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1章
第19話 魔商の使命、乙女の決意
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AM10:06 フレア・ロングコート
ホーリィがエターナル化光素中毒になってから1時間。
あれからゴキブリと遭遇することなく暗い坑道をひたすら歩いて順調に出口に近づいていた。
「・・・・流石にあれだけやっつけたらもうゴキブリは出てこないわね」
「だが油断するな。あいつらの繁殖力は普通じゃないからな」
気が緩みかけていた私にロールが釘を刺す。
・・・・と言われてもね、もう気を張り続けるのも辛いくらいクタクタだわ。
それにロールの方も顔に疲れが出てるし、ホーリィはスライムホースの上でぐったりしてる・・・・。
「一体あとどれだけ歩けば出口に着くのかしら・・・・」
もうこの坑道も半分は過ぎているはずだと思うんだけど・・・・。
早くここから抜け出さないと・・・・。
私は後ろを歩いているアロウを振り返る。
「・・・・・・・・」
アロウは苦しそうな顔で下を向きながらスライムホースの後ろを歩いている。
数十分前からついにアロウにもエターナル化光素中毒の症状が出始めていた。
・・・・大丈夫かしら?
心配になり歩くスピードを緩めてアロウに近寄る。
「ちょっとアロウ。あんた大丈夫?」
「・・・・ああ・・・・平気だよ」
「嘘おっしゃい。そんな辛そうな顔して。無理しちゃダメって言ったでしょ。・・・・疲れたんなら少し休もうか?」
「いや・・・・休んでも・・・・疲れが取れないんだ・・・・。こうやって・・・・何も考えずに・・・・歩いてる方が・・・・楽なんだ・・・・。腰を下ろすと・・・・立ち上がるのが・・・・辛いだけだ・・・・」
私が聞いてもアロウは下を向いたままぼんやりと途切れ途切れに答える。
答えるのも辛そうだ。
まずいわね、このままじゃ動けなくなるのは時間の問題だわ・・・・。
「どうする?ロール?」
先頭を歩くロールに聞く。
「・・・・そういう事なら仕方ない。歩けるだけ距離を稼いで限界になったらスライムホースに乗せよう」
「でもスライムホースもこんな足場の悪い所で2人も乗せるのは・・・・」
「心配するな。ホーリィの方は俺が背負って行けば良い」
「・・・・あんただってもう体力の限界なんでしょ?大丈夫なの?」
「やるしかないだろう。ひたすら前に進むのみだ」
「分かったわ・・・・」
いよいよ窮地に追い込まれてきたわね・・・・。
「はあ・・・・」
何でこうなるのよ・・・・?
私はただ母さんとアルの所に帰りたかっただけなのに・・・・。
それなのに、スケルトンには目を付けられるし、アロウはお尋ね者になるし、急にわけの分からないゴキブリは現れるし、コロニーに閉じ込められるし・・・・何だかどんどん状況が悪くなってる気がする。
それに・・・・
私はうんざりしながら左手を見つめる。
そこには相変わらずあの女に掛けられた呪い、呪紋が刻まれていた。
・・・・考えてみればこの変な呪いを掛けられてから状況がどんどん悪くなってきた気がするわ。
一体これは何なの?
あの女は私がミュータントになったとか言ってたけど、どういう事なの?
というか、何で私に呪いをかけたの?
あの時あの女は私を見ながら・・・・あの不気味な水晶に確認していたようだったけど・・・・それって私を狙ってたって、事?
一体、何で?
「・・・・・・・・はあ」
・・・・ダメだ・・・・疲れて考えがまとまらない・・・・。
気にはなるけど今はとにかくここを安全に抜け出すことに集中しないとね。
問題は山積みだけど一つ一つ解決していくしかないか・・・・
幸い、今は力強い味方がいるし。
私じゃゴキブリには歯が立たないけど、でも、ロールなら・・・・。
私は縋るように先頭を歩くロールの背中を見つめる。
「・・・・・あっ」
・・・・そう言えばもう一つ分からない事があった・・・・。
そもそもどうしてこいつは・・・・?
「ロールさん・・・・どうして・・・・見捨てないんですか?」
「ホーリィ・・・・」
その時、それまでスライムホースの上でぐったりしていたホーリィが、私の気持ちを代弁するかのように苦しげにロールに問いだした。
「このままじゃ・・・・みんな死んじゃいます。・・・・あなたも。・・・・何で・・・・危険を侵して・・・・私達を助けて・・・・くれるんですか?」
・・・・そうよ・・・・ホーリィの言う通りよ。
ずっと不思議だった。
どうしてこいつは赤の他人の私達の為にここまでしてくれるの?
牢屋では自分の目的がなんなのかさえ分からず震えていた私を連れ出してくれた。
その後屋敷からホーリィを救出して、スケルトンから私達を逃がす為に盾になってくれた。
農園を抜け出した私達がゴキブリに殺されそうになっていた所に盗んだ白馬で駆けつけてくれた。
そして今なお、誰にも捕まりたくないと逃げ込んだこのコロニーの中で命がけで私達を守ってくれている。
そう・・・・命がけで・・・・
見ず知らずの私達を・・・・
一体・・・・何の為に・・・・?
「答えてください・・・・ロールさん。・・・・何で、私を・・・・パプリカの皆を・・・・助けようとしてるんですか?」
あんたは一体・・・・何者なの・・・・?
「それは・・・・」
不意にそれまで黙ってホーリィに背中を向けていたロールが口を開いた。
「それは、俺がスライム族だからだ・・・・」
そして静かにそれだけ告げた。
・・・・いや、スライム族だからって・・・・
「あんた森でも同じ事言ってたけどそれってどういう意味なの?スライム族ってただの旅商人でしょ?そんな連中がパプリカ人たちとスケルトンの揉め事に首突っ込む理由なんてどこにもないじゃない?」
「理由ならあるさ。それが俺達スライム族の使命なんだからな」
「「・・・・使命?」」
スライム族の、使命?
どういう事?
だってスライム族はただの旅商人・・・・
「なあ、お前達は俺達スライム族の事どのくらい知ってる?」
私達がぽかんとしているとロールが急に質問してきた。
「え?あの・・・・私は・・・・名前しか聞いたことなくて・・・・」
ホーリィは申し訳なさそうに小さく答える。
「そうか・・・・フレア、お前は?」
「え?私?ええっと、そりゃあ、旅商人て事と、西海岸に聖地があるって事と、ええ~っと、後は、亜人が多いわね」
私は思いつく限りの特徴を挙げる。
スライム族と言えば大体こんな所でしょ。
「ふうん、なるほどな・・・・やはりセントラルで育ったんならそんなものか」
私の回答を受けてロールは予想通りといった反応を返してくる。
「何なのよ?他にもあるの?」
「他も何も一番重要なところが抜けている。お前今、亜人が多いって言ったな。それがなんでか分かるか?」
「へ?それは・・・・」
う~ん、何でだろう?
セントラルのスライムマートではよく亜人が店番してたけど・・・・
答えが分からず言い淀んでいると・・・・
「理由は簡単だ。それは俺達スライム族が世界を回る難民支援組織だからだ」
「・・・・へ?」
難民、支援?
ロールの思いがけない言葉に思わず間抜けな顔をしてしまった。
「スライム族の正式名称は魔法連合戦災難民保護商会。スライム族は戦災や迫害で行き場を失った者達が種族も肌の色も関係なく集まって、明日の生活を築いてきた多民族組織なんだよ」
しかしロールはそんな私にお構いなく滔々と告げていく。
「ち、ちょっと待ってよ。そんな話聞いたことないわよ?スライム族が難民保護って、それってまるで、スケルトンケアじゃない」
「ふん、あんなのと一緒にして欲しくはないんだが・・・・まあ、確かに似てはいるな」
私の指摘にロールは不快そうに鼻を鳴らし「だが」と続ける。
「俺達とスケルトンケアでは決定的に違う点がある。俺達は苦境に立たされている者には誰にでも手を差し伸べるが、スケルトンは魔力という一つの価値基準によってふるいにかける。網目から零れ落ちた者は見下され、蹴り飛ばされ、泥をかけて嘲笑うのさ・・・・。くそったれな奴等だ」
「・・・・まあ、スケルトンはそうかもね・・・・」
アロウは幼少期に助けを求めたスケルトンに顔を蹴られ唾をかけられたと言っていた。
あの時は俄かには信じられなかったけど、今ならその時の光景が鮮明に想像出来る。
スケルトンは危険だわ・・・・。
そう思えてしまうほど、あのジジイに会ってから私の中でスケルトンに対する警戒心が芽生え始めていた。
いや、スケルトンだけじゃない・・・・ギルドそのものに対しても強い不信感が湧き始めている。
ふつふつと怒りを感じている私を他所にロールはスライム族の事を語り続ける。
「スライム族は世界中を旅して回り、自分達と同じ境遇の者に手を差し伸べてるんだ。迫害を受けている亜人たち、戦に巻き込まれて身体の一部を失った者、それに俺みたいな病気を抱えている奴まで色々とな。そういった奴等を近場の粘民キャンプで受け入れたり、対象が子供だった場合は里親になって自活出来るようになるまで自分達の旅に連れていくこともある。お前セントラルのスライムマートで子供が店番してるのを見たことないか?」
「ええ、よく見かけたけど・・・・。じゃあ、あの子達って孤児って事?」
「そういう事だ。その子達にはそうやってスライム族が長年培ってきた技術を学ばせてるのさ。そしてその子供達が自立すると、今度は自分たちがそうされた様に新しい子供を族に迎え入れる。スライム族はそうやって代々技術と使命を受け継いできたんだ。・・・・親から子へ、子から孫へ、ドワーフからエルフへ、エルフから人間へ。世代も種族も超えて色を変え形を変えて混ざり合って受け継がれていく力。それがスライム族だ」
・・・・だからスライム族って言うんだ。
長年の疑問がやっと解けたわ。
「それとスライム族が商人をしているのは、それが生きる上で最も堅実な手段だからだ。スライム族は秀色難民ばかり集めてるスケルトンと違って魔法の才能を持たない奴が大半だからな。そういった連中が集まって生きる術を創り出した結果、今の旅商人という形になったわけだ」
