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「絶対にセンターは古屋瞳です!」
「西條さん。確かに彼女は努力家で、歌もダンスも上手。しかし、アイドルというのは必ずしもポテンシャルが高い子がセンターである必要はないんですよ。私としては桜木梨々香をセンターにして、両サイドに古屋瞳と長谷川玲子。このフォーメーションが一番現代のアイドルのイメージにぴったりだと思います」
「私は4/Roseを現代のアイドルのイメージにしたいわけじゃないんです!」
この怒鳴りを何度繰り返しただろう。
4/Roseが初めて公の場に出るイベントを二ヶ月半後に控えた頃、出来上がったデビューシングル「この道を」のデモテープをひっさげて行った会議で「この曲のセンターは古屋瞳です」と発言した。その時から今までずっと水掛け論だ。
他のスタッフのセンター候補は桜木梨々香。確かに彼女は見た目からして現代のアイドルらしい。困ったような笑みや少し不器用なところなんかは、ファンの心をくすぐる、アイドルとして大きな魅力だろう。
しかし、この曲をセンターでパフォーマンスするのは古屋瞳だ。この曲ができてから何度もデモテープを聴いて、全員がセンターのパターンをイメージした。既にできているダンスを私の頭の中のイメージで踊り、最大限にこの曲を表現できるのは古屋瞳だ。
そのパフォーマンスの印象から根をはやしたいがために、世間に余計な情報は一切アナウンスしてない。ホームページにもアーティスト写真一枚しか載せておらず、斬新で圧倒的な曲とパフォーマンスで電撃的なデビューを飾りたいのだ。
その爆発的なアイドルの誕生には「センター古屋瞳」が必要不可欠だ。
「相変わらず引きませんね。僕、冷や冷やして見てましたよ」
今回の会議でも意見はまとまらず、持ち帰りとなった。その廊下で、スタッフの烏末が自分の両腕を抱えて大袈裟に身震いするフリをしながら言った。
「あなたは全然意見を言わないわね」
「僕と同意見の人がまくし立てるので、入る余地がなくて」
「減らず口」
烏末は昔、私のマネージャーだったことがある。それもそこそこ長い期間を担当していた。当時から世渡り上手なお調子者だったが、まさかこのグループの運営スタッフとして再開するとは思わなかった。
「僕もヒトミちゃんがあの曲にはあってると思いますよ。あの表現力で「この道を」をセンターで歌って欲しいです。でも、他のスタッフがリリカちゃんを推すのもわかります。今勢いのあるアイドルグループの中心メンバーはあんな感じの、柔らかい雰囲気で、見るからに可愛い系ばっかりなんで」
「どっちなのよ」
烏末を思い切り睨みつける。しかし、マネージャーとして私より彼女達を観察している彼の目にもそう写っていることに、多少の安堵を覚えた。
「僕に八つ当たりしないで下さいよ」
銃を突きつけられたように両手を上げる。
最高権力者であるはずのプロデューサー。今までいろんな意見を通してきたが、一番大事なセンターの決定権を任されないということは、やはり周りの評価は「お飾り人形」なのだろうか。
外に出ると今にも雨が降りそうな厚い雲と湿ったぬるい風に嫌気がさした。
「昼ごはんでもどうです?」
「せっかくだけど、これからまた執筆活動よ。今度はドラマの主題歌の作詞」
「よっ。売れっ子ですね」
タクシーを待つであろう烏末に別れを告げ、駅の方へ歩こうとした時「西條さん!」と呼び止められた。
「なに?」
「余計なお世話かもしれませんけど、出方を変えてみるのも手じゃないですか?」
身体ごと烏末に向き直す。
「どういうこと?」
「西條さんに作品のプライドがあるように、他の運営スタッフ側にもプライドがあるんですよ。それは紛れもなく、西條さんより経験があるわけですから。「鬼才の西條が」って思うプライドもわかります。熱くなるのもわかりますよ。でも、声を大きくするだけが威厳じゃありません。そこはぐっと我慢して一度冷静に、下手に出てみるのもいいんじゃないかと」
