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第93話 その頃、少年鑑別所では……
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「はっ? 放火? 親父が?」
「……はい」
ここは少年鑑別所の接見室。
国選弁護士の野梅がカツアゲの主犯格である吉岡光希にそう告げると、吉岡光希は呆然とした表情を浮かべ呟いた。
「えっ? な、なんでそんな……ほ、放火だなんて……」
「犯行動機はわかっておりません。警察によると、猛さんは酒を飲み酔っぱらった状態で犯行に及んだそうです。今は記憶がないと容疑を否認しているようですが、現行犯逮捕ともなると……」
「き、記憶がないって……っていうか、それじゃあ、俺は……俺達はどうなるんだよっ!?」
少年鑑別所収容中に親が放火で逮捕なんて冗談じゃない。冗談じゃないぞ!
一体、何をどうしたらそうなるんだ……。そんなのあり得ないだろ。
「まずは落ち着いてください」
「お、落ち着けって……落ち着ける訳ないだろっ!」
逆になんでこいつは落ち着いてられるんだ。
俺の親父が逮捕されたんだぞ?
少年鑑別所を出た後の俺の生活はどうなる。
「……そ、そうだ。母さんは? 母さんはどうした? 美琴は?」
「その事なのですが、実は……。君の母である葵さんは娘の美琴さんを連れて実家に戻られているようでして……」
「じ、実家? お爺ちゃんの家か? だったらすぐに連絡を……」
そう言うと、野梅弁護士は渋面を浮かべながら呟くように言う。
「……光希君には辛い現実を突きつける様で申し訳ないのですが、葵さんは今、逮捕された猛さんに対して離婚調停を申し立てている最中の様でして……」
「はっ? 離婚調停??」
り、離婚調停ってなんだよ……。
何でそんな事になってるんだよっ!
俺の生活は? 俺の生活はどうなるんだよっ!
「……ど、どうするんだよ。これからどうするんだよっ! 俺はどうなるんだよっ! ふざけんなよっ!! ふざけんじゃねえっ!」
思いきりテーブルに手を打ちつけると、野梅弁護士が怯えた表情を見せる。
「ま、まあ、落ち着いて下さい……」
「落ち着ける訳がないだろっ! 俺はこれからどうなるんだよ! これからどうなるんだよっ!」
恫喝する様にそう言うと、野梅弁護士は慌てた様に答える。
「た、大変言いにくいのですが、猛さんは放火に住居侵入、器物損壊罪で逮捕されています。刑期も長く、犯罪行為が報道されご家族の日常生活に支障がある為、離婚が認められる可能性が高く……」
「離婚される可能性が高く、なんだよっ! も、もちろん、俺の親権は母さんが……」
「ざ、残念ながら、光希君の親権は猛さんが持つ事になるかと……」
「はっ?」
野梅弁護士にそう言われた瞬間、俺の頭の中が真っ白になる。
そ、それって……母さんは俺の親権なんていらないって事?
ど、どういう事だよ。俺、そんな悪い事したかよ……。カツアゲなんて、誰だってやっている。なんで俺達だけ……ふざけんな。ふざけるんじゃねぇ!
ちょっとボコッて金を取るだけ、これからの人生台無しにされる程、酷い事はしてねぇだろうがよっ!
