28 / 31
第1章 城塞都市マカロン
第28話 塩でできた贖罪の十字架
しおりを挟む
(――いや、なにやってんのぉぉぉぉ⁉︎ あんなに圧倒的だったじゃん。あんなに圧倒的だったじゃん⁉︎)
ヒナタの心の声を受け、テールスが心の中で反応を示す。
――いやー、油断しました。まさか、彼が私を助けるためにタックルを仕掛けてくるとは思いもせず……。腰の入ったいいタックルでしたね。亜種ゴブリンの攻撃を受け流す体勢は整えていたのですが、まさか守るべき対象により気絶させられるとは……――
テールスとしても、モーリーの行動は理外。
亜種ゴブリンの攻撃を受け流すことに集中するあまり、他のことが疎かになっていたようだ。
(じゃあ、どうするのっ!? 領主様は「奴は私が片付ける。命を賭してでもな……」とか言ってるし、モーリーさんはモーリーさんで「親父、それまで死ぬんじゃないぞ」とか言ってて、なんだか、圧倒的に劣勢みたいな感じなんですけどぉぉぉぉ??)
事実、圧倒的に劣勢なのだろう。
ハードリクトのスキルで生み出した城壁の巨人を、ものともしない膂力。
そして、魔力を操り相手をハーフゴブリン化させるスキル。
いくらハードリクトが常識を超えた力を持っていようとも、亜種ゴブリンに進化したマスを倒すのは難しい。と、いうより相性が悪い。
それ所か、ハードリクト自身がハーフゴブリン化してしまう可能性すらある。そうなれば、城塞都市マカロンはお終いだ。
息を切らしながらも懸命に走るモーリー。
「――はあっ、はあっ……! 親父、待ってろよ。ヒナタを安全な場所に送り届けたらすぐに戻る。死んだら絶対に許さないからなっ!!」
モーリーも、ハードリクトでは、亜種ゴブリン化したマスに敵わないことが心の中ではわかっているのだろう。
ヒナタを抱え、走るたびに涙の粒がヒナタに落ちる。
流石に、これ以上は見ていられない。
――ズガァァァァンッ!!
そう思った瞬間、空に向かって黒閃が伸びる。
あの黒閃は、マスが放ったものに違いない。
城壁の巨人が現れては、切り崩され、現れては切り崩されていく。
ハードリクトの圧倒的な劣勢。しかし、モーリーは振り返らない。
ハードリクトは、命を賭してでも、マスを片付けると宣言した。
それが例え虚勢であったとしても、モーリーはハードリクトの言葉を信じて走り続ける。
――ズガァァァァンッ!!
――ズガァァァァンッ!!
雷鳴のように轟く衝突音。
その音がふと止むと、走るモーリーに影が差す。
――ドシャッ!!
轟音を立て、目の前に落ちた城壁の巨人の片腕を見て、モーリーは足を止めた。
「――あ、ああ……」
城壁の巨人の片腕に付着した尋常ではない血の跡。
それを見たモーリーは思わず、膝をつく。
『――まったく、老いぼれ風情が余計な手間を……』
声がした方向に視線を向けると、そこには、腹を剣で貫かれ片腕を失ったハードリクトと、それを見て笑うマスの姿があった。
背後には、幽鬼的に彷徨う倒したはずのゴブリンの姿もある。
「う、嘘だろ……」
『さあ、鬼ごっこはここまでだ。邪魔者は片付いた。2人諸共、ハーフゴブリンになって貰おうか……』
2人諸共、ハーフゴブリンになって貰おうと言うからには、まだ生きているのだろう。しかし、串刺しとなったハードリクトの姿を見るに、いつ死んでもおかしくない。
『――だが、その前に……。モーリーよ。その小僧を私に差し出せ……。その小僧はこの私に恐怖を刻み付けた。決して、生かしておく訳にはいかない。もし断われば……』
マスが剣に刺さったハードリクトに視線を向けると嗜虐的な表情を浮かべる。
明らかに良からぬことを考えているとわかる顔だ。
要求を聞き入れた所で、助かるのは僅かな時間。自分の父親か、赤の他人のどちらを助けるか選択を迫られたモーリーはマスの要求を即座に跳ね除ける。
「……断る。いくら劣勢に追い込まれようとも、マカロンを治める領主一族である俺が守るべき民を差し出す訳がないだろ!」
『ほぅ……』
モーリーの返答を聞き、マスはニヤリと笑う。
『……ならば守ってみせろ。どの道、お前ら2人はもう間もなくハーフゴブリンに変質する。この私の魔眼の力によってな』
