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「わかりません」
算数の時間。いつものように先生に当てられた。最近進みが遅いから、賢い人を沢山当てて、駆け足で進む。
「んー、途中まででも良いから言ってみ?」
「わかりません」
「珍しいな。ちゃんと聞いといてね」
答えは21。多分、クラスの大半が解けているだろう。先生の機嫌が少し悪くなった気がする。でも、それ以上は何も言われなかった。
社会、理科、国語。当てられた時は、全部わかりませんと言った。そしたら放課後、先生に呼び出された。
「今日本当にどうした?全部分からないなんてことは無いだろう」
「…わかりません、でした、」
居心地が悪い。褒められることはあったが、怒られることは滅多にない。怒られたくないはずなのに、なんでこんなことをしてしまうんだろう。自分でも分からない。
「…与田が分かんないって言っても何も言わないくせに」
あ、これは言ってはいけないことだ。静かだけど、キレている顔だと思う。
「じゃあ保田は今日、わざと分からないって言ったんだな?」
「ぁ、う、」
「先生が真剣にした質問に、わざと答えなかったってことだな?」
違う、俺はただ。
(俺は…ただ…?)
頭の中がごちゃごちゃして気持ち悪い。自分でもどうしてこんな事をしたのかも分からない。
「ああいった行動は他の頑張ろうって思ってる子達の邪魔になる、それは分かるな?」
「…はい…」
「じゃあ今日みたいな事は絶対するな。分かったな?」
「………はい、」
ムカつく。何であいつは先生を独り占めしているんだろう。俺だって授業中どこが分かんない?って聞かれたい。体育の時も体を支えてもらったり、アドバイス、欲しい。放課後先生と話したい。褒められるのも好きだけど、一瞬なんだもん。あれだけ頑張ったのに割に合わない。何で努力してない奴が甘い蜜を吸ってるんだよ。
(…怒る時だけは…)
怒る時だけは、俺を見てくれる。怒られるのは嫌だけど、俺と先生だけで話が出来る。
「はーい、テストするぞー。教科書しまえー」
不満そうな声が教室中を襲う。ぜってえ分かんねえ、全然勉強していない、皆口々に言い合うが、いざテストが始まってしまえば、静寂と共に鉛筆の擦れる音で満たされる。問1は赤潮、問2は③、問3は…。
全部分かる。どれも教科書に書いてあること。でも、もしこれで100点とったとしたら、よく頑張りました、その一言だけ。0点とかとったら、先生、怒るかな。放課後一緒に勉強してくれるかな。ドキドキと胸が高鳴って、鉛筆を置いた。先生を独り占めできる、いっぱいいっぱいお話出来る、そんなことを考えると、45分なんてすぐだった。
結果、テスト返却まで何も言われる事は無かった。宿題も、3日に1回くらいのペースで忘れるようにした。授業中も手を上げないようにした。体操着も、お箸もわざと忘れた。でも先生は、軽く注意するだけで呼び出すことも、大声で怒る事もしなかった。
「松本さん、向井くん、村上さん、…保田くん、」
例の何も書いていないテストに対しても何も言ってくれなかった。
「与田くん、…やったな、」
少しだけ柔らかくなった声。チラリと点数を盗み見ると、たった45点。何で、その程度で。また、頭がぐちゃぐちゃ。体がドッと重くなって、思わずテストの用紙をクシャッと握りつぶした。
「あれっ、保田お前0点じゃん!!!」
「うわーー、の○太じゃん、クソバカにでもなったのかよ」
「いやー、腹痛かったとかそういうんじゃねーの?知らんけど」
周りの声が聞こえてこない。この場から逃げたい。ここに居たくない。自慢している与田の声が耳障りで仕方がない。誰も、心配してくれない。見てくれない。
涙が出そうでずっと、唇を噛み続けた。
「ただいま…」
「あっ穂志!!今日0点とったんだって!?ちゃんと勉強しなさいよ」
「…ごめん、あ、えっと…」
久しぶりに話しかけてもらえた。次の、次の言葉を言わないと。
「お腹、いたくて…できなくて、」
咄嗟に出まかせを言った。次の言葉、何だろう。やっぱり怒るかな。それとも、大丈夫?って心配してくれるかな。
「あの、あのね、でもね、」
「そんなの先生に行って行かせてもらいなさいよ。あと、宿題もちゃんと出しなさいよ。私嫌だからね、呼び出しだけは。ちゃんとしなさいよ」
靴を履きながら。俺の方、1ミリも見ていない。
「ごめ、なさい、あ、えっと、勉強、分かんなくて、後で教え…」
「あっもしもし~?今から出るとこ、」
香水の匂いが鼻を掠める。そんな高そうな鞄、持ってたっけ。こんなに母さん、綺麗だったっけ。
俺に興味はない、そうはっきり言われた気がした。リビングには1食分のご飯が置いてある。昨日来た服もクローゼットにしまってくれている。何も不自由はないのに。なのに、モヤモヤがおさまらなくて苦しい。今日の分の宿題、しなきゃいけない。でも、ランドセルを開けることすら億劫で、明日の時間割すら合わせたくない。
ずっと頑張ってきたのに。どうせ誰も見てくれない。96点、100点、100点、95点。過去の答案用紙がバカみたい。頑張って教科書を読み込んで、単語帳まで作って。ずっとケータイを見て、心のない「すごいね」という言葉をかけられるだけ。どうしたら俺を見てくれる?どうやったら俺と話をしてくれる?考えるのにも疲れてまだ7時だというのに布団に潜り込んだ。
算数の時間。いつものように先生に当てられた。最近進みが遅いから、賢い人を沢山当てて、駆け足で進む。
「んー、途中まででも良いから言ってみ?」
「わかりません」
「珍しいな。ちゃんと聞いといてね」
答えは21。多分、クラスの大半が解けているだろう。先生の機嫌が少し悪くなった気がする。でも、それ以上は何も言われなかった。
社会、理科、国語。当てられた時は、全部わかりませんと言った。そしたら放課後、先生に呼び出された。
「今日本当にどうした?全部分からないなんてことは無いだろう」
「…わかりません、でした、」
居心地が悪い。褒められることはあったが、怒られることは滅多にない。怒られたくないはずなのに、なんでこんなことをしてしまうんだろう。自分でも分からない。
「…与田が分かんないって言っても何も言わないくせに」
あ、これは言ってはいけないことだ。静かだけど、キレている顔だと思う。
「じゃあ保田は今日、わざと分からないって言ったんだな?」
「ぁ、う、」
「先生が真剣にした質問に、わざと答えなかったってことだな?」
違う、俺はただ。
(俺は…ただ…?)