「ふ、ふざけんなぁぁぁぁ!」
「ひ、ひいぃぃぃ! だ、誰か、誰か助けてくれっ!」
「や、止めなさいっ!」
少年鑑別所の接見室には、立合人もいなければ、アクリル板もない。
野梅弁護士の首元を掴み締め上げようとすると、お付きの野郎が俺を抑え付けてくる。
「は、放せっ……クソ野郎がっ! どうせお前等は、俺達の事なんてどうでもいいとか思ってるんだろっ! ただカツアゲしただけで……ふざけんなっ! ふざけんじゃねぇ! 俺の人生台無しにして楽しいかよっ! 放せ。放せよっ!」
「せ、先生! 私では抑えが効きません! 職員の方をっ! 早く!」
「あ、ああ、わかったっ!」
俺が暴れる最中、少年鑑別所の職員を呼びに行く野梅弁護士。
ああ、終わった俺の人生……。
頭の隅で、そんな事を思いながらも、暴れずにはいられないこの身体。
暴れながらも、どこか、諦めを含んだため息を吐くと、俺は涙を浮かべ抑え付けられる。
「く、くそっ……。放せよっ! 放せ!」
「は、早く、早く誰か来てくださいっ!」
野梅弁護士の叫び声を聞き、徐々に少年鑑別所の職員が集まってくる。
……その翌日、俺は事件の重大性、身心の成熟度、そして、今回の一件が決定打となり、保護処分ではなく刑事罰を受けるのが妥当と判断されたのか、検察官送致となった。
◇◆◇
「う、ううっ……酷い目にあった……」
肩を叩きながらそう言うと、部下のパラリーガルが苦言を呈す。
「先生、あのように直接的な表現をしては光希君が可哀想で……」
「うん? 仕方がないだろう。あれはもうどうにもならなかった。被害者と示談が成立しない限り解決は不可能。父親が逮捕され、母親が親権を放棄した時点でもう駄目だ。もう詰んでるんだよ……」
「だからといって、あんな事を言えば、光希君がどういう行動に出るかなんてわかる事でしょう!」
「ふんっ」
まったく、喧しい。パラリーガルだ。
「国選弁護はね。慈善事業じゃないんだ。国が科した義務だよ。義務。私だって、少年達には更生してほしいと思っているさ。しかし、無理だろうこれはっ! どこの世界に少年鑑別所収容中に父親が放火・住居侵入・器物損壊罪で逮捕された揚句、親権はいらないと実の子供の親権を犯罪者となった父親に押し付け、離婚調停を申し立てる家族があるっ! ありえないだろうっ!」
まあ、実際にあってビックリしているけれどもっ!
そう。これは、どうしようのない事だ。
こんなレアケース、対処しきれるかっ!
「し、しかしですね……」
「そういうのはね。弁護士の資格を取ってから言いなさい。パラリーガルが私に意見するなんて十年早いですよ」
顧問先の社長みたいな事を言ってしまったが仕方がない。事実だからだ。
そもそも、完全に壊れた家庭に犯罪歴のある少年を送り出すって、どうやったらいいんだ?
意味がわからん。
憤然とした表情でそう言うと、パラリーガルの職員は頭を下げながら呟く。
「申し訳ございません。しかし、少年の反省度合を見るに同情できる点は多々あるのかなと……」
「いや、無いだろ……」
どこに目を付けてるんだお前?
一般的に見て強盗致傷事件は、六年以上の懲役刑が科せられる重犯罪である。
「……そういえば、あの件はどうします?」
「うん? あの件?」
なんだ、あの件って。
抱えてる案件が多すぎて、どの件の事を言っているのかまったくわからん。
「はい。アメイジング・コーポレーションの労務裁判の件です」
「ああ……」
あの勝ち目の薄い裁判ね。
「どうもこうもやるしかないだろう」
そもそも、あの企業の社外取締役に私の父親が就任している。
それに顧問先の企業にそう言われてしまえば、やるしかない。断るという選択肢は最初からないのだ。
「あー、気乗りしないですね」
「まったくだよ……」
そう呟くと、ポケットに入れていたスマートフォンに着信が入る。
「うん? 誰だ?」とぼやきながらスマートフォンを手に取り、耳にあてると、電話口から今、一番聞きたくない人の声が聞こえてくる。
「はい。野梅です」
『ああ、先生。アメイジング・コーポレーションの西木です』
電話口に現れたのはアメイジング・コーポレーションの現社長である西木。
面倒な裁判を次々と運んでくる疫病神のような御方だ。
今日は一体、どんな面倒事だろうか?
