上 下
304 / 367

第304話 自称被害者

しおりを挟む
 都内某所にあるマンション。
 そこでは、溝渕エンターテイメントの性加害問題を社会に発表し、一躍時の人となった有名タレント、矢崎絵里が、多くの著名人や報道関係者、協力してくれる市民団体を集め酒宴の席を開いていた。
 協力者達の隣には、溝渕エンターテイメント所属の若手タレント達が座り、品定めの視線を頭の先から足先まで向けられながらも笑顔でお酌し、ご機嫌取りに徹している。

「皆様、先日の記者会見では大変お世話になりました。ここからが正念場です。どうぞ、これからも皆様の御力をお貸し下さい」

 矢崎はシャンパンが注がれたグラスを片手に持ち、高級クラブ全体を取り仕切るママの様に関係者達の席を順番に回っていく。

「高原社長。その節は大変お世話になりました。『外圧でしか変われない芸能界の異常』の記事、とても良かったです」

 外圧でしか変われない芸能界の異常。
 未だ、本当に事務所の元社長から性加害を受けたのか偏向的な見方をされる中で、矢崎達を援護する為、ゴシップ記者が取り上げてくれた記事の一つ。
 ゴシップ記事とはいえ、有名芸能事務所である溝渕エンターテインメントの元社長が所属するタレントに性加害を行っていたとする会見のインパクトは強く、多数のメディアが話題に乗っかった結果、社会的な問題として取り上げられている。

「あはははっ、矢崎さんにそう言って貰えると嬉しいね。いや、何、当然の事をしたまでだよ」

 実際、現場で見た事は無かったが、溝渕元社長がタレントに手を出しているという噂はあった。
 皆、暗黙の了解で知らない振りをしていただけだ。
 言えない空気というか、触れてはいけない、そう言った話をしてもいけない。あの頃はそういう時代だった。しかし、今は違う。

「――我々は、報道によって世の中を動かす側の人間。対して、一般国民は、我々が流す情報によって動かされる人間だ。この国に生きる一般国民の認識は、報道する側である我々によって白にも黒にもなる。まあ、大船に乗った気分でいなさい。君には、これまでいい思いをさせて貰っているからね」

 そう言って、隣に座りお酌する新人タレントの太ももを撫でると、高原は高笑いを上げる。

「まあ、それは心強い。頼もしいですわ。朱莉ちゃん、高原社長のグラスが空になっているわよ。お酒をお注ぎして……」
「は、はい……!」

 怯えながらお酌をする朱莉の姿を見て、矢崎はスッと目を細める。

「……朱莉ちゃん? ちょっと良いかしら? 水野さん、朱莉ちゃんと話をしてくるから少しの間、高原社長の側にいてくれる?」
「……はい。わかりました」
「そう。ありがとう。それじゃあ、朱莉ちゃん、こっちにいらっしゃい」

 朱莉の代わりに水野が高原社長の席に着いた事を確認すると、戸惑う朱莉を連れ矢崎は廊下へと向かう。そして、廊下のドアを閉めると、睨み付けるかの様な視線を朱莉へと向けた。

「……朱莉ちゃん。あなた、私の顔を潰す気?」
「い、いえ、そんなつもりは……」
「――それじゃあ、どういうつもり? あなた言ったわよね。私が、『今夜頑張れる?』って聞いたら『頑張れる』って言ったわよね? 折角、高原社長があなたの事を応援したいと言ってくれているの。期待に応えなくてどうするの。あなた、折角のチャンスを不意にする気? 芸能界で活躍したいんじゃないの? ここで決断できない様じゃ一生負け組よ?」
「で、でも……」

 そう言って立ち尽くす朱莉を見て、矢崎は表情を変える。

「――あなたはまだ若いから分からないだろうけど、高原社長に見初められるというのはとても光栄な事なのよ? もしあなたが今夜頑張る事ができれば、明日からあなたも有名タレントの仲間入り……CMだってバンバン入ってくるわ。それにもし人気に陰りが出たら……」
「人気に陰りが出たら……何ですか?」

