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第1章 城塞都市マカロン

第26話 変身妨害

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(あわわわわわわわっ……!)

 地震の影響により半壊した教会。
 モーリーにより倒された夥しい数のゴブリン。
 倒しきれなかったゴブリンはすべてテールスが処理をした。
 しかし、問題はそこではない。

(や、やり過ぎだよぅ!)

 ヒナタはこう見えて、平和な島国出身。
 異世界エデンに馴染んできたとはいえ、バイオレンスはノーセンキュー。
 そんなヒナタの様子を見て、テールスは首を傾げる。

「『何を言っているのです? 内と外から侵略戦争を仕掛けられているのですから、反撃するのは当然でしょう?』」

 侵略戦争を仕掛けてきた者に対する情けは無用。むしろ、腹に直接生のニンニクをぶち込み腸内細菌滅殺して体調を崩させるくらいで済ましてやっているテールスからすれば、手加減している方だ。
 オリーブオイルぶっかけてゴブリンを火だるまにしたこともあるが、それも理由あってのこと……。

「ヒナタ君。すまないな、助かったよ」

 ヒナタの体を借り受けたテールスが教会近くまで歩いて行くと、モーリーが話かけてくる。

「『いえ、この位、大したことではありません。しかし、凄まじいですね……』」

 城壁に視線を向けると、壁や建物がまるでトランスフォーマーのように変形し、ゴブリンを蹴散らす巨人の姿が見える。
 まるでゴブリンがゴミのようだ。
 思わず、そう思ってしまうほどのゴブリンが、宙に舞い上がり巨人により蹴散らされている。

「ああ、あれは領主である親父のスキル……。親父が動いた以上、あちら側はもう大丈夫だ。問題はこちら側に……っ⁉︎ ヒナタ君!」
「『……っ⁉︎』」

 決死の覚悟で立ち上がり、ヒナタを突き飛ばすと、ヒナタのいた場所を夥しい質量を持った黒い塊が勢いよく通過する。
 その余波を受けたモーリーが、壁に激突すると、ぐったりとした表情を浮かべた。

「――どいつもこいつも……。どいつもこいつも……! どいつもこいつも私の邪魔を……‼︎」

 悪態を付きながら、地下洞窟の入り口から出てきた男の姿を見て、モーリーはかすれ声を上げる。

「軍務卿……。やはりお前が……」
「ハードリクトの息子か……。予定外だよ。まさか、ゲスノーが貴様如きにやられるとはな……」

 ゲスノーは、特殊な技法によりハーフゴブリン化していた。
 そのゲスノーが力を出し切る前に倒されたのはマスとしても想定外。

「この計画は……。ゴブリンによる城塞都市マカロン襲撃計画は、数年前から計画されていた。その計画をぶち壊しにしてくれるとはなァ……。お前さえ……。お前さえ計画に気付かなければっ……!」

 この計画は、マカロン最強の守護者、ハードリクトに気取られたらすべてが終わる。
 だからこそ、何年も時間をかけ、内密に事を進めていた。
 軍務卿の立場を利用し、ハーフゴブリンを軍備施設に潜り込ませたのもその一環。
 内と外で侵攻し、ハードリクトの注意が外に向いている間に、教会の地下洞窟からゴブリンをマカロン内部に侵入させ、マカロンを制圧する。
 城壁内にいる民衆を盾にすれば、容易に制圧できるはずだった……。
 その予定が、モーリーのお陰で台無しだ。

「計画は失敗。モーリー・マカロン……。この憂さ晴らしは、お前でさせてもらうぞ……。ハアァァァァァァァッ!」

 マスは手負いの獣相手にも全力を尽くす男。
 そう告げると同時に、マスの体がハーフゴブリン化していく。
 変身中、ふと違和感を覚えたマスが前を向くと、そこには目の前に迫る鉄製の棘付き棍棒があった。

「……っ‼︎(な、なんだ! なぜ、ハーフゴブリンに持たせていた棍棒がここに……⁉︎)」

 慌てて避けようとするも、思考に体が付いていかない。

「(さ、避けられな……⁉︎)――!?!?!?!?!?!?!?!?」

 メリメリミシッ……!(マスの顔に棍棒がめり込む音)

 マスの顔面に鉄製の棘付き棍棒がめり込むと、棍棒の勢いに呑まれマスの体が浮き上がる。

 ――ドゴォォォォンッ!!(マスが壁に激突する音)

 そして、そのまま壁に激突すると、大きな土煙がその場を覆った。

「『――おや? あまりに無防備でしたのでハーフゴブリンから奪い取った棍棒を投げ付けてみたのですが……。まさか、これでお終いですか?』」

 飄々とした態度のテールスが土煙に向かってそう尋ねると、半分以上顔が陥没し、涙目を浮かべ息を吐くマスが信じられない者でも見るかのような表情を浮かべた。

「――か、かひゅ、かひゅ……。し、信じ……。れん(な、なんなんだ、このキチガイは……! へ、変身最中に攻撃してきやがった……⁉︎)」

 しかも、割とクリティカルな攻撃。
 中途半端とはいえ、生命力の強いハーフゴブリンに多少なりとも体が変異しているからこそ顔面が陥没しても辛うじて生きていられるが、普通であれば致命傷。

 そんなマスの反応を見て、テールスは首を傾げる。

「『――信じられんもなにも、敵が変身によって常人を超えた強大な力を得ようとしているのです。それを阻止しようと考えるのは当然のことでしょう? まさかとは思いますが、敵であるあなたが変身して強敵となるのを、私が黙って待っているとでも思っていたのですか? なにを甘えたことを考えているのです?』」

