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「着替えはここ、お風呂もシャワーの間に溜まると思います」
「…ごめんなさい」
「落ち着いたんなら何より。じゃ、ごゆっくり」
ボーッとする。今通された脱衣所も、この家も、この人自体も俺が見ている夢なんじゃないかって。
「…一人でできる?」
突っ立ったまま動かなかったからだろう。しゃがんで顔を覗き込まれる。
「っ、でき、ます、」
「ん、風邪ひいちゃうからお早めに。じゃあ閉めるね」
涙は止まったのにいまだにしゃっくりは止まらない。止められない。
ぐしょぐしょに濡れそぼった衣類を脱いでいく。スーツも、パンツもぐしょぐしょ。靴下までもが水分を含んでいて、このまま上がってしまった、と今更心配になる。
人の家って緊張する。そういえば、先生の家に初めて行った日は全然そんなことなかった。体調面での余裕が無かったからだろうか。
「すみません…あがりました…」
「おかえり。ご飯は?食べた?」
「ぁ、はい、」
「なら良かった。あ、髪もちゃんと乾かさないと。こっち、座って座って」
「いや…じぶんで…」
「あの時のお礼。ほらここここ、」
お礼なんて言われる程のことはしていない。クッキーだって貰ったし、人を家に泊める行為と全然割に合ってないし。
「…ごめんなさい」
あ、また笑った。電源の入ったドライヤーが、俺の髪の毛を柔らかく撫でる。
「綾瀬さん、でしたよね?家どの辺なんですか?」
「…〇〇町の方です」
「結構遠い!!何であんなとこに…あ、言いたくなかったらいいですよ」
「…フラれて…いや、俺も拒絶したから…」
「…そうですか…」
馬鹿か俺は。初対面の人にこんなこと。適当に仕事でって言えばよかったじゃん。折角話を振ってくれたのに、シーンってしちゃったじゃん。
「…まあ、人生色々あるもんなぁ…」
それきりまた、会話がなくなる。ドライヤーの音がそんな気まずい空間を和らげているのが唯一の救いだ。
「はい、出来ました」
「ん…ぁ、あっ、すみません、」
ふわふわと頭に手を乗せられて覚醒する。口元をだらしなく垂れるよだれを、ティッシュで拭ってくれるその手は、ほんのりと温かい。
「疲れちゃったかな?布団敷くんで寝ちゃいましょうか」
「っ、ほんと、すみませ、ありがとうございます、」
「いーえ、ゆっくり休んで下さい」
机をよけて、狭いワンルームのベッドの隣に敷いてしまえば床がほとんど見えなくなる。
「あ、ベッドが良いですか?」
「ぃえ、布団で、ありがとうございます、」
「じゃあ俺風呂入ったりしてうるさいかもしれないけど…なるべく早くベッド入るんで」
「いえいえそんな…おかまいなく…」
「真っ暗がいいですか?豆電球でいいですか?」
「ぁ、はい、豆電で…、」
「了解です。じゃあおやすみなさい」
パチンとスイッチが切られ、さっきまで見えていた輪郭がぼやける。ゴソゴソと棚を漁ったその人はやがて、風呂場に向かっていった。机の上にはさっき食べたであろうコンビニ弁当。部屋の隅に少しだけ山を作っている洗濯物。
(忙しいんだなぁ…)
きっと明日は休日、ってウキウキしながら帰ってきたのだろう。袋の中に入ったままのポテトチップスやらおつまみが物語っている。
そんな楽しみをぶち壊してしまった。申し訳ない。明日は早めに起きてさっさと帰ろう。さっきウトウトしていた眠気がまだ残っている。この眠気に身を任せて今日はもう、寝てしまおう。
「っ゛、っふ、」
反射的に体を起こす。何か忘れたけど、怖い夢、見た。風呂でさっぱりした体も汗でびっしょりで、気持ち悪い。
(っ、おねしょ、)
していない。良かった。流石に人様の家でやらかすのはヤバい。隣を見ると、ベッドの上で寝息が聞こえる。時計の針は午前1時。まだ起きるには早い時間帯。
