初恋相手と祠の呪い

ずー子

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「伊織は大学は東京戻るんでしょ?」
「へ?」
 教室で何人か集まって昼食をとっている時、突然クラスの女子が聞いてきた。伊織は驚いて箸を止める。
「え?あ……うん、多分」
 曖昧に返事をするが、伊織自身考えてもいなくて答えられなかった。
(なんで…考えてないんだろ…)
 伊織は時折、自分の人生が自分以外の何かによって決められているような錯覚に陥ることがあった。
「伊織は東京に帰っちゃうのかぁ……なんか寂しいなぁ」
 隣に座っていた女子が寂しそうに呟くと、他の子もそれに同意するように口々に言い出す。
「そうだよねぇ……」
 なんだか居心地が悪くて思わず俯くと聡介と目が合った。彼は優しく微笑む。
「聡介は?もうどこ行くか決めた?」
「俺は……」
 聡介が口を開く前に、別の女子が割り込んでくる。
「聡介は地元に残るんだよね?」
「いや、成績で決めるかな。4年くらいはここを離れても問題ないし」
「えー、聡介いなくなっちゃったらつまんないよ!」
 女子が不満そうに言うと他の子も同意するように頷いた。その様子を見て聡介は苦笑いを浮かべる。
「はは、ありがとう。でもまだ先の話だし……」
「でも聡介って頭もいいから大学も選びたい放題でしょ?」
「まあね」
(……あれ?)
 伊織はふと疑問を感じた。確かに聡介は頭が良いが、だからといって地元に残らない理由にはならないはずだ。だが彼は当たり前のようにそう答えた。まるで最初から決めていたかのように。
「……っ」
(なんだこれ……)
 胸がざわつくような不快感を覚えて伊織は思わず胸を押さえた。
「…大丈夫?伊織」
 聡介が心配そうに顔を覗き込んでくる。だが伊織は上手く返事ができなかった。
「あ、うん……」
 やっとのことでそれだけ言うと、聡介はさらに心配そうな顔になる。
「顔色悪いよ?保健室行く?」
「……いい」
 そう言って首を振ると彼はそれ以上何も言ってこなかった。その優しさに安堵しつつも、同時に不安も覚えた。
(俺、どうしちゃったんだろ)
 そんなことを考えているうちに昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったので慌てて食べ終わる。考えてはいけない、と頭の奥で警鐘が鳴る。だが、考えずにはいられない。違和感の正体を、伊織は確かめずにはいられなかった。
***
「ん…気持ちよかった」
 大きな聡介の家の風呂で思う存分リラックスした伊織は、慣れた様子で渡された寝間着に袖を通し大きく伸びをする。
「それはお風呂のこと?」
 寄りかかられた聡介は丁寧に伊織の髪を乾かしながら聞いてくる。伊織はくすぐったさに笑いながら答えた。
「どっちも……なんか、悪いなって」
 この家に来るたびにそう思わずにはいられない。風呂といい、服といい、まるで自分が聡介の家に居候しているような錯覚に陥るのだ。だが聡介はそれを咎めることなく優しく微笑むだけだった。
「気にしないでいいよ。それに……」
 ドライヤーの電源を切ると彼は伊織の耳元に唇を寄せた。そして囁くように告げる。
「……俺はずっとここに居てほしいって思ってるから」
「っ!」
 驚いて振り向くと聡介は悪戯っぽく笑う。そして伊織の手を取るとそこに口付ける。くすぐったさに身体を捩ると、彼は更に追い打ちをかけるように舌を伸ばしてきた。
「あ……」
 ぬるりとした感触が指先に走る。思わず声を上げるが聡介は全く気にしていない様子で指を口に含むと軽く歯を立てたり吸ったりする。その度に背筋がぞくぞくして身体が震えた。
「ん……っ」
(なんか、変だ……)
 暗闇に聡介の目がなぜか黄金色に光って見える。その瞳に見つめられるだけで頭がぼーっとしてきて思考が曖昧になっていく。
「伊織……」
 聡介は熱っぽい声で名前を呼ぶと、そのままゆっくりと押し倒そうとしてきた。だがその瞬間、廊下から足音が聞こえた気がしてハッと我に帰る。
「あ、あの!俺もう帰るな!」
 慌ててそう言うと聡介を押しのけるようにして立ち上がるが、彼は不満そうな表情を浮かべた後、再び手を伸ばしてきた。