 朱莉の言葉に矢崎は口元を隠しながら呟く様に言う。

「……高原社長に性加害されたって暴露すればいいのよ。私の様にメディアを使ってね」
「えっ? それじゃあ、あれは……」

 唖然とした表情でその先の言葉を言おうとすると、矢崎は人差し指を朱莉の口元に当てる。

「……この話はお終い。代わりにいい事を教えてあげる。芸能界においてタレントが持て囃されるのは若い内だけ。そこから先は、自分の持っているコネや繋がり、実力がものを言うの。あなたにはまだ分からないかも知れないけどね? まあ、私の歳になればいずれ分かるわ。だから今は身を切る思いをしてでも芸能界の権力者に媚びを売りなさい。有名になりたいんでしょ? あなた、ここまで育ててくれた両親に楽をさせたいって、言っていたじゃない。お父様やお母様もあなたが有名になる事を喜んで下さるわ。たった、一日……今夜頑張るだけでそれが叶うのよ?」

 矢崎の言葉に朱莉は思わず固唾を飲む。

「……今夜、頑張るだけでいいんですね?」
「ええ、あなたの頑張りをきっと神様も見ていてくれるわ。あなたの為にも、事務所の為にも頑張って」

 そう言って、背中を押すと、朱莉は心配そうな表情を浮かべたまま、高原社長の下に向かっていく。

「……馬鹿な子」

 呟く様にそう言うと、朱莉とすれ違う形で市民団体の一人が近付いてくる。

「……矢崎さん。今のは?」
「ああ、お気になさらずに……事務所の為に頑張りたいという子がいたから少しアドバイスをしていただけよ」

 種蒔きは重要だ。
 若い子が文字通り体を張って事務所の為に仕事を取ってくる。『今夜の頑張り』のお陰で、飽きられるまでの暫くの間、朱莉に仕事が入ってくる。
 しかし、そこから先は朱莉次第。
 そこで爪痕を残す事ができなければ、芸能界から消えゆくのみ。
『今夜の頑張り』が功を奏して有名タレントの仲間入りを果たすにせよ、果たせないにせよ道を用意して上げるのが、この業界の先輩である私の役目。

「――だとしても露骨過ぎやしませんかね。もし例の件も実は事務所に非はなくあなたが勝手にやっていた事だとバレたりしたら……」
「私が悪いとでも言いたいの? 馬鹿言わないで頂戴。私はあの子が自分から頑張ると言うから機会を与えただけよ。未成年とはいえ考えればその位の判断できるでしょ? それに万が一、問題になったとしてもこれは芸能界という特異な世界の問題であって私が悪い訳じゃないわ」

 事務所のタレントを社長達の下へ送り出した所で私に金銭的リターンがある訳ではない。
 すべては事務所の繁栄の為……これからする事を考えれば、少なくとも私が存命の間は存続して貰わないと困る。

「――それに、これはそちらが持ち掛けてきた事でしょう? 私だって、話を持ち掛けられなければこんな事はしなかった。数年前に亡くなった前社長の性加害問題をでっち上げ、その責任を現経営陣に果たさせる。前社長は既にお亡くなりになられているので、実際に性加害があったかどうかなんて確認する事はできないし、そういった噂がある以上、事務所は無碍に否認できない。時効が過ぎているので、責任を取るなら超法規的措置を取らざるを得ないし、早目に対処しないとタレントが他の事務所に移籍してしまうかも知れない。現在、提携している企業との契約も打ち切られてしまうかも知れない。そんな中、誰もが納得する様な賠償金の支払いを行う必要がある」

 少し酷かもしれないが、溝渕エンターテインメントには、これまで十分すぎる程、尽くしてきた。今度は私が事務所に尽くして貰う番だ。

「……怖い人ですね。まあいいでしょう。しかし、あまりやり過ぎないようにして下さい。ここで計画が破綻したら大変な事になりますからね」
「そうでしょうね……でも、問題ないわ。だって、世論が私の事を応援して下さっているのですから」

 そう。マスコミを巻き込み報道した結果、世論を私の味方に付ける事に成功した。
 私の事を悪く言う奴は加害者。そうレッテルを貼るだけで、私に批判的な敵対者はいなくなる。

「――副社長もこちら側です。第三者委員会もこちらに有利な人選をしています。後は、第三者委員会の調査報告書を向こう側に提出するだけでお終いですよ」
「そうね……」

 この人達がどうやってこの流れを作り出したのか分からないが、市民団体の言う事を聞いていれば、これから何もしなくても溝渕エンターテインメントから売上の五パーセントが入ってくる。諸経費として市民団体に半分支払わなければならないが、それでも私の受け取る給金より断然多い。

