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摩擦
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デビュー曲のレッスンは順調に進んでいた。れそまでの基礎レッスンのおかげか皆飲み込みがはやく、安心していたイベントまで一週間に迫ったある日、烏末から電話があった。
「どうやらシホちゃんとユウナちゃんが揉めてしまったらしくて…」
ことの発端はシホがユウナのダンスを指摘したことらしい。そこから止めに入ったメンバー同士でも揉め、場の空気は最悪。最年少のスズカに至ってはその後のレッスンがままならないほど泣いてしまったとのこと。
私は別の仕事で滞在している京都でその電話を受けた。東京へ帰ってきた二日後の夕方、事務所へ戻ると入り口にチハルがいた。
「お疲れ様です」
彼女は見るからに落ち込んだ様子で、今にも泣き出しそうな声だった。
「お土産があるのよ。ちょっとお茶でもしましょ」
自室は出た時同様、置ける場所には書類の山で、応接用のローテーブルに置いてあるものを急いで空いている段ボールの上に退ける。この歳になっても仕事場の整理整頓をこまめにするのは苦手で、一番怖いものは「急なお客」だ。
「私は生より焼きの方が好きなのよ。チハルは?」
「私も焼きの方が好きです」
赤い包装紙を剥がしてトレーに置き、今日は紅茶ではなく緑茶をいれる。
最近は日中の温度が夕方になってもなかなか落ちず、狭い部屋でもなかなかクーラーが効かない。仕方なく用意していたカップをグラスに変えて氷を目一杯いれる。そこに緑茶をいれると風鈴のような涼しい音が響いた。
「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
しばらく二人してボリボリと音をさせながらお土産を食べていた。
チハルがグラスの緑茶を飲み干した頃、「相談がありまして」と意を決したように言った。私もしらを切る必要はないので「グループの事ね」と返した。
「はい。今日のリハーサルも結局うまくいかなくて…」
チハルはうつむきながら、グラスに向かって呟いた。
「一緒に何ヶ月もレッスンをやってきて、絆のようなものが出来たと思っていたんです。でも、本番前の今、一瞬にしてそれが壊れていまったかのような…悔しいんです。でも、どうしたらいいかわからなくて」
私はチハルのグラスを取り、冷凍庫の氷を入れ、緑茶を注いだ。
「絆は、浅くて仕方ないわ。まだ何も成し遂げていないもの」
私は率直な感想を言った。
「これから初ステージ、デビュー曲の撮影、リリースにイベント、初ワンマンライブ。そういうものを経験して関係は深くなる。まだ動き出す前だもの、お互いの事を理解できてなくて当然よ。この数ヶ月で仲良しのお友達にはなれたけど、絆と呼ぶにはまだ早いわ。初ステージの緊張でいっぱいいっぱいになって、みんなが自分の素の部分が隠せなくなってきたのよ。そこを理解し合えるほど深い関係になるには、それ相応の壁を一緒に乗り越える経験がないとね」
私はこの事態にさほど焦っていなかった。むしろこれくらいの摩擦が起きて当たり前とさえ思っていた。
「でも、絶対に最高のグループができると思うわ。私が選んだ子たちだもの。だからチハル。あなたが指揮をとってグループをまとめてほしいの。初めは戸惑うことが多いと思うけど、少しずつみんなのことを理解していけばいい。その素質はあると思うわ。だって、この状況でもグループ全体の事を考えているんだもの」
「そんな、私にそんな技量は…それこそ、ヒトミちゃんの方が志も高いし、説得力もあります」
「確かに彼女は器用でなんでもできるように見える。でも、大事なものが抜け落ちている気がするわ。それを気づかせて、彼女と分かり合えたらきっと、より一層深い絆になるわ。その時あなたは本当の意味でキャプテンになるでしょうね」
チハルはまだ戸惑っているようだ。しかし、彼女は最後まで、私の目から目線を外さずに話を聞いていた。