警戒心を露わに口を開く。
「……西木社長、お久しぶりです。本日はどのようなご用件でしょうか?」
『ええ、実は高橋君のね。労務裁判の進捗と新たな訴訟について相談しようと思いましてね』
裁判の進捗に新たな訴訟か……。最悪だな。
だが、この社長はとにかく怒りっぽい。
とりあえず、準備を進めている最中という事で、お茶を濁すか。
「労務裁判の進捗ですか……そちらにつきましては、現在、訴訟準備中です。準備が終わり次第、訴訟手続きに入る予定です。それで新たな訴訟というのは……」
そう尋ねると、西木社長はとんでもない事を話始める。
『……ああ、実は高橋君に二十億円の損害賠償請求をしたいと思っているんですよ』
「えっ? に、二十億円の損害賠償請求ですか?」
な、なんでまた二十億円の損害賠償請求なんて……。
『ああ、実は彼が辞めた後、次々と粉飾や不正が発覚してね。石田君も他の役員達も皆高橋君を訴えろと、責任を取らせろと言っているんですよ』
「ふ、粉飾に不正ですかっ!?」
『ああ、彼はね。二十億円の不正があった事を知っていながら、このボクに隠していたんだ。そのお陰で、会社はとんでもない金銭的な被害を被った。損害賠償請求をするのは当然でしょう?』
まったく。何を言ってるんだ。それ位察しろよと言わんばかりの幻聴が頭の中に響く。
「い、いえですが、彼が不正や粉飾を知っていて、それを隠蔽したという明確な証拠をお持ちなのですか?」
『うん? もちろん、それはこれから探すに決まっているでしょう? 彼のね。高橋の使っていたパソコンは会社にあるんです。必ず証拠を探してみせますよ』
なんでだろう。冷や汗が止まらない。
現状、証拠が無い状態で裁判に臨もうとしているのか……。
しかし、確証も無く退職した個人に対し二十億円もの裁判を起こすなんてあり得ない。
「し、しかし、二十億円もの巨額裁判となりますと、弁護士費用が……それに二十億円の損害賠償を求めた所で、相手は個人。大して賠償金額を取る事もできませんよ?」
だから、そんな厄介そうな裁判やめてくれ。
そんな思いで懇切丁寧にそう説得する。
しかし、西木社長の意思は思った以上に固かった。
『……先生、これはね。金の問題じゃないんですよ。二十億円もの粉飾が行われていた。そして、高橋はそれを報告しなかった。これは大問題ですよ。最悪、株主代表訴訟を起こされてもおかしくない。彼にはね。高橋には、一生をかけて償ってもらわなければ……自己破産するまで追い詰めなきゃならんのですよ』
「じ、自己破産……」
と、とんでもない事を言う御方である。
仮にも上場会社の社長が言っていい言葉ではない気がする。
少なくとも、自分が株主代表訴訟を起こされない為に、多額の費用を投じようとするなんて……。
しかし、私の父親がこの会社の社外取締役である以上、断る事はできない。
「……わ、わかりました」
私には、それ以外の言葉が思いつかなかった。
「……はい」
ここは少年鑑別所の接見室。
国選弁護士の野梅がカツアゲの主犯格である吉岡光希にそう告げると、吉岡光希は呆然とした表情を浮かべ呟いた。
「えっ? な、なんでそんな……ほ、放火だなんて……」
「犯行動機はわかっておりません。警察によると、猛さんは酒を飲み酔っぱらった状態で犯行に及んだそうです。今は記憶がないと容疑を否認しているようですが、現行犯逮捕ともなると……」
「き、記憶がないって……っていうか、それじゃあ、俺は……俺達はどうなるんだよっ!?」
少年鑑別所収容中に親が放火で逮捕なんて冗談じゃない。冗談じゃないぞ!
一体、何をどうしたらそうなるんだ……。そんなのあり得ないだろ。
「まずは落ち着いてください」
「お、落ち着けって……落ち着ける訳ないだろっ!」
逆になんでこいつは落ち着いてられるんだ。
俺の親父が逮捕されたんだぞ?
少年鑑別所を出た後の俺の生活はどうなる。
「……そ、そうだ。母さんは? 母さんはどうした? 美琴は?」
「その事なのですが、実は……。君の母である葵さんは娘の美琴さんを連れて実家に戻られているようでして……」
「じ、実家? お爺ちゃんの家か? だったらすぐに連絡を……」
そう言うと、野梅弁護士は渋面を浮かべながら呟くように言う。
「……光希君には辛い現実を突きつける様で申し訳ないのですが、葵さんは今、逮捕された猛さんに対して離婚調停を申し立てている最中の様でして……」
「はっ? 離婚調停??」
り、離婚調停ってなんだよ……。
何でそんな事になってるんだよっ!
俺の生活は? 俺の生活はどうなるんだよっ!