「待って」
(え……)
 腕を掴まれて引き戻される。そしてそのまま強く抱きしめられた。
「ちょ、ちょっと……」
 慌てて離れようとするが聡介の腕の力が強く抜け出せない。それどころかさらに強い力で引き寄せられてしまう。
「あ、あの……もう帰るって」
「まだいいでしょ?」
「でも、俺明日も学校だし」
 なんとか逃れようと言い訳をするが彼は聞く耳を持たない。それどころか伊織の首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぎ始めたのだ。くすぐったさに身を捩ると今度はべろりと舐められる。その感覚に思わず声を上げる。犬のようだ、と思っていたが、この強引さはもっと大きくて強い獣のようだ。
「は、離して……」
 伊織がそう言っても聡介は一向に離そうとしない。それどころか強く吸い付き始める始末だ。その刺激に背筋がぞくぞくとしたものが走り身体が震えた。そんな伊織の様子を見たからか聡介の手はさらに大胆になっていく。寝間着の隙間から手を入れて肌を撫でてくる。
「誰もこの屋敷の人間は、俺に逆らうことは出来ない」
「っ!」
 乳首を攻められ固くなった下半身を伊織の尻に当ててくる。いつも穏やかで優しい聡介からは想像できないほど強引な行動に伊織は恐怖を覚えた。
「や、やだ……っ」
「大丈夫、怖くないよ」
 聡介は優しく微笑むと今度は伊織の下着の中に手を入れ直接ペニスに触れてくる。そしてゆっくりと扱き始めた。その直接的な刺激に耐えられず思わず声を上げる。
「あ、あっ!だめぇ……!」
 だがそんな伊織の言葉を無視して聡介は更に強く扱いてきた。
「浴衣似合うね…脱がしやすいし」
 そう言って帯を解くと、今度は直接触れてくる。先走りで濡れそぼったそれを手で包み込み上下に動かすと伊織の口から甘い声が漏れる。
「あ……っ」
「気持ちいい?」
「ん……っ」
 素直に頷くと聡介は嬉しそうに微笑んだ後、再び唇を重ねてきた。舌を入れられ口内を犯される感覚に頭がくらくらする。その間も手の動きは止まらず、むしろ激しさを増していった。
「ふあ……っ!だめぇ……!」
 限界を訴えるが、それでも聡介は手を休めるどころかさらに激しく動かし始める。
「風呂出たばっかなのに…汚しちゃうね」
「ひっ……あ、やだぁぁ……!」
 耳元で囁かれながら激しく攻め立てられるともう耐えられなかった。びくびくと身体を震わせて達すると精液が飛び散った。そして同時に浴衣にも飛び散る。聡介はそれを見て妖しく微笑んだ後、伊織の下着を剥ぎ取り両脚を大きく広げさせた。
「っ!」
 恥ずかしさに顔を背けようとしたが、すぐに引き戻されてしまう。
「ふふ、可愛い……」
 そう言いながらアナルに触れてくる。入口の周りを撫でられるだけでぞくりとする。
「大丈夫だよ…この屋敷もこの街も、誰も俺に逆らうことは、できない」
「あ……っ」
(まただ……)
 聡介の目が黄金色に光る。その目を見ると何も考えられなくなってしまうのだ。
「伊織……」
 名前を呼ばれるだけで身体が熱くなる。そしてそのままゆっくりと挿入された。
「ん……あぁ……!」
 痛みはなかった。むしろ待ち望んでいたかのように中がきゅうっと締まるのを感じる。それに気を良くしたのか、聡介は腰を動かし始めた。最初はゆっくりだった動きは次第に早くなっていく。パンッという肌同士がぶつかり合う音とぐちゅという水音が入り混じった音が部屋に響く。
「あっ!あ、んっ!」
「伊織……」
 聡介の動きはさらに激しくなる。それと同時に彼の息遣いも荒くなった。そして一際強く突かれたと同時に中に熱いものが注がれる感覚があった。その刺激で伊織もまた再び達してしまう。だがそれでもなお、聡介は動きを止めなかった。さらに深くまで突き入れてくる。そのまま何度も抽挿を繰り返しながら、彼は耳元で囁いた。
「まだ足りない…もっと欲しい…ね、伊織…いいだろう?」
「あ、あぁ……」
(だめ……)
 頭の中ではダメだとわかっているはずなのに身体が勝手に反応してしまう。まるで自分のものではないかのように言うことを聞いてくれない。
