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如月英雄のきし

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如月英雄の人生は酷くつまらないものだった。
両親に恵まれたおかげか、見目を他者から評価される機会も多くまた学業やスポーツに関しても両親共に仕事人間であり金には困らない家庭であった為好きなスポーツが出来たし、行きたい塾に通わせて貰っていた。
おかげで中学で受験し、私学に通いこのままエスカレーター式で高校へあがってそこそこの大学へ行くのだろうなと自分の未来が中学時点で大体が読めてしまいなんとつまらないのだろうと思っていた。

「(ふふ。あの人、いつも寝てるな)」

最近、毎朝電車に乗ると皺一つない制服を着た男が立ったまま寝ている。制服は近くの高校のもので、制服にもまだ着させられている感じが進学を機会にこの電車に乗るようになったのだろう察する。
混んでいる電車内で立ったまま寝るのは中々図太い人だなと降りる駅も同じな為に、余計その人をなんとなく認識するようになっていた。
降車する駅が同じである事から学校の最寄り駅が同じのために、帰りの電車でも同じになる事もあった。
その時は朝とは違い、席の争奪戦に勝ちうつらうつらとしていたが折角取った席なのにお年寄りが来たら進んで譲ろうとする。そしてたまに譲ろうとしたお年寄りに「年寄り扱いするな」と怒鳴られている姿も見かけた。優しいのに、その優しさが報われない人である。

その時はこの人不憫な人なんだなぁと思っていたが、彼はどうやら余計な事に首を突っ込む馬鹿なのかどちらかなのかもしれない。

そう目の前の景色を見て確信した。

「おじさん落ち着いて下さい、駄目ですよ」

春の大会が近い為、その日は放課後晩い時間まで剣道部の活動を行い、外はすっかり暗くなっていた中で駅に着いた。友人達とは別れ、電車へ乗車しようとホームに向かった際に視界の端で騒いでいるのが見えた。

いつもの寝ている人と、中年サラリーマンが口論をしている。
知り合いかと思ったが話を聞く限り、サラリーマンは酔っ払いで近くには怯えた様子の子供の女の子が居た。

「迷子なんだろそいつ!おれがぁ、つれてってやるって言ってんだよ」
「だからって抱きつこうとする必要ないじゃないですか、知らない子なんでしょ?さっき助けてって俺に言ってきたよこの子」

少し聞いただけでもうややこしい。
中年と高校生は泣きそうな少女を置いて口論しているのは見ていられない。周りの仕事帰りの社会人達も同じ事を思っているのか誰も何かを動こうとする事はなく、見て見ぬフリ、いや見えてすらもはや居ないのかもしれない。
だが俺は一度これらを視界に入れてしまった為、しょうが無いと俺は引き返して駅員へ事情を説明し彼らの居る所へ戻った。
……が、時既に遅かったのか丁度酔っ払いが高校生を殴ってしまっていた。サラリーマンは駅員に連行され、少女も無事母親と合流した様子だったが残された鼻血を流し尻餅をつく高校生。

不憫を通り越して馬鹿だと思った。思ったのだが、俺は気がつくと鞄からポケットティッシュを取り出して渡していた。
馬鹿ではあるが、俺はそんな馬鹿な人をいつも目で追いいつも探している事にも気づいていた。

「これ、あげます」
「あ、ありがとうございます。君が駅員さん連れてきてくれたんですよね、ありがとう」
「っ、え、えぇ別に……」

くしゃりと笑って俺へ手を伸ばす男に何故かグッときた自分が居たが存在を否定するように首を振って、ティッシュを手渡す。
ずっと見ていた男子高校生の手、そこに触れる事への妙な胸の高鳴りがあったがそれとは別のビリリと静電気に近いようなものが走った。

『来世も、あの人のそばにいたい』
『幾度自身が転生しても、記憶と想いを転写され続ける』

「え……」

最近毎晩のように見ていた夢の記憶が、脳裏に駆け巡った。
あの巫山戯た夢の不憫な男の来世が、この人だという事だというのかと呆気にとられた。男子高校生は俺が渡したティッシュで鼻を押さえ駅員へ事情を説明するため連れて行かれていったが俺は暫くその場で立ち尽くした。

俺は如月英雄、それ以上でもそれ以下でもない。
波風立たないつまらない人生を歩んでいた。だがたった今、ずっと目で追っていた人と、「前世」や「運命」という最強のカードを使って近づける機会が巡ってきた。

その時、まるで自分が物語の主人公にでもなった気になった。

「こんなこと、あるんだ」

であれば前世の自分達ごと利用してやろうとすらその時考えつき、喜びに震えた。


その日以降も、何度も件の男子高校生とは同じ電車に乗っていた。
だが、それからも変わらず高校生は朝はいつも通り寝ているし俺を視認する事はなかった。というか俺が逆に視認されないように努めていた。できるだけ、俺の存在を忘れてしまうように距離を取った。

もし彼が前世の記憶を俺と同じく覚えていたら、出来るだけアスランと如月英雄と差が無い状態で出会った方が好感を得るかもしれない。
そうなるとファーストコンタクトをやり直して、好印象を持って貰いたい故に一度きりの関わりを彼の中で薄める為距離を取った。呪いを受けていない彼は覚えていない可能性の方が高いが、それならそれで構わない。我ながら姑息だと想う。

出会った時に前世の有無を確認して、変な奴だと思われてもそれでも只の後輩と他者との差別化が出来るならそれでいい。印象を強く持って貰えたらその後は、正義感の強い優しい彼に好かれるような後輩になるよう努力をしよう。

前世の俺は、俺であって俺ではない。アスランという男は馬鹿だと思う、想うだけではなく俺であればどんな手を使ってでも好きな人を手に入れる為に行動する。

県立高校へ受験をすると伝えた際は、当時の担任には内部進学をすると思われていた事から止められたけれど両親は良くも悪くも放任主義のため好きにさせてくれた。
結果、無事なんの問題も無く彼と同じ高校へ入学が果たして、先輩を校舎裏に呼び出す事が出来た。
先輩の人となりはよく知ったつもりだが、好きな物などのリサーチはまだあまり掴めていない。だが、俺には前世の情報がある。
前世の先輩は意外に可愛いものが好きだったから可愛い便せんを用意したし、甘い物も好きだったからいつかデートにだって誘いたい。
およそ1年ぶりに好きな人の視界に入る事にドキドキと胸が高鳴る。

「先輩の事が好きです」

前世に寄って引き合わせられた俺達かもだけど、俺は貴方が好きです。


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