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第144話 ルートの苦悩/その頃のアメイジングコーポレーション

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 転移組の副リーダー、ルートは自室で一人悩んでいた。

「何が一体どうなっているんだ……? 何故、借金奴隷が戻ってきて……いや、それは嬉しい事なのだが……何故、カケルは奴等を手放した?」

 収容所の長官、アーノルドと名乗る者が急にやってきてカケルに横取りされたはずの借金奴隷を置いて、帰っていった。
 アーノルドによると、一度、借金奴隷の借金を肩代わりしたものの、それが惜しくなって撤回したとか……。

 意味がわからない。どういう事だ?
 意味がわからな過ぎて脳が動転している。脳味噌がバク宙した上、スライディングを決めたかのような気分だ。脳が砂で削れて判断付かない。やった事は無いし、自分で言っていて何を言っているのかよく分からないが、本当に状況が理解できない。裏があるのではないかと邪推してしまう。

 一応、その場では平静を装い、冷静な態度で借金奴隷共を待合室に放り込んでおいたが、何度考えても理解できずにいた。
 あのカケルが金惜しさに借金奴隷の借金を肩代わりするのをやめるか?
 冒険者協会にとんでもない金額で回復薬を売り付けている奴がだぞ。宿の経営もしているし、その宿の護衛には元Sランク冒険者を就けている。しかも、あの借金奴隷共はカケル自身が鍛え上げた奴等じゃないか。
 それを金惜しさに撤回したなんて信じる事ができない。

 確かに、上級ダンジョンを攻略する力のある借金奴隷が俺の下に帰ってきた事は嬉しい。喜ぶべき事だ。冷蔵庫組が持つ予定だった金もちゃんと入金される。
 だが、納得できない。

「――はっ!? もしかして、これは罠か?」

 それならば納得できる。
 だとしたら狙いは何だ?
 実際、冷蔵庫組の傘下組織であるヘル組がカケルの介入により壊滅した事を目にしている。あれはどう考えても、借金奴隷を回収する為にやった事だろう。
 だとしたら、金惜しさに借金奴隷の借金を肩代わりするのを止めるなんて判断絶対にしない……筈。

 しかし、収容所の長官が直接ここに借金奴隷を運んできたという事は、カケルが借金奴隷の借金を肩代わりしなかった事に他ならない。

「――と考えると、もしかしてこれは罠ではない……のか?」

 流石のカケルも、収容所の長官を手懐けるなんて事はできない筈だ。

 その事に思い当ってようやく喜びが湧いてきた。
 そうだ。そうだよ。そうに違いないっ!
 カケルは借金奴隷の借金を肩代わりするのを止めたのだっ!
 だってそうだろう?
 ちょっと考えてみればわかる事だ。

 誰がキャバクラやホストクラブで作り上げた馬鹿みたいな金額の借金を肩代わりしたいと思う。普通に考えてあり得ないだろ。そんな聖人見たいな人、存在する訳がない。まあ、親族だから渋々、借金を肩代わりしてあげるという事ならあり得そうだが、このゲーム世界に奴等の親族はいない。

 つまりだ。カケルは金惜しさに借金奴隷の借金を肩代わりするのを止めた。
 この結論に間違いはないという事だ。

 やれやれ、驚かせてくれる。
 ちょっと、深読みしてしまったではないか。

 そうだとしたら話は早い。
 すぐに国や冒険者協会、冷蔵庫組と連絡を取り、リージョン帝国の上級ダンジョン攻略に乗り出さなければ……!

 そんな事を考えていると、冷蔵庫組の若頭、リフリ・ジレイターから連絡が入る。

『転移組の副リーダー、ルート。お久しぶりですね。元気にしていましたか?』
「ああ、勿論だ」

 そんな久しぶりでもないだろうに……。
 まさか、このタイミングで冷蔵庫組から連絡がくるとは思わなかった。
 金も支払われた。恐らく、冷蔵庫組にも借金奴隷共が納入されたのだろう。

『それはよかった。早速、リージョン帝国の上級ダンジョン攻略に向けたお話し合いをしたいのですけれども、明日以降、予定は空いておりますか?』
「ええ、勿論です」

 国や冒険者協会もいつになったら上級ダンジョンを攻略する目途が立つのかと気が立っている。
 その戦力が手に入った以上、こういった事は早目に対応した方がいい。

『そうですか。実は国と冒険者協会とは既に打ち合わせを済ませておりましてね。明日から数日かけて馬車でリージョン帝国へ向かい、リージョン帝国に着き次第、国の兵士と共に上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』を攻略する予定になっているのです。いや、都合が合って本当に良かった……』

「はあっ!?」

 リ、リージョン帝国に向かうのは明日だとっ!?
 そんな話、事前に聞いていないぞっ!?

『……まあ、連絡が遅くなってしまった事はお詫びします。どうもごめんなさいねぇ? でも仕方がないでしょう? 国や冒険者協会の連中がいつになったら上級ダンジョンの攻略をするんだと言ってくるのですから……』
「そ、それは……そうですがっ……」

 高々、広域暴力団の分際で、何を勝手に仕切っている。
 誰が、国にお前等を紹介してやったと思っているんだっ!
 この俺じゃないかっ!