いつか、グループとしての大きな分岐点に立った時、彼女が先導して導いてくれたらいいと思った。
「どうやらシホちゃんとユウナちゃんが揉めてしまったらしくて…」
ことの発端はシホがユウナのダンスを指摘したことらしい。そこから止めに入ったメンバー同士でも揉め、場の空気は最悪。最年少のスズカに至ってはその後のレッスンがままならないほど泣いてしまったとのこと。
私は別の仕事で滞在している京都でその電話を受けた。東京へ帰ってきた二日後の夕方、事務所へ戻ると入り口にチハルがいた。
「お疲れ様です」
彼女は見るからに落ち込んだ様子で、今にも泣き出しそうな声だった。
「お土産があるのよ。ちょっとお茶でもしましょ」
自室は出た時同様、置ける場所には書類の山で、応接用のローテーブルに置いてあるものを急いで空いている段ボールの上に退ける。この歳になっても仕事場の整理整頓をこまめにするのは苦手で、一番怖いものは「急なお客」だ。
「私は生より焼きの方が好きなのよ。チハルは?」
「私も焼きの方が好きです」
赤い包装紙を剥がしてトレーに置き、今日は紅茶ではなく緑茶をいれる。
最近は日中の温度が夕方になってもなかなか落ちず、狭い部屋でもなかなかクーラーが効かない。仕方なく用意していたカップをグラスに変えて氷を目一杯いれる。そこに緑茶をいれると風鈴のような涼しい音が響いた。
「さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
しばらく二人してボリボリと音をさせながらお土産を食べていた。
チハルがグラスの緑茶を飲み干した頃、「相談がありまして」と意を決したように言った。私もしらを切る必要はないので「グループの事ね」と返した。
「はい。今日のリハーサルも結局うまくいかなくて…」
チハルはうつむきながら、グラスに向かって呟いた。
「一緒に何ヶ月もレッスンをやってきて、絆のようなものが出来たと思っていたんです。でも、本番前の今、一瞬にしてそれが壊れていまったかのような…悔しいんです。でも、どうしたらいいかわからなくて」
私はチハルのグラスを取り、冷凍庫の氷を入れ、緑茶を注いだ。
「絆は、浅くて仕方ないわ。まだ何も成し遂げていないもの」
私は率直な感想を言った。
「これから初ステージ、デビュー曲の撮影、リリースにイベント、初ワンマンライブ。そういうものを経験して関係は深くなる。まだ動き出す前だもの、お互いの事を理解できてなくて当然よ。この数ヶ月で仲良しのお友達にはなれたけど、絆と呼ぶにはまだ早いわ。初ステージの緊張でいっぱいいっぱいになって、みんなが自分の素の部分が隠せなくなってきたのよ。そこを理解し合えるほど深い関係になるには、それ相応の壁を一緒に乗り越える経験がないとね」
私はこの事態にさほど焦っていなかった。むしろこれくらいの摩擦が起きて当たり前とさえ思っていた。
「でも、絶対に最高のグループができると思うわ。私が選んだ子たちだもの。だからチハル。あなたが指揮をとってグループをまとめてほしいの。初めは戸惑うことが多いと思うけど、少しずつみんなのことを理解していけばいい。その素質はあると思うわ。だって、この状況でもグループ全体の事を考えているんだもの」
「そんな、私にそんな技量は…それこそ、ヒトミちゃんの方が志も高いし、説得力もあります」
「確かに彼女は器用でなんでもできるように見える。でも、大事なものが抜け落ちている気がするわ。それを気づかせて、彼女と分かり合えたらきっと、より一層深い絆になるわ。その時あなたは本当の意味でキャプテンになるでしょうね」
チハルはまだ戸惑っているようだ。しかし、彼女は最後まで、私の目から目線を外さずに話を聞いていた。
いつか、グループとしての大きな分岐点に立った時、彼女が先導して導いてくれたらいいと思った。
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