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第1章 城塞都市マカロン

第10話 迫りくる悪意

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「え……ええええええええっー⁉︎ り、領主様に献上するー⁇」

 突然の提案に驚きの声を上げるヒナタ。

(――領主様といえば、この城塞都市マカロンの支配者にして最高権力者。そんな人にバナナを献上⁉︎ 無理無理無理無理、無理だってそれ⁉︎)

「ヒナタの表情は読みやすいな。無理だと思っているだろ?」

 そう言って笑うモーリーに、ヒナタは手を振って狼狽する。

「いや、だって領主様ですよ⁉︎ そんな偉い人にバナナを献上だなんて、それこそ打ち首獄門物ですよ!(――それに庶民の食べ物を領主様が食べるとは思えない。領主様に献上するならもっといい物を創造するのになにゆえバナナを……)」

 そんなことを考えていると、モーリーは呆れた表情を浮かべる。

「いや……。ヒナタは領主様のことをなんだと思っているんだ? まあいい。大丈夫だ。俺が保証する。決して打ち首になんてならない。それに、1週間以内にお金が欲しいんだろ? 丁度良いじゃないか」
「えっ? それはどういう……」
「明後日から4日間、領主様の住む城で評儀祭が行われる。そこでは毎年、優れた品、優れた武術のお披露目が行われるんだ」
「評儀祭……(――なんだろう。品評会的なものだろうか? 産物、製品などを一堂に集めて、その良し悪しを定めるふわっとした感じの……)ですか?」
「ああ、その評儀祭にこのバナナを出品する。これほど果肉が柔らかく、甘味のある果物はマカロンに存在しないからな……。かなり上位に食い込むことができるだろう。評儀祭前にバナナを献上し、評儀祭で上位を取れば領主御用達の栄誉を賜わることも夢じゃない。賞金も出るし、領主御用達の栄誉を賜れば、ギルドランクも自動的にD以上に上がる。そうすれば、ギルドでもバナナを買い取って貰えるだろう? おそらく、商業ギルド側も規則に阻まれバナナを買い取ることができず歯噛みしているはずだ。チャンスだとは思わないか?」
「うーん。そうですね……(確かに……これはチャンスかもしれない。もしバナナが領主様の目に留まり領主御用達の栄誉を賜れば、ギルドランクもDランク以上に……)」 

 つまりそれは、商業ギルドでもバナナの販売ができるようになることを意味している。

「よろしくお願いします!」

 評儀祭にバナナを出品する意思を固めそう言うと、モーリーがヒナタの手を強く握る。

「ああ、共に頑張ろう! 領主様への献上はこちらから行っておく。明後日、品評会に出品するバナナを持って、朝7時に東門まで来てくれ。ふふふっ、今年の評儀祭は盛り上がるぞー!」

 舞台は用意されている。物もある。
 ならば乗るしかない。このビッグウェーブに!
 ヒナタは希望を新たにモーリーの手を握り返した。

 ◇◆◇

 ――城塞都市マカロン、貧民街。
 賑やかな城下町から南へと進んだ先にあるその場所には、多くの極貧層が集まり、それに紛れ暗躍する組織も存在する。
 貧民街の中にあるとは思えないほど煌びやかな部屋の一室で、女は窓から射し込んでくる月の光に赤ワインを当てながら、金色に輝く髪をなびかせ、隣に座る男に対し、艶のある声で囁くように問いかける。

「――ねえ、あの人たちの借金返済日はいつだったかしら……」

 女の名は、ミラ・フロード。つい先日まで教会の財務担当として働いていた元シスターだ。
 そして、その隣にいる男の名は、キンメッキ・ゴールド。
 マカロンで生活雑貨や小売業、奴隷売買や消費者金融業を営むゴールドメッキ商会の会頭である。
 ミラの問いかけに、キンメッキは、パイプたばこをふかしながら呟くように言う。

「1週間後だ……」
「――そう。1週間後……。あと1週間で、教会と孤児院は……。ふふふっ、うふふふふっ……」

 恍惚とした表情でそう呟くと、ミラはワイングラスに口付けする。

「ふっ、悪い女だな。シスター2人に借金を押し付け、ワシに売り払おうとするとは……」
「――あら、人聞きが悪い……。あなたにとっても悪い取引じゃないでしょう? それに私はなにも悪くないわ。全部、私のことを教会から追い出そうとしたエナとナーヴァが悪いのよ。私はただ、孤児を引き取りたいと願う里親に効率よく孤児を引き渡していただけなのに……。ねえ、神父様……?」

 教会に併設された孤児院。
 そこには多額の寄付金と身寄りのない子供が集まる。
 ミラは神父と共謀し、ゴールドメッキ商会が紹介する里親に孤児を引き渡し、多額の寄付金を着服していた。
 それが発覚したのは、多額の寄付金と引き換えに引き渡したはずの孤児が里親の下から逃げてきたためだ。
 そのお陰で、孤児の人身売買が明るみとなり神父様が兵士に拘束されてしまった。

「……ええ、まったくです。まさか身寄りのない孤児を里親に引き渡しただけで逮捕されるとは思いもしませんでしたよ。まあ、今はこの通り、自由の身となって戻って来ることができましたがね」

 ミラの問いに答えたのは黒いキャソックに身を包んだ元神父、キワミ・ゲスノー。
 神に対する信仰心などカケラも持ち合わせていない俗物聖職者である。
 ゲスノーは、手に持ったワイングラスを傾けると、思い出したかのように言う。

