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 あれから綾瀬とは話をしていない。話しかけようとしても目を逸らされて、部屋に篭ってしまう。立場が逆転してしまったようだ。   
 いざばったり出くわしてもどう謝れば分からなくて沈黙の期間ののち、何も解決しないまま。ああ、仲直りって難しい。生徒たちがよくトラブルを起こしてしまう理由が分かった気がする。




「すみません夜遅くに…」
何度目の金曜日だろう。引率としての修学旅行が終わり、2日後のことだった。今日は綾瀬は帰ってこない、そう思っていたのに。
 珍しく家に響くチャイムの音。扉を開けるとぐずぐずと鼻を鳴らして下を向いている綾瀬の背を摩っている青年。名前は多分。
「秋葉…くん?」
「あ、はい、せんせい…、ですか?すみません夜分遅くに…宇津希うつき君とお付き合いさせて頂いている常世田とこよだ秋葉あきはです、」
礼儀正しいスウェット姿の青年は、綾瀬と一つしか違わないはずなのに、体格もそこまで変わらないはずなのに、やたらと大人びている。少し掠れた声のせいだろうか。
「今日ずっと調子悪そうで…早めに帰って寝かせたんですけど…、先生に会いたいって泣き出して…」
髪も少し濡れている。綾瀬の頭からもシャンプーのにおいがするけれど、しっかりと乾かされて、ふわふわと揺れる。
「ほら、宇津うつ、先生だよ」
「っ、゛~…せんせ、」
ドンっと胴体に激しく振動が伝わったと思えば、肩に綾瀬の頭がくっついている。腕を後ろに回すと久しぶりの感覚。すっぽりと収まって懐かしい。
「ふふっ、よかったぁ…じゃあ俺は帰るね?あ、じゃあ俺はこれで…」
胸に顔を埋めたままの綾瀬の頭を軽く撫でた後、俺にも一礼を忘れない。
「ぁ、まって、秋葉…くん、」
「あ、はい、何でしょう」
「ぁ、えーっと…ごめんね?こんな遅くに…ちゃんと言い聞かせとくから」
「いえいえそんな…ホームシックみたいになっちゃったのかなぁ…って…俺も一人暮らしなりたての時、しょっちゅう達也さ、あ、叔父のところに帰ってたし…」
 いやいや、たったの1泊だろう?俺ならそうやって宥めるだろう。こんな夜遅く。タクシーで飛ばしてきたのだろうか。
きっと自分は後回しでドライヤーをかけてあげたのだろう。体調が悪化しないように少し大きめのカーディガンがかかっている。宇津希、そう呼びかける声は、俺に話す時よりも柔らかい。大切にされているっていうのが一目で分かる。この青年と一緒だったら絶対、綾瀬は幸せになれるって、分かってしまう。
「秋葉…くんも上がってく?今日もう遅いし。布団ならあるし、」
「あ、いえ、下にタクシー待たせてるんで!!」
「あ、ならせめてこれを…」
財布から一万円を抜き取り、渡す。
「いや、いいですいいです!!俺が勝手に送っただけなんで!!」
「いや、でも受け取って?」
「でも…」
「これからも綾瀬のこと、よろしくってことで」
「…っは、はい、幸せにっ、…します…」
みるみるうちに顔を真っ赤にする秋葉くんの姿は、初々しくて幼い。
「綾瀬ぇ~…ちゃんと聞いた?」
「ん゛~…、」
「恋人の照れ顔見なくていいの?」
「ん゛~…」
「もう多分眠たいのかな?初めて会った時はてっきりしっかりした人だと思ってたのに…」
「え、綾瀬が…?」
「俺が電車で立てなくなった時、真っ先に来てくれて…水とか、タオルとか。すっげえ手際良く世話してくれたから…」
 綾瀬って外ではそう見えているんだ。俺には甘えてくることが多かったから気づかなかった。知らない間に、成長していたんだなぁ。
 
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