「……ど、どうするんだよ。これからどうするんだよっ! 俺はどうなるんだよっ! ふざけんなよっ!! ふざけんじゃねえっ!」
思いきりテーブルに手を打ちつけると、野梅弁護士が怯えた表情を見せる。
「ま、まあ、落ち着いて下さい……」
「落ち着ける訳がないだろっ! 俺はこれからどうなるんだよ! これからどうなるんだよっ!」
恫喝する様にそう言うと、野梅弁護士は慌てた様に答える。
「た、大変言いにくいのですが、猛さんは放火に住居侵入、器物損壊罪で逮捕されています。刑期も長く、犯罪行為が報道されご家族の日常生活に支障がある為、離婚が認められる可能性が高く……」
「離婚される可能性が高く、なんだよっ! も、もちろん、俺の親権は母さんが……」
「ざ、残念ながら、光希君の親権は猛さんが持つ事になるかと……」
「はっ?」
野梅弁護士にそう言われた瞬間、俺の頭の中が真っ白になる。
そ、それって……母さんは俺の親権なんていらないって事?
ど、どういう事だよ。俺、そんな悪い事したかよ……。カツアゲなんて、誰だってやっている。なんで俺達だけ……ふざけんな。ふざけるんじゃねぇ!
ちょっとボコッて金を取るだけ、これからの人生台無しにされる程、酷い事はしてねぇだろうがよっ!
「ふ、ふざけんなぁぁぁぁ!」
「ひ、ひいぃぃぃ! だ、誰か、誰か助けてくれっ!」
「や、止めなさいっ!」
少年鑑別所の接見室には、立合人もいなければ、アクリル板もない。
野梅弁護士の首元を掴み締め上げようとすると、お付きの野郎が俺を抑え付けてくる。
「は、放せっ……クソ野郎がっ! どうせお前等は、俺達の事なんてどうでもいいとか思ってるんだろっ! ただカツアゲしただけで……ふざけんなっ! ふざけんじゃねぇ! 俺の人生台無しにして楽しいかよっ! 放せ。放せよっ!」
「せ、先生! 私では抑えが効きません! 職員の方をっ! 早く!」
「あ、ああ、わかったっ!」
俺が暴れる最中、少年鑑別所の職員を呼びに行く野梅弁護士。
ああ、終わった俺の人生……。
頭の隅で、そんな事を思いながらも、暴れずにはいられないこの身体。
暴れながらも、どこか、諦めを含んだため息を吐くと、俺は涙を浮かべ抑え付けられる。
「く、くそっ……。放せよっ! 放せ!」
「は、早く、早く誰か来てくださいっ!」
野梅弁護士の叫び声を聞き、徐々に少年鑑別所の職員が集まってくる。
……その翌日、俺は事件の重大性、身心の成熟度、そして、今回の一件が決定打となり、保護処分ではなく刑事罰を受けるのが妥当と判断されたのか、検察官送致となった。
◇◆◇
「う、ううっ……酷い目にあった……」
肩を叩きながらそう言うと、部下のパラリーガルが苦言を呈す。
「先生、あのように直接的な表現をしては光希君が可哀想で……」
「うん? 仕方がないだろう。あれはもうどうにもならなかった。被害者と示談が成立しない限り解決は不可能。父親が逮捕され、母親が親権を放棄した時点でもう駄目だ。もう詰んでるんだよ……」
「だからといって、あんな事を言えば、光希君がどういう行動に出るかなんてわかる事でしょう!」
「ふんっ」
まったく、喧しい。パラリーガルだ。
「国選弁護はね。慈善事業じゃないんだ。国が科した義務だよ。義務。私だって、少年達には更生してほしいと思っているさ。しかし、無理だろうこれはっ! どこの世界に少年鑑別所収容中に父親が放火・住居侵入・器物損壊罪で逮捕された揚句、親権はいらないと実の子供の親権を犯罪者となった父親に押し付け、離婚調停を申し立てる家族があるっ! ありえないだろうっ!」
まあ、実際にあってビックリしているけれどもっ!
そう。これは、どうしようのない事だ。
こんなレアケース、対処しきれるかっ!
「し、しかしですね……」
「そういうのはね。弁護士の資格を取ってから言いなさい。パラリーガルが私に意見するなんて十年早いですよ」
顧問先の社長みたいな事を言ってしまったが仕方がない。事実だからだ。
そもそも、完全に壊れた家庭に犯罪歴のある少年を送り出すって、どうやったらいいんだ?
意味がわからん。
憤然とした表情でそう言うと、パラリーガルの職員は頭を下げながら呟く。
「申し訳ございません。しかし、少年の反省度合を見るに同情できる点は多々あるのかなと……」
「いや、無いだろ……」
どこに目を付けてるんだお前?
