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 コンコン、扉をノックする音が聞こえる。
「尾北先生、ですよね?大丈夫ですか?」
「あ…」
どれくらいの時間が経ったのだろうか。気がついたら、捨てられたトイレットペーパーが、便器を埋め尽くしていた。
「ごめ、なさい…勝手に抜け出して」
「大丈夫ですよ。あと、残り一人になったから上がっていいって。島田さんが」
「そう、ですか…あの、すみません…着替え、俺のロッカーから…」
「分かりました。ちょっと待っててくださいね」
深く追求することなく着替えを持ってきてくれる。やっぱり察されているのだろう。いたたまれない。



「あの、ありがとうございました...」
通勤中に履いているジーンズに履き替える。パンツを履いていないため、スゥスゥして落ち着かない。
「いえいえ。...まだ気にしています?」
「いえ…」
「目が赤くなってますよ」
冷たくて白い指が目の下を滑る。
「尾北先生って、実家暮らしでしたっけ」
「はい…」
「徒歩ですか?バス、電車?」
「電車です…1時間ぐらい」
「よければ今日ウチ泊まっていきません?宅飲みしましょうよ」
「い、いえ!そんな、迷惑では…」
「片さないといけない食材が溜まってるんです…一人暮らしあるあるです。それに、その洗濯物、親にバレないようにするの、大変でしょ?」
やっぱりバレてた。顔が熱くなるのが分かる。
「良いんですか…?」
「はい。じゃあ帰りに酒と軽いつまみだけ買って帰りましょう。歩いて15分ぐらいで着きますので。」
ワシワシと頭を撫でられる。いつもの仏頂面じゃなくて、子供に向けるような、優しい笑顔。
「っあ、すみません…子供たちにするみたいに…」
パッと離された手。いつもの顔に戻るけれど顔が赤いからか、少し可愛い。
「いえ…多田木さんが笑ってるの、珍しいなって…」
「俺、子供の前でしか笑えなくて…緊張してしまうんです…」
つまりは俺が子供っぽいってことなのか…?まあ、あんな失敗するくらいだから仕方ないんだろうけど。
「同じ男の同僚ができて嬉しいんです。宅飲みとかもしたことなくて…今日誘えて良かったです」
表情の変化は少ないものの、最初抱いていた怖い印象はもうない。
「お、俺もです。楽しみですね」


ゾクっ…
保育園を出てから早5分。冷たい夜の風に吹かれ、鳥肌が立つと共に、覚えのある嫌な感覚。
(トイレ行きたい…)
さっき全部出したと思ったのに…。いつもより冷気が通りやすい下半身のせいだろうか。意味もなく太ももを摩る。
「あ、コンビニ。ここで酒とか買っていっちゃいましょう」
「あ、はい…」
よかった。数十メートル先のチカチカと光るコンビニのロゴ。ちょっと恥ずかしいけど、ここで済ませてしまおう。
「ビールでいいですか?」
「は、はい」
「つまみは?イカとかホタテとか」
「あ、イカで…」
トイレ…看板を探すけど、それらしきものは見当たらない。進むルートの中、キョロキョロと必死に探す。
「どうしました?」
「ぁ、いえ、」
「じゃあ買ってきます」
「あ、俺が出しますよ…泊めてもらうわけだし」
「大丈夫ですよ。安いし」
「ごちそうさまです…あの、」
「はい?」
「いや、楽しみだな、と…」
「ですね」


 再び外に出ると、結構切迫していて。
(何で、まだ1時間も経ってないのに…)
さっき出せる、と思ったからだろうか、膀胱が疲れてるからだろうか。キュン、と下腹が痛む。
「あと、どれくらいなんですか?」
「あと10分ちょっとですかねー」
10分…ほんの少し。それくらい我慢出来るだろ、そう心の中でいう自分と相反して、不安を感じる自分もいる。今現在、括約筋がぴくぴく震えている体があるというのが紛れもない事実。
(ちょっとだけ…)
一本道、先輩が前を歩いているのをいいことに、ギュッと前を抑えた。



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