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第1章 城塞都市マカロン
第21話 決勝戦①
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『――評儀祭『闘儀の部』……。決勝戦……。 闘儀に賭けた男たちの最後の戦いが今、まさに始まろうとしております……!』
そう実況が流れると、向かい側から相手選手が歩いてくる。
『金色の目に薄緑色の肌……。大きな棘付き棍棒を片手に現れたのは、仮面を付け闘儀に臨んでいたゴールドメッキ商会が誇る主力奴隷、ハーフゴブリンのリンリン選手……!? だ、大波乱の闘儀祭! ここにきて、人類の敵であるゴブリンが選手であるとが発覚しましたぁぁぁぁ! これは色々な意味で大丈夫なのでしょうかぁぁぁぁ‼︎』
ゴブリンが選手の一人として闘儀祭に参加していると聞き、観客は騒めき声を上げる。
『実況のエルメさん。大変なことになりましたね』
『ええ、リンリン選手はシード枠な上、仮面を着けて試合に臨んでいましたからね。しかし、今になってなぜ、リンリン選手がハーフゴブリンであるとの情報を我々に流してきたのでしょうか……?』
ハーフゴブリンの登場に困惑する実況と観客。そんな騒めき声を打ち消すように、場内放送が流れる。
『あー、マイクテスト、マイクテスト……。ううんっ……。軍務卿のマスだ。その件については、私から説明しよう』
場内放送を流したのはマスという名の軍務卿。マスはまるで機械のように冷徹な声で言う。
『皆も知っての通り、今、マカロンはゴブリンの脅威に晒されている。なぜか……。それはマカロンがゴブリン戦線の最前線だからだ。ハーフゴブリンは敵ではない。むしろ、我ら人間と共に戦う仲間……。彼らハーフゴブリンには、人間の血が半分流れている』
マスの言葉を受け観客たちは不自然に鎮まり返る。
鎮まり返った観客たちを見渡すと、マスは観客たちの感情に訴えかけるようにマイクを握る。
『彼らもまた被害者なのだ……。誰が人類の敵であるゴブリンの血など引いて生まれたいと思うものか。もう一度言おう。ハーフゴブリンは敵ではない。人間である我々と共に戦う仲間だ。これまで、ゴブリンの血を引いているというただそれだけの理由で迫害されてきた彼らにチャンスを与えてやってほしい。私からは以上だ』
実際には、迫害などされていない。
ハーフゴブリンを人為的に生み出したのは、ゴールドメッキ商会。
その存在が周知されたのは今が初めてなのだから……。
マスが放送を打ち切ると、会場は不自然な盛り上がりを見せる。
「――リンリン選手にそんな過去が……」
「――ゴブリンの血が流れているという理由だけで人間がハーフゴブリンを迫害していたなんて、なんと嘆かわしい」
「――が、頑張れー、リンリン!」
「――負けないでー! 勝って、リンリン!」
「「――リンリン、リンリン! リンリン、リンリン!」」
突如として湧き起こるリンリンコール。
そんな観客たちを貴賓室から見下ろし、マスは笑みを浮かべる。
(――やはり、民衆とは愚かだな……)
マスの持つスキルは『扇動』。
何気のない一言でもマスが煽り立てるように口にすれば、それに影響された民衆が勝手に盛り上がり、マスの思う通りに動いてくれる。
「――後は決勝戦だけだ。首尾は万全なのだろうな?」
背後にいるキンメッキにそう話しかけると、キンメッキは揉み手で応える。
「ええ、軍務卿のお陰で首尾は万全。あの小僧には負けるよう脅し付けてあります。正午まで残り3時間……。残り3時間であの土地は法的に私のものとなります。ゲスノーもいい働きをしてくれました……」
「そうか、なら良い。それで? ゲスノーの姿が見えぬようだが、彼は今、なにをやっている?」
マスの問いに、キンメッキは考える素振りを見せる。
「ゲスノーですか? 申し訳ございません。ゲスノーはやることがあると、見張りをスッポかし、どこかに行ってしまいました。まったく困った者です」
「ほう。それは困ったものだ……」
「ええ、困ったものです」
キンメッキの言葉を聞き、マスはほくそ笑む。
(――この愚か者は、なにもわかっていないようだな……)
キンメッキはゲスノーのことを自分の手駒であると思い込んでいるようだが、それは違う。ゲスノーは、キンメッキの手駒ではない。マスの手駒である。
