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第1章 城塞都市マカロン

第29話 終局

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 ゴブリン・シャーマンに進化し、密かにマスのサポートをしていたゲスノーは、息を切らしながら崩れた地下洞窟を走り続ける。

『――はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……。まさか……! まさか、マスが負けるとは……』

 完全に想定外。完全に想定外だ。
 マスがハードリクトを討ち取ったことから完全に勝利を確信していた。
 だが、結果を見ればどうだ。
 蘇らせたゴブリンは、ことごとく無力化され、マスはそのまま滅ぼされた。
 ゴブリン・シャーマンに進化したゲスノーを以ってしても上位ゴブリンの蘇生は、命の源にして魔力の塊である魔石なくしてすることはできない。

『これでは話が違う。私はなんのために……⁉︎』

 人間の要素を切り捨てることで、進化できるのが亜種ゴブリンという特殊形態。
 ハーフゴブリンならまだしも、亜種ゴブリン化してしまうと、人間だった時の姿に戻ることはできなくなってしまう。

(これでは、マカロンに侵入することも、私の奴隷を取り戻すこともできないではないか……。エナとナーヴァへの復讐はまだ済んでいないというのに……! クソォォォォ‼︎)

 しかし、どんなに心残りがあろうとも、もうマカロンに戻ることは叶わない。
 既にお尋ね者であることも理由の一つではあるが、数年間に渡る入念な準備があったとはいえ、亜種ゴブリン2体にこれだけマカロンを滅茶苦茶にされたのだ。
 ハードリクトは必ず対応策を練ってくる。
 当然、この地下洞窟もじきに塞がれるだろう。
 ハードリクトが引き起こした崩落によりその殆どが使えなくなったとはいえ、ある程度の隙間は存在する。
 マカロンに侵入しようと思えば、簡単にできてしまうのだ。あのハードリクトがそれを放置するとは思えない。
 つまり、マカロンという住居を失った今のゲスノーはホームレス。
 唯一、ゲスノーを受け入れてくれる場所があるとすれば、それはゴブリンの森以外に……。ゴブリンのコミュニティ以外あり得ない。
 ゲスノーは、自分の犯した罪や選択を棚上げすると、自分のことを追い出したマカロンのことを逆恨む。

『憎い……。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い(これもすべて、私のことを兵士に突き出し、前科者にしたエナとナーヴァが悪いのだ)』

 思えば、あの時からだ。
 ゲスノーの輝かしい未来が曇り出したのは……。
 数年前からゲスノーは、ミラと共謀し、孤児を人手に渡す事業を行なっていた。
 報酬を受け取っての、孤児引き渡し。見方によっては人身売買と呼ばれてもおかしくない取引……。それが、エナとナーヴァに見つかった。
 聖職者が人身売買していたなんてスキャンダルもいい所だ。
 ゲスノーの認識では、それは人身売買に当たらない。にもかかわらず、あの2人は勝手な思い込みでそれを暴露した。

(私はエナとナーヴァに復讐心を植え付けられ、ハーフゴブリンにさせられた被害者……。そう。哀れな被害者だ。なのになぜ、被害者である私がこんな目に遭わなくてはならない……!)

 ゲスノーはただ、孤児院で預かった子どもを多額の金と引き換えに、引き取り手に渡しただけ。子どもを売り捌いている認識などなかった。
 ゴブリンが跋扈するこの御時世。孤児院には、多くの孤児が集まる。
 とてもじゃないが、そんなに多くの孤児の面倒など見きれない。
 だからこそ、孤児を養いたいという奇特な金持ちに、孤児を引き渡したのだ。
 多額の金と引き換えにしたのは、孤児を養いたいという奇特な金持ちの資産状況を計り、孤児を渡すに値する人物かを確かめるため。
 確かに、受け取った金は、ミラと折半し、自分のために使った。
 しかし、これは、奇特な金持ちに孤児を引き渡すまでの間、育ててやった保育料だ。
 例え、育てたのが、エナとナーヴァだったとしても、その当時のゲスノーは教会の神父。つまり、エナとナーヴァの上司にあたる。
 それはゲスノー自身が受け取るべき金であるということ。ゲスノーは受け取るべき対価を受け取っただけ。部外者にとやかく言われる筋合いはない。
 ついでに言えば、孤児がその後どうなろうともゲスノーの知ったことではない。
 孤児に対する責任は、新たに引き取った者が負うべき責任だ。引き渡した時点で、ゲスノーには関係ない。例えそれが、孤児を引き渡すべき相手ではなかったとしても……。