「・・・・なるほど」
スライム族には所謂、アロウと同じ非色民が大勢いるって事なんだ。
それも農園で酷使されていたアロウよりよっぽど酷い扱いを受けていた亜人や障害者達が・・・・。
そう言えばアロウも商人になりたいって言ってたし、そういう人たちにとってはうってつけの仕事なのかしら。
「・・・・とまあ、そういうわけでな。俺達スライム族は自分達がそんな身上だから、目の前で虐げられている人間がいるとどうしても首を突っ込まずにはいられないんだ。青臭い考え方かもしれないけどな。そうせずにはいられないんだ」
「身上、ねえ・・・・」
「それにギルドの連中・・・・特にスケルトンの事は前々から気に入らなかったしな。これ以上あいつらをのさばらせるのも癪に障る。ユーリエッセ大陸で活動するスライム族はいわばあいつ等にふるいに掛けられてそこから零れ落ちた連中ばかりだからな。そいつらの為にも俺が一杯食わせてやりたいのさ」
「ふ~ん・・・・」
まあ確かに今までの話を聞く限りスライム族にしてみれば、スケルトンって因縁の相手って事になるんでしょうし・・・・。
う~ん、だけど・・・・
「まあ、あんたがパプリカ人達を救おうとする理由は分かったわ。その心意気は立派だと思う。けど、それにしたって限度があるでしょ?そのせいであんた屋敷では殺されそうになったのよ?いくら使命が大事だからって自分の命には代えられないじゃない」
・・・・まあ屋敷の件は原因の一端である私に言えた義理じゃないかもしれないけど・・・・。
だけど、その気になればこいつは私達を見捨てて自分一人助かることなら出来るはずなんだ。
今までの戦いを見ていれば素人の私でもそれくらいは分かってしまう。
「・・・・まあ、確かに予想外の出来事が多すぎたな。俺もここまでの事になるとは思わなかった」
そこまで言ってロールは意味深に私を見つめる。
「・・・・実を言うと、お前らと同じくらい混乱してるんだ」
「じゃあ・・・・」
何で?と続けようとした私の言葉をロールは「だが」と遮った。
「別に後悔はしてない。成り行きでこうなってしまったなら最後まで付き合うさ。女子供は何があってもに見捨てるなってのが・・・・兄弟との約束だからな」
「・・・・兄弟?」
「先代のエヴァースライム家の親分だ。深い闇の中で生きる心を失っていた俺を救い出して家族に迎え入れてくれた恩人だよ。・・・・最高の男だったぜ」
そうか、こいつもその人に助けられてここまで生きてこれたのね・・・・。
でも先代って・・・・。
私はその言葉が引っかかっていたがロールは酒場で武勇伝を語る酔っ払いのように続ける。
「俺の他にもあいつに救われ、あいつを慕って集まった家族が大勢いてな・・・・みんな良い奴だったよ・・・・。命を掛けても守りたいと思えるそんな存在だったんだ・・・・」
ロールは昔を懐かしむように兄弟と言う男とその仲間の事を語った。
その口ぶりからいかにその男を慕い、仲間を大切に思っていたかが窺い知れる。
だけど・・・・私にはどうしてもロールが発した先代という言葉が気に掛かってしまっていた・・・・。
「スライム族は俺の大切な家族だ。俺はあいつらから全てを与えられた。だからスライム族の使命を守ることは俺にとってあいつらへの恩返しなんだ・・・・。その為なら救うのが赤の他人のお前達だろうと命を張る事に抵抗はない」
そこでロールはふっと寂しげな顔を浮かべた。
そして、
「・・・・俺にはもう、そんなことでしかあいつ等に恩返しする事が出来ないんだ・・・・」
「ロール・・・・」
あんた・・・・
「・・・・あの・・・・その人たちは・・・・死んだんですか?」
それまで黙っていたホーリィが堪えきれなくなったのか、私の気持ちを代弁するかのように問う。
「・・・・ああ」
そして・・・・予想通りと言うべきか、ロールはそれだけ小さく呟いた。
「・・・・・・・・」
なるほど、何となく分かってきたわ・・・・。
こいつが自分の身を削って他人を助ける理由。
それに母さんとアルに未練があった私を牢屋から出してくれた理由。
お人好しなのもあるんだろうけどそれだけじゃない。
私達を助けた本当の理由は・・・・
「ホーリィよ、これで納得してくれたか?俺がお前を助けたのはただの自己満足だ。使命だなんて言ってるが本当は俺が俺である為にそうせずにはいられないだけなんだ。馬鹿な男だろ?」
「そ、そんな事は・・・・」
自嘲するロールにホーリィは困った顔をする。
「俺は世界中旅してきた。その中で救えた命もあれば、目の前で失ってしまった小さな命もある。・・・・あの女の子の様な子達を・・・・」
あの女の子・・・・?
「それは・・・・スケルトンのあの子・・・・ですか?」
「ああ・・・・。可哀想な事をした。家族を殺されて仇と刺し違えようとした子もいれば、何も分からないまま戦いの道具にされた少年兵もいた。俺はあの子達が地獄に落ちていくのをただ見ていることしか出来なかったんだ・・・・」
・・・・私にはロールが重く語るその光景を思い浮かべることができなかった。
それは私が血生臭さとは程遠いセントラルの屋敷で育てられたからに他ならない。
種類は違うけど私はこれでも辛い青春時代を送ってきた。
だけど、こいつが歩んできたそれとはとても比べられるものではなかった。
いや、こいつだけじゃない。
ホーリィもそしてアロウも私なんかとは比べ物にならないくらい辛い人生を送ってきたんだ・・・・。
「だから俺はもう見たくないんだ。あの子が戦いの道具にされるのも、お前があの子を憎んで復讐の道を歩くのも・・・・」
「私は・・・・」
・・・・2人ともそれきり黙りこんでしまった。
おそらく、ロールはホーリィに復讐の道に走るなと言いたかったんだろう。
・・・・今のホーリィはそれどころじゃないかもしれない。
見知らぬ土地で一人不安と恐怖そして両親を失った悲しみがその胸の大部分を占めている。
スケルトンに対しても当然怒りを感じているでしょうけど、それよりも恐怖の方が遥かに勝っているはず。
けど、いずれは恐怖より怒りの感情の方が勝ってしまうかもしれない。
その時ホーリィは・・・・どうするの?
ホーリィはロールと同じように家族を失った。
ロールが代わりに寄る辺として求めたものはスライム族の使命。
ロールの追い求めるそれははっきりとした物ではなく幻のような絆かもしれないけど、こいつは確かにそれのおかげで今を生きている。
じゃあ、ホーリィは?
これからこの子は何を頼りに生きていけばいいの?
新しい家族や仲間?
それとも・・・・
ザッ
「ん?」
ホーリィの行く末を案じていると、急に先頭を歩いていたロールが立ち止まった。
「どうしたのよ?立ち止まって?・・・・まさかまたゴキブリ?」
問いながら私はため息をつく。
折角ここまで何事もなく歩いてきたってのに・・・・。
私はうんざりしながら、だけど『まあロールなら大丈夫でしょう』と気楽に考えながら、ロールに歩み寄る。
「そんな・・・・この反応は・・・・!」
しかしそんな私に姿勢に反してロールは青い顔をしていた。
その顔を見て一転して私にも緊張が走る。
「ど、どうしたのよ!?そんな大群が来るの!?」
「い、いやこれは・・・・ち、ちょっと待ってろ!」
ロールは取り乱しながらその場にしゃがみこんで空魔法に集中しだした。
「・・・・どうしたんだ?」
それまで虚ろな顔で後ろを歩いていたアロウも異変を察したのか、不安そうに声を掛けてきた。
「分からない。急にロールが焦りだして」
もう本当に勘弁してよ・・・・。
これ以上何が起きるっていうのよ?
今日一日で一体どれだけの事が起きたと思ってるのよ。
やがて、ロールがさっきよりもさらに青い顔をして立ち上がった。
その顔を見ただけで私達の胸にも絶望が過ぎる。
「お前たち・・・・最悪の報せだ・・・・落ち着いて聞け・・・・」
「な、なによ?」
暗い声で何かを告げようとするロールを見ながら私達は固唾を飲み込む。
「・・・・この先に、魔獣がいる・・・・!」
「・・・・・・・・へ?」
まじゅう・・・・?
「・・・・なにぃぃぃぃぃ!?!?ま、魔獣だとおぉぉぉぉぉぉ!?!?」
ロールの告げた今日一番の衝撃の事実に私は乙女らしからぬ野太い声で叫んでしまった。
「ま、魔獣って・・・・!」
「う、うそだろ・・・・!」
隣のアロウとホーリィは余りのショックにその場にへなへなと座り込んでしまった。
「ちょっと待ちなさいよ!魔獣っていったらあんた、魔物の先輩・・・・じゃなくて親玉じゃない!」
「ああ、俺もここに魔獣がいるとは思わなかった。しかも野郎真っ直ぐこっちに向かってきてやがる。俺達がこの穴に突っ込んできた事に気づいてるんだ」
「ま、魔獣の野郎が・・・・こっちに!?」
告げられた絶望的な報告を聞き、今だかつてない恐怖と焦りに駆られる。
それと同時に嫌でも子供の頃から聞かされてきた魔獣の知識が思い起こされてしまう。
人類の天敵、魔物は4つの段階に分かれている。
1つ目は魔物の祖と言われる聖獣。
この世に7体しかいないとされる魔物の頂点に君臨する存在だ。
2つ目はその聖獣から生み出される霊獣と呼ばれる存在だ。
霊獣は聖獣より力も知性も劣るがそれでもその力は凄まじく、人間と同等かそれ以上の知能を持っている。
ただし、この2つは攻撃性は低くこちらから領域を荒らさない限り襲ってくる事はないと言われている。
問題はその下、残りの2つだ。
1つは言うまでもなくシバウルフやゴキブリ達といった魔物だ。
この世界に蔓延る凶暴な存在にして圧倒的な数を誇る。
私では歯が立たないシバウルフやあの外来種のゴキブリはそれでも一番下位の存在という事だ。
そして魔物の上位存在が”魔獣”。
魔物より力がはるかに強く、そして聖獣や霊獣と違って攻撃性の強い凶暴な生き物だ。
その力は強大で魔獣一体に村を滅ぼされることもある。
そんな化け物が・・・・この先に・・・・!