 布団に押し倒され、再び聡介が覆い被さってくる。そしてそのままゆっくりと動き出した。
「あ……っ」
(気持ちいい)
 一度達したことで敏感になった身体はすぐに快楽を拾い上げてしまう。こちらに越してきて、聡介と関係を持って、伊織の身体はすっかり作り替えられてしまっていた。
「伊織……」
「あ……んっ」
 名前を呼ばれる度に胸が熱くなる。まるで暗示にでもかかったかのように頭がくらくらしてくる。このまま身を委ねてしまいたいと思うほど、今の伊織には理性が残っていなかった。
***
 結局、あれから朝まで何度も求められ続けたせいで、翌日は寝不足と疲労でフラフラだった。だがそれでも学校に行かなければならないためなんとか起き出すことにしたのだが。
「え?今日休むの?」
 朝食を運んできた聡介が驚いた様子で言ってくる。
「……誰のせいだと」
 恨みがましい目で睨みつけたが聡介は気にする様子もなく「ごめんね、俺のせいだね」とニコニコしながら言うだけだった。
(絶対悪いと思ってないな……)
 伊織はため息をつくと諦めて大人しく朝食を食べることにした。
「じゃあ俺は学校行くから、大人しくしてるんだよ?」
「………」
 恨みがましい目で爽やかに制服を着た聡介を見送ると、伊織は布団に潜り込んだ。
「あー……怠い……」
 昨日散々抱かれたせいで身体が重い。だが、それでもなんとか起き上がり着替えることにする。
「あいつ…本当何なんだよ…」
 聡介は伊織に甘い。優しいし、いつも気遣ってくれるし、何より伊織のことを愛してくれている。だが時折見せる彼の強引さには戸惑うばかりだ。
「それに…」
 初めて聡介と会った時のことを思い出そうとするが、聡介は肝心なことを隠している。それが伊織にとって一番気にかかっていた。
「……あの場所って、もしかしてここの敷地なんじゃ…」
 肝試しで訪れた、伊織にとってのトラウマである場所。あの場所こそ、聡介の一族の所有する土地だったのではないか。
「……っ」
 そう思うと背筋がぞっとした。もしそうだとしたらなぜ自分は今までそれを忘れてしまっていたのだろうか?
「なんで……」
 考えたくないはずなのに、一度気になり出すと止まらなかった。伊織は立ち上がると慌てて部屋を出た。そしてそのまま屋敷を出て山の方へと駆け出す。
(確か……)
 記憶を頼りにして森の中を進むがなかなか見つからない。それでも諦めずに探しているとやがて開けた場所に辿り着いた。そこには小さな社がぽつんと建っていた。
「あった……!」
 思わず声を上げるが、それと同時に既視感を覚える。
(やっぱり、そうだ…!)
 伊織は確信すると同時に恐怖を覚えた。この場所を知っているということは、つまり自分はこの場所を訪れていたということだ。あの時より綺麗にととのえられていて、雑草もなく、手入れが行き届いている。伊織は意を決して中に入った。
「え…」
 社は空っぽで、ただそよ風が心地よい場所だった。伊織は力が抜けてその場にへたり込む。そして頭を抱えた。
(一体どうなってんだよ……)
 混乱していると、どこからか、声がした。
『我らが姿を現す価値があるとでも思ったか…?クク…』
「え…?」
 どこからともなく聞こえてくる声に顔を上げる。
『おや…カミノオトコでの飼い猫ではないか…』
(カミノオトコ…もしかして…)
「聡介のこと…?」
 伊織の問いかけに不意に陽の光が遮られ、風が起こる。
『アレは良い…見目も良く、聡明で忠実だ…我らに贄を惜しみなく与え望むものは全て与えてくる…稀代の器よ……』
「贄?」
『我らは神…ヒトが我に何を供えるかなど、たかが知れている』
「……っ」
 伊織は息を飲む。そしてようやく思い出した。あの祠で皆が悲鳴をあげていた理由。だがその記憶すら今の今まで忘れていたのだ。
『クク…アレの飼い猫ならば魂に触れるのはやめよう…なんせ、アレはお前を手に入れるために我らに忠誠を誓ったのだからな…?』
「え…?」
 雲で遮られたのだろう。光が遮られ、闇はまるで巨大な獣のような姿へと変わっていく。
『のう、幼き小さな猫よ…?何故この地方は災いが起こることも、諍いが起こることもなく、豊かながらも限られた人のみが生活し、その一部がこの国を牛耳るまで力を得るか、分かるか…?』