湿った重い空気が風に押されてふくらはぎに強く当たる。私が何も言えずにいると「って、最近心理学を学んでまして。じゃあ、お疲れ様です」
タイミングよくタクシーが到着し、乗り込んでいった。
マネージャーだった時から烏末は今のように、急に核心をついた意見を、私にビビらず投げかけてくる。しかし、当時よりも圧倒的に言葉の重みは増していた。
「偉そうに」
負け惜しみで、走り去るタクシーに向かって呟いた。
昼過ぎから既に九割出来上がっていたドラマ主題歌の歌詞に最後の手を加え、日がすっかり落ちた今、データをクライアントへ送った。
キッチンへ移動し、野菜がたっぷりのミネストローネが入ったタッパーを冷蔵庫から取り出し電子レンジで温め、フランスパンを三つスライスしトースターでカリカリに焼く。小さな器にヨーグルト、その上にイチゴのジャムをのせる。ワイングラスには赤を入れ、それらすべてをお盆でテーブルへ運ぶ。
こだわって買ったパイン材のダイニングテーブルに並ぶ美味しそうな夕食、大きな仕事もやり遂げ、優越感に浸っても良さそうなものだが、気持ちは一向に晴れなかった。
私の意見は間違っていないはず。そもそも私が依頼されてプロデュースしているアイドルグループなのだ。私が采配して何が悪い。
書斎とは角度が違うダイニングからの景色は、普段なら遠くに東京タワーが見えるのだが、今はいつしか降り始めた小雨によって鈍い光の束にしか見えない。
気がつけば何杯かワインをお代わりしていたようだ。酒がまわり身体が熱ってきた。
寝室に移動して仰向けにベットへ倒れ込む。眠るには普段よりだいぶ早い時間だがこういう日があってもいいだろう。
真っ白な天井がまぶたで覆われる。ベッドが消えて、アリスのように穴に落ちる感覚で眠りについた。
「西條さん。確かに彼女は努力家で、歌もダンスも上手。しかし、アイドルというのは必ずしもポテンシャルが高い子がセンターである必要はないんですよ。私としては桜木梨々香をセンターにして、両サイドに古屋瞳と長谷川玲子。このフォーメーションが一番現代のアイドルのイメージにぴったりだと思います」
「私は4/Roseを現代のアイドルのイメージにしたいわけじゃないんです!」
この怒鳴りを何度繰り返しただろう。
4/Roseが初めて公の場に出るイベントを二ヶ月半後に控えた頃、出来上がったデビューシングル「この道を」のデモテープをひっさげて行った会議で「この曲のセンターは古屋瞳です」と発言した。その時から今までずっと水掛け論だ。
他のスタッフのセンター候補は桜木梨々香。確かに彼女は見た目からして現代のアイドルらしい。困ったような笑みや少し不器用なところなんかは、ファンの心をくすぐる、アイドルとして大きな魅力だろう。
しかし、この曲をセンターでパフォーマンスするのは古屋瞳だ。この曲ができてから何度もデモテープを聴いて、全員がセンターのパターンをイメージした。既にできているダンスを私の頭の中のイメージで踊り、最大限にこの曲を表現できるのは古屋瞳だ。
そのパフォーマンスの印象から根をはやしたいがために、世間に余計な情報は一切アナウンスしてない。ホームページにもアーティスト写真一枚しか載せておらず、斬新で圧倒的な曲とパフォーマンスで電撃的なデビューを飾りたいのだ。
その爆発的なアイドルの誕生には「センター古屋瞳」が必要不可欠だ。
「相変わらず引きませんね。僕、冷や冷やして見てましたよ」
今回の会議でも意見はまとまらず、持ち帰りとなった。その廊下で、スタッフの烏末が自分の両腕を抱えて大袈裟に身震いするフリをしながら言った。
「あなたは全然意見を言わないわね」
「僕と同意見の人がまくし立てるので、入る余地がなくて」