「な、なんだってそんな化け物がここにいるのよ!?」
「・・・・恐らくここが捨てられた土地だからだろうな。セントラルオークやウエストエンジェル地方ではこういった農園に近いコロニーは魔物が繁殖しない様、駆除または管理されている。だがこの地はクリムゾンハンターがいないし、近場の農園には魔物と戦える人間がいない。魔獣にとっては敵もいないし安全に魔物を繁殖させるにはうってつけの環境だ。そんな場所に魔獣・・・・恐らくあのゴキブリ達の母体となる物が繁殖地として居座ったってことだろう。・・・・通りでこんなに繁殖するわけだ・・・・」
「じ、冗談じゃねえ!!」
ロールの話を聞いていたアロウが怒りと狼狽が入り混じった声を上げる。
「この近くには・・・・村が・・・・ラビットがいるんだぞ!・・・・このままじゃ・・・・あいつは・・・・魔獣にっ!」
「アロウ・・・・」
そうだわ・・・・
こんな所に魔獣を、いやそれでなくてもこれ以上ゴキブリ達が繁殖を続ければいずれ一番近い村・・・・オールドファームに被害が及ぶわ。
あんな所でもアロウにとっては故郷だ。
何よりあそこにはアロウの大切な女の子がいる。
放っておけるはずはないと思うけど、でも・・・・相手は、魔獣。
・・・・む、無理だわ。
「何にせよ、退路はない!」
私達が絶望しているとロールが覚悟を決めたように背を向ける。
「ち、ちょっと、あんたどうする気よ!?まさか・・・・」
「知れたこと!売られた喧嘩は100倍にして売り返すのが商売の鉄則だ!俺のやり方にケチつけるふてえ客は力ずくでねじ伏せるまでよ!」
「ま、待ちなさいよ!あんた正気!?相手は魔獣なのよ!?あんた一人だけで敵う訳ないでしょ!」
魔獣はクリムゾンハンターの専門部隊じゃないと対処できない強敵だ。
ロールが魔物退治の専門家なのは分かるけど流石に相手が悪すぎる。
仮に私達3人が加勢できる状態だったとしても、とても敵う相手じゃ・・・・
「いや、勝機はある」
しかしそんな私の制止の言葉を受けたロールは相棒のスライムアーツを握り締める。
「今こそこいつの・・・・スライムアーツの真の力、”時の雷”を使う」
「・・・・時の雷って、何それ?」
「対魔獣用に開発した必殺魔法だ。条件はあるが時の雷さえ発動させる事が出来れば・・・・魔獣とだって互角に渡り合える」
「魔獣と互角って!?ほ、本当に?」
嘘でしょ!?こいつマジで魔獣とタイマン張れるっての!?
「お前も見てきただろう。スライムアーツは魔物の生命力を魔法に変える事が出来る。つまり相手が強ければ強いほどその真価を発揮する事が出来るのだ!」
そうか!
ロールが使う”魔商光合成〈スライムトレード〉”は言わば相手の生命力をそのまま魔法にする力だ!
魔獣がどれほど強くてもその力はそのまま自分に跳ね返ってくることになるのね!
時の雷ってのがどんな魔法かは分からないけど、確かにスライムアーツがあれば魔獣とも渡り合えるはず!
凄いわ!
やっぱりあのステッキ欲しい!
ここから出たら真剣に交渉してみようかしら!
「じゃあ、何とかなるのか!?」
魔獣に対抗できると聞いて希望が湧いてきたのかアロウが期待を込めてロールに問う。
しかし、先ほどまでふるい立っていたロールはそう問われると、何故かう~んと難しそうな顔をしだす。
「・・・・時の雷さえ発動出来れば勝てるんだが・・・・」
「どうしたんだ?そいつを発動させるのってそんなに難しいのか?」
「それもあるんだが、もう一つ気懸かりな事があってな・・・・」
気掛かりな事?
「何よ?気懸かりな事って?」
「実はな、こっちに向かってきているのは魔獣とゴキブリだけじゃないんだ・・・・」
「え?どういう事?」
「・・・・魔獣の側に、人間の反応があるんだ」
「へ?人間?」
思いがけない答えに間抜けな声が出てしまった。
「どうして人間がいるのよ!?しかも魔獣の側にって、何でそいつ食われないの!?」
私が訳がわからず混乱しているとロールは重い口調で告げる。
「ひょっとすると・・・・こいつが一連のゴキブリ騒動の黒幕かもしれん」
「黒幕ってどういうこと?」
「あのゴキブリどもがおそらく外来種だろうって事は話しただろ?もしそうなら、当然この土地にこいつらを持ち込んだ奴がいるってことだ」
「え?」
確かにゴキブリが自分で海を渡ってここまで着たとは考えられない。
ということは、
「よ、要するに、そいつがわざわざこの大陸にゴキブリを持ち込んで、繁殖地としてここに居着いてあのゴキブリどもを繁殖させたってこと?」
聞きながら自分の唇がワナワナと震えるのを感じる。
ようやく農園を抜け出した私達の前に急に現れたゴキブリ。
そして今私達を恐怖のどん底に追い込んでいるゴキブリ。
目的は分からないけどそいつがこの状況を作り出したってこと?
「・・・・おそらくな」
カーーーン!!!
ロールの言葉を聴いた瞬間私の頭でラウンド3を告げるのゴングの音が鳴り響いた。
「ふ、ふざ・・・・!」
「ふざけんじゃねえ!!!」
「え?」
怒りが爆発して今まさに叫ぼうとした私だったけど、それに被せる様に後ろからアロウの怒号が響いた。
「何だよそれ!?何だよそれ!?何でそんな事しやがるんだ!?」
「ア、アロウ?」
更に怒りを爆発させるアロウの前に出鼻を挫かれてしまった私はたじろいでしまう。
「人の土地で無責任な事しやがって!!ここに住んでる連中の事を何だと思ってやがるんだ!!俺やラビットを・・・・うぅっ!!」
激昂するアロウだったけど霊巣が疼き出したのか苦しそうにその場に蹲る。
「ち、ちょっと、アロウ!落ち着きなさい!」
「アロウさん・・・・!興奮したら身体が・・・・!」
私とホーリィは必死にアロウを宥めようとする。
気持ちは分かるけどそんな状態で興奮したら症状が悪化してしまうわ。
「ゆ、許さねぇ!!どいつもこいつも・・・・どこまで俺達を弄べば・・・・!!こ、殺してやる!!」
しかしアロウの怒りは収まらず、どころか更に物騒な言葉を吐き出す。
その目は森であいつを殺した時の様に血走っている。
完全に正気を失っていた。
「魔獣だろうと関係ねえ!!俺が!!俺が!!」
「アロウさん!お願い落ち着いて!これ以上興奮したら・・・・!」
「俺がどうなろうと構うもんか!!刺し違えてでもそいつを!!」
「!!!アロウッ!!」
頭がカッとなった瞬間、右手を振り上げた。
パァン!!
そのまま右手を横一線に振り抜き、坑道に乾いた音が鳴り響く。
「あ・・・・」
突然頬を張られたアロウは呆然としている。
私はその肩を掴んで真っ直ぐ視線をぶつける。
「お願い、落ち着いて・・・・」
「・・・・フレア?」
「自棄にならないで、あんたが死んでどうするのよ。あんたが死んだら私達は・・・・私は・・・・」
・・・・叩かずにはいられなかった。
これ以上、大切な人が居なくなるのは耐えられない。
お願いだから・・・・私の側から離れないで。
私を・・・・一人にしないで。
「フレア・・・・どうしてだよ?」
やがて正気に戻ったのかアロウは泣きそうな声で問いかけてきた。
「どうして俺達ばかり・・・・こんな目に遭わないといけないんだ?」
「アロウ・・・・」
「俺が非色民だからか?こうなる運命だったのか?幼馴染一人守れずに・・・・こんな穴の中で死ぬのか?」
「アロウさん・・・・」
「どうすればいいんだよ?このままじゃ、俺達は・・・・ラビットは・・・・魔獣に・・・・ううっ!」
堪えきれなくなったアロウは力なく泣き崩れてしまった。
自分達とあの子に迫る脅威にただ膝を付くしかない無力な自分を恨みながら。
出来る事なら私が代わりにそいつをぶっ飛ばしてやりたい。
あの親方にしてやった様に。
だけど、この先にいるのは・・・・魔獣・・・・。
「アロウ・・・・ご、ごめんね・・・・」
・・・・無理だ。
考えるだけで膝が震えてしまう。
こればかりはどうして上げる事もできない。
森を出てからここまで私はロールの背中に隠れて震えていただけだ。
そんな私が魔獣となんて戦えっこない・・・・orz
「悪かった・・・・」
「え?」
不意に膝を突いている私達の頭上から小さく謝罪の声が聞こえた。
見上げるとロールが悲痛な表情で見下ろしていた。
「そもそもあの村でお前達を巻き込まなければ、こんな事にはならなかったんだ。俺に出会わなければお前達はこんな思いをせずにすんだんだ・・・・」
「ロール!そんな事は・・・・!」
・・・・あるけど。
「いや、俺のせいだ。実を言うと、俺は善意だけでお前達を救ったわけじゃないんだ。ここから出たらお前達にパプリカ人の救出を手伝って貰うつもりだったんだ」
「ロール・・・・」
・・・・まあ、何となくそんな事企んでるんじゃないかとは思ってだけど。
「幻滅しただろ?俺はお前達が思っているほど人間が出来ちゃいない。俺もお前達を利用するつもりだったんだ。お前たちが憎んでる連中と・・・・・何も変わらないんだ」
「「「・・・・・・・・」」」
「だけどな、こんな自分勝手な奴に言われてもいい気はしないだろうが、実はお前らの事結構気に入ってたんだぜ」
「え?」
ロールの急な告白に私達はぽかんとしてしまう。
そんな私達の表情を見てロールはふっと笑いながら続ける。
「まあ世話の焼ける奴等だとは思ってるんだが。お前らときたら戦い方は素人丸出しで滅茶苦茶だし、やる事なす事全部行き当たりばったりだ。横で見てて、こいつら本当に大丈夫か?って、呆れさせて貰ったよ」
言いながら思い出したのかロールは本当に呆れたような口調になっている。
こいつ自分の事棚に上げてそんな風に思ってやがったのね。
・・・・まあ、実際ここまで来るのに私達はこいつにとってお荷物だったかもしれないけど・・・・
私が心の中で小さく文句を言っているとロールは「けどな」と続ける。
「お前らと一緒にいるとあの頃を思い出すんだ。頼りない背中を預け合いながら戦ったあの日々を。失敗して泥だらけになりながら笑いあったあの時間を。・・・・まったく・・・・おかしな奴等だよ、お前らは」
遠い目をして言いながらロールは徐に懐からバンダナを取り出した。
そして歴戦の下着泥棒が苦労して手に入れた宝物を見て目を細める様に、その布切れを見つめる。
まるで過ぎ去った青春の日々に思いを馳せる様な目で・・・・。
「本当・・・・あいつらにそっくりだ・・・・」
「ロール・・・・」
私にはロールがどんな道のりを歩んできてどんな青春を送ってきたのかは分からない。
だけどこの顔を見ればなんとなく分かる。
きっと、兄弟って人達と送った日々はロールにとって幸福な日々だったに違いない。
血は繋がってなくても大切な家族だったに違いない。
・・・・羨ましいな・・・・。
やがて、ロールは何かを決心したかのように手にしていた布切れを口元に巻いた。
「お前達を魔獣に食わせたりはしない。この一件、俺がけりをつける・・・・!」
そしてフードを被り出会った時の闇商人の格好に戻り私達に背を向ける。
「行く気・・・・なの・・・・?」
私はロールの背に声を掛ける。
「・・・・お前達はここで待ってろ」
「魔獣の他にも敵がいるんでしょ?・・・・勝てるの?」
「後ろに動けない仲間がいるのに、負けること考える馬鹿がどこにいる・・・・!」
ロールは不安げに問う私に対して弱音を吐かなかった。
どころか心の内に燃える闘魂をたぎらせて強気に答えた。
こいつにだってきっと恐怖はあるはず。
それでも私達を不安にさせないようこうして無理に気を張ってくれているに違いない。
「ロールさん・・・・あなた・・・・また一人で?」
ホーリィはそんなロールに対し不安げに声を掛ける。
「心配するな。屋敷でも無事だったんだぜ。俺が死ぬわけないだろ」
「でも・・・・」
「大丈夫だ。俺を信じろ。・・・・それより、悪かったな」
「え?」
「お前とは森で揉めてから気不味くなっちまったからな。ずっと心残りだったんだ」
「ロール・・・・さん」
「・・・・希望を捨てるなよ。今はまだ俺達ユーリエッセ人の事がおっかないだろうが、気のいい奴等だっているんだ。お前を助ける為に泥だらけになってくれる奴だっているんだ。だからもう一人だなんて言わないでくれ」
「・・・・・・・・はい」
懇願するロールにホーリィは小さく、そして涙で湿った声で答えた。
見るとホーリィは肩を震わせながら俯いている。
・・・・ホーリィはきっと感じ取ったんだ。
ロールの優しさと・・・・覚悟を。
私にはここに来てようやく二人の間にあった余所余所しい雰囲気が少しだけ氷解した様に思えた。
「アロウ」
ロールは今度はアロウに語りかけた。
「お前もここまで良くやってくれた。皆揃ってここにいられるのはお前のおかげだ」
「・・・・そんな・・・・俺なんて・・・・」
「後の事は俺に任せろ。なあに、この先にいるふざけた野郎は俺がぶっ飛ばしておいてやるさ」
「・・・・俺は・・・・」
「お前もこれから大変だろうが、今は自分が生き残る事だけを考えろ。・・・・ブリーズファームに着いたら、一杯やろうぜ。俺の奢りだ」
「ロール・・・・」
明るい口調で話すロールにアロウは小さく、そして涙で湿った声で答えた。
見るとアロウは肩を震わせながら俯いている。
・・・・アロウはきっと感じ取ったんだ。
ロールの・・・・覚悟を。
「フレア」
最後にロールは私の名を呼んだ。
そして他の二人に語り掛けるより幾分か重い口調で告げる。
「ここから出たら、お前には話さないといけない事がある」
「え?何?」
「それは・・・・この件が片付いてからだ・・・・」
何よ気になるじゃない?
