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第3話 初級ダンジョン『スリーピングフォレスト』①

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 運営(自称:オーディン)が姿を眩まし、空の色が戻ってくると、転移門『ユグドラシル』のある広場はパニックに見舞われた。

 ログアウトできないと急に泣き出すプレイヤーに、自暴自棄になって暴れるプレイヤー。自意識を喪失し、呆然と立ちすくむプレイヤーもしばしば……。
 ログアウトできないプレイヤー達の嘆きが見事に再現されている。

 中には転移したと言われた時から喜びを露わにしているプレイヤーもいる。
 今、喜びを露わにしているプレイヤー達はまだメニューバーを見ていないのだろう。
 その内、ログアウトボタンがある事に気付き絶望的な表情を浮かべる事になりそうだ。

 果てには、街の中で暴れるプレイヤーを捕らえる為に、運営が手配したであろう兵士達が集まってきた。
 しかし、これは少しばかりやり過ぎではないだろうか?

 傍観していると、街中で剣を振り回していたプレイヤー達が軒並み兵士に押さえ付けられ、どこかに連行されて行く。

 全然、知らなかったが、街中で剣を振るう行為や設置してある樽や鉢を壊したりする、いわゆる勇者行為(何故か勇者が行うと正当化される数々の悪逆非道を指す行為)はいつの間にか禁止事項になっていたらしい。

 樽や鉢からは稀にお金やアイテムが見つかるし、ストレス発散に丁度良かったんだけど、そういう仕様になってしまったのなら仕方がない。

「あーあ、可哀想に……」

 投げ掛けた言葉の先には、兵士に対して罵詈雑言を並べるプレイヤー達の姿があった。
 兵士に捕まると、所持しているアイテムを全て没収されてしまう。
 没収されるアイテムの中には『ムーブ・ユグドラシル』といった課金アイテムも含まれてしまう為、注意が必要だ。

 兵士に捕縛されていくプレイヤー達を傍観していると、ぐーっと腹の虫が鳴った。
 メニューバーで時間を確認すると、今の時間は午後一時。

「腹も減ってきたし、一旦、リアルに戻るかな……」

 そろそろ、宅配ピザが届く時間だし、情報を整理する必要がありそうだ。

 メニューを立ち上げログアウトボタンをタップすると、突然、視界がブラックアウトする。

 あれ? おかしいな。
 いつもならデフォルメされたDWキャラクターが「お疲れ様でした」の一言を浮かべてくれるのに……。
 仕様が変わったのか?

 ヘッドギアを外しため息をつくと、丁度いいタイミングで、部屋にチャイムの音が鳴り響く。
 どうやら、宅配ピザが届いたようだ。

「はーい。今、行きまーす」

 玄関に向かってそう声を上げる。
 椅子から立ち上がり、玄関に向かうと、ドアを開け配達員からピザの入った箱を受け取った。

「ピザハットです。注文の品を届けに参りました」
「ご苦労様です」
「はい。またよろしくお願いします」

 配達員にペコリと会釈すると、玄関を閉めテーブルの上にピザの入った箱を置いた。
 そして、小型のワインセラーから一本当たり税込み六百五十円の安旨ワイン『デボルトリディービー』を取り出すと、百円ショップで購入したワイングラスに白ワインを注いでいく。

『デ ボルトリディービー』は、花の蜜のような芳香な甘みがあって飲みやすい安旨白ワイン。『Different World』の新しい世界解放と退職祝いにピッタリだ。

 白ワインの入ったグラスをテーブルに置き、ネットフリックスで適当なアニメを流しピザの入った箱を開くと、そこには四つに切り分けられたSサイズピザとチキンナゲット二個、そして、ハッドフライドポテトが入っていた。