領主一族がハーフゴブリン化し、守るべき民を虐殺する。それもまた一興というもの。
マスが魔眼の力を使い、モーリーの体に魔力を集中させると、モーリーはヒナタを地面に落とし、頭を抱えて苦しみ出す。
「――あああああああああああああああああっ‼︎」
『ゲゲゲッ! いいぞッ! 泣けェ! 叫べェ! ハーフゴブリンに進化し、幽鬼となったゴブリンと共に親愛なる領民を皆殺しにしろォォォォ‼︎』
悶え苦しむモーリーと、愉悦に満ちたマスの声。それを目覚ましがわりに、地面に落とされたヒナタの体がピクリと動く。
「『――あー、痛いですね。昔の家電は叩けば直ると言いますが、まさか、このような方法で私を叩き起こすとは思いもしませんでした……』」
そして、苦言を呟き、頭を軽く抑えながら立ち上がると、マスは顔を引き攣らせる。
『き、貴様……! 気絶していたのではなかったのか……』
マスの反応を受け、テールスは首を傾げる。
当然、気絶していた。そんなことは見ればわかるだろう。
「『――ちょっと、なにを言っているのか意味がわからないのですが……。とりあえず、それを止めて頂いてもよろしいですか?』」
フィンガースナップをきかせ、そう言うと、マスの腹が異常に膨れ上がり痛みが走る。
『――うっ⁉︎ うごごごごごごッ……⁉︎ ま、まさか……。まさか、まさか、まさか、まさか、これは……‼︎』
既視感のある腹の痛み。
思わず、串刺しにしたハードリクトごと剣を落とし、膝をつくと、モーリーのハーフゴブリン化が止まる。
「『あなたの体内に生のニンニクを100個創造しました。いかがですか? 活力満点のニンニクを体内に創造された気分は……』」
『ぎ、ぎざまァァァァ!』
まさに腸内細菌ジェノサイド。
想像を絶する腹の痛みを受け、マスは絶叫を上げる。
テールスは、生のニンニクを体内に創造され苦しむマスの近くに寄ると、腹に剣が刺さったままのハードリクトを抱えて救出する。
「――ヒナタ君っ!」
すると、丁度よく応援が駆け付けた。
「『確か……。えーっと……』」
うる覚えなテールスの記憶力。
(いや、コリーさんだよ!)
それを補完するように、心の中でヒナタが声を上げる。
「『ああ、そうでした。そうでした。コリーさんでしたね。もちろん、覚えていましたよ? ちょっと、ド忘れしていただけで……』」
テールスはヒナタに軽く言い訳をすると、駆けてきたコリーにハードリクトと、モーリーを引き渡す。
「『コリーさん。2人のことをお願いします』」
ハードリクトは見ての通り重症だ。
加えて、モーリーもマスのスキルの影響でハーフゴブリン化が進み疲労困憊。
「ヒナタ君……。これは一体……。いや、今は……!」
「『ええ、そんなことを言っている場合ではありません。ですので、2人のことは任せます。私はあの者たちの対処を……』」
ハードリクトとモーリーの二人をコリーに預けると、テールスはマスと幽鬼的に虚ろうゴブリンに視線を向ける。
『ゲゲゲ……! やれるものならやって見ろ……! このゴブリン共は既に死んでいる。私ならばいざ知らず、貴様では止めることはできん。行けェェェェ! ゴブリン共ッ! 誰彼構わず皆殺しにしろォォォォ! ウッ……!? グォォォォォォォォ!???』
腹が猛烈に痛いのだろう。
マスは汗をだらだら流し、腹を抱えながらなけなしの声を上げる。
すると、マスの不甲斐ない姿とは裏腹に死鬼と化したゴブリンたちはマスの命令に従いテールスに襲い掛かる。
そして、一部のゴブリンは、誰彼構わず皆殺しにするため、市街地に向かって侵攻を始めた。
「『おやおや、これは困りましたね。こうも広範囲に分散されては、スキルを使用するにしても、この体に大きな負担が……』」
ゴブリンが密集してくれているのであればいざ知らず、一部のゴブリンは市街地に向かって侵攻を始めた。
これ以上の大規模なスキル発動はヒナタの体に障る。
困惑気味にそう呟くと、ヒナタが慌て気味に答える。
(いやいやいやいや、今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょ! 俺の体のことはいいから、あのゴブリンをなんとかしてぇぇぇぇ!)