もう一回寝よう、そう思って目を閉じて思い出す。あ、俺、この夢の後じゃまともに寝れないじゃんってこと。
いつもは先生の布団に潜り込んで、それで安心できて、嫌な夢も見なくて。でも今日は、1人。じわぁ…と嫌な汗がまた、広がった。
チクタクとなる時計がうるさい。シーンっていう音が嫌だ。ずっと心臓がドクドクしてて、何か、しんどい。布団の中に潜るのすらも落ち着かなくて、逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。
「っ、゛、」
息が、浅い。何か、嫌だ。理由はないけど、嫌なのだ。そんなに怖い場所じゃないのに泣きそう。
(むり、)
思わず布団からはい出て、廊下に出る。ずっとずっと緊張して、落ち着かない。いっそ外に出たら楽になるのだろうか。家に帰ったら。
「せんせ…」
家、帰りたい。帰りたい、帰りたい。帰って、そんで、いっぱい寝たい。ぐっすり眠りたい。先生のお布団入って、頭撫でてもらって。
不意にパチンと音がして、目の前がチカチカとする。
「わ、びっくりしたぁ…トイレ?」
「っぁ、そ、です…」
俺もびっくりした。びっくりしすぎてふにゃふにゃで情けない声になってしまうくらいに。
「あー、場所分かります?」
「ぁ、はい、ここ、の、とびら、」
「…行かないんですか?」
「ぁ、はぃ、」
微かに感じる尿意だが、出なさそう。緊張してる時はいつもそう。全く出ない竿をしまって流す。
彼もトイレに立ったようで、俺が出ると入れ替わるように入っていった。
「っふぅ~…スッキリしたぁ…ぁれ、どうしたんですか?」
「ぁ、ぇと、ねます、」
布団に入るの、やだな。寝っ転がったらまたあの夢見ちゃうじゃん。それなら起きておきたい。
「…綾瀬さん?」
「っ、ぇ、はい、」
「大丈夫?顔色悪いし…しんどい?」
「ぁ、えっと、ちょっと夢見悪くて…」
あははと冗談めかして言ったつもりだったのに。何か、泣きそう。笑おうと出した高い声も引き攣って、見苦しい。
「そっか…んじゃあ俺の布団で一緒に寝ます?なんちゃって」
「ぃ、いいの…っ、?ぁ、」
いいの?食い入るように言ってしまった。言ってしまって後悔。冗談やめてくださいよって茶化すとこじゃん。世の普通に適応しろよ自分。初対面に近い男にしていいお願いじゃないだろ。狭いし、男2人でなんて。
「ぁ、はは…」
笑わなきゃ。笑って布団、入らなきゃ。狭いんで嫌ですーとか、怖い夢、見ないといいなーって、軽く軽く。何でもない風に言わなきゃ。
「え、来ますか?良いですよ、はい」
布団が片方、上がった。あ、やばい。
「ぇ、ほんとに、いいの…?」
力、抜ける。泣いちゃだめって息をゆっくり吐くけど、しゃくりあげてしまいそう。
「もちろん…って、ほんとに大丈夫!?」
喋ったら何か、だめになっちゃいそうで首を縦に振る。
「っ、ねるの、こわくて、はは、」
「そっか…」
絶対引いてるじゃん。この歳でこんな、幼稚園児みたいに泣いて。でも、笑おうとすればするほど目に涙が溜まっていく。
「ごめ、なさい、おじゃまします、」
「ちょっと、ちょっとまって、そうだ、お茶飲みません?一旦落ち着きましょ?ね?」
「だいじょぶ、です、ねれ、ます、よ?あ、やっぱり、せまいの、いやなんでしょ、?」
「ちょっと待ちなって、」
「じょうだんです、よ、」
「まず笑うのやめよ!?ね?」
強制的につけられた電気。ガラス窓に反射した自分の顔は思っていたよりも酷い。思わず両腕で涙を拭った。
「…怖い夢みちゃった?」
布団の上にへたりこんだ俺に目線を合わせてその人は俺の頬を手で挟む。言葉、出てこない。また泣きそうだから。
「…良いんだよ?何歳になっても怖いものは怖いまんまで」
