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第十五話 ハシルヒメの正体

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 翠羽の乗ってきた軽トラックに不用品を積み、てる子のワゴン車に買い取り品を載せていく。

「一度では積みきれないから、何往復かしましょう。ハシルヒメさんはわたしの車に同乗して、立ち会ってもらってもいいかしら?」

「はいよー」

 翠羽とハシルヒメは出かけていき、てる子のワゴン車も一往復目に出立した。ハシルヒメのいなくなった神社は一気に静かになった。

「わたしも一仕事するか」

 珠はすっかり物のなくなった本殿へと入っていった。床は翠羽が掃除してくれたので綺麗になっており、ゴミが置いてあった跡などはほとんどわからなくなっている。

 珠が向き合ったのは壁だ。チョコレート色の木肌がむき出しの壁なのだが、ゴミが触れていた部分が魚拓を取ったかのようにカビで黒くなっていた。

「えっと……木材には漂白剤を使わないで、アルコールを使うと……」

 翠羽が床を掃除しているときに教えてくれたことを思いだす。とはいえ、間違って使ってしまわないように漂白剤――翠羽はジアと呼んでいた――は片付けられている。手元にあるスプレーボトルはアルコールだけだ。

「最初にダスタークロスで除塵して……」

 ティッシュ箱くらいの大きさの薄い板に、ダスタークロスをつける。机を掃除するときに使った物より柄が長く、珠の身長より少し短いくらいだ。

 柄を握って板を壁に押し当て、壁の高いところを左から右へと拭き取る。そして壁から離さず板を反転させ、先ほど拭いたところのすぐ下を右から左へと拭き取る。

 これを繰り返すことで隙間なく壁を拭き取れる。高いところから始めたのは、掃除は上から下の順に行うと翠羽に言われたからだ。

「除塵が終わったら、ウェスにアルコールを十分にしみこませて……」

 ウェスは清掃用の布やペーパーのことを言うらしい。翠羽が置いていったウェスは厚手の古紙のようなものだった。それに滴るくらいアルコールを染みこませて、カビのついている部分を拭いていく。

 確実にカビは落ちていくが、何度も拭かないと落ちない部分が多い。しかも手で拭いているので一度に掃除できる範囲はたかが知れている。

 拭いても落ちないカビにはアルコールを染みこませたウェスを張り付けておいた。

 八畳ほどの部屋とはいえ、壁全面を掃除するとなると気が遠くなる作業だった。ウェスに触れている手はひんやりして気持ちがいいが、額は汗で濡れ始めていた。

 乾き始めたウェスをゴミ袋に入れ、珠は床に寝転がった。

「はぁ、結構しんどい」

「休憩中なん?」

 新緑色の髪が印象的な、かわいらしい顔が上から覗き込んできた。先ほどまで着ていたジャージはすでに、前掛けのついた和装に戻っている。

「少しだけ。カワタもやっていく?」

 珠は手を伸ばしてウェスの入った箱を取り、カワタへと持ち上げた。カワタは開いた右手を前に出して、それをさえぎるようにする。

「ハシルヒメの願いは珠本人が叶えた方がいいんよ。わんしは手を出さんとく」

「業者に来てもらっちゃってるんだけど。まぁでもカワタも、今日はハシルヒメに騙されて連れて来られたんでしょ。掃除なんてしようとは思えないか。わたしだって自由がかかってなければ、とっくに投げ出してる」

 珠は体を起こした。

「ハシルヒメを見てて思ったんだけど、今日みたいなことって何度もあるんじゃないの? よくやってられるね。わたしを蘇らせたのだって、ハシルヒメに頼まれたからなんでしょ?」

「そんね。ハシルヒメはあんなんけど、あんしは恩があるん」

「そうなの? わたしにはハシルヒメが一方的にカワタを頼っているようにしか見えないけど」

 カワタは頷いて、本殿を見回した。

「ここはゴミでいっぱいになっとったんけど、本当は何の場所か知っとるん?」

「え? 神さまを祀る場所なんじゃないの? この神社だと、ハシルヒメ?」

「そうなん。ここは御神体を祀る場所なん」

 カワタは部屋の中央に目を向けていた。そこには――というか、ゴミを全て出したこの場所には、珠が使っている掃除道具以外は何も置かれていない。

「ハシルヒメが出かけてるから、御神体がないの?」

 カワタは首を横に振った。そして部屋の中央へと移動し、手招きする。

 珠がそこに近寄ると、カワタはしゃがんだ。カワタが指を床に押し込むと、半円の輪っかが床から生えてくる。手でつかむのにちょうどいい大きさだ。

 カワタがそれを掴んで引くと、畳一枚分くらいの床が戸を開くように持ち上がった。それを完全に開ききると、反対側へと回り、同じ手順で床を開く。

 観音開きのように開いた二畳ほどの穴には注連縄が渡されていた。それ以外には何もなく、石畳の道が直接見えている。

「これがハシルヒメの御神体なん」

「これって……注連縄のこと?」

 カワタは首を横に振った。

「ハシルヒメは道なん。この桜雷神社は道を守るために作られた神社なんよ。ありていに言ってしまうと、道の維持費を稼ぐための神社だったんね。だからハシルヒメがお金に強くこだわるのは仕方のないことなん」

「へぇ。だから道の真ん中っていう変なロケーションに建ってるんだ。それと恩が関係あるの?」

 カワタは頷いた。

「わんしの沼田神社は山間にあって集落も小さかったん。嵐でも来れば人知れず消えてしまうようなところだったんよ。んけどハシルヒメの道ができて、大きな町と繋がったん。神社の近くで取れる農作物が町で喜ばれたんがきっかけで、あんしの周りは賑やかになったん。お祭りも増えたんよ」

 そう語るカワタの表情は穏やかで、子供の寝顔を眺める母親のようだった。

「ハシルヒメはお金のことばっかなんが目につきやすいんけど、いいとこもたくさんあるん。やる気を出したら一日で部屋も綺麗になったんしね?」

 本当にうれしそうに笑うカワタを見て、珠は思わず憐みの目を向けてしまった。

(前の仕事をしてる時にちょくちょく見かけた、ダメ男に捕まった女と同じようなこと言ってる)

 珠はカワタの肩を優しく叩いた。
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