 一人でピザを楽しむならピザハットのMYBOXに限る。

 ピザハット・マルゲリータを一切れ手に取り口に運ぶと、トマトソースとバジルの葉の香り。そして、モッツァレラチーズの味が口の中一杯に広がっていく。

 ピザを取った手とは別の手でグラスを持つと、マルゲリータの味が口の中に残っている間に、グラスを傾けた。

「……美味い」

 白ワインの酸味とピザハット・マルゲリータのほどよい塩味のマリアージュが堪らない。ピザと一緒にハッドフライドポテトを食べるのも、また違った食感を楽しめて楽しい。

 これぞ独身貴族の嗜み。

 ストレスフルな職場を辞め、こんな贅沢ができるのも独り身であればこそだ。
 家族を養う立場であれば、痛風に苦しむ石田管理本部長の靴を舐めてでも前の職場にしがみついていたかもしれ……いや、やっぱり無理だ。

 靴を舐めなきゃいられない職場であれば素直に転職するな。うん。
 痛風に苦しむ豚の蹄を舐める趣味は俺にはない。

 MYBOXを食べ終えワインを飲み干した俺は、冷蔵庫から氷結を取り出し、『プシュッ!』と音を立てて氷結を開けると、缶に口をつけながら、パソコンを立ち上げる。

 そして『Different World』のホームページを立ち上げると、最新イベント情報に目を向けた。

「あれ? おかしいな……イベント情報が更新されてない?」

 それどころか『お知らせ』欄で「『Different World』サービス停止のお知らせ」のリンクが貼られている。

「一体、何が起こっているんだ?」

 攻略サイトにアクセスしても同様だった。
 違う点は、新たに『九つの世界』のダンジョン攻略情報が掲載されている点のみ。
 慌てて、ヘッドギアの電源を入れ、頭にかぶるとベッドで横になる。

「――コネクト『Different World』!」

 そう言うと、『Different World』の世界へ再ダイブした。

 目を開くと、目の前には『Different World』の世界が広がっている。

「あれ? やっぱりサービス停止してないじゃん。一体どういう……まあいいか」

 考えても仕方がない。
 とりあえず『Different World』のサービスが停止していない事に安堵の表情を浮かべると、転移門『ユグドラシル』前でメニューバーを開き、行きたいダンジョンを選択する。

「転移。スリーピングフォレスト」

 転移門の前でそう叫ぶと、俺の身体に蒼い光が宿り、広大な森林ダンジョン『スリーピングフォレスト』へと転移する。

 蒼い光が身体から消え去った時には、既に転移が完了していた。
 先程までいた街の喧騒は消え去り、代わりに木の葉を揺らす風の音や鳥の声が聞こえてくる。

「それじゃあ、早速、森林探索でも始めますか」

 マップ機能を表示し、森林の中を進んでいくと、オラウータンをモチーフにしたモンスター『モブ・ウータン』が現れる。近距離で体当たりをかまし、遠距離では石を投げてくる厄介なモンスターだ。

 とはいえ、俺のレベルはカンストしている。
 レベル1のモブ・ウータン如きにやられる謂れはない。

 堂々とモブ・ウータンの前に姿を現すと、投げてくる石をものともせず、課金アイテム『モブ・フェンリルバズーカ』を取り出しぶっ放した。
 モブ・ウータンに向かってバズーカをぶっ放すと、モブ・ウータンは『ぎゃぁっ!』と短い悲鳴を上げ黒い塵となり消えていく。

「ふっ、汚い花火だぜ」

 なんとなく言ってみたくなっただけだ。

 そもそも、レベルがカンストしている俺にレベル1の投石攻撃なんて効かない。
 それ以前に、今、装備している課金アイテム『モブ・フェンリルスーツ』と『モブ・フェンリルバズーカ』。通称、フェンリルシリーズがあれば、俺のレベルが1であったとしても楽勝で勝てるほどのスペックを持っている。
 外見はフェンリルという名前からは想像できない位、可愛い狼の着ぐるみだ。
 バズーカもフェンリルを模した弾を撃つことから、モブ・フェンリルバズーカと呼ばれている。