「それじゃあ、行ってくる」
訝る私を余所にロールは決戦の地へと歩き出す。
出会ってほんの少ししか経ってないのに私達の為に命を掛けてくれた男。
私と歳も変わらないはずなのに、覚悟を決めたその背中は震えることもなく、私達を守る盾の様に強く広がっている。
その背中はまるで・・・・。
「っ!!!ロ、ロール!!」
私はつい呼び止めてしまった。
呼び止めてどうなるって訳でもないのに。
だけど、ここで行かせてしまったらもう一生会えなくなる様な気がする。
ここでこいつを一人で行かせてしまったら・・・・でも・・・・
「すぐに片付ける。二人を頼むぞ」
そんな私の葛藤を知ってか知らずかそれだけ言って歩き続ける。
ばあやの時の様に背中が遠ざかっていく。
焦りで肩が震え出す。
一人で行かせたらダメなのに。
恐怖で足が震える。
魔獣なんかと戦いたくない。
ロールの背中がどんどん小さくなっていく。
私は・・・・私は・・・・!
「・・・・お願い・・・・死なないでロール・・・・!」
その場で膝を突き、死地へ向かうロールにそんな無責任な言葉を飛ばす事しかできなかった。
私の足はその場から動き出す事ができなかった。
目の前の恐怖に、臆病な自分に打ち勝つ事ができなかった。
そしてロールは闇の中に消えていった・・・・。
結局私はまたあの時の様に見捨ててしまった。
私を守ってくれる人の背中を・・・・ただ見ている事しか出来なかった・・・・。
あれから、どれだけの時間が経っただろう・・・・。
死地へ向かうロールの背中をただ見つめる事しか出来なかった私達は、一言も喋らずに自分たちの無力さに打ちひしがれていた。
けど、仕方ないのよ、私達がいたって・・・・
「・・・・また・・・・見捨てちまったな・・・・」
・・・・やがて悔しそうに俯いていたアロウがポツリと呟いた。
「俺達・・・・これからどうすれば・・・・?」
・・・・アロウにこの問いを受けるのは2回目になる。
でも今の私には何一つ答える事が出来ない。
何もしゃべる気が起きない。
それくらい無力な自分に打ちひしがれていた。
「私・・・・自分が情けないです」
「え?」
ホーリィが呟く。
「ラビットさんに・・・・アロウさんを利用してるだけだって言って・・・・自分だって同じクセに・・・・」
「ホーリィ・・・・お前・・・・」
「私だって・・・・あの人に・・・・お2人に・・・・守られてるだけのクセに・・・・」
・・・・そんなの私だって同じよ。
でもしょうがないじゃない。
私達は弱いんだから、守って貰うしかないじゃない・・・・。
「・・・・・・・・・」
だけど、その結果いつも大切な人を失ってきた。
私はばあやと、アロウはラビットと、もう2度と会えなくなった・・・・。
そして今度はロールと・・・・
「・・・・・・・・だめよ」
・・・・まだ間に合う・・・・!
もう、失いたくない・・・・!
膝を突いてる場合じゃない!
「・・・・フレア?」
急に立ち上がった私にアロウとホーリィはぽかんとした表情を浮かべる。
「二人とも、ここで待ってなさい」
「「え?」」
私がエターナル化光素中毒になるまで後どれだけ時間が残されているかは分からない。
霊巣に負担を掛けるわけにはいかないから、使える魔法は数回といったところね・・・・。
それだけあれば十分よ・・・・!
「ち、ちょっと待てよ!まさかお前?」
私の様子を見て何かを察したのかアロウが顔を引きつらせる。
隣のホーリィも青ざめた顔で私を見つめている。
・・・・ごめんね、2人とも・・・・
「・・・・ロールを助けに行くわ」
「フレア!!」
「む、無茶ですよ!」
アロウに怒鳴られ、ホーリィに袖を掴まれる。
「あなたが行って・・・・どうするんですか!?魔獣は・・・・私達にはどうしようも・・・・ないんです!」
・・・・分かってるわよ・・・・!そんな事・・・・!
握り締めた拳がぎりぎりと音を立てる。
「フレアさんがいても・・・・邪魔に・・・・!」
「それでもここだけは逃げるわけにはいかないのよっ!!」
ホーリィの言葉を遮るように叫んで、掴まれていた腕を強く振り払う。
腕を振り払われたホーリィはあっけにとられた表情で私を見つめる。
「強がってはいたけど、本当はあいつも限界なのよ!切り刻まれて、張り倒されて、それに病気だってあるわ!そんなボロボロの状態なのにあのゴキブリの大群相手に一歩も退かずに戦い続けてくれたのよ!・・・・後ろに・・・・私達がいたから!」
確かに私達はあいつに巻き込まれただけかもしれない。
でも、あいつはこんな私を仲間って言ってくれた。
ずっと命懸けで守ってくれた。
弱くて、臆病で、疫病神の私を・・・・
「だから・・・・もう全部あいつ一人に任せるわけにはいかないのよ!」
私ならあいつの力になれるはず。
魔獣は無理でもその飼い主が相手なら闇魔法で対抗できる。
二人で戦える!
もうあいつを一人で戦わせたりなんかしない。
一人は・・・・恐いもの・・・・
「フレア・・・・なら俺も」
私の覚悟を受けアロウも立ち上がってきた。
この子ならきっとこう言うだろうとは思ってたけど・・・・
「あんたはここにいなさい」
「なんで!?」
「自分でも分かってるでしょ。今のあんたは立っているだけで精一杯なのよ。それでどうやって一緒に戦おうっての?」
「くっ!」
あえて突き放す様に告げた私の言葉にアロウは悔しそうに顔を歪める。
こんな言い方心が痛むけど、仕方ない。
はっきり言って今のアロウはただの足手まといにしかならないわ。
私だってこれから起こる死闘の中どれだけ立ち回れるか分からないのに、この子を守るなんて出来るわけない。
私は悔しそうなアロウの肩に手を置きそっと声を掛ける。
「アロウ、私達は皆揃ってここから出ないといけないの。その為には一人一人が自分の役目を貫かないといけないのよ」
「・・・・役目?」
「あんたの役目は倒れない事よ。まだ先は長いんだから、ここであんたに倒れられるわけには行かないの」
「今の俺に・・・・出来る事って・・・・それだけなのか?」
アロウはショックを受けた様な顔で問う。
「そうよ」
「・・・・そうか・・・・」
私の答えを受けアロウは諦めたのかそれだけ呟いて、黙り込んでしまった。
・・・・ごめんね。
私は心の中で謝罪し、ホーリィに顔を向ける。
「アロウの事頼んだわよ」
「フレアさん・・・・本当に・・・・行く気ですか?」
「・・・・行かなきゃいけないからね。ロールのためにも。自分のためにも」
「自分のため?」
「うん。私ってこれまで色んな人に守られてばかりで、迷惑かけてばかりで、嫌な女の子だったの。私はずっとそんな自分が大嫌いだった。・・・・だからここであいつを見捨てたら、もう自分を許すことが出来ない」
「フレアさん・・・・」
それにこの子達がいる。
アロウ・・・・ホーリィ・・・・。
こんな私について来てくれた優しい2人。
この子達がいなかったら私はきっとここまでこれなかった。
こんな辺境で一人寂しく死んでいたに違いない。
この子達をこんな所で終わりにさせたくない・・・・!
「じゃあ、行ってくるね・・・・!」
決意を固め2人に背を向ける。
「どうか、無事で・・・・」
名残惜しそうなホーリィの声を背中に受け私は歩き出す。
今ならロールが言っていた事が分かる。
後ろにあの二人がいる。
そう思うと・・・・確かに負けられない気持ちになるわ。
足の震えはいつの間にか収まっていた。
心なしか霊巣に力が湧いてくる。
不思議だわ・・・・。
あれだけ恐かったのに・・・・。
まるで何かが私を戦いに駆り立てる様に身体と心が整っていく気がする。
何だか私が私じゃないみたい。
ロールみたいにトランス状態に入ったのかしら?
