上 下
4 / 5

動揺

しおりを挟む






 “夜のお勤め”を解任されて1週間が経った。あれからカイルとは顔を合わせていない。
 そもそも普通に暮らしていれば、姿を見かけることも珍しいくらいなのだ。


 食堂で食事をしていると前の席に誰かが座り、リアは顔を上げた。

「……ローグ」

 久しく会っていなかった幼馴染は日に焼けてますます浅黒くなっていた。

「……久しぶりだな」

 何となくぎこちない空気が流れる。しばらく、それぞれが皿の上のものをつついた。
 そして、意を決したローグが口を開く。

「あの時は悪かった。怖い思いをさせて……」

「ローグなりに私を心配してたのはわかってる。私も初めから全部説明すればよかったね」

 バツが悪そうに謝罪するローグに、気にしていないことを示す為にリアは少し微笑みかける。

「……俺はお前がカイル様に手籠めにされてるのが我慢出来なかった」

「手籠めにはされてないって……」

 またこの話か、と少し不機嫌になる。

「じゃあ、お前のことを好いているんだな」

 ローグから恋愛についての発言があるなんて信じられない。そして、その内容も。

「そんなわけない。気まぐれに近場の女で遊びたかっただけでしょ」

 リアは吐き捨てるように言った。考えると腹が立ってくる。

「じゃあ、なんでお前は手を出されてないんだ?」

「手を出されてないって訳でも無いんだけど……」

 リアは突っ込んだ質問をされたくなくて口籠る。

「少なくとも純潔は守られてるんだろ。それなりに大切にされていたんじゃないのか?」

「大切にって……。変に執着してただけでしょ。貴族は貴族と結婚する。私は側室や愛人になる気はないよ」

 リアの祖国では高貴な生まれの方に限っては正妻の他に側室を持つ者もいる。そうでなくても夫婦ともに愛人を持つことも珍しくない。

「リア、この国に側室制度はない。宗教的にも不貞に厳しい。夫婦間でも恋愛関係でも同じだ」

 それは知らなかった。しかし、それがどうした、という気持ちもある。

「でも、気が多い人がいないわけじゃないでしょ?」

 この国での常識がそうだとしても、カイルがリアを好いているということにはならない。
 実際、任を解かれたあの日からカイルの姿は1度も見ていない。次の側女を見つけていたって不思議ではない。

「お前は怖がりで慎重だってわかってる。でも、俺はお前ほどカイル様を知らないから分からない。お前が何を信じるかは自分で決めろ」

 ローグの強い眼差しがリアを動揺させた。





 夜もふけ、月が柔らかく砦を照らしていた。
 その砦の一室でカイルは肘掛け椅子に深く座り、ぼんやりと虚空を見つめている。彼の顔は青白く、目は充血している。
 昼は砦の主として毅然と仕事をこなさなければならない。次々と湧き出る業務をしていれば何も考えずにいられたが、夜は心に虚しさが広がってうまく息ができない。毎晩、リアの言葉が頭に反芻され、明け方まで眠ることが出来無い日々が続いている。
 自業自得だということはわかっていた。あんな愛し方しか出来ない自分が幼稚で嫌気が差す。
 出来れば彼女の様子が知りたかったが業務上、偶然リアの見かけることは難しい。無理に顔を合わせることも嫌がられるだろう。あの夜から毎日、頭の中に残るリアの姿を思い返すしか無かった。



 彼女に初めて会った日を鮮明に覚えている。
捕虜同然の扱いで、この土地に連れてこられたのに、彼女は強い意志を持つ瞳で値踏みするようにカイルを見ていた。
 初めは何か企んでいるのかと注視するようにし、何度か試すような事もしてみたが、彼女は常に忠実に命に従った。その媚びることも、取り繕うことも無い性格も好感が持てた。そしていつの間にか、リアから目を離せなくなっていた。
 色白で華奢な体つきなのに驚くほど身体能力が高く、この国の女性なら絶対にしないような任務を進んで行い、かならず成果を上げて帰って来た。
 異質な存在だったリアは、すぐに注目を集めた。きっと彼女は淘汰されるか、より強い権力に搾取される。そう考えて砦内の業務を割り当てるように取り計らったが、彼女は見るからに不服そうだった。
 彼女はよく狩りを申し出て、砦の外に出る。そして、いつも長いこと、高台からどこか遠くを見ていた。その凛とした姿を見て、放っておけば自ら何処かへ行ってしまう気がした。
だから、閉じ込めてしまいたかった。いつの間にか、カイルは彼女の黒曜石の様な瞳に映るのは自分だけであってほしいと願ってしまった。


