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第一部

第六話 神の遺体〜極秘の神秘なる力〜

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山岳地帯と花々に囲まれた、外界とは隔離された異郷の土地“南の共和国“
どこか寂れた外壁と、色とりどりの屋根や煙突が立ち並ぶ、釜焼き工房街の一角。
ジルカースたちが尋ねていくと、ヘンゼンは街の隅の小さな市場街に隠れるようにして、こじんまりとした薬屋を開いていた。
「あなたがヘンゼン博士ですね、私は東の国の神子テオです」
「あ、あんたらは……⁉︎」
ヘンゼンはテオの名乗りにも驚いていたが、なによりその隣に居るジルカースの姿に驚きの表情を見せた。
“その人に会えば、今ジルカースが疑問に思っていることについても、きっとわかると思うわ“
昨日のテオの言葉を思い出して、ジルカースはどことなく勘付く。ヘンゼンという老人とジルカースは完全な初対面であった。
ということはつまり、彼ならばジルカースと瓜二つの顔をしたゼロに関して、何かしら知って居るのではないか、とジルカースは思い至ったのである。
ヘンゼンは一見でテオたちの事情を察したのか、そのまま物言わずテオたちを奥の間へと迎え入れた。
使い込まれたソファセットのある六畳ほどの広さの客間へ案内された4人は、そこでヘンゼンが関わった忌まわしき研究の真相を聞かされる事となった。

***

ヘンゼンは十年ほど前に、現在の東国の総司令官レビィ(デオンの直属の上司)の手引きにより、とある”神の遺体”を手に入れていたことを明かした。
そして、それを手がかりに“神力や不老不死の力の根源・起源を引き出す事に成功したこと“
また、“その不老不死の力を、不完全ではあるが、当時五歳だった次期精鋭部隊長継承者のアイラに投与する事に成功していたこと“などを明かした。
ヘンゼンが見せてよこした手記資料は、どれも専門用語や計算記録などが記されていたが、その中に閉じられていた写真に見覚えのあるものを見つけて、ジルカースはハッとした。
それは眠ったように目を閉じてはいたが、紛れもなく“ゼロの面影そのもの“だった。
ジルカースには、過去に師匠にしか明かしていない秘密“神力“があったのだが、それに付随してもうひとつ秘密があった。
師匠の他に、力を分けた相棒であるキスクしか知らない秘密“不老不死の力“である。
ジルカースは師匠と生活を共にしていた暗殺者見習いの頃に、何度か夜襲に遭い死にかけていた。
しかしいずれも驚異的な回復力により、一夜で傷口が癒えていたのである。
ジルカースの師匠は当時、そんなジルカースを毛嫌いすることもなく、弟子として可愛がってくれていた。
今思えば、些細ではあるが幸せなことだったなと、ジルカースは思い返す。
「あたしが若い頃に妙な力を受け継いだとは聞いていたけど、まさかそんな忌まわしい由縁があったとはね」
「神の遺体の姿はな、ジルカースさん、あんたによく似ておった」
「……!」
驚きとともに、やはり、というように頷いたジルカースは、この爺さんなら確実に更なる核心的なことを知っている、という直感を得た。
ジルカースは己が不老不死であることは伏せて、”己にも神力や不思議な力が備わっている”と明かすと、ヘンゼンは”やはり”という反応を見せた。
「いや、そもそもあれは遺体だったかどうかも怪しいのじゃ。心臓は止まっていたが息はしておった、あれこそ人ではない存在の証」
「ではその神とやらはまだ生きていると……?」
ジルカースがそう問うと、ヘンゼンは忌まわしい記憶を思い出しながら、危機迫った表情で頷いた。
「ああ、レビィが何かしらしておらねば、今も国の地下施設で厳重に管理されているはず。もしあの神力や不老不死の技術を悪用するものの手に渡れば……」
「東の国で驚異的な力が生まれ、またそれによる他国侵攻が始まる事もありうる、そういう事か」
キスクの言葉に再び頷いたヘンゼンは、いよいよ忌まわしい記憶の波に飲まれたのか、頭を抱えてかがみ込んだ。
「わしはそれが恐ろしくなって、あの国を脱してきた。もう関わることはないと思っていたが、どうやらお前さんにはそれらを知る必要があると見た」
核心へ迫らんとするヘンゼンの言葉に、四人は視線を合わせると、息を呑み頷いた。
ヘンゼンが心底恐れているように、どこかでふとしたピースが狂っていれば、このヘンゼンもレビィに消されていてもおかしくなかったはずなのである。
今後お互いに安息の時を過ごせる保証もないとなれば、ここで詳細を聞いておくべきであろうことは確実だった。
「レビィは確か、神の精神体は何処かへ消えたと言っておった、消滅した訳では無いらしい。また、神殺しの剣を探しているとも言っていたな」
「そいつは昔話に聞く三種の神器の刀(かたな)の事じゃないか?」
キスクの問いに、ヘンゼンも“同じくそれを思い浮かべていたこと“を明かした。

