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 熱い。体中が熱くて、苦しい。頭がぼーっとして、重い。
いつもより高い天井。あ、そっか。今師匠の家なのか。いつものように耳の中で聞こえる、昔の音。
『やめっ、ころさないで、』
『おねがいします、ぁ、ああ゛、』
俺が刺した人の最後の言葉。過呼吸になる奴だって、失禁する奴だって居た。
 でも俺は殺した。何度も何度も刺した。撃った。
耳を塞いでも意味がない。ずっとこびりついているみたいに鳴り続けている。脳裏に鮮明の映像が浮かぶ。
 怖い。暗闇が怖い。師匠はどこ?今は何時?
あ、おしっこ出てた。ぐしょぐしょに濡れた布団の中は気持ち悪い。塗ってもらった薬も取れて痒くてまた掻きむしる。
「ししょー…」
心細い。足痛い。動けない。やだ。1人、怖い。
『人殺し』
『穀潰し』
『死んじゃえ』
色んな人の声で、次々と。夢を覚えた脳みそが、耳の中に吹きかけてくる。
『結局自分のことばっかなんだね』
あ、この声。毎日毎日聞いた声。今日も、きっと明日も聞くことになるだろう、1番近い人の声。
 じょーーー…と、くぐもった音が聞こえた。
「ぁっ、」
いよいよ体がバカになったのだろう。足の痛みと熱い体に支配された頭はトイレの欲求さえも分かんなくさせてしまう。
「ししょー、っ、」
上半身を起こす。俺は不安になった。捨てられたんじゃないか、師匠は出て行ったんじゃ無いのかって。
「ししょー、っ゛、どこ、ししょー、」
立つことができない。体を起こしたまま、泣き喚く。
「ごめ、なさ、もーあんな事いわないから、おしっこ、もらさないから、」
「文字も、けーさんも、がんばるから、」
「だから、っ゛、」
「アルス?」
二階のドアの音がした。
「どうしたの?怖い夢みた?」
2階に居るだろう。寝ているだろうからきっと聞こえていない。少し考えたら分かることだ。なのに、頭の中はぐちゃぐちゃだった。パニックだった。ランプに照らされた師匠の顔を見た瞬間、引き攣った息が緩み、代わりにボロボロと涙が溢れる。
「お顔びしゃびしゃ。おいで」
尿まみれの背中を抱きしめられている。上から下まで、全部汚いのに。師匠はギュッと抱きしめてくれる。
「おしっこ出ちゃった?」
「ん゛、かゆい、」
「お薬も塗ろうね」
 清潔な布を敷いた場所に転がされて、まるで赤子のおむつ替えのように体を拭き取られる。
「掻いたらもっと酷くなるでしょ?」
性器周りの股関節まで全部が痒い。見てて気分の良いものでは無いだろうに丁寧に丁寧に薬を塗ってくれる。
 普段の店が店じゃ無いみたいだ。燈がぼやぼやと光って、でもそこで俺は下半身をおっ広げて着替えさせられている。
「上も拭いちゃおっか。すごい汗」
背中から腕まで、丁寧に。所々のかぶれにも薬が塗られていく。熱の原因はこれだったらしい。着替えが終わる頃には体の熱は幾分かマシなっていた。


「ジュース飲む?」
「…ん、」
「足はどう?」
「…ましになった、」
「まだ安静にね」
静かだった。まるで台風が過ぎた後のように、双方が何かを言いあぐねている感じ。そうか、師匠と俺が言い合いになったの、あれが初めてだ。怒られたり、訓練が嫌だと癇癪を上げることはあったが、言葉を交わす喧嘩は初めてだ。
「…………ごめんなさい、」
やっと言えた。言うまでは口の中でモゴモゴしていたのに、言った途端にストンと心が落ち着いた。
「俺、がんばるから、すてないで、」
抱き寄せられた。少し苦しいくらいだ。
「頑張らなくても捨てないよ。アルス、もっと子供になっても良いんだよ」
「おれ、もう16だし」
「良いの。仕事嫌だーとか、勉強やだーって言えば良いの。昔みたいにサボりたいーーって泣き喚けばいいの」
「は!?そんなんいわねーし、」
「アルスが居ても居なくても結婚はしない。現にアルスが来るまで時間があったのに1人だったでしょう?」
「…でも、…気持ちは変わるだろ」
「変わらない。アルスがどっか行っちゃうことはあっても僕は変わらない」
「…ふーん、」
「さ、そろそろ寝よう」
2階から持ってきたであろう師匠の布団。シーツの上に寝かされるけれど、思わず上半身を起こした。
「…師匠は?」
「僕は寝袋があるから」
「…また布団よごす、」
「大丈夫。今はしっかり寝ることが大事。ね?」
「………夢、みたくない、」
「じゃあ一緒に寝よう。それなら怖い夢見ないでしょ」
「えー…そんなガキみたいなの…」
「ガキだからいーの。ほらおいで」
懐かしい。昔も周りがうるさくて寝れない時、こうやって寝てた。興奮して眠れない時も、この中なら10も数えないうちに眠れていた。長年の刷り込みだろうか。体を穏やかに叩かれるともう、目を開けていられなかった。




「おはよう」
目が覚めるともう昼を過ぎていて。あんなに悩んでいた失敗もしていない。
「ぐっすりだったね。足はどう?」
「…少しだけ…でもそこまで痛くない」
「そっか」
「…おなかすいた、」
「それじゃあご飯にしようか。顔洗っておいで」

何故こんなにも手放しに愛情を注いでくれるのか、俺にはわからない。でも、捨てないと言ってくれた。それだけで気持ちがスッキリした。
今はおんぶに抱っこの状態だけれどいつか、本当に必要とされたい人になりたいと思う。



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