正直、あんな狂人みたいにはなりたくないけど・・・・。
でも、これなら戦えるわ。
魔獣だって恐くない。
「よ~し、いざゴキブリ!」
湧き上がる闘志の赴くままに私はロールの待つ戦場へ歩いていった。
ホーリィがエターナル化光素中毒になってから1時間。
あれからゴキブリと遭遇することなく暗い坑道をひたすら歩いて順調に出口に近づいていた。
「・・・・流石にあれだけやっつけたらもうゴキブリは出てこないわね」
「だが油断するな。あいつらの繁殖力は普通じゃないからな」
気が緩みかけていた私にロールが釘を刺す。
・・・・と言われてもね、もう気を張り続けるのも辛いくらいクタクタだわ。
それにロールの方も顔に疲れが出てるし、ホーリィはスライムホースの上でぐったりしてる・・・・。
「一体あとどれだけ歩けば出口に着くのかしら・・・・」
もうこの坑道も半分は過ぎているはずだと思うんだけど・・・・。
早くここから抜け出さないと・・・・。
私は後ろを歩いているアロウを振り返る。
「・・・・・・・・」
アロウは苦しそうな顔で下を向きながらスライムホースの後ろを歩いている。
数十分前からついにアロウにもエターナル化光素中毒の症状が出始めていた。
・・・・大丈夫かしら?
心配になり歩くスピードを緩めてアロウに近寄る。
「ちょっとアロウ。あんた大丈夫?」
「・・・・ああ・・・・平気だよ」
「嘘おっしゃい。そんな辛そうな顔して。無理しちゃダメって言ったでしょ。・・・・疲れたんなら少し休もうか?」
「いや・・・・休んでも・・・・疲れが取れないんだ・・・・。こうやって・・・・何も考えずに・・・・歩いてる方が・・・・楽なんだ・・・・。腰を下ろすと・・・・立ち上がるのが・・・・辛いだけだ・・・・」
私が聞いてもアロウは下を向いたままぼんやりと途切れ途切れに答える。
答えるのも辛そうだ。
まずいわね、このままじゃ動けなくなるのは時間の問題だわ・・・・。
「どうする?ロール?」
先頭を歩くロールに聞く。
「・・・・そういう事なら仕方ない。歩けるだけ距離を稼いで限界になったらスライムホースに乗せよう」
「でもスライムホースもこんな足場の悪い所で2人も乗せるのは・・・・」
「心配するな。ホーリィの方は俺が背負って行けば良い」
「・・・・あんただってもう体力の限界なんでしょ?大丈夫なの?」
「やるしかないだろう。ひたすら前に進むのみだ」
「分かったわ・・・・」
いよいよ窮地に追い込まれてきたわね・・・・。
「はあ・・・・」
何でこうなるのよ・・・・?
私はただ母さんとアルの所に帰りたかっただけなのに・・・・。
それなのに、スケルトンには目を付けられるし、アロウはお尋ね者になるし、急にわけの分からないゴキブリは現れるし、コロニーに閉じ込められるし・・・・何だかどんどん状況が悪くなってる気がする。
それに・・・・
私はうんざりしながら左手を見つめる。
そこには相変わらずあの女に掛けられた呪い、呪紋が刻まれていた。
・・・・考えてみればこの変な呪いを掛けられてから状況がどんどん悪くなってきた気がするわ。
一体これは何なの?
あの女は私がミュータントになったとか言ってたけど、どういう事なの?
というか、何で私に呪いをかけたの?
あの時あの女は私を見ながら・・・・あの不気味な水晶に確認していたようだったけど・・・・それって私を狙ってたって、事?
一体、何で?
「・・・・・・・・はあ」
・・・・ダメだ・・・・疲れて考えがまとまらない・・・・。
気にはなるけど今はとにかくここを安全に抜け出すことに集中しないとね。
問題は山積みだけど一つ一つ解決していくしかないか・・・・
幸い、今は力強い味方がいるし。
私じゃゴキブリには歯が立たないけど、でも、ロールなら・・・・。
私は縋るように先頭を歩くロールの背中を見つめる。
「・・・・・あっ」
・・・・そう言えばもう一つ分からない事があった・・・・。
そもそもどうしてこいつは・・・・?
「ロールさん・・・・どうして・・・・見捨てないんですか?」
「ホーリィ・・・・」
その時、それまでスライムホースの上でぐったりしていたホーリィが、私の気持ちを代弁するかのように苦しげにロールに問いだした。
「このままじゃ・・・・みんな死んじゃいます。・・・・あなたも。・・・・何で・・・・危険を侵して・・・・私達を助けて・・・・くれるんですか?」
・・・・そうよ・・・・ホーリィの言う通りよ。
ずっと不思議だった。
どうしてこいつは赤の他人の私達の為にここまでしてくれるの?
牢屋では自分の目的がなんなのかさえ分からず震えていた私を連れ出してくれた。
その後屋敷からホーリィを救出して、スケルトンから私達を逃がす為に盾になってくれた。
農園を抜け出した私達がゴキブリに殺されそうになっていた所に盗んだ白馬で駆けつけてくれた。
そして今なお、誰にも捕まりたくないと逃げ込んだこのコロニーの中で命がけで私達を守ってくれている。
そう・・・・命がけで・・・・
見ず知らずの私達を・・・・
一体・・・・何の為に・・・・?
「答えてください・・・・ロールさん。・・・・何で、私を・・・・パプリカの皆を・・・・助けようとしてるんですか?」
あんたは一体・・・・何者なの・・・・?
「それは・・・・」
不意にそれまで黙ってホーリィに背中を向けていたロールが口を開いた。
「それは、俺がスライム族だからだ・・・・」
そして静かにそれだけ告げた。
・・・・いや、スライム族だからって・・・・
「あんた森でも同じ事言ってたけどそれってどういう意味なの?スライム族ってただの旅商人でしょ?そんな連中がパプリカ人たちとスケルトンの揉め事に首突っ込む理由なんてどこにもないじゃない?」
「理由ならあるさ。それが俺達スライム族の使命なんだからな」
「「・・・・使命?」」
スライム族の、使命?
どういう事?
だってスライム族はただの旅商人・・・・
「なあ、お前達は俺達スライム族の事どのくらい知ってる?」
私達がぽかんとしているとロールが急に質問してきた。
「え?あの・・・・私は・・・・名前しか聞いたことなくて・・・・」
ホーリィは申し訳なさそうに小さく答える。
「そうか・・・・フレア、お前は?」
「え?私?ええっと、そりゃあ、旅商人て事と、西海岸に聖地があるって事と、ええ~っと、後は、亜人が多いわね」
私は思いつく限りの特徴を挙げる。
スライム族と言えば大体こんな所でしょ。
「ふうん、なるほどな・・・・やはりセントラルで育ったんならそんなものか」
私の回答を受けてロールは予想通りといった反応を返してくる。
「何なのよ?他にもあるの?」
「他も何も一番重要なところが抜けている。お前今、亜人が多いって言ったな。それがなんでか分かるか?」
「へ?それは・・・・」
う~ん、何でだろう?
セントラルのスライムマートではよく亜人が店番してたけど・・・・
答えが分からず言い淀んでいると・・・・
「理由は簡単だ。それは俺達スライム族が世界を回る難民支援組織だからだ」
「・・・・へ?」
難民、支援?
ロールの思いがけない言葉に思わず間抜けな顔をしてしまった。
「スライム族の正式名称は魔法連合戦災難民保護商会。スライム族は戦災や迫害で行き場を失った者達が種族も肌の色も関係なく集まって、明日の生活を築いてきた多民族組織なんだよ」
しかしロールはそんな私にお構いなく滔々と告げていく。
「ち、ちょっと待ってよ。そんな話聞いたことないわよ?スライム族が難民保護って、それってまるで、スケルトンケアじゃない」
「ふん、あんなのと一緒にして欲しくはないんだが・・・・まあ、確かに似てはいるな」
私の指摘にロールは不快そうに鼻を鳴らし「だが」と続ける。
「俺達とスケルトンケアでは決定的に違う点がある。俺達は苦境に立たされている者には誰にでも手を差し伸べるが、スケルトンは魔力という一つの価値基準によってふるいにかける。網目から零れ落ちた者は見下され、蹴り飛ばされ、泥をかけて嘲笑うのさ・・・・。くそったれな奴等だ」
「・・・・まあ、スケルトンはそうかもね・・・・」
アロウは幼少期に助けを求めたスケルトンに顔を蹴られ唾をかけられたと言っていた。
あの時は俄かには信じられなかったけど、今ならその時の光景が鮮明に想像出来る。
スケルトンは危険だわ・・・・。
そう思えてしまうほど、あのジジイに会ってから私の中でスケルトンに対する警戒心が芽生え始めていた。
いや、スケルトンだけじゃない・・・・ギルドそのものに対しても強い不信感が湧き始めている。
ふつふつと怒りを感じている私を他所にロールはスライム族の事を語り続ける。
「スライム族は世界中を旅して回り、自分達と同じ境遇の者に手を差し伸べてるんだ。迫害を受けている亜人たち、戦に巻き込まれて身体の一部を失った者、それに俺みたいな病気を抱えている奴まで色々とな。そういった奴等を近場の粘民キャンプで受け入れたり、対象が子供だった場合は里親になって自活出来るようになるまで自分達の旅に連れていくこともある。お前セントラルのスライムマートで子供が店番してるのを見たことないか?」
「ええ、よく見かけたけど・・・・。じゃあ、あの子達って孤児って事?」
「そういう事だ。その子達にはそうやってスライム族が長年培ってきた技術を学ばせてるのさ。そしてその子供達が自立すると、今度は自分たちがそうされた様に新しい子供を族に迎え入れる。スライム族はそうやって代々技術と使命を受け継いできたんだ。・・・・親から子へ、子から孫へ、ドワーフからエルフへ、エルフから人間へ。世代も種族も超えて色を変え形を変えて混ざり合って受け継がれていく力。それがスライム族だ」
・・・・だからスライム族って言うんだ。
長年の疑問がやっと解けたわ。
「それとスライム族が商人をしているのは、それが生きる上で最も堅実な手段だからだ。スライム族は秀色難民ばかり集めてるスケルトンと違って魔法の才能を持たない奴が大半だからな。そういった連中が集まって生きる術を創り出した結果、今の旅商人という形になったわけだ」