 扉が小さく叩かれる音がした。以前は毎晩、この音が鳴る時間を待ち望んでいた。ついに幻聴まで聞こえ始めようだ。
 今まで与えられた責務をなんとなくでこなし、飄々と生きてきた自分が、まさか恋愛に振り回される事になるなんて、と笑えてくる。

 しかし、さらに戸が開く音がして驚き、顔を向ける。そこには、ずっと思い焦がれていた姿が立っていた。

「……リア」

 立ち上がり歩み寄ると本物の彼女がいつもの硬い表情でこちらを見返した。

「どうしたの?来ちゃだめだよ」

 そう言いつつも、内心では姿が見れただけで嬉しい。

「確認したいことがあります」

 そう部屋に入ってくるリアに後退りする。彼女はカイルの様子にかまわず部屋の中央に進んだ。何か声をかけたかったが、何を言うのが正解か分からず彼女の後に続く。

「貴方の心の中が知りたいのです。私が暇つぶしでも、気まぐれでもないなら、なんなのですか?」

 リアに真っ直ぐ見つめられて、動揺した。
 そして今まで自分が気持ちを取り繕い、欲望を投げかけるばかりで、本心を伝えることが出来ていなかったことに気がついた。

「……好きだよ。君の気持ちが僕に無かったとしても側に置きたかった。ずるいことをしてでも、僕がいないと生きていけないようにしたかった。それくらい愛してる」

 リアの瞳を見つめ、懺悔するように言葉を並べる。彼女の瞳が揺らいだ気がした。

「なんで言わなかったんですか?」

「君がローグに気があるって分かってたから……」

 少し恥ずかしくなる。リアに想い人がいることを知っていながら、酷い仕打ちをしていたのだ。

「馬鹿な人……」

 リアの手が伸び、カイルの頬に触れた。いつからか溢れて伝っていた涙を細い指が拭った。
 少し和らいだ彼女の表情を見るとその優しさにつけ込みたくなる。

「そうだよ。僕はリアの事になると馬鹿になる」

 リアの手を包んだ。彼女の手先はいつも通り冷たい。

「教えて。リアはどうしたら僕を好きになってくれる?」

 願いを込めて問うと、リアの瞳が今度ははっきりと揺らいだ。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

婚約者が駆け落ちをした

四折 柊
恋愛
レナーテとリュークは二か月後に結婚式を挙げるはずだった。ところが二人の結婚式を一番楽しみにしていたリュークの祖父エフベルト様が亡くなったことで、状況が変わってしまう。リュークの父カレル様が爵位を継ぐと結婚を白紙にしてしまったのだ。どうして白紙に? エフベルト様の喪が明けるまでの延期ではなくて? リュークに会って彼の気持ちを確かめたい。ところがそれ以降レナーテはリュークと会えなくなってしまった。二人の運命は……。

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

【完結】いわくつき氷の貴公子は妻を愛せない?

白雨 音
恋愛
婚約間近だった彼を親友に取られ、傷心していた男爵令嬢アリエルに、 新たな縁談が持ち上がった。 相手は伯爵子息のイレール。彼は妻から「白い結婚だった」と暴露され、 結婚を無効された事で、界隈で噂になっていた。 「結婚しても君を抱く事は無い」と宣言されるも、その距離感がアリエルには救いに思えた。 結婚式の日、招待されなかった自称魔女の大叔母が現れ、「この結婚は呪われるよ!」と言い放った。 時が経つ程に、アリエルはイレールとの関係を良いものにしようと思える様になるが、 肝心のイレールから拒否されてしまう。 気落ちするアリエルの元に、大叔母が現れ、取引を持ち掛けてきた___  異世界恋愛☆短編(全11話) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

相棒は愛する人とひとつになりたいらしい

Urfan
BL
主人公ジェド(35歳)と相棒のダリル(35歳)は、長年冒険者として組んで活動をしている。ダリルは魔族と人間の血を引く種族で、生物を体に吸収する性質をもっていた。半人外男前攻め×人間。  本編の最後の方に性行為はありますが、直接的な描写はありません。番外編には軽い性的表現があります。ハッピーエンドのつもりです。(全5話+番外編)

悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜

ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……? ※残酷な描写あり ⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。 ムーンライトノベルズ からの転載です。

シャワールーム

hage
BL
隠れゲイの僕はジムで出会った身長180cm以上のバルクマッチョイケメン、笹木さんに一目惚れしてしまう。 こっそり目で追っていたらある日お風呂に誘われて…!?

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

処理中です...