マカロン最大戦力のハードリクトは戦闘不能。兵士もハーフゴブリンの捕縛に手一杯のはずだ。
なにより、自分に迫るゴブリンの大群。
マスは相当、テールスのことを危険視しているらしい。
「『――おや、よろしいのですか? わかりました。それでは特別に私の力のほんのごく一部を見せて差し上げましょう』」
ヒナタの了解を得たテールスが、マスをあざ笑うかのように口元を緩ませると、『パチン』と指を弾く。
「『いきますよ? 塩の清らかさを知りなさい。岩塩氷河』」
そう呟くと、清涼な空気が流れ、死鬼と化したゴブリンが次々と内側から破裂し、血に塗れた巨大な塩の塊ができていく。
それはまるで、地上の氷河。血に塗れた白い墓標のよう……。
ゴブリンすべてが破裂し、巨大な塩の塊に置き換わっていくのを見て、マスは目を丸くする。
『……はっ? へっ??』
視認できる範囲にいるゴブリンすべての体内を捕捉しての岩塩氷河。
圧倒的な力の差を見せ付けられ、マスは呆然と呟く。
(――な、なんなんだ……。なんなんだ、なんなんだよ、コイツはァァァァ!? っていうか、塩の清らかさを知りなさいってなに?? ゴブリンの内側に巨大な塩を創造して爆散させただけじゃないかァァァァ!)
もはや、清らかさなど全く関係ない。
ただ清らかな塩をゴブリンの体内に創造し、体の内側から外側に向けて巨大化させただけの純然たる物理。
(――こ、こんなのズルい。反則だ。勝てる訳が……)
腹を抱えて怯えるマスに近付くと、テールスは近くに座る。
「『さて、そろそろ終わりにしましょうか』」
その瞬間、マスは土下座する。
『ず、ずいまぜんでじだ……。ちょっと、ゴブリンに進化したばかりで気分が高揚していたんです。今は反省しています。死ぬほど反省しています! だから、命だけは……。命だけは……ッ!』
生きるか死ぬか。デッドオアアライブな状況に立たされたマスは、意地やプライドを投げ捨て懇願する。
(今だけ……。今だけの辛抱だ。この化け物から逃れることさえできれば、後はどうとでもなる……)
テールスとの力量差は、マスが思わずそう考えてしまうほど、大きい。
(どうせ、人間の寿命は百余年……。マカロンの再侵攻は、こいつが死んでからでもいい。ここは一度諦めた振りをして体勢を立て直す)
ゴブリンと比べて、人間の寿命はあまりに短い。今は辛酸を舐めてでも生き残ることを優先するフェーズだ。
(それに人間はゴブリンと比べると比較的甘い性格をしている。ちょっと涙を流して、土下座すれば許してくれるはずだ……。なにより、私のスキル『扇動』によりこいつの思考はその方向に進んでいるは……)
そんなマスの浅はかな考えを見通し、テールスは呟くように言う。
「『……あなたがなにを期待して、スキルを発動させているのかは知りませんが、黄泉への手向けに1つだけ教えて差し上げましょう。神である私にそれは効きません。そして、あなたはやり過ぎました。あなたに壊されたものは元に戻らず、亡くした命も戻りません。故に、あなたは罰を受ける必要があります』」
『(ば、馬鹿な……。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!? スキルが効いていないだとォォォォ!?)な、なんの権利があって……』
辛うじて出た言葉。
マスの問いに、テールスは優しく答える。