「・・・・なるほど」
スライム族には所謂、アロウと同じ非色民が大勢いるって事なんだ。
それも農園で酷使されていたアロウよりよっぽど酷い扱いを受けていた亜人や障害者達が・・・・。
そう言えばアロウも商人になりたいって言ってたし、そういう人たちにとってはうってつけの仕事なのかしら。
「・・・・とまあ、そういうわけでな。俺達スライム族は自分達がそんな身上だから、目の前で虐げられている人間がいるとどうしても首を突っ込まずにはいられないんだ。青臭い考え方かもしれないけどな。そうせずにはいられないんだ」
「身上、ねえ・・・・」
「それにギルドの連中・・・・特にスケルトンの事は前々から気に入らなかったしな。これ以上あいつらをのさばらせるのも癪に障る。ユーリエッセ大陸で活動するスライム族はいわばあいつ等にふるいに掛けられてそこから零れ落ちた連中ばかりだからな。そいつらの為にも俺が一杯食わせてやりたいのさ」
「ふ~ん・・・・」
まあ確かに今までの話を聞く限りスライム族にしてみれば、スケルトンって因縁の相手って事になるんでしょうし・・・・。
う~ん、だけど・・・・
「まあ、あんたがパプリカ人達を救おうとする理由は分かったわ。その心意気は立派だと思う。けど、それにしたって限度があるでしょ?そのせいであんた屋敷では殺されそうになったのよ?いくら使命が大事だからって自分の命には代えられないじゃない」
・・・・まあ屋敷の件は原因の一端である私に言えた義理じゃないかもしれないけど・・・・。
だけど、その気になればこいつは私達を見捨てて自分一人助かることなら出来るはずなんだ。
今までの戦いを見ていれば素人の私でもそれくらいは分かってしまう。
「・・・・まあ、確かに予想外の出来事が多すぎたな。俺もここまでの事になるとは思わなかった」
そこまで言ってロールは意味深に私を見つめる。
「・・・・実を言うと、お前らと同じくらい混乱してるんだ」
「じゃあ・・・・」
何で?と続けようとした私の言葉をロールは「だが」と遮った。
「別に後悔はしてない。成り行きでこうなってしまったなら最後まで付き合うさ。女子供は何があってもに見捨てるなってのが・・・・兄弟との約束だからな」
「・・・・兄弟?」
「先代のエヴァースライム家の親分だ。深い闇の中で生きる心を失っていた俺を救い出して家族に迎え入れてくれた恩人だよ。・・・・最高の男だったぜ」
そうか、こいつもその人に助けられてここまで生きてこれたのね・・・・。
でも先代って・・・・。
私はその言葉が引っかかっていたがロールは酒場で武勇伝を語る酔っ払いのように続ける。
「俺の他にもあいつに救われ、あいつを慕って集まった家族が大勢いてな・・・・みんな良い奴だったよ・・・・。命を掛けても守りたいと思えるそんな存在だったんだ・・・・」
ロールは昔を懐かしむように兄弟と言う男とその仲間の事を語った。
その口ぶりからいかにその男を慕い、仲間を大切に思っていたかが窺い知れる。
だけど・・・・私にはどうしてもロールが発した先代という言葉が気に掛かってしまっていた・・・・。
「スライム族は俺の大切な家族だ。俺はあいつらから全てを与えられた。だからスライム族の使命を守ることは俺にとってあいつらへの恩返しなんだ・・・・。その為なら救うのが赤の他人のお前達だろうと命を張る事に抵抗はない」
そこでロールはふっと寂しげな顔を浮かべた。
そして、
「・・・・俺にはもう、そんなことでしかあいつ等に恩返しする事が出来ないんだ・・・・」
「ロール・・・・」
あんた・・・・
「・・・・あの・・・・その人たちは・・・・死んだんですか?」
それまで黙っていたホーリィが堪えきれなくなったのか、私の気持ちを代弁するかのように問う。
「・・・・ああ」
そして・・・・予想通りと言うべきか、ロールはそれだけ小さく呟いた。
「・・・・・・・・」
なるほど、何となく分かってきたわ・・・・。
こいつが自分の身を削って他人を助ける理由。
それに母さんとアルに未練があった私を牢屋から出してくれた理由。
お人好しなのもあるんだろうけどそれだけじゃない。
私達を助けた本当の理由は・・・・
「ホーリィよ、これで納得してくれたか?俺がお前を助けたのはただの自己満足だ。使命だなんて言ってるが本当は俺が俺である為にそうせずにはいられないだけなんだ。馬鹿な男だろ?」
「そ、そんな事は・・・・」
自嘲するロールにホーリィは困った顔をする。
「俺は世界中旅してきた。その中で救えた命もあれば、目の前で失ってしまった小さな命もある。・・・・あの女の子の様な子達を・・・・」
あの女の子・・・・?
「それは・・・・スケルトンのあの子・・・・ですか?」
「ああ・・・・。可哀想な事をした。家族を殺されて仇と刺し違えようとした子もいれば、何も分からないまま戦いの道具にされた少年兵もいた。俺はあの子達が地獄に落ちていくのをただ見ていることしか出来なかったんだ・・・・」
・・・・私にはロールが重く語るその光景を思い浮かべることができなかった。
それは私が血生臭さとは程遠いセントラルの屋敷で育てられたからに他ならない。
種類は違うけど私はこれでも辛い青春時代を送ってきた。
だけど、こいつが歩んできたそれとはとても比べられるものではなかった。
いや、こいつだけじゃない。
ホーリィもそしてアロウも私なんかとは比べ物にならないくらい辛い人生を送ってきたんだ・・・・。
「だから俺はもう見たくないんだ。あの子が戦いの道具にされるのも、お前があの子を憎んで復讐の道を歩くのも・・・・」
「私は・・・・」
・・・・2人ともそれきり黙りこんでしまった。
おそらく、ロールはホーリィに復讐の道に走るなと言いたかったんだろう。
・・・・今のホーリィはそれどころじゃないかもしれない。
見知らぬ土地で一人不安と恐怖そして両親を失った悲しみがその胸の大部分を占めている。
スケルトンに対しても当然怒りを感じているでしょうけど、それよりも恐怖の方が遥かに勝っているはず。
けど、いずれは恐怖より怒りの感情の方が勝ってしまうかもしれない。
その時ホーリィは・・・・どうするの?
ホーリィはロールと同じように家族を失った。
ロールが代わりに寄る辺として求めたものはスライム族の使命。
ロールの追い求めるそれははっきりとした物ではなく幻のような絆かもしれないけど、こいつは確かにそれのおかげで今を生きている。
じゃあ、ホーリィは?
これからこの子は何を頼りに生きていけばいいの?
新しい家族や仲間?
それとも・・・・
ザッ
「ん?」
ホーリィの行く末を案じていると、急に先頭を歩いていたロールが立ち止まった。
「どうしたのよ?立ち止まって?・・・・まさかまたゴキブリ?」
問いながら私はため息をつく。
折角ここまで何事もなく歩いてきたってのに・・・・。
私はうんざりしながら、だけど『まあロールなら大丈夫でしょう』と気楽に考えながら、ロールに歩み寄る。
「そんな・・・・この反応は・・・・!」
しかしそんな私に姿勢に反してロールは青い顔をしていた。
その顔を見て一転して私にも緊張が走る。
「ど、どうしたのよ!?そんな大群が来るの!?」
「い、いやこれは・・・・ち、ちょっと待ってろ!」
ロールは取り乱しながらその場にしゃがみこんで空魔法に集中しだした。
「・・・・どうしたんだ?」
それまで虚ろな顔で後ろを歩いていたアロウも異変を察したのか、不安そうに声を掛けてきた。
「分からない。急にロールが焦りだして」
もう本当に勘弁してよ・・・・。
これ以上何が起きるっていうのよ?
今日一日で一体どれだけの事が起きたと思ってるのよ。
やがて、ロールがさっきよりもさらに青い顔をして立ち上がった。
その顔を見ただけで私達の胸にも絶望が過ぎる。
「お前たち・・・・最悪の報せだ・・・・落ち着いて聞け・・・・」
「な、なによ?」
暗い声で何かを告げようとするロールを見ながら私達は固唾を飲み込む。
「・・・・この先に、魔獣がいる・・・・!」
「・・・・・・・・へ?」
まじゅう・・・・?
「・・・・なにぃぃぃぃぃ!?!?ま、魔獣だとおぉぉぉぉぉぉ!?!?」
ロールの告げた今日一番の衝撃の事実に私は乙女らしからぬ野太い声で叫んでしまった。
「ま、魔獣って・・・・!」
「う、うそだろ・・・・!」
隣のアロウとホーリィは余りのショックにその場にへなへなと座り込んでしまった。
「ちょっと待ちなさいよ!魔獣っていったらあんた、魔物の先輩・・・・じゃなくて親玉じゃない!」
「ああ、俺もここに魔獣がいるとは思わなかった。しかも野郎真っ直ぐこっちに向かってきてやがる。俺達がこの穴に突っ込んできた事に気づいてるんだ」
「ま、魔獣の野郎が・・・・こっちに!?」
告げられた絶望的な報告を聞き、今だかつてない恐怖と焦りに駆られる。
それと同時に嫌でも子供の頃から聞かされてきた魔獣の知識が思い起こされてしまう。
人類の天敵、魔物は4つの段階に分かれている。
1つ目は魔物の祖と言われる聖獣。
この世に7体しかいないとされる魔物の頂点に君臨する存在だ。
2つ目はその聖獣から生み出される霊獣と呼ばれる存在だ。
霊獣は聖獣より力も知性も劣るがそれでもその力は凄まじく、人間と同等かそれ以上の知能を持っている。
ただし、この2つは攻撃性は低くこちらから領域を荒らさない限り襲ってくる事はないと言われている。
問題はその下、残りの2つだ。
1つは言うまでもなくシバウルフやゴキブリ達といった魔物だ。
この世界に蔓延る凶暴な存在にして圧倒的な数を誇る。
私では歯が立たないシバウルフやあの外来種のゴキブリはそれでも一番下位の存在という事だ。
そして魔物の上位存在が”魔獣”。
魔物より力がはるかに強く、そして聖獣や霊獣と違って攻撃性の強い凶暴な生き物だ。
その力は強大で魔獣一体に村を滅ぼされることもある。
そんな化け物が・・・・この先に・・・・!
