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二、執念
二
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――満タンにすれば、往復分はあるからな……
この燃料の増減は時間の遡りに左右されず、使った分 確実に消費されるらしかった。
又、あの世界に滞在していた間に調べてみたが、この燃料の元になる物質は、元の世界にしか存在していないようだった。非常によく似た物を見付けて代用を試みたが、実験は失敗に終わっていた。
再びのタイムスリップによって到着した世界に、果たして博士の構えた店は残っていた。しっかりと目的の世界へ辿り着くことが出来たことに、ひとまず安堵する。
――さて、「今日」は一体何月何日だろう……
カウンターの奥で そんなことを考えているうち、カランとドアベルが鳴った。
開かれた扉の向こうに、亜樹の姿があった。
丈長の白いワンピース。上に羽織った紺のカーディガンは、彼女がよく着ていたものだ。
「いらっしゃいませ」
とりあえずは、型通りの挨拶で迎え入れる。
「お陰様で、素敵な結婚式を挙げることが出来ました」
頬を染め ふわり笑う彼女に、胸が高鳴るけれど。博士は努めて冷静に、彼女の言葉からおよその日付を把握した。
「それは良かった」
「ありがとうございます。――ところで」
そこで一呼吸置いた彼女は、ドキリとするような言葉を続ける。
「あなたに……お会いしたことが、ある気がするんです」
「え、ええ……先日、指輪をご購入頂いた時に」
「そうなんですけれど、それより以前にも……ああ、気のせいかもしれません」
流石に動揺を隠し切れなかったけれど、亜樹がそれ以上の深追いをしてくることはなかった。
そんな彼女の優しい瞳に、心地よい懐かしさを感じて、博士は思う。別々の世界へと分岐した「ある地点」とは、少なくとも「初めてのデートの日」よりは後のことなのだろうと。
博士の胸に、あの七夕の夜 亜樹と一緒に眺めた満天の星空が広がった。目の前にいる女性は、彼がずっと捜し求めていた亜樹本人であることに違いはないのだ。
今すぐ彼女を、この胸に抱きしめたい衝動にかられる。
けれど、そうすることは叶わないことも分かっていた。分岐地点を過ぎた今、彼女は既に このパラレル世界を歩み始めている。
それは翔も同じ筈だった。彼は たしかに過去の自分ではあったけれど、今の自分と繋がっているわけではない。
既に彼は、彼自身の人生を歩み始めているのだ。「自分であって、自分ではない」その彼は、亜樹との永遠の愛を誓い合い、穏やかな結婚生活を送っているのだ。
そう思ったら、博士は ひとり取り残されてしまったようで寂しかった。これからも亜樹に愛されて生きていくであろう彼を妬ましくさえ感じる。
それでも彼は、元の世界にはもう戻らず、この世界に留まることにした。兎に角、亜樹のいる世界に しがみ付いていたかったのかもしれない。
「馬鹿げてるよな……彼を羨むなんて」
亜樹を あくまでも一人のお客としての振る舞いで見送った博士は、フッと自嘲気味に笑った。
この燃料の増減は時間の遡りに左右されず、使った分 確実に消費されるらしかった。
又、あの世界に滞在していた間に調べてみたが、この燃料の元になる物質は、元の世界にしか存在していないようだった。非常によく似た物を見付けて代用を試みたが、実験は失敗に終わっていた。
再びのタイムスリップによって到着した世界に、果たして博士の構えた店は残っていた。しっかりと目的の世界へ辿り着くことが出来たことに、ひとまず安堵する。
――さて、「今日」は一体何月何日だろう……
カウンターの奥で そんなことを考えているうち、カランとドアベルが鳴った。
開かれた扉の向こうに、亜樹の姿があった。
丈長の白いワンピース。上に羽織った紺のカーディガンは、彼女がよく着ていたものだ。
「いらっしゃいませ」
とりあえずは、型通りの挨拶で迎え入れる。
「お陰様で、素敵な結婚式を挙げることが出来ました」
頬を染め ふわり笑う彼女に、胸が高鳴るけれど。博士は努めて冷静に、彼女の言葉からおよその日付を把握した。
「それは良かった」
「ありがとうございます。――ところで」
そこで一呼吸置いた彼女は、ドキリとするような言葉を続ける。
「あなたに……お会いしたことが、ある気がするんです」
「え、ええ……先日、指輪をご購入頂いた時に」
「そうなんですけれど、それより以前にも……ああ、気のせいかもしれません」
流石に動揺を隠し切れなかったけれど、亜樹がそれ以上の深追いをしてくることはなかった。
そんな彼女の優しい瞳に、心地よい懐かしさを感じて、博士は思う。別々の世界へと分岐した「ある地点」とは、少なくとも「初めてのデートの日」よりは後のことなのだろうと。
博士の胸に、あの七夕の夜 亜樹と一緒に眺めた満天の星空が広がった。目の前にいる女性は、彼がずっと捜し求めていた亜樹本人であることに違いはないのだ。
今すぐ彼女を、この胸に抱きしめたい衝動にかられる。
けれど、そうすることは叶わないことも分かっていた。分岐地点を過ぎた今、彼女は既に このパラレル世界を歩み始めている。
それは翔も同じ筈だった。彼は たしかに過去の自分ではあったけれど、今の自分と繋がっているわけではない。
既に彼は、彼自身の人生を歩み始めているのだ。「自分であって、自分ではない」その彼は、亜樹との永遠の愛を誓い合い、穏やかな結婚生活を送っているのだ。
そう思ったら、博士は ひとり取り残されてしまったようで寂しかった。これからも亜樹に愛されて生きていくであろう彼を妬ましくさえ感じる。
それでも彼は、元の世界にはもう戻らず、この世界に留まることにした。兎に角、亜樹のいる世界に しがみ付いていたかったのかもしれない。
「馬鹿げてるよな……彼を羨むなんて」
亜樹を あくまでも一人のお客としての振る舞いで見送った博士は、フッと自嘲気味に笑った。
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