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偽札騒動記②~経緯~

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 それは、三日前の金曜日のこと。
 高校入学までの春休みを利用して初めてのアルバイトをすることになった ぼくは、前日に引き続き、隣り街に住む ある老婦人の家で、引越しの手伝いをしていた。

 いくつものダンボール箱や家具類などをせっせと運び出していく。
 ようやく全ての物が片付き、がらんとした部屋の中。まるまる二日がかりで引越しの荷造りを手伝ったぼくに、おばあさんは柔らかな笑みを浮かべながら、封筒を差し出してきたのだった。
「お疲れ様。おかげで助かったわ。これは ほんの気持ちだけれど……」

 中身は一万円札だった。少し くすんではいるけれど、シワや折り目のない とても綺麗なお札だった。
 おばあさんから受け取ったお金――そうだ、これは、貯金しておこう!
 そう考えたぼくは、その足で早速、近くの銀行へと向かった。

 中学の卒業式の日、両親は ぼく名義の預金通帳を手渡してくれていた。そこには今までのお年玉などを少しずつ貯めたものが入っていて、これからは自分自身で責任を持って管理しなさいと言われていたのだ。

 ところが、あいにくの金曜日の夕方。目的の銀行に辿り着いた時には、既に営業時間を過ぎた後だった。それに、よく考えたら通帳は家に置いてあったんだよな……
 
 そんなこんなで、月曜日になるのを待ってから、再び銀行へとやって来た。窓口は混み合っていたから、ATMを使うことにした。
 ATMを使うのは初めてだったけど、躊躇いや抵抗を感じたりはしなかった。カードにお金をチャージする類の機械なら既に何度か使ったことがあり、それと同じように音声ガイドや画面の説明に沿って操作すれば、簡単に処理できるだろうと考えていたからだ。

 受け取ったお金が偽札だったってことに気付いたのは、まさにその時だったんだ。
 
 入金しようと機械に入れたお札が、はじかれて戻ってくるのだ。入れる向きが違ったのかと思い、裏返してみたり、上下逆さまにしてみたりして、何度も試してみた。だけど、結果はどれも同じだった。
「おかしいな……」
 焦る気持ちを抑えながら、そのお札を改めてよ~く観た時に、初めてその違和感に気が付いたってわけさ。

 どうして今まで気が付かなかったんだろう。このお札は、たしかに手の込んだものではあるけれど、ちょっと注意して観れば、本物とは違うってことが、すぐに分かったはずなんだ!

 ――と、こんな話をすると、なんて間抜けな奴なんだって笑われてしまいそうだけど。まさか、相手が偽札を渡してくるだなんて、普通は考えないものだろう?
 何か あれ? って思うようなことがあって、改めて じっくり観るまでは、きっと誰だって気付かないはずさ。
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