 俺の葛藤とは別に、話はまだ続いていく。

『そう。そう言って頂けると思っていました。明日の午前八時に王城の前に集合です。借金奴隷達は必ず連れてきなさい。上級ダンジョンの攻略は彼等に係っていると言っても過言ではないのですからねぇ?』

 嫌な奴だ。そんな事、言われなくても最初から分かっている。

「ああ、安心してくれ。彼等には上級ダンジョンを攻略して貰わなければならないからなっ……。必ず連れて行くさ」
「そうですか。それでは、私はこれで」
「ああ……」

 そう言うと、俺は電話を切る。

「――クソッ! 誰かっ! 冒険者協会に行って来いっ! 冷蔵庫組と国が動いているという事は冒険者協会も対応に追われている筈だっ! 事の真偽を確かめろっ!」
「「は、はいっ!」」

 自室を出てそう声を荒げると、部下が冒険者協会に走っていく。

 まったく、話が性急過ぎる。昨日の今日だぞっ?
 それなのにもう上級ダンジョン攻略なんて何を考えているんだっ!

「――こちらはまだ、あいつ等の調教が済んでいないというのにっ……」

 あの借金奴隷共は、カケルが育て、転移組から離脱した者共。
 調教や洗脳なしに何を仕出かすかわからない。

「――いや、隷属の首輪が嵌っているから問題ない……か?」

 隷属の首輪があれば、首絞まるの嫌さに働いてくれる筈だ。
 だとしたら、問題はあと一つ。
 リージョン帝国に向かう為の馬車の手配と食料品の調達を至急行わなければ……。

 国や冒険者協会と協力関係にあるといっても、その辺りはシビアだ。全てを自前で用意しなければならない。

 俺はプレイヤー達に馬車の手配と食料品の調達を命じると、椅子に座り宙を仰ぐ。

「……まあいいさ。彼奴等がいれば上級ダンジョンなんて余裕で攻略できる」

 この世界がまだゲームでレベルが初期化される前は幾度となく上級ダンジョンを攻略した。
 リージョン帝国にある上級ダンジョン『ドラゴンクレイ』攻略の適正レベルは二百レベル……。それに対し、転移組の……俺達のレベルは一番高くて百五十レベル。
 上級ダンジョン攻略の適正レベルにほど遠いレベルだ。

 しかし、今の俺にはあの借金奴隷達がいる。
 奴等を盾にしてダンジョンを進み、身に付けている呪いの装備で自爆してくれれば、簡単にダンジョンを攻略する事ができる。
 俺達はダンジョン攻略の現場に立ち会うだけでいい。

 後はその後現れる特別ダンジョン『ユミル』を攻略すれば、新しい世界が解放され、そして、新しい世界が解放されれば、国から新しい世界の四分の一を支配する権利を与えられる。
 それだけの偉業を成すのだから当然だ。与えられて然るべき権利である。それが、借金奴隷の力を借りて成した結果だとしてもだ。

 今の所、新しく解放される黒い妖精の世界『スヴァルトアールヴヘイム』はダークエルフとドワーフの住む世界とされている。

 適正レベルを超え、最強の呪いの装備を着けている借金奴隷がいれば、なんの問題もない。それこそ、適正レベルを越えているか、それ以上の力を持つ借金奴隷がいれば新しい世界に住むダークエルフやドワーフを捕え支配下に置けると、そういう事だ。

 ダークエルフは黒い肌をした高潔で美しい種族と聞く。
 ドワーフは髭もじゃの酒好き鍛冶職人といったイメージだろうか?

 その二つの種族を俺の支配下に置き、転移組をより大きな組織に変えていく。
 それこそ、国や冒険者協会に負けない位の大きな組織に……。

「ダークエルフにドワーフか……今から楽しみだな……」

 俺は大きくなった未来の転移組を夢想すると、ニヤリと笑みを浮かべた。

 ◇◆◇

 その頃、アメイジング・コーポレーションでは、西木社長に無茶振りされ、小田原監査等委員から『邪魔しないように』と釘を刺された石田管理本部長はわかりやすく頭を抱え苦悩していた。

「い、一体、私はどうすればいいんだ……」

 友愛商事から出向という形で監査等委員に就いている小田原監査等委員の発言は紛うことなき社内クーデター発言。
 つまり、『代表取締役である西木社長を解職させる為に緊急動議を起こしますよ』という発言に他ならない。

 西木社長は自分の保身の為、第三者委員会から受け取った調査報告書を無かった事にし、新しい第三者委員会を立ち上げ、自分にとって都合のいい調査報告書を書かせろと言い、その一方、小田原監査等委員はこのままで行けと言っている。
 見事に間に挟まれた私は、完全に方向性を見失っていた。

 どうすればいい。どうすればいいんだっ!?

 西木社長の言う通り、新しい第三者委員会を立ち上げ、社長にとって都合のいい調査報告書を書かせれば、開示が間に合わず、上場廃止となる。
 上場廃止になるといっても会社が倒産する訳ではない。
 大変な苦境に立たされるかもしれないが、高橋との裁判に勝つ事もできるし、西木社長の名誉も守られる。更に西木社長がこの会社にいる間は管理本部長としての立場も保証される。

 一方、小田原監査等委員の言う通り社内クーデターを見逃せば、第三者委員会の調査報告書を元に西木社長は代表取締役から解任。責任を追及されてしまう。
 その結果、高橋との裁判に負け、代わりに調査報告書を元に開示作業が進み、上場維持も可能となる。

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