「減らず口」
烏末は昔、私のマネージャーだったことがある。それもそこそこ長い期間を担当していた。当時から世渡り上手なお調子者だったが、まさかこのグループの運営スタッフとして再開するとは思わなかった。
「僕もヒトミちゃんがあの曲にはあってると思いますよ。あの表現力で「この道を」をセンターで歌って欲しいです。でも、他のスタッフがリリカちゃんを推すのもわかります。今勢いのあるアイドルグループの中心メンバーはあんな感じの、柔らかい雰囲気で、見るからに可愛い系ばっかりなんで」
「どっちなのよ」
烏末を思い切り睨みつける。しかし、マネージャーとして私より彼女達を観察している彼の目にもそう写っていることに、多少の安堵を覚えた。
「僕に八つ当たりしないで下さいよ」
銃を突きつけられたように両手を上げる。
最高権力者であるはずのプロデューサー。今までいろんな意見を通してきたが、一番大事なセンターの決定権を任されないということは、やはり周りの評価は「お飾り人形」なのだろうか。
外に出ると今にも雨が降りそうな厚い雲と湿ったぬるい風に嫌気がさした。
「昼ごはんでもどうです?」
「せっかくだけど、これからまた執筆活動よ。今度はドラマの主題歌の作詞」
「よっ。売れっ子ですね」
タクシーを待つであろう烏末に別れを告げ、駅の方へ歩こうとした時「西條さん!」と呼び止められた。
「なに?」
「余計なお世話かもしれませんけど、出方を変えてみるのも手じゃないですか?」
身体ごと烏末に向き直す。
「どういうこと?」
「西條さんに作品のプライドがあるように、他の運営スタッフ側にもプライドがあるんですよ。それは紛れもなく、西條さんより経験があるわけですから。「鬼才の西條が」って思うプライドもわかります。熱くなるのもわかりますよ。でも、声を大きくするだけが威厳じゃありません。そこはぐっと我慢して一度冷静に、下手に出てみるのもいいんじゃないかと」
湿った重い空気が風に押されてふくらはぎに強く当たる。私が何も言えずにいると「って、最近心理学を学んでまして。じゃあ、お疲れ様です」
タイミングよくタクシーが到着し、乗り込んでいった。
マネージャーだった時から烏末は今のように、急に核心をついた意見を、私にビビらず投げかけてくる。しかし、当時よりも圧倒的に言葉の重みは増していた。
「偉そうに」
負け惜しみで、走り去るタクシーに向かって呟いた。
昼過ぎから既に九割出来上がっていたドラマ主題歌の歌詞に最後の手を加え、日がすっかり落ちた今、データをクライアントへ送った。
キッチンへ移動し、野菜がたっぷりのミネストローネが入ったタッパーを冷蔵庫から取り出し電子レンジで温め、フランスパンを三つスライスしトースターでカリカリに焼く。小さな器にヨーグルト、その上にイチゴのジャムをのせる。ワイングラスには赤を入れ、それらすべてをお盆でテーブルへ運ぶ。
こだわって買ったパイン材のダイニングテーブルに並ぶ美味しそうな夕食、大きな仕事もやり遂げ、優越感に浸っても良さそうなものだが、気持ちは一向に晴れなかった。
私の意見は間違っていないはず。そもそも私が依頼されてプロデュースしているアイドルグループなのだ。私が采配して何が悪い。
書斎とは角度が違うダイニングからの景色は、普段なら遠くに東京タワーが見えるのだが、今はいつしか降り始めた小雨によって鈍い光の束にしか見えない。
気がつけば何杯かワインをお代わりしていたようだ。酒がまわり身体が熱ってきた。
寝室に移動して仰向けにベットへ倒れ込む。眠るには普段よりだいぶ早い時間だがこういう日があってもいいだろう。
真っ白な天井がまぶたで覆われる。ベッドが消えて、アリスのように穴に落ちる感覚で眠りについた。
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