そして、マス自身もマカロン領主一族に仕えている訳ではない。
使えるべき主人はマカロンの外におり、ゲスノーには、地下洞窟の扉を開き、ゴブリンを招き入れるため、教会に向かっている。
(――ハーフゴブリンは、既に配置済……。そして、教会の地下洞窟には数多のゴブリンが集結しつつある。残すは決勝のみ。決勝が終わると共に闘儀祭も終わりを迎え、城壁に配置したハーフゴブリンが祝祭用の火薬球を城壁に打ち込み、内と外からゴブリンが襲撃をかけることになっている。滅びの時は近い……。そして、私が壊したかったのはマカロンだけではない)
マカロンの物流を握るこの男……。
キンメッキ・ゴールドも対象の一人だ。
(――あの土地を買い取るために、シスターを借金奴隷に堕とし、土地の権利を物理的にも、法的にも取得……。その後、教会の奥にある地下洞窟からゴブリンがあふれ出れば、その責任を取るのはゴールドメッキ商会の会頭であるキンメッキ・ゴールドを差し置いて他にいない)
ゴブリンのマカロン侵入に一役買ったと知られれば、ゴールドメッキ商会はお終いだ。
なにせ、このマカロンはゴブリン戦線の最前線……。
ゴブリンに与する者は死罪が相当。
例外は存在しない。
「さて、そろそろ試合が始まるな……」
未だ響き渡るリンリンコール。
観客が熱狂する中、ヒナタが闘技場の入り口に足を踏み入れると、再び実況中継が始まる。
『――さあ、右手から現れたのは、数々の猛者をトイレ送りにしたFランク商人、ヒナタ・クルルギィィィィ! リンリン選手に勝つ気満々! 両手に持ったバナナでどの様な試合を見せてくれるのでしょうかぁぁぁぁ!』
両手にバナナを持つヒナタの姿を見て、マスは怪訝な表情を浮かべる。
(おかしい。キンメッキと話が付いているのではなかったのか? あの小僧の目……。あれは諦めた者の目ではない。一体、どうなって……)
鋭い視線をキンメッキに向ける。
しかし、当の張本人であるキンメッキは気付いていないようだ。
「うん? どうかしましたかな?」
マスが睨み付けているにも関わらず、キンメッキは呆けたことを言うばかり……。
「(なにか嫌な予感を感じる。いや、だが……)なんでもない」
今まで感じたことのない焦燥感。
理由もわからず、心の内に湧き上がるその感情に身を焦がしながら、マスは闘儀場に視線を向けた。
◇◆◇
闘儀場へと続く道を一歩、また一歩と進む度に聞こえてくる観客からのリンリンコール。
完全にアウェイとなってしまった闘儀場の土を踏むと、決勝戦の相手選手であるハーフゴブリンが話しかけてくる。
「ゲキャキャキャキャ! よく来たなァ。俺の名はリンリン。ゴールドメッキ商会のリンリン様だァ! 話は聞いているぜ? 負けるために試合に参加するなんてご苦労なこったなァ!」
言葉の節々から感じる輩感。
その笑い声を聞いただけで、このハーフゴブリンがゴブリンと人間のどちら側の血を色濃く引いているかよくわかる。
「おいおい。どーした、まさかビビっている訳じゃねーだろうなァ? ああ、そうか、緊張しているのか。無様に負けるにしても相応の理由が必要だろうからなァ!」
挑発に次ぐ挑発。
リンリンはゴールドメッキ商会の奴隷……。つまりは商品だ。
商品であるからには、ある程度の礼節が求められる。
「おいッ! 俺の話を聞いているのか!」
しかし、リンリンに最低限の礼節が備わっているようには思えない。
闘儀場で露わとなったリンリンの素行に、ゴールドメッキ商会も今頃、頭を抱えていることだろう。
『おーっと、両選手、向かい合ったまま微動だにしません! 一体、どうしたのでしょうか?』
向かい合ったままで、微動だにしない両選手を見て、実況が声を上げる。
どうやら会話内容は実況や観客に聞こえていないようだ。
ヒナタはひたすら挑発してくるリンリンの言葉を受け流し、所定の位置につく。
(――試合開始前、モーリーさんは言っていた……。『できるだけ時間を稼げ』と……)
借金返済期限は3時間後。
ヒナタはエナとナーヴァという人質を取られ負けることを強要されている。
時間を稼ぐことに意味があるならやるべきだ。それが今、ヒナタにできる唯一のこと。
ヒナタは拳を握り、テールスに話しかける。
(――テールス、準備はいい?)
この世界に来て間もないヒナタでは、スキルを十全に使えない。
そして、時間を稼ぐならスキルを十全に使うことのできるテールスが出場するのがヒナタにとっての最善。
――ええ、もちろんです。あなたが望むのであれば、3時間といわず数百でも、数千時間でも時間を稼いで見せましょう。それでは、参りますよ――
そう言われた瞬間、ヒナタの体を触媒にテールス神が降臨する。
「『――御託は結構です。さあ、決勝戦を始めましょう?』」
テールス神が降臨したヒナタの言葉を受け、リンリンは笑みを浮かべる。
「ゲキャキャキャキャ! 決勝戦だァ? 負け戦の間違いだろ。まあいい……。そんなに死にたいなら殺してやる。今日の俺は気分がいい。なにせ、この試合が終われば、自由が確約されてるんだからなァ!」
リンリンは大きな棘付き棍棒を片手に構えると、ヒナタに視線を向ける。
テールスも手に持ったバナナを握り構えると、その様子を見ていた実況がマイクを握った。
『――どうやら双方共に試合の準備ができたようです! 果たして、どんな勝負を見せてくれるのでしょうか! お待たせしました。それでは、決勝戦、開始ですっ!』
――カーンッ!
闘技場内に鳴り響く試合開始のゴングの音。
「――いくぞ……?」
リンリンは大きな棘付き棍棒を片手で持ち上げると、ヒナタに向かって投擲するため足に力を込める。
「死ねェェェェ!」
「『――バナナ・スリップ』」
リンリンが足を一歩踏み出した瞬間、テールスにより足下に投げ込まれた油分たっぷりのバナナの皮。
バナナの皮を踏み足を滑らせたリンリンは、そのまま後ろに倒れ込み、手に持っていた大きな棘付き棍棒に頭を打ちつけた。
そう実況が流れると、向かい側から相手選手が歩いてくる。
『金色の目に薄緑色の肌……。大きな棘付き棍棒を片手に現れたのは、仮面を付け闘儀に臨んでいたゴールドメッキ商会が誇る主力奴隷、ハーフゴブリンのリンリン選手……!? だ、大波乱の闘儀祭! ここにきて、人類の敵であるゴブリンが選手であるとが発覚しましたぁぁぁぁ! これは色々な意味で大丈夫なのでしょうかぁぁぁぁ‼︎』
ゴブリンが選手の一人として闘儀祭に参加していると聞き、観客は騒めき声を上げる。
『実況のエルメさん。大変なことになりましたね』
『ええ、リンリン選手はシード枠な上、仮面を着けて試合に臨んでいましたからね。しかし、今になってなぜ、リンリン選手がハーフゴブリンであるとの情報を我々に流してきたのでしょうか……?』
ハーフゴブリンの登場に困惑する実況と観客。そんな騒めき声を打ち消すように、場内放送が流れる。
『あー、マイクテスト、マイクテスト……。ううんっ……。軍務卿のマスだ。その件については、私から説明しよう』
場内放送を流したのはマスという名の軍務卿。マスはまるで機械のように冷徹な声で言う。
『皆も知っての通り、今、マカロンはゴブリンの脅威に晒されている。なぜか……。それはマカロンがゴブリン戦線の最前線だからだ。ハーフゴブリンは敵ではない。むしろ、我ら人間と共に戦う仲間……。彼らハーフゴブリンには、人間の血が半分流れている』
マスの言葉を受け観客たちは不自然に鎮まり返る。
鎮まり返った観客たちを見渡すと、マスは観客たちの感情に訴えかけるようにマイクを握る。
『彼らもまた被害者なのだ……。誰が人類の敵であるゴブリンの血など引いて生まれたいと思うものか。もう一度言おう。ハーフゴブリンは敵ではない。人間である我々と共に戦う仲間だ。これまで、ゴブリンの血を引いているというただそれだけの理由で迫害されてきた彼らにチャンスを与えてやってほしい。私からは以上だ』
実際には、迫害などされていない。
ハーフゴブリンを人為的に生み出したのは、ゴールドメッキ商会。
その存在が周知されたのは今が初めてなのだから……。
マスが放送を打ち切ると、会場は不自然な盛り上がりを見せる。
「――リンリン選手にそんな過去が……」
「――ゴブリンの血が流れているという理由だけで人間がハーフゴブリンを迫害していたなんて、なんと嘆かわしい」
「――が、頑張れー、リンリン!」
「――負けないでー! 勝って、リンリン!」
「「――リンリン、リンリン! リンリン、リンリン!」」
突如として湧き起こるリンリンコール。
そんな観客たちを貴賓室から見下ろし、マスは笑みを浮かべる。
(――やはり、民衆とは愚かだな……)
マスの持つスキルは『扇動』。
何気のない一言でもマスが煽り立てるように口にすれば、それに影響された民衆が勝手に盛り上がり、マスの思う通りに動いてくれる。
「――後は決勝戦だけだ。首尾は万全なのだろうな?」
背後にいるキンメッキにそう話しかけると、キンメッキは揉み手で応える。
「ええ、軍務卿のお陰で首尾は万全。あの小僧には負けるよう脅し付けてあります。正午まで残り3時間……。残り3時間であの土地は法的に私のものとなります。ゲスノーもいい働きをしてくれました……」
「そうか、なら良い。それで? ゲスノーの姿が見えぬようだが、彼は今、なにをやっている?」
マスの問いに、キンメッキは考える素振りを見せる。
「ゲスノーですか? 申し訳ございません。ゲスノーはやることがあると、見張りをスッポかし、どこかに行ってしまいました。まったく困った者です」
「ほう。それは困ったものだ……」
「ええ、困ったものです」
キンメッキの言葉を聞き、マスはほくそ笑む。
(――この愚か者は、なにもわかっていないようだな……)
キンメッキはゲスノーのことを自分の手駒であると思い込んでいるようだが、それは違う。ゲスノーは、キンメッキの手駒ではない。マスの手駒である。
そして、マス自身もマカロン領主一族に仕えている訳ではない。
使えるべき主人はマカロンの外におり、ゲスノーには、地下洞窟の扉を開き、ゴブリンを招き入れるため、教会に向かっている。
(――ハーフゴブリンは、既に配置済……。そして、教会の地下洞窟には数多のゴブリンが集結しつつある。残すは決勝のみ。決勝が終わると共に闘儀祭も終わりを迎え、城壁に配置したハーフゴブリンが祝祭用の火薬球を城壁に打ち込み、内と外からゴブリンが襲撃をかけることになっている。滅びの時は近い……。そして、私が壊したかったのはマカロンだけではない)
マカロンの物流を握るこの男……。
キンメッキ・ゴールドも対象の一人だ。
(――あの土地を買い取るために、シスターを借金奴隷に堕とし、土地の権利を物理的にも、法的にも取得……。その後、教会の奥にある地下洞窟からゴブリンがあふれ出れば、その責任を取るのはゴールドメッキ商会の会頭であるキンメッキ・ゴールドを差し置いて他にいない)
ゴブリンのマカロン侵入に一役買ったと知られれば、ゴールドメッキ商会はお終いだ。
なにせ、このマカロンはゴブリン戦線の最前線……。
ゴブリンに与する者は死罪が相当。
例外は存在しない。
「さて、そろそろ試合が始まるな……」
未だ響き渡るリンリンコール。
観客が熱狂する中、ヒナタが闘技場の入り口に足を踏み入れると、再び実況中継が始まる。
『――さあ、右手から現れたのは、数々の猛者をトイレ送りにしたFランク商人、ヒナタ・クルルギィィィィ! リンリン選手に勝つ気満々! 両手に持ったバナナでどの様な試合を見せてくれるのでしょうかぁぁぁぁ!』
両手にバナナを持つヒナタの姿を見て、マスは怪訝な表情を浮かべる。
(おかしい。キンメッキと話が付いているのではなかったのか? あの小僧の目……。あれは諦めた者の目ではない。一体、どうなって……)
鋭い視線をキンメッキに向ける。
しかし、当の張本人であるキンメッキは気付いていないようだ。
「うん? どうかしましたかな?」
マスが睨み付けているにも関わらず、キンメッキは呆けたことを言うばかり……。
「(なにか嫌な予感を感じる。いや、だが……)なんでもない」
今まで感じたことのない焦燥感。
理由もわからず、心の内に湧き上がるその感情に身を焦がしながら、マスは闘儀場に視線を向けた。
◇◆◇
闘儀場へと続く道を一歩、また一歩と進む度に聞こえてくる観客からのリンリンコール。
完全にアウェイとなってしまった闘儀場の土を踏むと、決勝戦の相手選手であるハーフゴブリンが話しかけてくる。
「ゲキャキャキャキャ! よく来たなァ。俺の名はリンリン。ゴールドメッキ商会のリンリン様だァ! 話は聞いているぜ? 負けるために試合に参加するなんてご苦労なこったなァ!」
言葉の節々から感じる輩感。
その笑い声を聞いただけで、このハーフゴブリンがゴブリンと人間のどちら側の血を色濃く引いているかよくわかる。
「おいおい。どーした、まさかビビっている訳じゃねーだろうなァ? ああ、そうか、緊張しているのか。無様に負けるにしても相応の理由が必要だろうからなァ!」
挑発に次ぐ挑発。
リンリンはゴールドメッキ商会の奴隷……。つまりは商品だ。
商品であるからには、ある程度の礼節が求められる。
「おいッ! 俺の話を聞いているのか!」
しかし、リンリンに最低限の礼節が備わっているようには思えない。
闘儀場で露わとなったリンリンの素行に、ゴールドメッキ商会も今頃、頭を抱えていることだろう。
『おーっと、両選手、向かい合ったまま微動だにしません! 一体、どうしたのでしょうか?』
向かい合ったままで、微動だにしない両選手を見て、実況が声を上げる。
どうやら会話内容は実況や観客に聞こえていないようだ。
ヒナタはひたすら挑発してくるリンリンの言葉を受け流し、所定の位置につく。
(――試合開始前、モーリーさんは言っていた……。『できるだけ時間を稼げ』と……)
借金返済期限は3時間後。
ヒナタはエナとナーヴァという人質を取られ負けることを強要されている。
時間を稼ぐことに意味があるならやるべきだ。それが今、ヒナタにできる唯一のこと。
ヒナタは拳を握り、テールスに話しかける。
(――テールス、準備はいい?)
この世界に来て間もないヒナタでは、スキルを十全に使えない。
そして、時間を稼ぐならスキルを十全に使うことのできるテールスが出場するのがヒナタにとっての最善。
――ええ、もちろんです。あなたが望むのであれば、3時間といわず数百でも、数千時間でも時間を稼いで見せましょう。それでは、参りますよ――
そう言われた瞬間、ヒナタの体を触媒にテールス神が降臨する。
「『――御託は結構です。さあ、決勝戦を始めましょう?』」
テールス神が降臨したヒナタの言葉を受け、リンリンは笑みを浮かべる。
「ゲキャキャキャキャ! 決勝戦だァ? 負け戦の間違いだろ。まあいい……。そんなに死にたいなら殺してやる。今日の俺は気分がいい。なにせ、この試合が終われば、自由が確約されてるんだからなァ!」
リンリンは大きな棘付き棍棒を片手に構えると、ヒナタに視線を向ける。
テールスも手に持ったバナナを握り構えると、その様子を見ていた実況がマイクを握った。
『――どうやら双方共に試合の準備ができたようです! 果たして、どんな勝負を見せてくれるのでしょうか! お待たせしました。それでは、決勝戦、開始ですっ!』
――カーンッ!
闘技場内に鳴り響く試合開始のゴングの音。
「――いくぞ……?」
リンリンは大きな棘付き棍棒を片手で持ち上げると、ヒナタに向かって投擲するため足に力を込める。
「死ねェェェェ!」
「『――バナナ・スリップ』」
リンリンが足を一歩踏み出した瞬間、テールスにより足下に投げ込まれた油分たっぷりのバナナの皮。
バナナの皮を踏み足を滑らせたリンリンは、そのまま後ろに倒れ込み、手に持っていた大きな棘付き棍棒に頭を打ちつけた。
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