「『権利義務の問題でありません。強いて言うのであれば応報的な考えというものでしょうか? 撃っていいのは撃たれる覚悟のある方だけです。自分だけ安全な場所にいて、相手を危険や恐怖にさらすのは道理に合わない。その点において、私はあなたのことを評価しているのですよ?』」
『ひ、評価だと……』
なにを言っているのかわからず、そう呟くと、マスにとって非情な回答が返ってくる。
「『ええ、だって、あなたはここにいるではありませんか。持っているのでしょう? 討たれる覚悟を……』」
『――ヒッ!? 嫌だ……。嫌だァァァァ!!』
テールスがそう呟くと、マスは顔を強張らせ、腹を抱えながら逃げ惑う。
「『――どうやら、撃つ覚悟はあっても、討たれる覚悟は持ち合わせていなかったようですね』」
テールスは、ため息を吐くと、親指と人差し指の先を合わせる。
「『残念です。罪人マスよ。この地に住む者たちに代わり、私があなたに裁きを与えます。悔い改めなさい。塩でできた贖罪の十字架』」
『――ヒッ!? ヒギャアアアアッ!???』
――パチンッ!
そう指を弾く音が響くと、マスの体が内側から弾け飛び巨大な十字架が姿を現した。
ヒナタの心の声を受け、テールスが心の中で反応を示す。
――いやー、油断しました。まさか、彼が私を助けるためにタックルを仕掛けてくるとは思いもせず……。腰の入ったいいタックルでしたね。亜種ゴブリンの攻撃を受け流す体勢は整えていたのですが、まさか守るべき対象により気絶させられるとは……――
テールスとしても、モーリーの行動は理外。
亜種ゴブリンの攻撃を受け流すことに集中するあまり、他のことが疎かになっていたようだ。
(じゃあ、どうするのっ!? 領主様は「奴は私が片付ける。命を賭してでもな……」とか言ってるし、モーリーさんはモーリーさんで「親父、それまで死ぬんじゃないぞ」とか言ってて、なんだか、圧倒的に劣勢みたいな感じなんですけどぉぉぉぉ??)
事実、圧倒的に劣勢なのだろう。
ハードリクトのスキルで生み出した城壁の巨人を、ものともしない膂力。
そして、魔力を操り相手をハーフゴブリン化させるスキル。
いくらハードリクトが常識を超えた力を持っていようとも、亜種ゴブリンに進化したマスを倒すのは難しい。と、いうより相性が悪い。
それ所か、ハードリクト自身がハーフゴブリン化してしまう可能性すらある。そうなれば、城塞都市マカロンはお終いだ。
息を切らしながらも懸命に走るモーリー。
「――はあっ、はあっ……! 親父、待ってろよ。ヒナタを安全な場所に送り届けたらすぐに戻る。死んだら絶対に許さないからなっ!!」
モーリーも、ハードリクトでは、亜種ゴブリン化したマスに敵わないことが心の中ではわかっているのだろう。
ヒナタを抱え、走るたびに涙の粒がヒナタに落ちる。
流石に、これ以上は見ていられない。
――ズガァァァァンッ!!
そう思った瞬間、空に向かって黒閃が伸びる。
あの黒閃は、マスが放ったものに違いない。
城壁の巨人が現れては、切り崩され、現れては切り崩されていく。
ハードリクトの圧倒的な劣勢。しかし、モーリーは振り返らない。
ハードリクトは、命を賭してでも、マスを片付けると宣言した。
それが例え虚勢であったとしても、モーリーはハードリクトの言葉を信じて走り続ける。
――ズガァァァァンッ!!
――ズガァァァァンッ!!
雷鳴のように轟く衝突音。
その音がふと止むと、走るモーリーに影が差す。
――ドシャッ!!