 やると分かっている明らかなパワーアップをなぜ黙って見てなきゃならないと、言わんばかりのテールスの言葉に、思わず唖然とした表情を浮かべるモーリー。
 一方、変身妨害を受けたマスは、ただただ困惑していた。

(い、今までハーフゴブリンへの変身を妨害されたことなど、一度もない。どうしたら……。私は一体どうしたらいい……⁉︎)

 ハーフゴブリンへの変身は、どう早く見積もってもあと10秒はかかる。
 体の大部分がハーフゴブリン化するのだから当然だ。
 しかし、目の前の敵はハーフゴブリンへの変身を黙って見ていてくれるほど甘くない。

(こうなったら、最後の手段を取る以外に方法が……)

 マスの奥歯には、ゴブリンの魔石が嵌められている。これを噛み砕き体内に取り込むことによりマスは、ハーフゴブリンなどには留まらない更なる高みへと……。別次元のゴブリンに進化することができる。
 しかし、それは人間ではなくなることと同義。ハーフゴブリンという中途半端な状態だからこそ、人とハーフゴブリンどちらの姿にでもなることができる。
 それに、別次元のゴブリンに進化するためには、もう一つ必要な要素がある。

「――っ!?」

 マスが思考の渦に呑まれている最中、テールスが周囲に浮かべた無数のバナナの房。今にもこちらに向かって飛んできそうな無数のバナナを見て、マスは顔を引き攣らせる。

(い、いつの間に……⁉︎ 攻撃を受けた影響で体が動かな……‼︎)

 拙いと思い必死の形相でその場から逃げようとするマス。
 そんなマスにテールスは無慈悲な鉄槌を振り下ろす。

「『――月を模した神の果実バナナムーン』」

 片手を振り、テールスがそう呟くと、大量のバナナが……。月の形をした黄色い流星群がマスの身に降り注ぐ。

 ドカドカドカドカドカドカドカドカッ!(バナナの打撃音)

「あ、がっ⁉︎ だ、や、やめ……‼︎」

 ドカドカドカドカドカドカドカドカッ!(バナナの打撃音)
 ドカドカドカドカドカドカドカドカッ‼︎(バナナの打撃音)

「や、やべ……。やべで……(な、なんという理不尽。人類の敵に回ったというただそれだけの理由で、生きるのが苦痛になるほどの暴力をこいつは……。こいつはァァァァ‼︎)」

 バナナの圧倒的質量に負け、四つん這いになると、マスの頭に走馬灯が流れてくる。

(――まさか、こんなことになるとは……。これは昔の私か? ふふっ、走馬灯まで見えてきた。なんでこんなことになったんだろうなぁ……)

 マスの頭に流れる走馬灯。
 それは、マスが城塞都市マカロンを滅ぼすため、ゴブリンと手を取り合った所から始まった。

(――最初はただ死にたくなかった。ただそれだけだったんだがなぁ……)

 ゴブリンの森への視察時、マスはホブゴブリンに襲われた。
 あの時は必死の命乞いが功を奏しなんとか生き延びることができたが……。

(――その時からだ。私にマカロンへの憎悪が芽生えたのは……。こんなことになったのはすべてハードリクトが悪い。私がピンチに陥っていたというのに助けに来な……。うん? なんだか腹の調子がおかしいような……。う、ううっ⁉︎)

 走馬灯による回想中、急に目眩と腹痛に襲われたマスは思わず腹を抱えてもんどりを打つ。
 バナナ降る空を辛うじて見上げると、そこには……。

「『あなたの体内に生のニンニクを20個創造しました。いかがです? 活力満点のニンニクの味は……』」

 と、無表情で無慈悲なことを言い放つテールスの姿があった。

(――う、ぐうぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!???)

 生のニンニクによる腸内細菌ジェノサイド。
 効果は抜群だ。例え、ゴブリンといえど、腹の中に生のニンニクを20個も創造されては腹痛を起こすのは必至。
 むしろ、必然とも言える。

 ――う、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!???
 ――ぐうぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!???

 腸内細菌を生のニンニクがジェノサイドし、バナナがマスを痛め付ける。
 喉から込み上げる内容物。目眩や悪寒。
 バナナによる直接的打撃。
 まさに、前門の虎、後門の狼。
 腹を抑えながらのたうち回り、バナナの打撃を受けたマスは歯を食いしばって涙を流す。

(おのれ……。おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、おのれェェェェ‼︎ なぜ、この私がこんな目に遭わなくてはならない⁉︎ 私はただマカロンをぶっ壊したいだけなのにィィィィ‼︎)

 ホブゴブリンとも口頭ではあるが密約を交わしてある。
 マカロンを制圧し、私にとって邪魔な人間を皆殺しにした後、生き残った無辜の民は私の奴隷として、管理下に置かれる予定だ。
 自らの復讐のため、すべての民をジェノサイドしようだなんて流石の私も思っていない。

(なのに……。なのに、なぜ……。なぜ、コイツは私の前に立ち塞がる⁉︎)

 もはや、自分を含むゴブリンの群勢すべてがジェノサイドされそうな勢い。
 外から侵攻を仕掛けるゴブリンも見ていて可哀想になるほど空を舞っている。

(このままでは、私は……。私は……!)

 そう嘆いていると、テールスの放ったバナナの房がマスの頬にクリーンヒットする。

「がはぁ……⁉︎」

 その瞬間、奥歯に仕込んでいたゴブリンの魔石が割れ、喉の奥に消えていく。
 そして、魔石がマスの体に溶け込むと、周囲に重苦しい空気が充満した。
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