことが起きた時は臨機応変に動いて欲しい」
その言葉は裏を返せば、状況次第で好きにしろと言っているようなものだ。予期せぬことが起こらなければ、そんなことにはならないだろうが。
「無暗に話を訊いて回るのは得策ではありません。失踪した村人はこのひと月だけで三人、全体では十人以上と聞きました。最後に失踪事件が起きたのは七日前。となると、そろそろ新しい事件が起きてもおかしくありません」
ただし、まだその妖魔がこの近くにいるという前提での話だが。
「なにを基準に妖魔が村人たちを攫っているのか、なぜこの小さな村の中で多発しているのか、まずはそれを検証する必要があるな」
「では、宿でもう一度この失踪事件の整理をしてみましょう」
少ない情報を基にここに来る前にふたりで話し合ったが、やはり実際その場に行ってみない事にはという結論に落ち着いたのだった。ふたりとも今までこの村を通り過ぎることはあっても立ち寄ることはほとんどなかったため、村全体を把握しているわけではない。
小さな村ではあるが、それなりに広さはある。ほとんどが民家や畑なのだが、山側には深い森があり、風明山の入口まではかなり距離があった。隠れる場所があるとすれば森が妥当だろうが、常に道士たちが出たり入ったりしている中、誰にも気付かれずに身を潜められるものだろうか。
考えられることは多々あったが、とりあえず宿に身を寄せることにした。年季の入った宿は、この村の建物の中で唯一の二階建てだった。民家はすべて平屋で、失礼ではあるが裕福そうには見えない。自給自足の最低限の暮らし、という感じだろう。
「おや、珍しい。お客さんなんて何年ぶりかのぅ」
腰の曲がった人当たりの良さそうな老人が、のんびりとした口調で呟く。どうやら何年も客足が途絶えていたようだ。その割には中は綺麗に整えられていて、この宿の主人だろう老人の細やかさが感じされた。
「じいちゃん、お客さんじゃなくて雨宿りでしょう? この村で民家じゃないのうちだけだし。あ、立ち寄ってくれてありがとうございます。急な雨で大変でしたね。これ、良かったら使ってください」
奥から出て来たのは十代前半くらいの少年で、白い衣の上に臙脂色の羽織を纏っていた。まだ幼い子供特有の可愛らしさが残る少年は、短めの黒髪を無理やり後ろで括り、長めの前髪を真ん中で分けている。
「ありがとうございます。私たち、数日この村に滞在しようと思うのですが、」
「こんななにもない村に? お嬢さんたち、見た感じこの辺りのひとじゃなさそうですけど····」
布を手渡しながら、翠雪を見上げて少年は素直な意見を口にする。この辺りでは見かけないような美しい容貌の客人たちに、少年は興味津々のようだった。が、翠雪の横で天雨が口元を右手で覆い、肩を震わせていることには気付いていないようだ。
「····私たちは旅の途中にたまたまこの村に立ち寄っただけです。どうやら数日雨が続きそうなので、泊まらせていただいても?」
「もちろんです。俺とじいちゃんだけだけど、いつお客さんが来ても困らないように準備だけはしてありますから、ぜひ」
翠雪と比べて背が高く、近寄りがたい雰囲気があるが、少年は物怖じすることなく「あなたもどうぞ」と天雨に布を手渡す。
「助かる。ああ、それと····あまり手持ちがないので、部屋はひとつでいい」
は? と翠雪は横に立つ天雨を素早く見上げる。
「え、そうなんですか? 部屋ならいくつかありますけど····、」
「陽、見たところこのおふたりは親しい間柄のようだから、わざわざ分ける必要がないんじゃよ」
ああ、そういうことか、と陽と呼ばれた少年が納得する。美しい女性と秀麗な少年がふたりだけで旅をしているという状況。こんな村に立ち寄るなんて明らかに訳ありだろう。
身分違いの恋とか?
お嬢様と従者の禁断の逃避行とか?
(····おふたりとも何か勘違いしてません?)
翠雪は陽が自分を"お嬢さん"と言った時点で嫌な予感がしていたが、どうやら彼らの中で自分たちがどういう関係かを勝手に決められてしまったようだ。
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