裾でまた垂れてきた涙を拭ってくれて、なのにまた、意味がないとでもいう風に雫が滑り落ちていく。
「…ばかみたいですよね、…、昔のことなのに」
「…やばいですよね、」
沈黙が辛い。もうヤケになっていた。先生が優しすぎて気づかなかった。いや、気づかないようにしてくれていたのか。異常だ、って突き放すわけにはいかないもんな。
「…俺もさ、よく叔父さんの布団潜ってた」
少しの間黙っていたその人は、小さく話し始める。
「……昔の話引き合いに出さなくて良いんですよ」
「違う違う、こーこーせいの時。あの時はもう布団ごと叔父さんの部屋持っていってたなー」
懐かしい、と笑うその人には一切の後ろめたさも感じられない。
「おとな、なのに…?」
「そーだよぉ?1人暮らししててもさ、たまに寝れなくなって電話してもらってる」
「おれ、へんじゃない…?」
「変じゃないよ。だから一緒に寝よ?」
「…うん…」
「狭くない?」
「せまく、ないです…えっと…」
「秋葉でいいよ」
「あきは…さん」
「あともう敬語やめない?2つしか違わないし」
「でもおれ、歳下…」
「職場でもないんだから。俺敬語苦手なんだよ」
「…わかりまし、…わかった」
「んー、寝れそう?」
トン、トン、トン、トン…
背中にかかる心地よい振動。頭の上に秋葉さんの顎が乗って、程よくフィットして落ち着く。
「あ、この体勢いや?」
「…ううん、」
「よく達也さんがしてくれたんだー」
「達也さん?」
「あ、俺の叔父。親代わりなの」
「おれも、そんな感じの人いる…」
「マジ?似てるね俺ら」
「…うん。絶対に俺が寝るまで頭撫でてくれる」
きっとこの人は「達也さん」にいっぱい大切にされてきたのだろう。いっぱい布団に潜り込んで、こうやって。先生とは撫でる場所も抱き方も違うのに、何故か安心する。
初めて会うのにこの人と居ると落ち着く。
普段は何を食べてるんだろう、趣味はなんだろう、どんなお仕事をしているのだろう。
もっと、知りたい。この人のこと、気になる。
「…ごめんなさい」
「落ち着いたんなら何より。じゃ、ごゆっくり」
ボーッとする。今通された脱衣所も、この家も、この人自体も俺が見ている夢なんじゃないかって。
「…一人でできる?」
突っ立ったまま動かなかったからだろう。しゃがんで顔を覗き込まれる。
「っ、でき、ます、」
「ん、風邪ひいちゃうからお早めに。じゃあ閉めるね」
涙は止まったのにいまだにしゃっくりは止まらない。止められない。
ぐしょぐしょに濡れそぼった衣類を脱いでいく。スーツも、パンツもぐしょぐしょ。靴下までもが水分を含んでいて、このまま上がってしまった、と今更心配になる。
人の家って緊張する。そういえば、先生の家に初めて行った日は全然そんなことなかった。体調面での余裕が無かったからだろうか。
「すみません…あがりました…」
「おかえり。ご飯は?食べた?」
「ぁ、はい、」
「なら良かった。あ、髪もちゃんと乾かさないと。こっち、座って座って」
「いや…じぶんで…」
「あの時のお礼。ほらここここ、」
お礼なんて言われる程のことはしていない。クッキーだって貰ったし、人を家に泊める行為と全然割に合ってないし。
「…ごめんなさい」
あ、また笑った。電源の入ったドライヤーが、俺の髪の毛を柔らかく撫でる。
「綾瀬さん、でしたよね?家どの辺なんですか?」
「…〇〇町の方です」
「結構遠い!!何であんなとこに…あ、言いたくなかったらいいですよ」
「…フラれて…いや、俺も拒絶したから…」
「…そうですか…」
馬鹿か俺は。初対面の人にこんなこと。適当に仕事でって言えばよかったじゃん。折角話を振ってくれたのに、シーンってしちゃったじゃん。
「…まあ、人生色々あるもんなぁ…」
