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 元勇者の俺は、魔王との戦いを終えて生まれた村には戻らずに、王都へと移り住むことにした。故郷は恋しい。だけど、あの村に戻ると、共に戦い死んでいった仲間たちを思い出し、胸が張り裂けそうになる。
だから、王都へと移り住んだ。
 だけど、みんながいたから勇者としての責務を果たせたのも事実だ。俺はひとりじゃ何もできなかった。
 魔王が滅んでからの日々は、あまりに退屈だった。
退屈だったが、この暇な日々が俺には必要なのだと思い直し、ひとりもそもそと日々を過ごした。そんなある日のことだった。
「勇者エランの家はここかー!」
 晴れた早朝、家の外から聞こえる声に俺は目を覚ます。やめてくれ!今の俺はその身分を捨てた身なんだ。
「勇者エランの家はここかー!」
 再び聞こえた声。おいおい、やめてくれよ。もう勇者じゃないんだから…
 布団に潜るも、俺の名を叫びながら戸を叩く音は鳴りやまない。勘弁してくれ。俺はもう、一般人なんだから……!
「おーきーろー!」
 そんな大声を上げないでくれ!近所迷惑だろ!慌てて寝間着のまま外に飛び出る。
「ちょ!近所迷惑だから!」
 ボサボサの髪に寝起きの俺は、扉を開けた先に目を疑うような美少年を視界に捉えた。
「お前が勇者エランか!」
「……人違いです」
 俺は扉を閉めた。そして、寝間着から普段着に着替える。
「お待たせしました、俺がエランです」
 勧誘とかならまだしも、美少年相手にあの出で立ちはだめすぎる…! 
 だが、俺の葛藤や行動を他所に、眼の前の美少年は笑い始めた。
「…は?」
 なんて失礼なやつ!と思っていたが、銀髪の美少年はひとしきり笑うと、涙を拭って笑う。
「知ってるよ?何年一緒に過ごしてきたと思ってるのさ」
「え?えぇ?」
 混乱する俺の頬を掴むと一気に引き寄せてくる。
「俺だよ?エラン。使い魔のミウだよ」
「ミウ!?え!なんで!?」
 驚く俺を余所に、美少年もといミウは笑顔を崩さない。そして、俺の頬を両手で挟むと額を当てる。
「会いたかったよ。エラン」
 俺は突然のことに頭が真っ白になるのだった。
 ミウはかつて俺とともに魔王討伐に出た旅の仲間の一人で、魔王から俺を庇って命を落とした大切な相棒だった。でも確か、ふわふわの銀狐だったはずじゃ……?
「エランに会いたくて、神様にお願いしちゃったんだ」
 えへへと笑うミウは、確かに俺が知っているミウそのものだった。ふわふわの銀狐が美少年……いや、美青年……?に変わっただけ?いやいや、俺は夢でも見てるのか?
「ミウ……なのか?」
 我ながら間抜けな言葉だと思う!俺の言葉に満面の笑みを浮かべるミウ。そして俺をぎゅっと抱き締める。
「そうだよ、会いたかった…」
 ふわふわの銀狐の名残の髪がふわふわと頬を掠める。あぁ、本当にミウなんだ。
「会いたかったよ……」
 俺の目にも涙が浮かぶ。俺もずっと、ミウに会いたかった。
「うん、俺もだよ」
 しばらく抱き締め合い、それから俺たちは近くのカフェに場所を移した。
「いやー、まさかあの勇者エランが一般人として暮らしていたなんてね」
「やめてくれよ。もうその肩書きは捨てたんだから」
 カフェのテラスでコーヒーを飲む。うん、美味い。ミウもコーヒーを飲みながら笑った。
「俺ね、神様にお願いしたんだ。勇者エランと同じ世界に生まれ変わりたいって」
「そうなの?」
「うん!だってね……」
 そこで急に押し黙るミウ。何か言いづらそうにしているミウに俺は首を傾げる。
「……まあでも、性別までは変えて貰えなかったけど」
「?なんて?」
「何でもない!それより、今はエラン何してるの?」
「あ、俺?今は田舎で畑を耕してる」
 俺の答えにミウが大爆笑する。そんなにおかしなことは言っていないつもりだが?