轟音を立て、目の前に落ちた城壁の巨人の片腕を見て、モーリーは足を止めた。
「――あ、ああ……」
城壁の巨人の片腕に付着した尋常ではない血の跡。
それを見たモーリーは思わず、膝をつく。
『――まったく、老いぼれ風情が余計な手間を……』
声がした方向に視線を向けると、そこには、腹を剣で貫かれ片腕を失ったハードリクトと、それを見て笑うマスの姿があった。
背後には、幽鬼的に彷徨う倒したはずのゴブリンの姿もある。
「う、嘘だろ……」
『さあ、鬼ごっこはここまでだ。邪魔者は片付いた。2人諸共、ハーフゴブリンになって貰おうか……』
2人諸共、ハーフゴブリンになって貰おうと言うからには、まだ生きているのだろう。しかし、串刺しとなったハードリクトの姿を見るに、いつ死んでもおかしくない。
『――だが、その前に……。モーリーよ。その小僧を私に差し出せ……。その小僧はこの私に恐怖を刻み付けた。決して、生かしておく訳にはいかない。もし断われば……』
マスが剣に刺さったハードリクトに視線を向けると嗜虐的な表情を浮かべる。
明らかに良からぬことを考えているとわかる顔だ。
要求を聞き入れた所で、助かるのは僅かな時間。自分の父親か、赤の他人のどちらを助けるか選択を迫られたモーリーはマスの要求を即座に跳ね除ける。
「……断る。いくら劣勢に追い込まれようとも、マカロンを治める領主一族である俺が守るべき民を差し出す訳がないだろ!」
『ほぅ……』
モーリーの返答を聞き、マスはニヤリと笑う。
『……ならば守ってみせろ。どの道、お前ら2人はもう間もなくハーフゴブリンに変質する。この私の魔眼の力によってな』
領主一族がハーフゴブリン化し、守るべき民を虐殺する。それもまた一興というもの。
マスが魔眼の力を使い、モーリーの体に魔力を集中させると、モーリーはヒナタを地面に落とし、頭を抱えて苦しみ出す。
「――あああああああああああああああああっ‼︎」
『ゲゲゲッ! いいぞッ! 泣けェ! 叫べェ! ハーフゴブリンに進化し、幽鬼となったゴブリンと共に親愛なる領民を皆殺しにしろォォォォ‼︎』
悶え苦しむモーリーと、愉悦に満ちたマスの声。それを目覚ましがわりに、地面に落とされたヒナタの体がピクリと動く。
「『――あー、痛いですね。昔の家電は叩けば直ると言いますが、まさか、このような方法で私を叩き起こすとは思いもしませんでした……』」
そして、苦言を呟き、頭を軽く抑えながら立ち上がると、マスは顔を引き攣らせる。
『き、貴様……! 気絶していたのではなかったのか……』
マスの反応を受け、テールスは首を傾げる。
当然、気絶していた。そんなことは見ればわかるだろう。
「『――ちょっと、なにを言っているのか意味がわからないのですが……。とりあえず、それを止めて頂いてもよろしいですか?』」
フィンガースナップをきかせ、そう言うと、マスの腹が異常に膨れ上がり痛みが走る。
『――うっ⁉︎ うごごごごごごッ……⁉︎ ま、まさか……。まさか、まさか、まさか、まさか、これは……‼︎』
既視感のある腹の痛み。
思わず、串刺しにしたハードリクトごと剣を落とし、膝をつくと、モーリーのハーフゴブリン化が止まる。
「『あなたの体内に生のニンニクを100個創造しました。いかがですか? 活力満点のニンニクを体内に創造された気分は……』」
『ぎ、ぎざまァァァァ!』
まさに腸内細菌ジェノサイド。
想像を絶する腹の痛みを受け、マスは絶叫を上げる。
テールスは、生のニンニクを体内に創造され苦しむマスの近くに寄ると、腹に剣が刺さったままのハードリクトを抱えて救出する。
「――ヒナタ君っ!」
すると、丁度よく応援が駆け付けた。
「『確か……。えーっと……』」
うる覚えなテールスの記憶力。
(いや、コリーさんだよ!)
