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俺はオメガが嫌い

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第二の性別であるバース性、アルファ・ベータ・オメガが発見されたのはここ数百年の話だ。
人間の能力はそれぞれの個体差があると言われていたが、それらは3つの性に分かれその性によってその人物の能力の最高値と最低値は生まれた時から決まっていると学者が発表して以来、当時から近代にかけて世界中に差別が広がった。

アルファは圧倒的エリート、トップに立つべき性であると言われており、ベータは人口の八割を占める平均的な性。そして最高値、最低値ともに低いと発表されてしまったのがオメガだ。
オメガは能力だけではなく、周期的にやってくる発情期の際に番を求めるフェロモンを周囲へ振り撒き、エリートとされる優秀なアルファをも理性を失わせ、惑わせる存在だと言われそのためオメガは社会に適合せず世間の扱いも劣悪なものだ。
オメガは男女関係なく、種を得れば妊娠ができる両性であることも世界の八割がベータな時点で、オメガは人間から離れた動物じみた生体に気味悪がられることだってある。
昨今はフェロモンを抑える薬や、周期の把握が行えるアプリなども開発されまた大手会社であると発情期休暇というのもあるくらいでオメガへの環境は改善はされているが、それでも差別を行わない人間のもののほうがまだ少ないのが現状だろう。

俺の両親も、オメガへの差別意識があった。それも一般的なものよりも信仰として過激な方だ。
両親は優れた遺伝子を残したいという両家の思いでアルファ同士での見合い婚を行い、また当然生まれてくる自分たちの子もアルファであると思いこんでいた。
「白雪もきっとバース性はアルファなんだから、お父さんみたいな恥じない優秀なアルファになるのよ」
子供の頃から勉強ばかりの日々の中でたまに勉強以外の事を母親が口にしたかと思えばアルファへの執着のみであった。
第二の性別の診断が行われるのは10歳の頃、俺は気が乗らないなかで母親に手をひかれ病院へ向かった。

そこで聞いた医者の言葉という名の現実は、残酷なものだった。

「白雪くんのバース性はオメガですね」

言葉を失う母親、俺もその自分の母の姿を見て「嗚呼、なんてことをしてしまったのだ」と頭の中が真っ白になったのを覚えている。
幼少の頃より、アルファの能力はほぼ無限大であるがそれに比べオメガは潜在能力が低く人間よりも動物的なサガを持つ性だと刷り込まれてきた俺は、子供ながら今後もう二度と己の家名すらを名乗れないのではと医者の言葉はまったく耳に入ってこなくなり、指先が終始震えていた。
だがその思いは危惧で、その診断を受けてからも現在に至るまで俺は「須津 白雪」であり須津の家に住んでいた。しかし、それからの両親の指導は診断を受ける前よりも過激なものとなった。

「絶対にオメガであることを口にしてはいけない」
「自分はアルファだと思い込みなさい」
「周期前には絶対に部屋からでない、薬は常に肌身離さず所有していなさい。オメガだなんて知られることは恥ずかしい事よ」

俺が差別意識の強い一族である須津家を名乗れているのは親の愛ではない。親のプライドでこの家で生かされている。
俺は一度母親を裏切ってしまった。オメガであったという事は彼らを傷をつけるに充分だった。がっかりをさせてしまった。その思いから、勉学に己の全てを注ぎ母親のいうことは絶対であると全てを実行していた。
そう思わないと、心が折れて生きていけなかったからかもしれない。

オメガであることを隠すために、母親の言いつけを全て守り、優れた遺伝子を持っていると周囲に見せしめるために名門私立高校へ主席で入学した。入学以降も俺は主席の位置を他に譲らず確固たる物としている。1年の後期からは生徒会にも加入して、名門と云われる優秀な生徒達の中でもトップに居る為にやれることは全て行った。
 そのおかげか、入学してから2年経った今この高校の中で、俺の本当のバース性を知っている人間は、教師陣以外はだれもいなかった。