「……それじゃあ、最後の詰めをすると致しましょう」

 そう呟くと、矢崎はクツクツと笑みを浮かべた。

 ◇◆◇

 時は少し遡る。
 溝渕エンターテインメントの現社長は、副社長が選任した第三者委員会の調査報告書を見て愕然とした表情を浮かべていた。

『社長……大丈夫ですか、社長?』

 大丈夫じゃない。何だ、これは……何で、何でこんな事に……

 手元の調査報告書を見て、溝渕は顔を強張らせる。

『社長……現実を認めたくない気持ちは分かります。しかし、これが現実です。私達が選任した第三者委員会が、調査した結果、前社長である溝渕氏が事務所設立から長期に渡り所属タレントに対して性加害をしていたと認定しました……』

 認定? これで認定??
 性加害にあったとされる二人と、いつの間にか湧いた複数の性被害者の証言だけで?
 何のエビデンスもないあの調査報告書で親父の性加害を認定しろと!?

 世代の違う多数の被害者が共通項の多い証言をすればそれが証拠になるのか?
 口裏を合わせる事だってできるだろう。証拠に基づいた事実確認は一切されていないのに性加害認定するのはおかしいじゃないか……

 それに、被害者の心情を尊重し裏取り調査しないが、代わりに第三者委員会の委員達が直接、被害者と面談し、真実相当性があると認めたってなんだ??
 そもそも、第三者委員会が溝渕元社長による性加害があった前提で調査するのもおかしい。

 いや、認定するのは別にいい。親父が性加害をやったという事自体は事実なのだろう。相手が故人である為、確認はできないが、二人とはいえ、今、旬のタレントがタレント声明を賭けてまで告発したのだ。なのでその点は否定しない。
 しかし……しかしだ。
 どう考えてもこれはおかしいだろ。

 副社長である野心が選定し、私が承認した第三者委員会。その第三者委員会の調査はあまりにも杜撰で目を疑うものだった。

 ---------------------------------------------------------------

 次回は2023年10月29日AM7時更新となります。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

田舎貴族の学園無双~普通にしてるだけなのに、次々と慕われることに~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
田舎貴族であるユウマ-バルムンクは、十五歳を迎え王都にある貴族学校に通うことになった。 最強の師匠達に鍛えられ、田舎から出てきた彼は知らない。 自分の力が、王都にいる同世代の中で抜きん出ていることを。 そして、その価値観がずれているということも。 これは自分にとって普通の行動をしているのに、いつの間にかモテモテになったり、次々と降りかかる問題を平和?的に解決していく少年の学園無双物語である。 ※ 極端なざまぁや寝取られはなしてす。 基本ほのぼのやラブコメ、時に戦闘などをします。

ブチ切れ公爵令嬢

Ryo-k
恋愛
突然の婚約破棄宣言に、公爵令嬢アレクサンドラ・ベルナールは、画面の限界に達した。 「うっさいな!! 少し黙れ! アホ王子!」 ※完結まで執筆済み

奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら

キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。 しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。 妹は、私から婚約相手を奪い取った。 いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。 流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。 そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。 それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。 彼は、後悔することになるだろう。 そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。 2人は、大丈夫なのかしら。

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

病弱を演じていた性悪な姉は、仮病が原因で大変なことになってしまうようです

柚木ゆず
ファンタジー
 優秀で性格の良い妹と比較されるのが嫌で、比較をされなくなる上に心配をしてもらえるようになるから。大嫌いな妹を、召し使いのように扱き使えるから。一日中ゴロゴロできて、なんでも好きな物を買ってもらえるから。  ファデアリア男爵家の長女ジュリアはそんな理由で仮病を使い、可哀想な令嬢を演じて理想的な毎日を過ごしていました。  ですが、そんな幸せな日常は――。これまで彼女が吐いてきた嘘によって、一変してしまうことになるのでした。

前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。

夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。 陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。 「お父様!助けてください! 私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません! お父様ッ!!!!!」 ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。 ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。 しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…? 娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

処理中です...