 ゲスノーは、身に降りかかった自業自得な不幸に怨みを募らせる。

(エナ、ナーヴァ……。そして、私の邪魔をしたモーリーと、あの小僧……!)

 モーリーに邪魔されなければ、ゲスノーがゴブリン・シャーマンに進化させられることもなかったし、ヒナタがゴブリン・ジェネラルに進化したマスを倒さなければ、エナとナーヴァに対する復讐は完遂していた。

 地下洞窟を出るとゲスノーは、決意新たに、復讐の一歩を踏み出す。

『このままでは、終わらせない。ゴブリンのコミニュティに身を置いてでも復讐を完遂して……。うん?』

 そこまで呟くと、突如として発生した轟音と共に地面が激しく揺れる。

 ドーンッ! ドーンッ! ドドーンッ‼︎

(な、なんだ? 地下洞窟を抜け、ゴブリンの森に着いたと思えば、一体なにが……。なにが起こっている……⁉︎)

 急いでその場から離れると、ゲスノーの頭上に影が差す。
 違和感を感じたゲスノーが空を見上げると、そこには、まるで流星のように飛んでくる巨大な塩の塊が目に付いた。

『う、うわァァァァ⁉︎』

 まるで、地下洞窟の入り口を破壊するかのごとく降り注ぐ巨大な塩の塊。
 空から降り注ぐ塩の塊を回避するため、咄嗟に頭を下げると、丁度、その場に塩の塊が着弾する。

『あ、げッ⁉︎』

 その言葉を最後にゲスノーは倒れ込み、巨大な塩の塊が降り注ぐ中、意識を失うこととなった。

 ◇◆◇

 場面はヒナタのいる城塞都市マカロンに移り変わる。
 塩でできた贖罪の十字架の近くに寄ると、テールスは地面に視線を向ける。

「『――残念。地下にいたゴブリンは逃がしてしまいましたか……』」

 マスのスキルに、死んだゴブリンを蘇らせる力はない。亜種ゴブリンに進化したゴブリンは、マスを除き、もう一体いたはずだ。
 追撃を仕掛けようとも、スキルの使用範囲外に逃れられては手を出すこともできない。
 とはいえ、それ以外のことは、大体、片付いた。

 城壁の外にいたゴブリンは、城塞都市マカロンの領主、ハードリクトが一掃し、この辺り一帯にいたゴブリンはテールスが一掃した。
 城壁に砲弾を撃ち込んだハーフゴブリンの対処はまだ終わっていないが、マカロンはゴブリン戦線の最前線。
 兵士たちに任せれば、それもじきに収束するだろう。

「『おや……。これは拙いですね……』」

 テールスは、痛む頭に軽く目を閉じると、ふらつきながらもその場で立ち止まる。
 少しばかり広範囲にスキルを使い過ぎたようだ。
 ヒナタの体も限界に近い。今にも気を失いそうだ。

「――大丈夫か!?」
「『うん? あなたは……』」

 こちらに向かってくる人物を見て、テールスは首を傾げた。
 今、こちらに向かって駆けてくる人物の名は、ハードリクト・マカロン。
 城塞都市マカロンの領主にして、ゴブリン・ジェネラルに進化したマスの持つ剣により串刺しにされたはずの男。
 まだ息があったようなのでコリーに預けたが、応急処置でも終わったのだろうか?
 腹の傷は応急処置程度ではどうにもならないはずなのだが……。
 ハードリクトは、今にも倒れそうなヒナタの肩を支えると、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「――すまなかった。私が不甲斐ないばかりに……」