一般的に見て強盗致傷事件は、六年以上の懲役刑が科せられる重犯罪である。
「……そういえば、あの件はどうします?」
「うん? あの件?」
なんだ、あの件って。
抱えてる案件が多すぎて、どの件の事を言っているのかまったくわからん。
「はい。アメイジング・コーポレーションの労務裁判の件です」
「ああ……」
あの勝ち目の薄い裁判ね。
「どうもこうもやるしかないだろう」
そもそも、あの企業の社外取締役に私の父親が就任している。
それに顧問先の企業にそう言われてしまえば、やるしかない。断るという選択肢は最初からないのだ。
「あー、気乗りしないですね」
「まったくだよ……」
そう呟くと、ポケットに入れていたスマートフォンに着信が入る。
「うん? 誰だ?」とぼやきながらスマートフォンを手に取り、耳にあてると、電話口から今、一番聞きたくない人の声が聞こえてくる。
「はい。野梅です」
『ああ、先生。アメイジング・コーポレーションの西木です』
電話口に現れたのはアメイジング・コーポレーションの現社長である西木。
面倒な裁判を次々と運んでくる疫病神のような御方だ。
今日は一体、どんな面倒事だろうか?
警戒心を露わに口を開く。
「……西木社長、お久しぶりです。本日はどのようなご用件でしょうか?」
『ええ、実は高橋君のね。労務裁判の進捗と新たな訴訟について相談しようと思いましてね』
裁判の進捗に新たな訴訟か……。最悪だな。
だが、この社長はとにかく怒りっぽい。
とりあえず、準備を進めている最中という事で、お茶を濁すか。
「労務裁判の進捗ですか……そちらにつきましては、現在、訴訟準備中です。準備が終わり次第、訴訟手続きに入る予定です。それで新たな訴訟というのは……」
そう尋ねると、西木社長はとんでもない事を話始める。
『……ああ、実は高橋君に二十億円の損害賠償請求をしたいと思っているんですよ』
「えっ? に、二十億円の損害賠償請求ですか?」
な、なんでまた二十億円の損害賠償請求なんて……。
『ああ、実は彼が辞めた後、次々と粉飾や不正が発覚してね。石田君も他の役員達も皆高橋君を訴えろと、責任を取らせろと言っているんですよ』
「ふ、粉飾に不正ですかっ!?」
『ああ、彼はね。二十億円の不正があった事を知っていながら、このボクに隠していたんだ。そのお陰で、会社はとんでもない金銭的な被害を被った。損害賠償請求をするのは当然でしょう?』
まったく。何を言ってるんだ。それ位察しろよと言わんばかりの幻聴が頭の中に響く。
「い、いえですが、彼が不正や粉飾を知っていて、それを隠蔽したという明確な証拠をお持ちなのですか?」
『うん? もちろん、それはこれから探すに決まっているでしょう? 彼のね。高橋の使っていたパソコンは会社にあるんです。必ず証拠を探してみせますよ』
なんでだろう。冷や汗が止まらない。
現状、証拠が無い状態で裁判に臨もうとしているのか……。
しかし、確証も無く退職した個人に対し二十億円もの裁判を起こすなんてあり得ない。
「し、しかし、二十億円もの巨額裁判となりますと、弁護士費用が……それに二十億円の損害賠償を求めた所で、相手は個人。大して賠償金額を取る事もできませんよ?」
だから、そんな厄介そうな裁判やめてくれ。
そんな思いで懇切丁寧にそう説得する。
しかし、西木社長の意思は思った以上に固かった。
『……先生、これはね。金の問題じゃないんですよ。二十億円もの粉飾が行われていた。そして、高橋はそれを報告しなかった。これは大問題ですよ。最悪、株主代表訴訟を起こされてもおかしくない。彼にはね。高橋には、一生をかけて償ってもらわなければ……自己破産するまで追い詰めなきゃならんのですよ』
「じ、自己破産……」
と、とんでもない事を言う御方である。
仮にも上場会社の社長が言っていい言葉ではない気がする。
少なくとも、自分が株主代表訴訟を起こされない為に、多額の費用を投じようとするなんて……。
しかし、私の父親がこの会社の社外取締役である以上、断る事はできない。
「……わ、わかりました」
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