 ちなみに『モブ・フェンリル』というのは、DW内における神狼をモチーフとしたモンスターであり、DWのマスコット的存在でもある。
 ダンジョンのどこにでも現れ、倒せばレアアイテムを落としてくれる雑魚モンスターだ。
 仮にもフェンリルという名前がついているのが嘘のようである。

 黒い塵が溶けるように消えていくと、その場にはドロップアイテム『初級回復薬』が置かれていた。

「まあ、まだ一階層だしこんなもんか……」

 本当はレアドロップの『中級回復薬』が欲しかったんだけどな。

『初級回復薬』はHPを50回復させる効果があり、『中級回復薬』はHPを100、『上級回復薬』はHPを500回複させる効果がある。
 ちなみにこの回復薬は、ユグドラシルショップでは販売されていない。
 入手先はプレイヤーが運営する露店で購入するか、素材を集めて作ってもらう。又は、モンスターからドロップするしかない。

「ぎゃああああ!」
「っ!?」

 モブ・ウータンからドロップした『初級回復薬』をアイテムストレージにしまうと、プレイヤーの悲鳴が聞こえてきた。

「な、なんだ?」

 こんな初級ダンジョンでプレイヤーが悲鳴を上げるなんてよっぽどの事が起きたに違いない。

 マップを頼りに、声がした方向に走ると、そこには三体のモブ・ウータンに石を投げ付けられ血だらけとなったプレイヤーがいた。

「はっ?」

 ど、どういう事だ?
 なんで、プレイヤーが血を流しているんだ??

『Different World』はフルダイブ型VRMMO。
 つまり仮想現実空間上のアバターがモンスター相手に戦っているに過ぎない。
 そのため『血を流す』なんてこと、本来ありえない。

「おらああああっ!」

 プレイヤーは、モブ・ウータンに石を投げ付けられながらも果敢に突進し、モブ・ウータン一体を斬り付ける。
 モブ・ウータンは『ぎゃぁっ!』と短い悲鳴を上げると、倒れ込んだ。

「っ!?」

 そう。モブ・ウータンが血を流しながら倒れ込んだのだ。
 あり得ない状況に、身体と思考が一時停止する。

 あり得ない……ここはゲームの中、仮想現実の中だ。
 倒したモンスターが黒い塵となり消えないなんてあり得ない。

 そのことに思い耽っていると、プレイヤーは残り二体のモブ・ウータンを斬り倒し、バッグから『初級回復薬』を取り出すとそれを一気に飲み干した。

「げほっ、げほっ! あ、危なかった……くそっ! 何が一体どうなっているんだ!」

 プレイヤーはそう言うと、転移門の方向へと歩を進めていく。
 どうやら、街に戻ることにしたようだ。

 茂みに隠れてプレイヤーをやり過ごした俺は、倒れたまま動かなくなったモブ・ウータンの下に歩いていく。
 そこには、血で地面を濡らし動かなくなったモブ・ウータンの姿が残されていた。

 しゃがみ込みモブ・ウータンに触れるとかすかに体温を感じる。

「おかしい……ここはゲームの中じゃないのか?」

 モブ・ウータンの死体は真に迫っていた。
 流れる血や体温、臭いに至るまですべてが本物であると錯覚してしまう位には……。

「ギャース! ギャース!」

 モンスターの声に視線を上に向けると、そこにはハゲタカをモチーフにしたモンスター『ファングバルチャー』が上空を旋回していた。

 丁度良い。試してみるか……。
 ファングバルチャーに視線を向けると、モブ・フェンリルバズーカを掲げ、ぶっ放す。
 すると、ファングバルチャーにバズーカ砲が直撃し、腹の真ん中に穴が開く。

 上空を旋回していたファングバルチャーが腹に大穴を開けたことで地面に落ち、黒い塵となって消えていくのが目に映る。
 黒い塵が溶けるように消えていくと、その場にはドロップアイテム『ファングバルチャーの羽』が置かれていた。
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