三種の神器、それはこの世界に古くから昔語りとして記録のある、所在不明の武具である。
そのうちのひとつである、神にも値する不老不死の存在すら殺すことができると言われる刀は、世界のどこかに封印されていると言われていたが、いまひとつ物語の域を出ない噂話ではあった。
「昔話の刀なんて本当にあるのかしら?」
「なんだかいまひとつまゆつばくさい話ではあるねぇ」
女性陣二人が疑問を呈したところへ、ヘンゼンは科学者らしからぬ憶測であることをことわったうえで続けた。
「神の遺体が存在する以上、昔話の刀とてどこかにあるのじゃろう。レビィがその神殺しの剣で何をしようとしているのか、真相ははわからぬ。だが止めなければ何か確実にまずい事になる気がするのじゃ」
ヘンゼンはおもむろに立ち上がると、外見的な年齢差も厭わず、ジルカースたちに頭を下げて頼みこんだ。
「見たところあんたがたは腕に覚えのある者と見た。どうかレビィのおぞましい計画を止めてはくれぬだろうか」
ヘンゼンの頼みに顔を見合わせた一同は、ここまで来たら一蓮托生だとそっと頷きあって、ヘンゼンへ顔を上げるよう言った。
「大丈夫だ、あんたからの依頼は必ず遂行してやる、俺もレビィには山ほど聞きたい事があるからな」
ジルカースの言葉にありがとうと言ったヘンゼンは、しわくちゃに年老いた手のひらでジルカースの両手を握り締め、深く感謝した。
ジルカースらはその夜、ヘンゼンにより手配された街の一室で、新たに明らかになった真相を前に、各々思うところを思案しながら眠りについた。

***

しかし明けた翌朝、一番非武力者であるテオだけが、部屋からも街からも忽然と姿を消していた。
ジルカースの枕元には、テオの筆跡で置き手紙があった。
『ありがとう、ジルカース、みんなも。ここまで巻き込んでごめんなさい。どうか幸せに』
ここまで常に一緒であったライは、リードで引き留められるように取り残され、行方しれずとなったテオの身を案じるように寂しそうに鳴いていた。
「テオ……!」
西の国での件もあり、“テオは自ら身柄を引渡しに行ったのだ“といち早く勘づいたジルカースは、反射的にひとりどこへ向かうでもなく飛び出した。

しかしそこで、また周囲が静まり返っている事に気付く。
地を這う蟻が動きを止めているのを目視したジルカースが、また気配を感じ取ると同時に”彼”はいつの間にかジルカースの目の前に居た。
「きみはいま東の国へ飛び込もうとしているね」
「ああ、テオを救い出す」
「たとえ自分や仲間を危険の巻き添えにしてでもかい?」
「もうテオは俺にとって大切な人だ、見捨てる訳には行かない」
”事態がまた悪い方へ転がろうとしている”と呟いて、ゼロはどこか人とは違う目線から世界をを見ているかのように、時間の止まった空を見上げた。
穢れのない青空にのんびりとした雲が浮かんでいたが、この街だけ時間が切り取られたかのように、すっかり動きを止めてしまっていた。
「……レビィが神殺しの剣を手に入れようとしている、きみはテオも皆も助ける覚悟はあるか?もちろん己が決して死なないという覚悟も」
“もちろんだ“と躊躇いなく答えたジルカースへ、ゼロは中性的な目元を憂いげに伏せる。
そして“覚悟していた“というように、小さく頷いた。
「ならばこの力をきみに授ける」
その途端、一陣のふわりとした風が吹き抜け、ジルカースのピアスに不思議な七色の光が宿った。
「この光が指し示す方角に神殺しの剣がある、きみが真にテオを仲間を助けたいと願うなら、神殺しの剣は奴らよりもきみが先んじて手に入れなければならない」
「……だがもたもたしていればテオがどうなるか」
「いま東の国の覇権を握った奴らは、神子を神の代行者に祀りあげたいだけなのさ」
”お前は一体何者なんだ?”と問いかけたジルカースへ、ゼロは穏やかに笑んで答えた。
「いずれわかるよ、おれときみの記憶が全てよみがえった時に」
そこでゼロの姿は霧霞のように掻き消えた。
当たりを見回したが、時はすでに動き始めていて、ゼロの気配は全く感じられなくなっていた。