頭の中がごちゃごちゃして気持ち悪い。自分でもどうしてこんな事をしたのかも分からない。
「ああいった行動は他の頑張ろうって思ってる子達の邪魔になる、それは分かるな?」
「…はい…」
「じゃあ今日みたいな事は絶対するな。分かったな?」
「………はい、」
ムカつく。何であいつは先生を独り占めしているんだろう。俺だって授業中どこが分かんない?って聞かれたい。体育の時も体を支えてもらったり、アドバイス、欲しい。放課後先生と話したい。褒められるのも好きだけど、一瞬なんだもん。あれだけ頑張ったのに割に合わない。何で努力してない奴が甘い蜜を吸ってるんだよ。
(…怒る時だけは…)
怒る時だけは、俺を見てくれる。怒られるのは嫌だけど、俺と先生だけで話が出来る。
「はーい、テストするぞー。教科書しまえー」
不満そうな声が教室中を襲う。ぜってえ分かんねえ、全然勉強していない、皆口々に言い合うが、いざテストが始まってしまえば、静寂と共に鉛筆の擦れる音で満たされる。問1は赤潮、問2は③、問3は…。
全部分かる。どれも教科書に書いてあること。でも、もしこれで100点とったとしたら、よく頑張りました、その一言だけ。0点とかとったら、先生、怒るかな。放課後一緒に勉強してくれるかな。ドキドキと胸が高鳴って、鉛筆を置いた。先生を独り占めできる、いっぱいいっぱいお話出来る、そんなことを考えると、45分なんてすぐだった。
結果、テスト返却まで何も言われる事は無かった。宿題も、3日に1回くらいのペースで忘れるようにした。授業中も手を上げないようにした。体操着も、お箸もわざと忘れた。でも先生は、軽く注意するだけで呼び出すことも、大声で怒る事もしなかった。
「松本さん、向井くん、村上さん、…保田くん、」
例の何も書いていないテストに対しても何も言ってくれなかった。
「与田くん、…やったな、」
少しだけ柔らかくなった声。チラリと点数を盗み見ると、たった45点。何で、その程度で。また、頭がぐちゃぐちゃ。体がドッと重くなって、思わずテストの用紙をクシャッと握りつぶした。
「あれっ、保田お前0点じゃん!!!」
「うわーー、の○太じゃん、クソバカにでもなったのかよ」
「いやー、腹痛かったとかそういうんじゃねーの?知らんけど」
周りの声が聞こえてこない。この場から逃げたい。ここに居たくない。自慢している与田の声が耳障りで仕方がない。誰も、心配してくれない。見てくれない。
涙が出そうでずっと、唇を噛み続けた。
「ただいま…」
「あっ穂志!!今日0点とったんだって!?ちゃんと勉強しなさいよ」
「…ごめん、あ、えっと…」
久しぶりに話しかけてもらえた。次の、次の言葉を言わないと。
「お腹、いたくて…できなくて、」
咄嗟に出まかせを言った。次の言葉、何だろう。やっぱり怒るかな。それとも、大丈夫?って心配してくれるかな。
「あの、あのね、でもね、」
「そんなの先生に行って行かせてもらいなさいよ。あと、宿題もちゃんと出しなさいよ。私嫌だからね、呼び出しだけは。ちゃんとしなさいよ」
靴を履きながら。俺の方、1ミリも見ていない。
「ごめ、なさい、あ、えっと、勉強、分かんなくて、後で教え…」
「あっもしもし~?今から出るとこ、」
香水の匂いが鼻を掠める。そんな高そうな鞄、持ってたっけ。こんなに母さん、綺麗だったっけ。
俺に興味はない、そうはっきり言われた気がした。リビングには1食分のご飯が置いてある。昨日来た服もクローゼットにしまってくれている。何も不自由はないのに。なのに、モヤモヤがおさまらなくて苦しい。今日の分の宿題、しなきゃいけない。でも、ランドセルを開けることすら億劫で、明日の時間割すら合わせたくない。
ずっと頑張ってきたのに。どうせ誰も見てくれない。96点、100点、100点、95点。過去の答案用紙がバカみたい。頑張って教科書を読み込んで、単語帳まで作って。ずっとケータイを見て、心のない「すごいね」という言葉をかけられるだけ。どうしたら俺を見てくれる?どうやったら俺と話をしてくれる?考えるのにも疲れてまだ7時だというのに布団に潜り込んだ。
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