それを補完するように、心の中でヒナタが声を上げる。
「『ああ、そうでした。そうでした。コリーさんでしたね。もちろん、覚えていましたよ? ちょっと、ド忘れしていただけで……』」
テールスはヒナタに軽く言い訳をすると、駆けてきたコリーにハードリクトと、モーリーを引き渡す。
「『コリーさん。2人のことをお願いします』」
ハードリクトは見ての通り重症だ。
加えて、モーリーもマスのスキルの影響でハーフゴブリン化が進み疲労困憊。
「ヒナタ君……。これは一体……。いや、今は……!」
「『ええ、そんなことを言っている場合ではありません。ですので、2人のことは任せます。私はあの者たちの対処を……』」
ハードリクトとモーリーの二人をコリーに預けると、テールスはマスと幽鬼的に虚ろうゴブリンに視線を向ける。
『ゲゲゲ……! やれるものならやって見ろ……! このゴブリン共は既に死んでいる。私ならばいざ知らず、貴様では止めることはできん。行けェェェェ! ゴブリン共ッ! 誰彼構わず皆殺しにしろォォォォ! ウッ……!? グォォォォォォォォ!???』
腹が猛烈に痛いのだろう。
マスは汗をだらだら流し、腹を抱えながらなけなしの声を上げる。
すると、マスの不甲斐ない姿とは裏腹に死鬼と化したゴブリンたちはマスの命令に従いテールスに襲い掛かる。
そして、一部のゴブリンは、誰彼構わず皆殺しにするため、市街地に向かって侵攻を始めた。
「『おやおや、これは困りましたね。こうも広範囲に分散されては、スキルを使用するにしても、この体に大きな負担が……』」
ゴブリンが密集してくれているのであればいざ知らず、一部のゴブリンは市街地に向かって侵攻を始めた。
これ以上の大規模なスキル発動はヒナタの体に障る。
困惑気味にそう呟くと、ヒナタが慌て気味に答える。
(いやいやいやいや、今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょ! 俺の体のことはいいから、あのゴブリンをなんとかしてぇぇぇぇ!)
マカロン最大戦力のハードリクトは戦闘不能。兵士もハーフゴブリンの捕縛に手一杯のはずだ。
なにより、自分に迫るゴブリンの大群。
マスは相当、テールスのことを危険視しているらしい。
「『――おや、よろしいのですか? わかりました。それでは特別に私の力のほんのごく一部を見せて差し上げましょう』」
ヒナタの了解を得たテールスが、マスをあざ笑うかのように口元を緩ませると、『パチン』と指を弾く。
「『いきますよ? 塩の清らかさを知りなさい。岩塩氷河』」
そう呟くと、清涼な空気が流れ、死鬼と化したゴブリンが次々と内側から破裂し、血に塗れた巨大な塩の塊ができていく。
それはまるで、地上の氷河。血に塗れた白い墓標のよう……。
ゴブリンすべてが破裂し、巨大な塩の塊に置き換わっていくのを見て、マスは目を丸くする。
『……はっ? へっ??』
視認できる範囲にいるゴブリンすべての体内を捕捉しての岩塩氷河。
圧倒的な力の差を見せ付けられ、マスは呆然と呟く。
(――な、なんなんだ……。なんなんだ、なんなんだよ、コイツはァァァァ!? っていうか、塩の清らかさを知りなさいってなに?? ゴブリンの内側に巨大な塩を創造して爆散させただけじゃないかァァァァ!)