「……そういえば、私のことを兵士に突き出してくれたエナとナーヴァは元気にしているでしょうか? 私はそれだけが心残りで……」

 神妙な顔をするゲスノーに対し、ミラは嬉しそうにエナとナーヴァの置かれた現状を語る。

「――うふふふふっ、ええ、もちろん。とても元気にしているわ。今頃、途方もない借金を抱え右往左往していることでしょうねぇ……」

 孤児を売り捌いていることがバレ、教会から追い出されることを事前に察知したミラは、エナとナーヴァを連帯保証人にキンメッキと取引し、金を持ち逃げした。
 元々、教会と孤児院の財務を握っていたのだ。金貨もエナとナーヴァの印鑑も金庫にしまってある。
 それを用いて契約を交わせば、エナとナーヴァを連帯保証人とする契約書など簡単に偽造できる。

「……ほう。それは素晴らしい。神様は私たちの行いをよく見ていて下さっているようだ。キンメッキ様、もし彼女らを奴隷として引き取った暁には、一晩だけ、私に貸し与えて頂けないでしょうか?」

 ゲスノーの言葉を聞き、キンメッキは怪訝な表情を浮かべる。

「うん? シスターたちをどうするつもりだ? まあ、ワシとしては、1日分の料金を支払ってくれるなら貸し与えてもよいが……。くれぐれも傷物にするなよ?」
「ええ、わかっております。私も一応、聖職者。下衆な行いは致しません。借金のかたとして押さえた教会……。そして、孤児たちの前で少し辱めるだけですよ」

 そんなことを平然と言って退ける辺りが俗物聖職者と呼ばれる所以だが、当の本人は気付かない。
 むしろ、当然の行いであるとすら思っている。

「……まあ、程々にしておきなさい。あの者たちには使い道がある。なにせ、廃れているとはいえ、教会出身者なのだからな」

 幼少期から教会のお世話になっていた者は、一部の例外を除き、聖属性のスキルを授かる。
 聖属性のスキルには、傷の回復を促すスキルや状態異常を治すスキルなどがあり、教会はこのスキルホルダーを牛耳ることで権威を保っていた。

「大丈夫ですよ。体に傷一つ付けません。もし万が一、傷が付いてしまったとしても、私には傷を癒すスキルがありますので……」

 ゲスノー神父は下衆で金に汚くプライドの高い扱い難い男ではあるが、信じられないほど効果の高い回復スキルを持っている。

「……そうだったな。ならば、条件を追加しよう。精神を壊すような真似はするんじゃない。わかったか?」

 キンメッキの言葉にゲスノーは恭しく頭を下げる。

「ええ、もちろん、わかっております」

 ゲスノーとしてはそれでも構わない。
 なにせ、ゲスノーのスキルは体の傷を癒す効果の他に、心を癒す効果もあるのだから。

 本当にわかっているのかと心配に思いながらもキンメッキは話を続ける。

「まったく……。まあいい。教会と孤児院を差し押さえた後の運営はお前たちに任せる。2度と捕まるようなヘマはするなよ」

 借金のかたとはいえ、教会の差し押えは、教会に属する信者全員を敵に回すことと同義。だからこそ、キンメッキはシスター2人と、土地の権利のみを差し押さえ、教会運営については、ゲスノーと元シスターであるミラに任せることにした。

 キンメッキにとって、孤児院は奴隷商を営む上で重要な取引先の一つ。
 その取引先をシスターの安っぽい正義感に潰されては堪らない。それに別の目的もある。

 毎月、領主から振り込まれる多額の寄付金。
 どこに売ろうと誰に売ろうと文句を言われることのない孤児。
 教会という名の隠れ蓑を被り運営する孤児院は奴隷商にとって最高のビジネスモデルだ。当然、取引がバレぬよう教会の地下には外に繋がる道が完備されている。

「――馬鹿な女共だ。孤児共が売られていることに気付かず安っぽい正義感を振りかざさなければ、これまで通りの生活を続けることができたものを……」
「ええ、まったく……。馬鹿な女たちですわ。馬鹿な女たちといえば、風の噂でエナとナーヴァに協力的な男がいると聞いたのですが……」
「……ああ、それについては、ワシも報告を受けている。なに、問題はない」

 ミラに言われるまでもなく、対処済み。
 今頃、屋台を使うことができず途方に暮れている頃だろう。

「――本当に? 聞いた所によると、すごい盛況ぶりだったみたいじゃない。まさかとは思うけど、借金が返済されるなんてことは……」

 ミラの心配性には困ったものだ。

「ふん。たった1週間でなにができる? 商業ギルドに登録したばかりの小僧が協力した所で、借金完済なんてできるはずがない。まあ、唯一の懸念として明後日から開かれる評儀祭があるが、これには私も出品している。今更、足掻いた所で無駄なことだ」
「ほう。キンメッキ様は一体、なにを出品されるのですか?」

 純然たる興味心からそう尋ねると、キンメッキは手を叩く。

「……折角だ。君たちだけに教えよう。入ってきたまえ」

 キンメッキがそう言うと、奥の扉から1人の少年が入ってくる。

「――えっ!?」
「こ、これは……」

 金色の目に薄緑色の肌。どう見てもただの人間には見えない。

「ふふふっ、驚いているようだな。これは人間とゴブリンを掛け合わせた個体……。ハーフゴブリン。ゴブリンのように繁殖力が強く。人を超えた膂力を持つゴールドメッキ商会の新たな主力奴隷だ」

 城塞都市マカロンはゴブリン戦線の最前線。
 マカロンでは、侵略者であるゴブリンと戦うための戦力を常に求めている。
 キンメッキは自慢気にそう言うと、深い笑みを浮かべた。
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