 テールスがゴブリン・ジェネラルと化したマスを倒したことを言っているのだろう。
 確かに、あそこでマスを倒さなければ、城塞都市マカロンは、ゴブリンの手に堕ちていてもおかしくなかった。
 しかし、スキルには相性というものがある。
 ハードリクトのスキルは、城壁の巨人による力一辺倒のスキル。
 対して、マスのスキルは、相手の精神に作用するスキル。
 相性があまりにも悪い。ハードリクトとマスとでは、どちらの方が戦いを有利に進めることができるのか明らかだ。

「『――いえ、私こそ……。1体、ゴブリンを逃がしてしまいました……』」

 教会地下にある地下洞窟はゴブリンの森と繋がっている。
 ゴブリン・シャーマンに進化した、ゲスノーの居場所を指差し、そう言うと、ハードリクトはただ一言、「ふむ……」と呟いた。
 今の「ふむ……」という言葉に、どんな思いが込められているのかはわからない。
 ハードリクトは、地に落ちた岩塩氷河に視線を向けると、スキルを発動し、数体の城壁の巨人に岩塩氷河を持たせる。

「この岩塩は、ゴブリンの血にあてられ腐食が進んでいる。どうやら捨てた方がよさそうだな」

 そして、城壁の巨人が投球ポーズを取ると、ゴブリン・シャーマンのいるゴブリンの森に向かって投げ捨てた。
 城壁の巨人の投げた岩塩氷河の弾速は、マッハ5といった所だろうか。
 空気を切り裂くような音が響いて耳が痛い。
 城壁の巨人は、地面に散らばる岩塩氷河を手に取ると、次々、岩塩氷河をゴブリンの森へと投げていく。

「ふむ。これで最後だな……」

 そして、最後に、マスを倒した塩でできた十字架を持つと、槍でも投げるかのように投げ飛ばす。

「森に住むゴブリンには、辛酸を舐めさせられてきたからな。これ位のことをやっても罰は当たらんだろう」

 やり切ったかのような、ハードリクトの表情を見て、テールスはクスリと笑う。

「『ええ、そうですね』」

 流石は、城塞都市マカロンの領主。
 やることが豪快だ。
 どの道、あの岩塩はゴブリンの血を浴びた以上、廃棄する他なかった。
 それを、岩塩の処分を込めて、ゴブリンに対する腹いせに使おうなどと誰が思うだろうか。
 ハードリクトはテールスに視線を向けると、真剣な表情を浮かべる。

「さて、マカロン初となるゴブリン侵攻の危機は、君のお陰で脱することができた。私はマカロンの領主として、君の働きに報いなければならない。君の望みを聞かせてくれないか?」
「『望み……。ですか?』」

 ハードリクトからは既に『領主に対する貸し』という報酬を受け取っている。
 それでなお、他にも報酬を渡してこようとは中々、律儀な人間だ。

「『それでは、お言葉に甘えて……』」

 スキルの発動がヒナタの体や精神に相当な負荷をかけたのだろう。
 テールスは目を瞑ると、ヒナタが頼みそうなことを口にする。

「『…………』」

 テールスの言葉を聞き驚くハードリクト。

「なに? そんなことでいいのか?」
「『……ええ、構いません。きっと、ヒナタもそれを望むことでしょう』」

 意識朦朧に応えるテールス。
 そんなテールスの肩を担ぎ、ハードリクトは笑みを浮かべる。

「わかった。貴殿の望むままにしよう」

 ハードリクトの言葉を聞きくと、テールスは満足そうな表情を浮かべ意識を手放した。
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