キスクとアイラたちが待機する宿へと戻ったジルカースは、理解されないであろうことは承知で、ここまでのゼロとの出来事を二人に話して聞かせた。
昨晩聞かされた通り、互いに非現実的な不老不死という力を得ているキスクとアイラであったためか、不可思議なゼロの存在に関してもとりあえずは理解したようだった。
ゼロから与えられたピアスの光が、北の国方面を指し示していたことにより、ジルカースは急ぎ北の国カンキへ向かうことを提案する。
「北の国へ向かうって言ったって、俺たちの動向は敵方に割れてるんだろ?東の国の協力国である北の国へ向かうのは危ないんじゃねぇか」
「そこを突破してでも、今は北の国にあるという神殺しの剣を探さねばならん、剣が奴らの手に渡れば俺たちがどうこうの話では済まなくなってくる」
「そいつもそうだね……まあ手札はひとつでも多い方がいい。あたしはジルカースの案に賛成するよ」
話し合いの結果、ジルカースたちはピアスに宿ったゼロの道標を手がかりに、一路、北の国へ向かう事とした。
また、今後は予想できない危険地帯も出てくるであろうことから、比較的安心して過ごせる南の共和国に、一旦アイラの私兵である子供たちとライを置いていくことを決断した。
「ヘンゼンさんも東の国から狙われている身の上だ、しばらくのあいだ護衛してやっとくれ」
”必ず戻る”と約束して、一行は入手していた飛龍にて、極寒の北の国へと向かった。

***

ピアスの道しるべに従い、雪深い北の国へ向かうやいなや、ジルカースたちは街の手前にある遺跡の門前で、遺跡探索関係者と揉めている男に出くわした。
飛龍にて降り立ったジルカースを見るやいなや、揉めていた男は酒瓶片手に”おうおう、懐かしい奴がいるもんだなぁ”と笑った。
「師匠じゃないか……!久しぶりに会ったと思えば、こんな所でなにをしている」
酒に酔っ払って酔い醒ましにと散歩に来た挙句、遺跡に迷い込みそうになった所を止められたらしかった。
「あんたみたいな酔っ払いがプラプラ入っていいところじゃねぇ、帰りな」
「俺を誰だと思ってんだ、かの名うての暗殺者ジルカースを育てあげたグライドだぜ」
グライドと名乗った男を、遺跡関係者の男二人が呆れたようになだめる。
「へいへい、世迷いごとは宿屋に帰ってからしなよ旦那」
「そちらの皆さんはこの旦那の知り合いですかい?」
まさかこのタイミングでその本人だと名乗る訳にも行かず、ジルカースはグライドの息子だと名乗って彼を回収するに至った。
ピアスの道しるべが遺跡の奥を指していたこともあり、先を急いでいたジルカースたちはいったん街へ向かうのもなんだと、そのまま封印されているらしき石造りの遺跡の奥へ、人目を避けるように迂回する形で向かう事になった。
「このおっさん、連れて行って本当に大丈夫なのか?」
「これでも俺を鍛えた師匠だ、心配要らん」
「昔のジルカースは風呂の入り方ひとつ知らなくてな!暗殺者としての生き方も含めて、俺がひとつひとつ教えてやったんだ」
「その話は酒に酔うたびにもう百回は聞いた」
そんなグライドとのやり取りをするジルカースを、キスクとアイラはどこか微笑ましく見守っていた。
「ジルカースの旦那にもこんな人間くさい一面があったとはなぁ」
「確かに、ジルカースはどこか浮世離れしたとこがあったからね。もっとも昔はそれ以上にそんな感じだったようだけど」
どうして急に俺の前から姿を消したんだ、と問いかけたジルカースに、グライドはやや気まずげに口ごもってから言った。
「……怖くなったんだ、お前に元々備わっていた驚異的な神力、それに加えて驚くべきは技術の吸収力、学習力の速さだった。俺は生まれてこの方、お前ほど器用な男を見たことがねぇ。それこそ常人離れした物事の吸収力、それが怖くなって、俺はお前のそばから逃げ出したんだ」
そのリボルバー銃は別れの餞別のつもりだったが、まだ大事に持っていてくれたんだなと言って、ジルカースの頭を撫でたグライドは”すまなかった、ありがとう”と言った。

数多の石階段とアーチ門を越えると、雪に埋もれ冷えきった遺跡の奥へ辿り着く。
一回りほどの石舞台のような場所の奥に、白字の魔法陣にて書き記されたような封印が施された扉があった。
固く閉ざされ、キスクが押してもびくともしなかった観音開きの扉は、ジルカースのピアスから伸びた七色の光が当たると同時、容易にその封印を解いた。
開いた扉の奥には、蒼の宝玉が夜空に散る星々のように埋め込まれた、仰々しい漆黒の刀が突き刺さっていた。
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