「な、なんだってそんな化け物がここにいるのよ!?」
「・・・・恐らくここが捨てられた土地だからだろうな。セントラルオークやウエストエンジェル地方ではこういった農園に近いコロニーは魔物が繁殖しない様、駆除または管理されている。だがこの地はクリムゾンハンターがいないし、近場の農園には魔物と戦える人間がいない。魔獣にとっては敵もいないし安全に魔物を繁殖させるにはうってつけの環境だ。そんな場所に魔獣・・・・恐らくあのゴキブリ達の母体となる物が繁殖地として居座ったってことだろう。・・・・通りでこんなに繁殖するわけだ・・・・」
「じ、冗談じゃねえ!!」
ロールの話を聞いていたアロウが怒りと狼狽が入り混じった声を上げる。
「この近くには・・・・村が・・・・ラビットがいるんだぞ!・・・・このままじゃ・・・・あいつは・・・・魔獣にっ!」
「アロウ・・・・」
そうだわ・・・・
こんな所に魔獣を、いやそれでなくてもこれ以上ゴキブリ達が繁殖を続ければいずれ一番近い村・・・・オールドファームに被害が及ぶわ。
あんな所でもアロウにとっては故郷だ。
何よりあそこにはアロウの大切な女の子がいる。
放っておけるはずはないと思うけど、でも・・・・相手は、魔獣。
・・・・む、無理だわ。
「何にせよ、退路はない!」
私達が絶望しているとロールが覚悟を決めたように背を向ける。
「ち、ちょっと、あんたどうする気よ!?まさか・・・・」
「知れたこと!売られた喧嘩は100倍にして売り返すのが商売の鉄則だ!俺のやり方にケチつけるふてえ客は力ずくでねじ伏せるまでよ!」
「ま、待ちなさいよ!あんた正気!?相手は魔獣なのよ!?あんた一人だけで敵う訳ないでしょ!」
魔獣はクリムゾンハンターの専門部隊じゃないと対処できない強敵だ。
ロールが魔物退治の専門家なのは分かるけど流石に相手が悪すぎる。
仮に私達3人が加勢できる状態だったとしても、とても敵う相手じゃ・・・・
「いや、勝機はある」
しかしそんな私の制止の言葉を受けたロールは相棒のスライムアーツを握り締める。
「今こそこいつの・・・・スライムアーツの真の力、”時の雷”を使う」
「・・・・時の雷って、何それ?」
「対魔獣用に開発した必殺魔法だ。条件はあるが時の雷さえ発動させる事が出来れば・・・・魔獣とだって互角に渡り合える」
「魔獣と互角って!?ほ、本当に?」
嘘でしょ!?こいつマジで魔獣とタイマン張れるっての!?
「お前も見てきただろう。スライムアーツは魔物の生命力を魔法に変える事が出来る。つまり相手が強ければ強いほどその真価を発揮する事が出来るのだ!」
そうか!
ロールが使う”魔商光合成〈スライムトレード〉”は言わば相手の生命力をそのまま魔法にする力だ!
魔獣がどれほど強くてもその力はそのまま自分に跳ね返ってくることになるのね!
時の雷ってのがどんな魔法かは分からないけど、確かにスライムアーツがあれば魔獣とも渡り合えるはず!
凄いわ!
やっぱりあのステッキ欲しい!
ここから出たら真剣に交渉してみようかしら!
「じゃあ、何とかなるのか!?」
魔獣に対抗できると聞いて希望が湧いてきたのかアロウが期待を込めてロールに問う。
しかし、先ほどまでふるい立っていたロールはそう問われると、何故かう~んと難しそうな顔をしだす。
「・・・・時の雷さえ発動出来れば勝てるんだが・・・・」
「どうしたんだ?そいつを発動させるのってそんなに難しいのか?」
「それもあるんだが、もう一つ気懸かりな事があってな・・・・」
気掛かりな事?
「何よ?気懸かりな事って?」
「実はな、こっちに向かってきているのは魔獣とゴキブリだけじゃないんだ・・・・」
「え?どういう事?」
「・・・・魔獣の側に、人間の反応があるんだ」
「へ?人間?」
思いがけない答えに間抜けな声が出てしまった。
「どうして人間がいるのよ!?しかも魔獣の側にって、何でそいつ食われないの!?」
私が訳がわからず混乱しているとロールは重い口調で告げる。
「ひょっとすると・・・・こいつが一連のゴキブリ騒動の黒幕かもしれん」
「黒幕ってどういうこと?」
「あのゴキブリどもがおそらく外来種だろうって事は話しただろ?もしそうなら、当然この土地にこいつらを持ち込んだ奴がいるってことだ」
「え?」
確かにゴキブリが自分で海を渡ってここまで着たとは考えられない。
ということは、
「よ、要するに、そいつがわざわざこの大陸にゴキブリを持ち込んで、繁殖地としてここに居着いてあのゴキブリどもを繁殖させたってこと?」
聞きながら自分の唇がワナワナと震えるのを感じる。
ようやく農園を抜け出した私達の前に急に現れたゴキブリ。
そして今私達を恐怖のどん底に追い込んでいるゴキブリ。
目的は分からないけどそいつがこの状況を作り出したってこと?
「・・・・おそらくな」
カーーーン!!!
ロールの言葉を聴いた瞬間私の頭でラウンド3を告げるのゴングの音が鳴り響いた。
「ふ、ふざ・・・・!」
「ふざけんじゃねえ!!!」
「え?」
怒りが爆発して今まさに叫ぼうとした私だったけど、それに被せる様に後ろからアロウの怒号が響いた。
「何だよそれ!?何だよそれ!?何でそんな事しやがるんだ!?」
「ア、アロウ?」
更に怒りを爆発させるアロウの前に出鼻を挫かれてしまった私はたじろいでしまう。
「人の土地で無責任な事しやがって!!ここに住んでる連中の事を何だと思ってやがるんだ!!俺やラビットを・・・・うぅっ!!」
激昂するアロウだったけど霊巣が疼き出したのか苦しそうにその場に蹲る。
「ち、ちょっと、アロウ!落ち着きなさい!」
「アロウさん・・・・!興奮したら身体が・・・・!」
私とホーリィは必死にアロウを宥めようとする。
気持ちは分かるけどそんな状態で興奮したら症状が悪化してしまうわ。
「ゆ、許さねぇ!!どいつもこいつも・・・・どこまで俺達を弄べば・・・・!!こ、殺してやる!!」
しかしアロウの怒りは収まらず、どころか更に物騒な言葉を吐き出す。
その目は森であいつを殺した時の様に血走っている。
完全に正気を失っていた。
「魔獣だろうと関係ねえ!!俺が!!俺が!!」
「アロウさん!お願い落ち着いて!これ以上興奮したら・・・・!」
「俺がどうなろうと構うもんか!!刺し違えてでもそいつを!!」
「!!!アロウッ!!」
頭がカッとなった瞬間、右手を振り上げた。
パァン!!
そのまま右手を横一線に振り抜き、坑道に乾いた音が鳴り響く。
「あ・・・・」
突然頬を張られたアロウは呆然としている。
私はその肩を掴んで真っ直ぐ視線をぶつける。
「お願い、落ち着いて・・・・」
「・・・・フレア?」
「自棄にならないで、あんたが死んでどうするのよ。あんたが死んだら私達は・・・・私は・・・・」
・・・・叩かずにはいられなかった。
これ以上、大切な人が居なくなるのは耐えられない。
お願いだから・・・・私の側から離れないで。
私を・・・・一人にしないで。
「フレア・・・・どうしてだよ?」
やがて正気に戻ったのかアロウは泣きそうな声で問いかけてきた。
「どうして俺達ばかり・・・・こんな目に遭わないといけないんだ?」
「アロウ・・・・」
「俺が非色民だからか?こうなる運命だったのか?幼馴染一人守れずに・・・・こんな穴の中で死ぬのか?」
「アロウさん・・・・」
「どうすればいいんだよ?このままじゃ、俺達は・・・・ラビットは・・・・魔獣に・・・・ううっ!」
堪えきれなくなったアロウは力なく泣き崩れてしまった。
自分達とあの子に迫る脅威にただ膝を付くしかない無力な自分を恨みながら。
出来る事なら私が代わりにそいつをぶっ飛ばしてやりたい。
あの親方にしてやった様に。
だけど、この先にいるのは・・・・魔獣・・・・。
「アロウ・・・・ご、ごめんね・・・・」
・・・・無理だ。
考えるだけで膝が震えてしまう。
こればかりはどうして上げる事もできない。
森を出てからここまで私はロールの背中に隠れて震えていただけだ。
そんな私が魔獣となんて戦えっこない・・・・orz
「悪かった・・・・」
「え?」
不意に膝を突いている私達の頭上から小さく謝罪の声が聞こえた。
見上げるとロールが悲痛な表情で見下ろしていた。
「そもそもあの村でお前達を巻き込まなければ、こんな事にはならなかったんだ。俺に出会わなければお前達はこんな思いをせずにすんだんだ・・・・」
「ロール!そんな事は・・・・!」
・・・・あるけど。
「いや、俺のせいだ。実を言うと、俺は善意だけでお前達を救ったわけじゃないんだ。ここから出たらお前達にパプリカ人の救出を手伝って貰うつもりだったんだ」
「ロール・・・・」
・・・・まあ、何となくそんな事企んでるんじゃないかとは思ってだけど。
「幻滅しただろ?俺はお前達が思っているほど人間が出来ちゃいない。俺もお前達を利用するつもりだったんだ。お前たちが憎んでる連中と・・・・・何も変わらないんだ」
「「「・・・・・・・・」」」
「だけどな、こんな自分勝手な奴に言われてもいい気はしないだろうが、実はお前らの事結構気に入ってたんだぜ」
「え?」
ロールの急な告白に私達はぽかんとしてしまう。
そんな私達の表情を見てロールはふっと笑いながら続ける。
「まあ世話の焼ける奴等だとは思ってるんだが。お前らときたら戦い方は素人丸出しで滅茶苦茶だし、やる事なす事全部行き当たりばったりだ。横で見てて、こいつら本当に大丈夫か?って、呆れさせて貰ったよ」
言いながら思い出したのかロールは本当に呆れたような口調になっている。
こいつ自分の事棚に上げてそんな風に思ってやがったのね。
・・・・まあ、実際ここまで来るのに私達はこいつにとってお荷物だったかもしれないけど・・・・
私が心の中で小さく文句を言っているとロールは「けどな」と続ける。
「お前らと一緒にいるとあの頃を思い出すんだ。頼りない背中を預け合いながら戦ったあの日々を。失敗して泥だらけになりながら笑いあったあの時間を。・・・・まったく・・・・おかしな奴等だよ、お前らは」
遠い目をして言いながらロールは徐に懐からバンダナを取り出した。
そして歴戦の下着泥棒が苦労して手に入れた宝物を見て目を細める様に、その布切れを見つめる。
まるで過ぎ去った青春の日々に思いを馳せる様な目で・・・・。
「本当・・・・あいつらにそっくりだ・・・・」
「ロール・・・・」
私にはロールがどんな道のりを歩んできてどんな青春を送ってきたのかは分からない。
だけどこの顔を見ればなんとなく分かる。
きっと、兄弟って人達と送った日々はロールにとって幸福な日々だったに違いない。
血は繋がってなくても大切な家族だったに違いない。
・・・・羨ましいな・・・・。
やがて、ロールは何かを決心したかのように手にしていた布切れを口元に巻いた。
「お前達を魔獣に食わせたりはしない。この一件、俺がけりをつける・・・・!」
そしてフードを被り出会った時の闇商人の格好に戻り私達に背を向ける。
「行く気・・・・なの・・・・?」
私はロールの背に声を掛ける。
「・・・・お前達はここで待ってろ」
「魔獣の他にも敵がいるんでしょ?・・・・勝てるの?」
「後ろに動けない仲間がいるのに、負けること考える馬鹿がどこにいる・・・・!」
ロールは不安げに問う私に対して弱音を吐かなかった。
どころか心の内に燃える闘魂をたぎらせて強気に答えた。
こいつにだってきっと恐怖はあるはず。
それでも私達を不安にさせないようこうして無理に気を張ってくれているに違いない。
「ロールさん・・・・あなた・・・・また一人で?」
ホーリィはそんなロールに対し不安げに声を掛ける。
「心配するな。屋敷でも無事だったんだぜ。俺が死ぬわけないだろ」
「でも・・・・」
「大丈夫だ。俺を信じろ。・・・・それより、悪かったな」
「え?」
「お前とは森で揉めてから気不味くなっちまったからな。ずっと心残りだったんだ」
「ロール・・・・さん」
「・・・・希望を捨てるなよ。今はまだ俺達ユーリエッセ人の事がおっかないだろうが、気のいい奴等だっているんだ。お前を助ける為に泥だらけになってくれる奴だっているんだ。だからもう一人だなんて言わないでくれ」
「・・・・・・・・はい」
懇願するロールにホーリィは小さく、そして涙で湿った声で答えた。
見るとホーリィは肩を震わせながら俯いている。
・・・・ホーリィはきっと感じ取ったんだ。
ロールの優しさと・・・・覚悟を。
私にはここに来てようやく二人の間にあった余所余所しい雰囲気が少しだけ氷解した様に思えた。
「アロウ」
ロールは今度はアロウに語りかけた。
「お前もここまで良くやってくれた。皆揃ってここにいられるのはお前のおかげだ」
「・・・・そんな・・・・俺なんて・・・・」
「後の事は俺に任せろ。なあに、この先にいるふざけた野郎は俺がぶっ飛ばしておいてやるさ」
「・・・・俺は・・・・」
「お前もこれから大変だろうが、今は自分が生き残る事だけを考えろ。・・・・ブリーズファームに着いたら、一杯やろうぜ。俺の奢りだ」
「ロール・・・・」
明るい口調で話すロールにアロウは小さく、そして涙で湿った声で答えた。
見るとアロウは肩を震わせながら俯いている。
・・・・アロウはきっと感じ取ったんだ。
ロールの・・・・覚悟を。
「フレア」
最後にロールは私の名を呼んだ。
そして他の二人に語り掛けるより幾分か重い口調で告げる。
「ここから出たら、お前には話さないといけない事がある」
「え?何?」
「それは・・・・この件が片付いてからだ・・・・」
何よ気になるじゃない?