「あははは!勇者エランが田舎で畑とか!似合わない!」
「うっさいなぁ。農業舐めるなよ?」
「ごめんごめん!でもさ、本当にエランって相変わらずだよね。あ、悪い意味じゃなくて!」
 慌てて訂正するミウに思わず俺も笑ってしまう。
「で?ミウは?」
「俺?俺はね、学生してる」
「学生?」
 俺の疑問にミウはカップをテーブルに置くと話始めた。
 ミウが言うには、人に生まれ変わったらまず学校に通わせて欲しいと言ったらしい。そこで出会った仲間たちと出逢い、また共に戦い、過ごす中で楽しいことをたくさん知った。中でも一番の楽しみは、恋をすることだとか。
「俺ね、初めて人が人を好きになる感情がなんなのか、知ったんだ」
 嬉しそうにミウは話す。まぁ、美少年に育ったんだし、それなりに恋愛経験もあるのだろう。だが俺は何となくモヤッとした気持ちになる。ミウの一番はずっと俺であって欲しいなんて、女々しいな……と苦笑いをする。
まあでもミウが幸せならそれでいい。今更あんな過酷な戦いに身を置くことも、ましてや命を貶すようなことも、経験してほしくない。
「…でね、エラン。その、お願いがあるんだけど……」
「何だ?ミウの願いなら何でも叶えてやるよ?大事な命の恩人なんだから」 
 俺が笑うと、ミウはなぜか顔を真っ赤にして俯く。どうしたのだろうか?熱でもあるのか?と心配になり、俺は席を立ってミウに近づき額に手を当てる。
「え!あ、いや!だだ大丈夫だよ!」
「……顔赤いぞ?」
「そ、それは……その……そんなことされたら…」
 モジモジとするミウに、俺は首を傾げる。
「ん?何か言ったか?」
「な、何でもないよ!」
 それからミウは何やら落ち着きなく辺りを見渡すと意を決したように俺を見つめた。
「え、えっと……」
 そして一度息を吐き出すと続ける。
「あのね……エラン。俺、またエランと一緒に居たいんだ」
 その言葉に俺は目を丸くさせた。それはそうだろう!だってあの戦いは危険と隣り合わせのものだった。
「ミウ……それは……」
「わかってる!危険なことだっていうことは、俺もよく知ってる!でもね、それ以上にエランと一緒に居たいんだ」
「ミウ……」
 俺を見つめる瞳は真剣だった。
 俺は少しだけ考えて口を開く。
「ありがとう……そう言ってくれるのは嬉しいよ」
 俺の言葉にミウの表情が少し曇る。あぁ、違うんだ!俺の言い方が悪かったな。慌てて言葉を付け加える。
「でもな?俺はもう戦いからは引退してるんだ。さっきも言ったろ?街に家を構えて、王様から与えられた農地を耕し、本を読む。それが今の俺の生活なんだ。ミウ」
「エラン…」
「俺はもう、目の前で大事な仲間が俺のために死んでいくのを見たくないんだよ」
 お前みたいに、俺の言葉にミウは押し黙る。あぁ、そんな顔させたいわけじゃないのに……。
「だからさ、ミウ。俺はもう戦えないんだよ」
俺の言葉を聞き終えると、ミウはにこりと笑った。
「わかった!」
 俺の言葉にミウは元気よく返事をする。
「どうせエランは家のこともちゃんと出来てないだろう?髪もボサボサだし、あれじゃあ心配だから俺もエランと一緒に暮らすことにするよ!」
「え?」
 あれ?何だか変な方向に話が進んでいるぞ?俺はただ、ミウを危険なことから遠ざけたかっただけなのに……。
「ま、待ってくれ!ミウ!それは……」
「待たない」
 俺の言葉を遮りミウは続ける。
「俺はエランの使い魔だから。生まれ変わっても俺がエランの命を守るよ」
 あれ?話がずれている気がするんだが……?そう思いながらも、美少女さながらの可愛いミウが嬉しそうにしていると、俺は何も言い返せなくなってしまった。
「…寝起きのエラン、セクシーだったなあ」
「ん?何か言ったか?」
「な、何でもない!」
 何か今、聞こえた気がしたんだが?まあ、いいか。
「今日はオムライスでも作ろうかな」
「エランの手作り、久々だな」
 ミウの頭を撫でながら告げると、ミウが満面の笑みで頷いた。
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