それきりまた、会話がなくなる。ドライヤーの音がそんな気まずい空間を和らげているのが唯一の救いだ。
「はい、出来ました」
「ん…ぁ、あっ、すみません、」
ふわふわと頭に手を乗せられて覚醒する。口元をだらしなく垂れるよだれを、ティッシュで拭ってくれるその手は、ほんのりと温かい。
「疲れちゃったかな?布団敷くんで寝ちゃいましょうか」
「っ、ほんと、すみませ、ありがとうございます、」
「いーえ、ゆっくり休んで下さい」
机をよけて、狭いワンルームのベッドの隣に敷いてしまえば床がほとんど見えなくなる。
「あ、ベッドが良いですか?」
「ぃえ、布団で、ありがとうございます、」
「じゃあ俺風呂入ったりしてうるさいかもしれないけど…なるべく早くベッド入るんで」
「いえいえそんな…おかまいなく…」
「真っ暗がいいですか?豆電球でいいですか?」
「ぁ、はい、豆電で…、」
「了解です。じゃあおやすみなさい」
パチンとスイッチが切られ、さっきまで見えていた輪郭がぼやける。ゴソゴソと棚を漁ったその人はやがて、風呂場に向かっていった。机の上にはさっき食べたであろうコンビニ弁当。部屋の隅に少しだけ山を作っている洗濯物。
(忙しいんだなぁ…)
きっと明日は休日、ってウキウキしながら帰ってきたのだろう。袋の中に入ったままのポテトチップスやらおつまみが物語っている。
そんな楽しみをぶち壊してしまった。申し訳ない。明日は早めに起きてさっさと帰ろう。さっきウトウトしていた眠気がまだ残っている。この眠気に身を任せて今日はもう、寝てしまおう。
「っ゛、っふ、」
反射的に体を起こす。何か忘れたけど、怖い夢、見た。風呂でさっぱりした体も汗でびっしょりで、気持ち悪い。
(っ、おねしょ、)
していない。良かった。流石に人様の家でやらかすのはヤバい。隣を見ると、ベッドの上で寝息が聞こえる。時計の針は午前1時。まだ起きるには早い時間帯。
もう一回寝よう、そう思って目を閉じて思い出す。あ、俺、この夢の後じゃまともに寝れないじゃんってこと。
いつもは先生の布団に潜り込んで、それで安心できて、嫌な夢も見なくて。でも今日は、1人。じわぁ…と嫌な汗がまた、広がった。
チクタクとなる時計がうるさい。シーンっていう音が嫌だ。ずっと心臓がドクドクしてて、何か、しんどい。布団の中に潜るのすらも落ち着かなくて、逃げ出してしまいたい衝動に駆られる。
「っ、゛、」
息が、浅い。何か、嫌だ。理由はないけど、嫌なのだ。そんなに怖い場所じゃないのに泣きそう。
(むり、)
思わず布団からはい出て、廊下に出る。ずっとずっと緊張して、落ち着かない。いっそ外に出たら楽になるのだろうか。家に帰ったら。
「せんせ…」
家、帰りたい。帰りたい、帰りたい。帰って、そんで、いっぱい寝たい。ぐっすり眠りたい。先生のお布団入って、頭撫でてもらって。
不意にパチンと音がして、目の前がチカチカとする。
「わ、びっくりしたぁ…トイレ?」
「っぁ、そ、です…」
俺もびっくりした。びっくりしすぎてふにゃふにゃで情けない声になってしまうくらいに。
「あー、場所分かります?」
「ぁ、はい、ここ、の、とびら、」
「…行かないんですか?」
「ぁ、はぃ、」
微かに感じる尿意だが、出なさそう。緊張してる時はいつもそう。全く出ない竿をしまって流す。
彼もトイレに立ったようで、俺が出ると入れ替わるように入っていった。
「っふぅ~…スッキリしたぁ…ぁれ、どうしたんですか?」
「ぁ、ぇと、ねます、」
布団に入るの、やだな。寝っ転がったらまたあの夢見ちゃうじゃん。それなら起きておきたい。
「…綾瀬さん?」
「っ、ぇ、はい、」
「大丈夫?顔色悪いし…しんどい?」
「ぁ、えっと、ちょっと夢見悪くて…」
あははと冗談めかして言ったつもりだったのに。何か、泣きそう。笑おうと出した高い声も引き攣って、見苦しい。