「それじゃあ、行ってくる」
訝る私を余所にロールは決戦の地へと歩き出す。
出会ってほんの少ししか経ってないのに私達の為に命を掛けてくれた男。
私と歳も変わらないはずなのに、覚悟を決めたその背中は震えることもなく、私達を守る盾の様に強く広がっている。
その背中はまるで・・・・。
「っ!!!ロ、ロール!!」
私はつい呼び止めてしまった。
呼び止めてどうなるって訳でもないのに。
だけど、ここで行かせてしまったらもう一生会えなくなる様な気がする。
ここでこいつを一人で行かせてしまったら・・・・でも・・・・
「すぐに片付ける。二人を頼むぞ」
そんな私の葛藤を知ってか知らずかそれだけ言って歩き続ける。
ばあやの時の様に背中が遠ざかっていく。
焦りで肩が震え出す。
一人で行かせたらダメなのに。
恐怖で足が震える。
魔獣なんかと戦いたくない。
ロールの背中がどんどん小さくなっていく。
私は・・・・私は・・・・!
「・・・・お願い・・・・死なないでロール・・・・!」
その場で膝を突き、死地へ向かうロールにそんな無責任な言葉を飛ばす事しかできなかった。
私の足はその場から動き出す事ができなかった。
目の前の恐怖に、臆病な自分に打ち勝つ事ができなかった。
そしてロールは闇の中に消えていった・・・・。
結局私はまたあの時の様に見捨ててしまった。
私を守ってくれる人の背中を・・・・ただ見ている事しか出来なかった・・・・。
あれから、どれだけの時間が経っただろう・・・・。
死地へ向かうロールの背中をただ見つめる事しか出来なかった私達は、一言も喋らずに自分たちの無力さに打ちひしがれていた。
けど、仕方ないのよ、私達がいたって・・・・
「・・・・また・・・・見捨てちまったな・・・・」
・・・・やがて悔しそうに俯いていたアロウがポツリと呟いた。
「俺達・・・・これからどうすれば・・・・?」
・・・・アロウにこの問いを受けるのは2回目になる。
でも今の私には何一つ答える事が出来ない。
何もしゃべる気が起きない。
それくらい無力な自分に打ちひしがれていた。
「私・・・・自分が情けないです」
「え?」
ホーリィが呟く。
「ラビットさんに・・・・アロウさんを利用してるだけだって言って・・・・自分だって同じクセに・・・・」
「ホーリィ・・・・お前・・・・」
「私だって・・・・あの人に・・・・お2人に・・・・守られてるだけのクセに・・・・」
・・・・そんなの私だって同じよ。
でもしょうがないじゃない。
私達は弱いんだから、守って貰うしかないじゃない・・・・。
「・・・・・・・・・」
だけど、その結果いつも大切な人を失ってきた。
私はばあやと、アロウはラビットと、もう2度と会えなくなった・・・・。
そして今度はロールと・・・・
「・・・・・・・・だめよ」
・・・・まだ間に合う・・・・!
もう、失いたくない・・・・!
膝を突いてる場合じゃない!
「・・・・フレア?」
急に立ち上がった私にアロウとホーリィはぽかんとした表情を浮かべる。
「二人とも、ここで待ってなさい」
「「え?」」
私がエターナル化光素中毒になるまで後どれだけ時間が残されているかは分からない。
霊巣に負担を掛けるわけにはいかないから、使える魔法は数回といったところね・・・・。
それだけあれば十分よ・・・・!
「ち、ちょっと待てよ!まさかお前?」
私の様子を見て何かを察したのかアロウが顔を引きつらせる。
隣のホーリィも青ざめた顔で私を見つめている。
・・・・ごめんね、2人とも・・・・
「・・・・ロールを助けに行くわ」
「フレア!!」
「む、無茶ですよ!」
アロウに怒鳴られ、ホーリィに袖を掴まれる。
「あなたが行って・・・・どうするんですか!?魔獣は・・・・私達にはどうしようも・・・・ないんです!」
・・・・分かってるわよ・・・・!そんな事・・・・!
握り締めた拳がぎりぎりと音を立てる。
「フレアさんがいても・・・・邪魔に・・・・!」
「それでもここだけは逃げるわけにはいかないのよっ!!」
ホーリィの言葉を遮るように叫んで、掴まれていた腕を強く振り払う。
腕を振り払われたホーリィはあっけにとられた表情で私を見つめる。
「強がってはいたけど、本当はあいつも限界なのよ!切り刻まれて、張り倒されて、それに病気だってあるわ!そんなボロボロの状態なのにあのゴキブリの大群相手に一歩も退かずに戦い続けてくれたのよ!・・・・後ろに・・・・私達がいたから!」
確かに私達はあいつに巻き込まれただけかもしれない。
でも、あいつはこんな私を仲間って言ってくれた。
ずっと命懸けで守ってくれた。
弱くて、臆病で、疫病神の私を・・・・
「だから・・・・もう全部あいつ一人に任せるわけにはいかないのよ!」
私ならあいつの力になれるはず。
魔獣は無理でもその飼い主が相手なら闇魔法で対抗できる。
二人で戦える!
もうあいつを一人で戦わせたりなんかしない。
一人は・・・・恐いもの・・・・
「フレア・・・・なら俺も」
私の覚悟を受けアロウも立ち上がってきた。
この子ならきっとこう言うだろうとは思ってたけど・・・・
「あんたはここにいなさい」
「なんで!?」
「自分でも分かってるでしょ。今のあんたは立っているだけで精一杯なのよ。それでどうやって一緒に戦おうっての?」
「くっ!」
あえて突き放す様に告げた私の言葉にアロウは悔しそうに顔を歪める。
こんな言い方心が痛むけど、仕方ない。
はっきり言って今のアロウはただの足手まといにしかならないわ。
私だってこれから起こる死闘の中どれだけ立ち回れるか分からないのに、この子を守るなんて出来るわけない。
私は悔しそうなアロウの肩に手を置きそっと声を掛ける。
「アロウ、私達は皆揃ってここから出ないといけないの。その為には一人一人が自分の役目を貫かないといけないのよ」
「・・・・役目?」
「あんたの役目は倒れない事よ。まだ先は長いんだから、ここであんたに倒れられるわけには行かないの」
「今の俺に・・・・出来る事って・・・・それだけなのか?」
アロウはショックを受けた様な顔で問う。
「そうよ」
「・・・・そうか・・・・」
私の答えを受けアロウは諦めたのかそれだけ呟いて、黙り込んでしまった。
・・・・ごめんね。
私は心の中で謝罪し、ホーリィに顔を向ける。
「アロウの事頼んだわよ」
「フレアさん・・・・本当に・・・・行く気ですか?」
「・・・・行かなきゃいけないからね。ロールのためにも。自分のためにも」
「自分のため?」
「うん。私ってこれまで色んな人に守られてばかりで、迷惑かけてばかりで、嫌な女の子だったの。私はずっとそんな自分が大嫌いだった。・・・・だからここであいつを見捨てたら、もう自分を許すことが出来ない」
「フレアさん・・・・」
それにこの子達がいる。
アロウ・・・・ホーリィ・・・・。
こんな私について来てくれた優しい2人。
この子達がいなかったら私はきっとここまでこれなかった。
こんな辺境で一人寂しく死んでいたに違いない。
この子達をこんな所で終わりにさせたくない・・・・!
「じゃあ、行ってくるね・・・・!」
決意を固め2人に背を向ける。
「どうか、無事で・・・・」
名残惜しそうなホーリィの声を背中に受け私は歩き出す。
今ならロールが言っていた事が分かる。
後ろにあの二人がいる。
そう思うと・・・・確かに負けられない気持ちになるわ。
足の震えはいつの間にか収まっていた。
心なしか霊巣に力が湧いてくる。
不思議だわ・・・・。
あれだけ恐かったのに・・・・。
まるで何かが私を戦いに駆り立てる様に身体と心が整っていく気がする。
何だか私が私じゃないみたい。
ロールみたいにトランス状態に入ったのかしら?
正直、あんな狂人みたいにはなりたくないけど・・・・。
でも、これなら戦えるわ。
魔獣だって恐くない。
「よ~し、いざゴキブリ!」
湧き上がる闘志の赴くままに私はロールの待つ戦場へ歩いていった。
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