***

「ひーめーちゃん」

ゲッと人生で初めて出したような汚い声が自分自身から出てきた。
名前が「白雪」といえば「姫」だろう。そんな安直な考えで俺に巫山戯た渾名をつけ、呼び続けているのはこの学校では、いいや、この世で一人しかいない。
都筑司。俺はこの男がとても苦手だ。この男は1年の頃に出会ってからなにかと俺に構い、俺を怒らせることが趣味な最悪を煮詰めたような男だ。

この都筑という男は、1年の時ほぼ全授業に遅刻や無断欠席を繰り返していた。そこで不真面目な彼をどうにか引っ張り出してくるようにと、学年主席であり生徒会役員であることから俺は教師陣に命令された。内申書に色をつける条件で、都筑の更生への手助けを仕方なく行っていたのだが……何度アイツとは喧嘩をしたか分からない。ちなみにこれは2年になった今でもそれはほぼ変わらずである。

他にも、まず俺の背は男性としてはあまり高い方ではない。オメガ性を持つ人間は成長も一定の時期に止まり、身体が大きく育たない。俺の身長も例外なく162cmと男性にしては小柄な方である。一方この男、背も高く185cm程ある。
そのことで1年の頃は「呼ばれ方、おちびちゃんか姫ちゃんどっちがいい?」と執拗にからかってきて何度殺そうと思った事だろうか。法律国家に感謝するといい。
奴がパルクールに謎にハマった時は、校舎の屋根伝いを飛び回って遊んでいるのを見かけた時は絶句しつつ、教師陣に見つかる前に引きずり下ろして彼の退学回避を助けたり(己の内申書の為)、よく分からない不良の他校生と都筑が喧嘩して面倒なことに勝ってきてしまった事から他校生に因縁をつけられ、集団で学校に乗り込んできた時はブーブー文句の云う彼を黙らせて校舎から逃がして退学回避を助けたり(己の内申書の為)と、都筑の数々の問題行動のしわ寄せが俺に来るのだ。
『姫ちゃん、たのしいね』
『阿呆云うな!!』
過去、何度俺はこいつに怒鳴ったか分からない。学校一の問題児都筑、こいつの褒める所なんて無いが強いて言えば顔だ。顔だけが良い。だが本当に顔だけだ。
問題行動ばかりで、何かあれば俺についてきて、感謝こそはされても可笑しくない立場であるはずだが、こいつの趣味は俺をわざと怒らせて逃げる事である。性格面において尊敬に値する部分が何一つないのだ。

「どこいくの?」
「お前には関係ない」
「えー教えてよ。オレは今から部活。途中まで一緒に行こ?」
「……サッカー部なら方向が向かう先が逆だが?」

廊下をズンズンと歩いていければ、俺に合わせてズンズンとついてくる都筑。だがしかし、俺が行こうとしている場所と都筑の目的は逆方向だ。
なぜついてくるのだろう。あっちへ行けと伝えても、ニヤニヤと信用ならない笑みを浮かべたまま都筑はついてくる。
いくら俺が早足を心見ても、身長差によって歩幅が違うためあっという間においつかれてしまう。……決して、俺の足が短いというわけではない。というか都筑デカすぎだ。自重してほしい。

「だってお前、瞬間湯沸かし器みたいでおもろくて好きなんだもん。少しでもいたいじゃん?」
「馬鹿げた事を言うな」
「ひど。ねぇ、姫ちゃんなんでアルファなの?オメガだったらオレ達こんなに気が合うんだし運命の番になったかもしれないじゃん。そしたら一緒に、」