「そっか…んじゃあ俺の布団で一緒に寝ます?なんちゃって」
「ぃ、いいの…っ、?ぁ、」
いいの?食い入るように言ってしまった。言ってしまって後悔。冗談やめてくださいよって茶化すとこじゃん。世の普通に適応しろよ自分。初対面に近い男にしていいお願いじゃないだろ。狭いし、男2人でなんて。
「ぁ、はは…」
笑わなきゃ。笑って布団、入らなきゃ。狭いんで嫌ですーとか、怖い夢、見ないといいなーって、軽く軽く。何でもない風に言わなきゃ。
「え、来ますか?良いですよ、はい」
布団が片方、上がった。あ、やばい。
「ぇ、ほんとに、いいの…?」
力、抜ける。泣いちゃだめって息をゆっくり吐くけど、しゃくりあげてしまいそう。
「もちろん…って、ほんとに大丈夫!?」
喋ったら何か、だめになっちゃいそうで首を縦に振る。
「っ、ねるの、こわくて、はは、」
「そっか…」
絶対引いてるじゃん。この歳でこんな、幼稚園児みたいに泣いて。でも、笑おうとすればするほど目に涙が溜まっていく。
「ごめ、なさい、おじゃまします、」
「ちょっと、ちょっとまって、そうだ、お茶飲みません?一旦落ち着きましょ?ね?」
「だいじょぶ、です、ねれ、ます、よ?あ、やっぱり、せまいの、いやなんでしょ、?」
「ちょっと待ちなって、」
「じょうだんです、よ、」
「まず笑うのやめよ!?ね?」
強制的につけられた電気。ガラス窓に反射した自分の顔は思っていたよりも酷い。思わず両腕で涙を拭った。
「…怖い夢みちゃった?」
布団の上にへたりこんだ俺に目線を合わせてその人は俺の頬を手で挟む。言葉、出てこない。また泣きそうだから。
「…良いんだよ?何歳になっても怖いものは怖いまんまで」
裾でまた垂れてきた涙を拭ってくれて、なのにまた、意味がないとでもいう風に雫が滑り落ちていく。
「…ばかみたいですよね、…、昔のことなのに」
「…やばいですよね、」
沈黙が辛い。もうヤケになっていた。先生が優しすぎて気づかなかった。いや、気づかないようにしてくれていたのか。異常だ、って突き放すわけにはいかないもんな。
「…俺もさ、よく叔父さんの布団潜ってた」
少しの間黙っていたその人は、小さく話し始める。
「……昔の話引き合いに出さなくて良いんですよ」
「違う違う、こーこーせいの時。あの時はもう布団ごと叔父さんの部屋持っていってたなー」
懐かしい、と笑うその人には一切の後ろめたさも感じられない。
「おとな、なのに…?」
「そーだよぉ?1人暮らししててもさ、たまに寝れなくなって電話してもらってる」
「おれ、へんじゃない…?」
「変じゃないよ。だから一緒に寝よ?」
「…うん…」
「狭くない?」
「せまく、ないです…えっと…」
「秋葉でいいよ」
「あきは…さん」
「あともう敬語やめない?2つしか違わないし」
「でもおれ、歳下…」
「職場でもないんだから。俺敬語苦手なんだよ」
「…わかりまし、…わかった」
「んー、寝れそう?」
トン、トン、トン、トン…
背中にかかる心地よい振動。頭の上に秋葉さんの顎が乗って、程よくフィットして落ち着く。
「あ、この体勢いや?」
「…ううん、」
「よく達也さんがしてくれたんだー」
「達也さん?」
「あ、俺の叔父。親代わりなの」
「おれも、そんな感じの人いる…」
「マジ?似てるね俺ら」
「…うん。絶対に俺が寝るまで頭撫でてくれる」
きっとこの人は「達也さん」にいっぱい大切にされてきたのだろう。いっぱい布団に潜り込んで、こうやって。先生とは撫でる場所も抱き方も違うのに、何故か安心する。
初めて会うのにこの人と居ると落ち着く。
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