 伊織は首を横に振る。
『それはな、全て我らの恩恵だ…贄としてヒトの魂を奪い、その対価として我らの眷属がヒトを導くのだ……全く、我に対する供物ほど高価なものはない……』
「それって……」
『お前が我らの存在を認識しても尚、祠のことを思い出さぬように暗示をかけておいたのだがな?』
 獣はそう言って笑う。そして再び口を開いた。
『まあ良い、アレの飼い猫であれば下手に手を出すと気分を損ねてしまうからな…』
「ひゃっ…!」
 す…と影が近づいてきて、伊織は慌てて身を引く。
『見れば見るほど愛いやつよ…アレが我らに忠誠を誓ってでも手に入れたいと望むだけはある……』
「何言って……っ」
『ゆめ、口にするでないぞ?アレにバレて機嫌を損ねればどうなるか……分かるだろう?』
「……っ」
『クク……そう怯えずとも良い。我らはただ、お前とアレの関係を見て楽しむだけだ……』
 そう言って獣は再び笑った。そしてそのまま影の中に消えていく。同時に辺りを覆っていた闇が消え去り、陽の光が差し込む。伊織はその場に座り込んだまま動けずにいた。
(なんなんだよ……これ……)
 自分の知らないところで何か大きなものが動いているような恐怖を覚えると同時に不安が募る。気づいたら自分の身体をきつく抱きしめていた。
***
「伊織……?」
 放課後。学校から帰ってきた聡介は、自室で布団にくるまりながら寝ている伊織を見て首を傾げた。
「どうしたの?そんなに無理させ…わっ!」
「聡介っ!」
 ばっと布団を跳ね除けながら伊織が勢いよく抱きついてくる。その勢いに聡介は一瞬驚いたもののすぐに抱きしめ返した。
「ど、どうしたの」
「……っ」
 伊織は無言で首を横に振るばかりだ。だがそれでも何か言いたげな様子で口をつぐんでしまうため、とりあえず落ち着くまで待つことにする。しばらくすると落ち着いたのかゆっくりと口を開いた。
「聡介…」
「うん、俺はここにいるよ?」
「…一緒に東京いこ…?」
「え?」
 突然の発言に思わず聞き返す。すると伊織は今にも泣き出しそうな声で答えた。
「怖い……」
「何が……?」
「何か、わからないけど……ここにいちゃダメだ」
(何かあったな)
 聡介は直感的にそう思ったがあえて口にしなかった。代わりに優しく頭を撫でるとゆっくりと告げる。
「大丈夫だよ、俺が一緒にいるから」
「……ん」
 それを聞いて安心したのか小さく頷くのを見て安堵する。だが、内心は留守に家出して怖い思いをしたであろう猫を、窘めたくなる気持ちでいた。
***
『そう言えば聡介、お前が来ぬ間、猫が一匹、迷い込んで来おったぞ…?』
 クク…と山神の笑う声が響く、聡介はやれやれと思いながら服を脱ぎ身支度を整える。
『愛らしい子猫だな…お前が執心するのもよくわかる…』
 揶揄われている、聡介はため息をつくと「よく言って聞かせます」とだけ返した。端整のとれた肉体に整った顔立ち、聡明で穏やかな性格。これら全てはこの『神』に捧げられた供物だ。全ては叶わぬ恋を成就するために、聡介自らこの『神』に魂を捧げた。
「それで?今日はどういった御用で……?」
 聡介は山神のいる祠の前に座り込み頭を垂れながら尋ねる。
『なに、我らの眷属が新たな贄を求めておるようでな…?』
「こちらに運ばせますか?それとも…」
『場所は問わぬ。そうだな、何なら人の多い街でも構わぬぞ?』
「…承知しました」
 深々と頭を下げたままの聡介の顎に、巨大な爪が触れられる。そのまま顔を持ち上げられ、異形の神と目を合わされる。その目は黄金色に光っており、聡介はまるで魅入られたかのように動けなくなった。
『クク……良いぞ、お前の魂は甘美だ……』
 山神はそう言うと、じっと聡介を見つめる。
『聡介、答えよ。お前の忠誠は誰に捧げられているか?』
 聡介は目を逸らさずに異形の神を見つめると、薄く微笑む。
「勿論、貴方様です。我が主」
(伊織を手にし続けるためなら、俺は何だってする)
 その目は人ではなく、神と同じ黄金色をしていた。
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