俺はピタリと足を止め、口の止まらない都筑を睨みつけた。

「これ以上馬鹿な事を云うのなら、殴る」

そう告げれば都筑は「こわーい」と言って両手をひらひらとわざとらしいポーズを取る。
……都筑が口にした「運命の番」。俺はその存在が怖くて仕方がない。
オメガである俺は、運命的に惹かれるアルファに出逢えば自身の全てを本能的に捧げたくなり、またアルファ組み敷かれれば抗えず全てを受け入れざるをえないと言われている。そんな存在が現れれば俺が俺自身でなくなる気がしてしかたがないのだ。
そしてなにより、17年間隠し続けた自分のバース性が公にされることになる。予めその相手がわかるのであれば、永遠に回避し続けていきたいものだ。
だが、そういうわけには行かず出会った時に本能的に互いが強く惹かれ合う相手という曖昧な情報しかこの世には無いため俺の思惑はなかなか実行にはできない。世界人工の数千億人の中の1の確率であるため、出会う可能性は限りなく低く生涯の中で出会うことがないまま終えるという人間も少なくはないと聞くが、それでも俺を俺ではなくしてしまう可能性のある人物が確実に一人存在しているのだということは恐怖でしかなかった。
一般的にオメガの人間が憧れる「運命の番」とやらは、俺にとって心の安寧を脅かす恐怖の相手でしかない。言葉だけでも、聞きたくない単語だった。

執拗に絡んできた都筑を一瞥すると、俺は目的地に向かうために歩みを始めた。
都筑は反省をしたのか、それとも単純に飽きたのかどちらかはわからないがついてこなくなっていた。
目的地、自分の部屋がある寮に近づいてくるに連れて俺の足は早まって行く。
俺達が通う男子高校は全寮制であり、生徒それぞれに部屋が割り振られている。入学時、進級時の成績で部屋のレベルは異なり俺は学年主席である事から1人部屋を割り当てられていた。

――限界が近い自分は、その唯一心安まる場所へと急いだ。

自室の前についた頃には、呼吸は上がり身体に熱を帯びている自覚があった。急いで中に入り、扉を締めた途端、膝は震えその場に崩れ落ちた。──発情期、オメガのヒートだ。

「っは、っはぁ……」

うまく呼吸はできない、足は震える。抑制剤のある棚に手をのばすと、意識が朦朧とする中で薬を摂取した。処方された薬の容量を超える量を口に入れ早くおさまれとそれらを一気に飲み込んだ。
自身の股間は不自然に膨らみ、みっともなく先端部分が濡れ欲情をしている事が明らかな状態だった。
アルファの遺伝子を欲しがる己の身体は、至る場所が敏感になり、ズボンを下ろせば既にそれは一度達した為、下着の上からでもテラテラと厭らしく濡れていて触れれば身体に痺れのような快感が訪れる。思わず「あッ」と声が漏れた。そんな女の子のような声をあげる自分に嫌気がさす。
それでも、触れた手は止まらず下着から取り出すと、ふるりと期待をして勃っているソレを動物的に興奮状態にある自身を根本から撫でるように触れ、服を着替えることもなくその場で自分を慰めた。
ああ、なんて馬鹿げていて、なんて己が愚かなのだろうと思う。元々今日は繁殖期ヒートであったため、抑制剤を飲んでいたがこの学園は名門故に圧倒的に優秀な性であるアルファ性の数が多い。
その為、抑制剤がうまく作用せず徐々にオメガ性の自分が彼らを遺伝子的に求めてきていることがわかった。
放課後になればそれはもう限界で、常備していた薬もなくなり急いでいたところいつもどこからともなくやってきて、俺に構う都筑に出会ってしまった。アレが決定的だった。
彼も他の生徒と変わらずアルファであり、彼が俺に近づけば近づくほど、俺の身体は熱を持つ。
あそこで彼が引かなければ、自分がどうなっていたのか想像するだけで嫌になる。もし、アルファに自分の身体は暴かれオメガだとバレたと知ったら母親はどんな顔をするのだろうか。どんな言葉で罵るのだろうか。

「──あ、んっ」

オメガという性を呪いながら、オメガの本能に抗えず、俺はその日夕飯にも出ないで自室で自慰に耽けた。
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