もはや、清らかさなど全く関係ない。
ただ清らかな塩をゴブリンの体内に創造し、体の内側から外側に向けて巨大化させただけの純然たる物理。
(――こ、こんなのズルい。反則だ。勝てる訳が……)
腹を抱えて怯えるマスに近付くと、テールスは近くに座る。
「『さて、そろそろ終わりにしましょうか』」
その瞬間、マスは土下座する。
『ず、ずいまぜんでじだ……。ちょっと、ゴブリンに進化したばかりで気分が高揚していたんです。今は反省しています。死ぬほど反省しています! だから、命だけは……。命だけは……ッ!』
生きるか死ぬか。デッドオアアライブな状況に立たされたマスは、意地やプライドを投げ捨て懇願する。
(今だけ……。今だけの辛抱だ。この化け物から逃れることさえできれば、後はどうとでもなる……)
テールスとの力量差は、マスが思わずそう考えてしまうほど、大きい。
(どうせ、人間の寿命は百余年……。マカロンの再侵攻は、こいつが死んでからでもいい。ここは一度諦めた振りをして体勢を立て直す)
ゴブリンと比べて、人間の寿命はあまりに短い。今は辛酸を舐めてでも生き残ることを優先するフェーズだ。
(それに人間はゴブリンと比べると比較的甘い性格をしている。ちょっと涙を流して、土下座すれば許してくれるはずだ……。なにより、私のスキル『扇動』によりこいつの思考はその方向に進んでいるは……)
そんなマスの浅はかな考えを見通し、テールスは呟くように言う。
「『……あなたがなにを期待して、スキルを発動させているのかは知りませんが、黄泉への手向けに1つだけ教えて差し上げましょう。神である私にそれは効きません。そして、あなたはやり過ぎました。あなたに壊されたものは元に戻らず、亡くした命も戻りません。故に、あなたは罰を受ける必要があります』」
『(ば、馬鹿な……。馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!? スキルが効いていないだとォォォォ!?)な、なんの権利があって……』
辛うじて出た言葉。
マスの問いに、テールスは優しく答える。
「『権利義務の問題でありません。強いて言うのであれば応報的な考えというものでしょうか? 撃っていいのは撃たれる覚悟のある方だけです。自分だけ安全な場所にいて、相手を危険や恐怖にさらすのは道理に合わない。その点において、私はあなたのことを評価しているのですよ?』」
『ひ、評価だと……』
なにを言っているのかわからず、そう呟くと、マスにとって非情な回答が返ってくる。
「『ええ、だって、あなたはここにいるではありませんか。持っているのでしょう? 討たれる覚悟を……』」
『――ヒッ!? 嫌だ……。嫌だァァァァ!!』
テールスがそう呟くと、マスは顔を強張らせ、腹を抱えながら逃げ惑う。
「『――どうやら、撃つ覚悟はあっても、討たれる覚悟は持ち合わせていなかったようですね』」
テールスは、ため息を吐くと、親指と人差し指の先を合わせる。
「『残念です。罪人マスよ。この地に住む者たちに代わり、私があなたに裁きを与えます。悔い改めなさい。塩でできた贖罪の十字架』」
『――ヒッ!? ヒギャアアアアッ!???』
――パチンッ!
そう指を弾く音が響くと、マスの体が内側から弾け飛び巨大な十字架が姿を現した。
57
お気に入りに追加
389
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
異世界無双の最強剣士 ~ごめん、そのままだと無双するけど、どうする?~
絢乃
ファンタジー
自殺の真っ只中だった俺は、神の気まぐれによってランダムで選ばれた10万人の1人として異世界へ行くことになった。
転移先の異世界はさながらゲームのようで、レベルや魔物といった概念が存在している。
そんな中、死を恐れない俺は勇猛果敢に魔物を狩り続け、レベルと実力の両方でトップクラスへ成長していく。
日本では負け組だった俺が、この世界では勝ち組になる。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
最強呪符使い転生―故郷を追い出され、奴隷として売られました。国が大変な事になったからお前を買い戻したい?すいませんが他を当たって下さい―
びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
生まれ育った土地を追い出された最強呪符使い(リーメイ)。
兵士に騙され奴隷として売り飛ばされそうになったり、ドラゴンに襲われたり、はたまた、ポメラニアンのポメちゃんが仲間になったり!?
やったっ! ボクは自由だぁぁぁぁ!
最強呪符使いが綴る天真爛漫な転生ファンタジーコメディ開幕!
2日に一回15時10分公開予定です。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる