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第1章 城塞都市マカロン
第13話 エンコ詰めした薬指にバナナを添えて
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評儀祭実行委員であるバレンシアの隣には、両手を背に隠し、汗をだらだら流しているネーブルの姿がある。
――あらら、これがエンコ詰めという奴ですか。初めて見ました――
呑気にそう思念を送ってくるテールス。
エンコ詰めとは、主に暴力団に見られる慣習であり、反省、抗議、謝罪の意思表示として用いられ指を刃物で切断する行為。見ているだけで、指と指の間がチクチクしてくる。
――痛そうですね。多分、試合中にエンコ詰めしたんですよ。凄いですよね。謝罪のために指を切るなんてどうかしていますよ――
ヒナタは、指の入った箱をそっと閉めると、手に持っていたバナナを一本もいで、箱と共にネーブルへと渡した。
「――これ、あなたの指ですよね? 箱に入っていましたよ。謝罪とか、もういいのでこれを食べて指を繋げてください。指をくっ付けながらバナナを食べれば治るはずです」
ティル・ヴィングとの試合。
テールスは無慈悲にバナナを喰らわせたように見えたかも知れないが、それは違う。
あの時、ティル・ヴィングの抱えた疾患は、テールスの神気を受けたバナナを食べたことにより癒えていた。
倒れてしまったのは、尿路結石の激痛が無くなり、気が緩んだためだ。
薬指の入った小箱を突き返すと、ネーブルはバレンシアに視線を向ける。
ネーブルから視線を向けられたバレンシアはため息を吐くと、ただ一言。
「甘いことで……」と呟くように言った。
「……どうやら、坊ちゃんには、脅しが効かないようだ。即座に指を返されるとは思いもしませんでしたよ」
(――いえ、滅茶苦茶ビビってますが? 俺自身も試合終わったら指詰めて渡されるとは思っても見ませんでした。指は渡されても困るので返却しただけです)
そんなことを思いながら真顔のまま見つめていると、バレンシアは「ふっ」と声を漏らし、両手を上げる。
「――負けましたよ。すべてを白状するのでどうか私達を見逃して頂けませんかね?」
すると、バレンシアの言葉にネーブルが反応する。
「――あ、兄貴……。いいんですか? ゴールドメッキ商会を裏切ることに……」
「馬鹿野郎! あのオンボロ教会と孤児院の権利書を手に入れるため、ゴールドメッキ商会が教会と孤児院を助けようとするヒナタ様を潰そうと画策して俺たちをここに潜り込ませた、だなんて知れたら事だろうが! 滅多なことをいうんじゃねぇ!」
「あ、あの……。全部言っちゃってますけど……。いえ、なんでもないです……」
(なんなら言葉遣いまで変わっちゃってるし……。さっきまでの丁寧な言葉遣いはどこにいっちゃったのかな? まあいいか。なんだかよくわからないが、どうやら自分がゴールドメッキ商会に狙われているということは理解した。教会と孤児院の土地の権利書はエナさんが持っているというし、大方、その目論みを邪魔する俺を排除したいと、そんな所だろう。もしかしたら、屋台を借り切られちゃったのもそれが原因かもしれない)
思わぬ所で、人の悪意に晒されていたようだ。おかしいとは思っていたが、理由がハッキリしてスッキリした。
「……わかった。今回だけは見逃して上げる。でも、次に俺の前に立ち塞がったら容赦しないから覚えておいてよね」
テールスがティル・ヴィングの尿道に塩の塊を創造した時のように、指パッチンすると、バレンシアとネーブルは股間を手で押さえてすくみ上がる。
「――は、はい。それはもちろん! すいませんでした!」
剣匠ティル・ヴィングは、剣匠としての腕を持ち合わせているだけでなく、武芸にも秀でている優勝候補筆頭と呼ばれていた男。
そのティル・ヴィングをたった一度の指パッチンとバナナ一本で倒したヒナタを見てバレンシアは、命令とはいえ、とんでもない相手を陥れてしまったと、後悔していた。
資本力のあるゴールドメッキ商会と、マカロン有数の実力者であるティル・ヴィングをたった一度の指パッチンで糞尿まみれにした挙句、担架送りにさせた枢木ヒナタ。
どちらも敵に回したくはないが、今は、この場から逃れる方が優先される。
「――ゆ、指とバナナ。ありがとうございます! 次の試合も頑張って下さい!」
「お目こぼし頂きありがとうございます。それでは、私たちはこれで……」
バレンシアとネーブルは、ヒナタにお礼を言うと、立ち去っていく。
目的を果たすことはできなかったが、闘儀の場に引き吊り出すという計画は成功した。
これ以上の長居は無用だ。
ゴールドメッキ商会には、闘儀の場に引き吊り出すという成果のみ報告するとしよう。
「――も、悪いことをしないようにしてくださいねー!」
苦笑いを浮かべるバレンシアとネーブルをヒナタは手を振りながら見送る。
――さて、第2回戦は明日ですね。今日の所は、ゆっくり休みましょう――
「そうだね。なんだか疲れちゃったよ。少しだけ観戦してから帰ろうか」
そしてヒナタは、しばらく闘儀を観戦すると孤児院のある教会へと戻ることにした。
◇◆◇
ここは、品評会を行うため、城の中に設けられた会場の観客席。
その観客席の片隅で、東門の門番、モーリーはヒナタが品評会に出場する姿を、今か今かと待ち構えていた。
「――遅いな……」
そろそろヒナタの出番だというのに、一向に出てくる様子がない。
(――まさか、順番を最後に回されたのか?)
……いや、そんなことはない。
ヒナタの品評番号は2番のはず。既に呼ばれていておかしくない番号だ。
『――お待たせ致しました。品評番号3番! 生きた鑑賞用サボテン、サボテンダーの登場です』
鉢から勝手に出て動き回るサボテン。
観客席からザワッとした、声が上がる。
「――ひ、品評番号3番、サボテンダーだとぉぉぉぉ⁉︎(――どういうことだ。なぜ、品評番号2番が飛ばされた⁇)」
モーリーがそう声を上げると、隣に座っていた観客が声をかけてくる。
「おお、若いのにサボテンダーをご存知とはお目が高い。実はあれ、この私が数年前に栽培したサボテンがモンスターに変質したものなのですよ。君さえよければ、サボテンダーのキーホルダーはいかがかな? どれも金貨1枚からで……」
「――動くサボテンなんてどうでもいい! 品評番号2番のバナナはどうした、バナナは⁉︎ ヒナタはなにをやって……」
急にセールストークをし始めた観客が引くほど大きな声でそう言っていると、同僚のコリーが慌てた様子で駆けてくる。
「モーリー! 大変です。ヒナタ君が……。ヒナタ君が闘儀に参加しています!」
「な、なにっ⁉︎ ヒナタが闘儀に参加しているだとっ⁉︎」
(――な、なんで闘儀なんかに……)
評儀祭は、品物の品評又は品物の実演をもって行われ、一般的に、食材などの品評は、品評会へ。剣などの武具のお披露目は闘儀場にて行われる。
今、ヒナタが闘儀に参加しているとしたら非常にまずい。少なくとも冒険者不適格の烙印を押されたヒナタに勝ち目はないだろう。
なぜなら、闘儀で使える物は品評会に出す物に限られる。
一応、闘儀ではスキルの使用も可能となっているが、結局、最後は品評会に出す品物で勝利しなければならないと規定されており、闘儀においてバナナのような果物を使い勝利することは困難を極める。
ヒナタが品評会のために用意した品物は、バナナとバナナを引き立たせる調味料数種類のみ。
そもそも、品評と闘儀ではジャンルが異なる。食べ物として希少か、美味しいものか等を評価するのではなく、それが戦いに役立つか評価するのが闘儀だ。
勝った者が正義という闘儀ならではのルールにより、優勝者には問答無用で領主御用達の栄誉を与えられるが、バナナを武器にしての優勝は流石に難しい。いや、無理だ。
(――今からでも間に合うか……?)
チラリと時計を見ると、闘儀が始まってからまだ数分も経っていない。
(――あまり使いたくはなかったが、ここは俺に与えられた権限を使って……)
すると、闘儀が行われている会場から歓声が聞こえてくる。
(――くっ、遅かったか……!)
闘儀には、優勝候補筆頭と謳われる剣匠、ティル・ヴィングが出場している。
ティル・ヴィングが鍛えた黒剣と、ヒナタの持つ奇跡の果実バナナとの戦い。勝負になるはずがない。
(――仕方がない。領主御用達は一旦諦め、俺の方から領主である父……)
「――しかも、あのティル・ヴィングに勝ってしまいましたよ!」
「……はっ?」
コリーの発した一言に、モーリーは唖然とした表情を浮かべる。
「――えっ? 今、なんて言ったんだ? ヒナタがティル・ヴィングに勝ったと聞こえたのだが……」
ティル・ヴィングといえば、剣匠として名高い一流鍛冶師にして、剣豪としても名高い武人。
到底、ヒナタが勝てる相手ではない。
しかし、コリーが冗談を言っているようにも見えない。
「――はい。番狂わせです。ヒナタ君があのティル・ヴィングに勝ちました!」
「……ち、ちょっと、待ってくれ。頭を整理したい。えっ? どういうこと⁇」
(――えっ? 本当にバナナで剣匠ティル・ヴィングの黒剣に勝ったのか? どうやって?? 相手はあの優勝候補筆頭と謡われた剣匠ティル・ヴィングだぞ??)
剣匠ティル・ヴィングの黒剣は、ホブゴブリンに傷を負わせてなお曲がらないほどの硬度を誇る。高齢とはいえ剣術や武芸に優れており、ヒナタがティル・ヴィング相手にバナナで勝つ姿が想像できずにいた。
「――凄かったですよ! 冒険者不適格判定されたのが信じられません。なにせ、試合開始数秒でティル・ヴィングを倒したのですから」
「あのティル・ヴィングを数秒で倒した……??」
(――あのヒナタがティル・ヴィングを……? 本当に倒したのか?? いや、コリーがこれだけ言うのだ。事実なのだろう。しかし、解せん。どうやって、あのティル・ヴィングを……)
「いや、本当に凄かったですよ。開始2秒でダウンを奪い、その後、バナナで相手を窒息に追い込むなんて流石、ヒナタ君です」
「――いやいやいやいや、お前なに言ってんのっ!? っていうか、ヒナタもなにやってんのっ??」
(――領主様に献上したバナナを使って窒息に追い込むって、食べ物をそんな使い方しちゃダメだろ!)
心の中でそう声を上げると、モーリーは頭を抱えた。
――あらら、これがエンコ詰めという奴ですか。初めて見ました――
呑気にそう思念を送ってくるテールス。
エンコ詰めとは、主に暴力団に見られる慣習であり、反省、抗議、謝罪の意思表示として用いられ指を刃物で切断する行為。見ているだけで、指と指の間がチクチクしてくる。
――痛そうですね。多分、試合中にエンコ詰めしたんですよ。凄いですよね。謝罪のために指を切るなんてどうかしていますよ――
ヒナタは、指の入った箱をそっと閉めると、手に持っていたバナナを一本もいで、箱と共にネーブルへと渡した。
「――これ、あなたの指ですよね? 箱に入っていましたよ。謝罪とか、もういいのでこれを食べて指を繋げてください。指をくっ付けながらバナナを食べれば治るはずです」
ティル・ヴィングとの試合。
テールスは無慈悲にバナナを喰らわせたように見えたかも知れないが、それは違う。
あの時、ティル・ヴィングの抱えた疾患は、テールスの神気を受けたバナナを食べたことにより癒えていた。
倒れてしまったのは、尿路結石の激痛が無くなり、気が緩んだためだ。
薬指の入った小箱を突き返すと、ネーブルはバレンシアに視線を向ける。
ネーブルから視線を向けられたバレンシアはため息を吐くと、ただ一言。
「甘いことで……」と呟くように言った。
「……どうやら、坊ちゃんには、脅しが効かないようだ。即座に指を返されるとは思いもしませんでしたよ」
(――いえ、滅茶苦茶ビビってますが? 俺自身も試合終わったら指詰めて渡されるとは思っても見ませんでした。指は渡されても困るので返却しただけです)
そんなことを思いながら真顔のまま見つめていると、バレンシアは「ふっ」と声を漏らし、両手を上げる。
「――負けましたよ。すべてを白状するのでどうか私達を見逃して頂けませんかね?」
すると、バレンシアの言葉にネーブルが反応する。
「――あ、兄貴……。いいんですか? ゴールドメッキ商会を裏切ることに……」
「馬鹿野郎! あのオンボロ教会と孤児院の権利書を手に入れるため、ゴールドメッキ商会が教会と孤児院を助けようとするヒナタ様を潰そうと画策して俺たちをここに潜り込ませた、だなんて知れたら事だろうが! 滅多なことをいうんじゃねぇ!」
「あ、あの……。全部言っちゃってますけど……。いえ、なんでもないです……」
(なんなら言葉遣いまで変わっちゃってるし……。さっきまでの丁寧な言葉遣いはどこにいっちゃったのかな? まあいいか。なんだかよくわからないが、どうやら自分がゴールドメッキ商会に狙われているということは理解した。教会と孤児院の土地の権利書はエナさんが持っているというし、大方、その目論みを邪魔する俺を排除したいと、そんな所だろう。もしかしたら、屋台を借り切られちゃったのもそれが原因かもしれない)
思わぬ所で、人の悪意に晒されていたようだ。おかしいとは思っていたが、理由がハッキリしてスッキリした。
「……わかった。今回だけは見逃して上げる。でも、次に俺の前に立ち塞がったら容赦しないから覚えておいてよね」
テールスがティル・ヴィングの尿道に塩の塊を創造した時のように、指パッチンすると、バレンシアとネーブルは股間を手で押さえてすくみ上がる。
「――は、はい。それはもちろん! すいませんでした!」
剣匠ティル・ヴィングは、剣匠としての腕を持ち合わせているだけでなく、武芸にも秀でている優勝候補筆頭と呼ばれていた男。
そのティル・ヴィングをたった一度の指パッチンとバナナ一本で倒したヒナタを見てバレンシアは、命令とはいえ、とんでもない相手を陥れてしまったと、後悔していた。
資本力のあるゴールドメッキ商会と、マカロン有数の実力者であるティル・ヴィングをたった一度の指パッチンで糞尿まみれにした挙句、担架送りにさせた枢木ヒナタ。
どちらも敵に回したくはないが、今は、この場から逃れる方が優先される。
「――ゆ、指とバナナ。ありがとうございます! 次の試合も頑張って下さい!」
「お目こぼし頂きありがとうございます。それでは、私たちはこれで……」
バレンシアとネーブルは、ヒナタにお礼を言うと、立ち去っていく。
目的を果たすことはできなかったが、闘儀の場に引き吊り出すという計画は成功した。
これ以上の長居は無用だ。
ゴールドメッキ商会には、闘儀の場に引き吊り出すという成果のみ報告するとしよう。
「――も、悪いことをしないようにしてくださいねー!」
苦笑いを浮かべるバレンシアとネーブルをヒナタは手を振りながら見送る。
――さて、第2回戦は明日ですね。今日の所は、ゆっくり休みましょう――
「そうだね。なんだか疲れちゃったよ。少しだけ観戦してから帰ろうか」
そしてヒナタは、しばらく闘儀を観戦すると孤児院のある教会へと戻ることにした。
◇◆◇
ここは、品評会を行うため、城の中に設けられた会場の観客席。
その観客席の片隅で、東門の門番、モーリーはヒナタが品評会に出場する姿を、今か今かと待ち構えていた。
「――遅いな……」
そろそろヒナタの出番だというのに、一向に出てくる様子がない。
(――まさか、順番を最後に回されたのか?)
……いや、そんなことはない。
ヒナタの品評番号は2番のはず。既に呼ばれていておかしくない番号だ。
『――お待たせ致しました。品評番号3番! 生きた鑑賞用サボテン、サボテンダーの登場です』
鉢から勝手に出て動き回るサボテン。
観客席からザワッとした、声が上がる。
「――ひ、品評番号3番、サボテンダーだとぉぉぉぉ⁉︎(――どういうことだ。なぜ、品評番号2番が飛ばされた⁇)」
モーリーがそう声を上げると、隣に座っていた観客が声をかけてくる。
「おお、若いのにサボテンダーをご存知とはお目が高い。実はあれ、この私が数年前に栽培したサボテンがモンスターに変質したものなのですよ。君さえよければ、サボテンダーのキーホルダーはいかがかな? どれも金貨1枚からで……」
「――動くサボテンなんてどうでもいい! 品評番号2番のバナナはどうした、バナナは⁉︎ ヒナタはなにをやって……」
急にセールストークをし始めた観客が引くほど大きな声でそう言っていると、同僚のコリーが慌てた様子で駆けてくる。
「モーリー! 大変です。ヒナタ君が……。ヒナタ君が闘儀に参加しています!」
「な、なにっ⁉︎ ヒナタが闘儀に参加しているだとっ⁉︎」
(――な、なんで闘儀なんかに……)
評儀祭は、品物の品評又は品物の実演をもって行われ、一般的に、食材などの品評は、品評会へ。剣などの武具のお披露目は闘儀場にて行われる。
今、ヒナタが闘儀に参加しているとしたら非常にまずい。少なくとも冒険者不適格の烙印を押されたヒナタに勝ち目はないだろう。
なぜなら、闘儀で使える物は品評会に出す物に限られる。
一応、闘儀ではスキルの使用も可能となっているが、結局、最後は品評会に出す品物で勝利しなければならないと規定されており、闘儀においてバナナのような果物を使い勝利することは困難を極める。
ヒナタが品評会のために用意した品物は、バナナとバナナを引き立たせる調味料数種類のみ。
そもそも、品評と闘儀ではジャンルが異なる。食べ物として希少か、美味しいものか等を評価するのではなく、それが戦いに役立つか評価するのが闘儀だ。
勝った者が正義という闘儀ならではのルールにより、優勝者には問答無用で領主御用達の栄誉を与えられるが、バナナを武器にしての優勝は流石に難しい。いや、無理だ。
(――今からでも間に合うか……?)
チラリと時計を見ると、闘儀が始まってからまだ数分も経っていない。
(――あまり使いたくはなかったが、ここは俺に与えられた権限を使って……)
すると、闘儀が行われている会場から歓声が聞こえてくる。
(――くっ、遅かったか……!)
闘儀には、優勝候補筆頭と謳われる剣匠、ティル・ヴィングが出場している。
ティル・ヴィングが鍛えた黒剣と、ヒナタの持つ奇跡の果実バナナとの戦い。勝負になるはずがない。
(――仕方がない。領主御用達は一旦諦め、俺の方から領主である父……)
「――しかも、あのティル・ヴィングに勝ってしまいましたよ!」
「……はっ?」
コリーの発した一言に、モーリーは唖然とした表情を浮かべる。
「――えっ? 今、なんて言ったんだ? ヒナタがティル・ヴィングに勝ったと聞こえたのだが……」
ティル・ヴィングといえば、剣匠として名高い一流鍛冶師にして、剣豪としても名高い武人。
到底、ヒナタが勝てる相手ではない。
しかし、コリーが冗談を言っているようにも見えない。
「――はい。番狂わせです。ヒナタ君があのティル・ヴィングに勝ちました!」
「……ち、ちょっと、待ってくれ。頭を整理したい。えっ? どういうこと⁇」
(――えっ? 本当にバナナで剣匠ティル・ヴィングの黒剣に勝ったのか? どうやって?? 相手はあの優勝候補筆頭と謡われた剣匠ティル・ヴィングだぞ??)
剣匠ティル・ヴィングの黒剣は、ホブゴブリンに傷を負わせてなお曲がらないほどの硬度を誇る。高齢とはいえ剣術や武芸に優れており、ヒナタがティル・ヴィング相手にバナナで勝つ姿が想像できずにいた。
「――凄かったですよ! 冒険者不適格判定されたのが信じられません。なにせ、試合開始数秒でティル・ヴィングを倒したのですから」
「あのティル・ヴィングを数秒で倒した……??」
(――あのヒナタがティル・ヴィングを……? 本当に倒したのか?? いや、コリーがこれだけ言うのだ。事実なのだろう。しかし、解せん。どうやって、あのティル・ヴィングを……)
「いや、本当に凄かったですよ。開始2秒でダウンを奪い、その後、バナナで相手を窒息に追い込むなんて流石、ヒナタ君です」
「――いやいやいやいや、お前なに言ってんのっ!? っていうか、ヒナタもなにやってんのっ??」
(――領主様に献上したバナナを使って窒息に追い込むって、食べ物をそんな使い方しちゃダメだろ!)
心の中でそう声を上げると、モーリーは頭を抱えた。
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