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動揺
しおりを挟む“夜のお勤め”を解任されて1週間が経った。あれからカイルとは顔を合わせていない。
そもそも普通に暮らしていれば、姿を見かけることも珍しいくらいなのだ。
食堂で食事をしていると前の席に誰かが座り、リアは顔を上げた。
「……ローグ」
久しく会っていなかった幼馴染は日に焼けてますます浅黒くなっていた。
「……久しぶりだな」
何となくぎこちない空気が流れる。しばらく、それぞれが皿の上のものをつついた。
そして、意を決したローグが口を開く。
「あの時は悪かった。怖い思いをさせて……」
「ローグなりに私を心配してたのはわかってる。私も初めから全部説明すればよかったね」
バツが悪そうに謝罪するローグに、気にしていないことを示す為にリアは少し微笑みかける。
「……俺はお前がカイル様に手籠めにされてるのが我慢出来なかった」
「手籠めにはされてないって……」
またこの話か、と少し不機嫌になる。
「じゃあ、お前のことを好いているんだな」
ローグから恋愛についての発言があるなんて信じられない。そして、その内容も。
「そんなわけない。気まぐれに近場の女で遊びたかっただけでしょ」
リアは吐き捨てるように言った。考えると腹が立ってくる。
「じゃあ、なんでお前は手を出されてないんだ?」
「手を出されてないって訳でも無いんだけど……」
リアは突っ込んだ質問をされたくなくて口籠る。
「少なくとも純潔は守られてるんだろ。それなりに大切にされていたんじゃないのか?」
「大切にって……。変に執着してただけでしょ。貴族は貴族と結婚する。私は側室や愛人になる気はないよ」
リアの祖国では高貴な生まれの方に限っては正妻の他に側室を持つ者もいる。そうでなくても夫婦ともに愛人を持つことも珍しくない。
「リア、この国に側室制度はない。宗教的にも不貞に厳しい。夫婦間でも恋愛関係でも同じだ」
それは知らなかった。しかし、それがどうした、という気持ちもある。
「でも、気が多い人がいないわけじゃないでしょ?」
この国での常識がそうだとしても、カイルがリアを好いているということにはならない。
実際、任を解かれたあの日からカイルの姿は1度も見ていない。次の側女を見つけていたって不思議ではない。
「お前は怖がりで慎重だってわかってる。でも、俺はお前ほどカイル様を知らないから分からない。お前が何を信じるかは自分で決めろ」
ローグの強い眼差しがリアを動揺させた。
*
夜もふけ、月が柔らかく砦を照らしていた。
その砦の一室でカイルは肘掛け椅子に深く座り、ぼんやりと虚空を見つめている。彼の顔は青白く、目は充血している。
昼は砦の主として毅然と仕事をこなさなければならない。次々と湧き出る業務をしていれば何も考えずにいられたが、夜は心に虚しさが広がってうまく息ができない。毎晩、リアの言葉が頭に反芻され、明け方まで眠ることが出来無い日々が続いている。
自業自得だということはわかっていた。あんな愛し方しか出来ない自分が幼稚で嫌気が差す。
出来れば彼女の様子が知りたかったが業務上、偶然リアの見かけることは難しい。無理に顔を合わせることも嫌がられるだろう。あの夜から毎日、頭の中に残るリアの姿を思い返すしか無かった。
彼女に初めて会った日を鮮明に覚えている。
捕虜同然の扱いで、この土地に連れてこられたのに、彼女は強い意志を持つ瞳で値踏みするようにカイルを見ていた。
初めは何か企んでいるのかと注視するようにし、何度か試すような事もしてみたが、彼女は常に忠実に命に従った。その媚びることも、取り繕うことも無い性格も好感が持てた。そしていつの間にか、リアから目を離せなくなっていた。
色白で華奢な体つきなのに驚くほど身体能力が高く、この国の女性なら絶対にしないような任務を進んで行い、かならず成果を上げて帰って来た。
異質な存在だったリアは、すぐに注目を集めた。きっと彼女は淘汰されるか、より強い権力に搾取される。そう考えて砦内の業務を割り当てるように取り計らったが、彼女は見るからに不服そうだった。
彼女はよく狩りを申し出て、砦の外に出る。そして、いつも長いこと、高台からどこか遠くを見ていた。その凛とした姿を見て、放っておけば自ら何処かへ行ってしまう気がした。
だから、閉じ込めてしまいたかった。いつの間にか、カイルは彼女の黒曜石の様な瞳に映るのは自分だけであってほしいと願ってしまった。
扉が小さく叩かれる音がした。以前は毎晩、この音が鳴る時間を待ち望んでいた。ついに幻聴まで聞こえ始めようだ。
今まで与えられた責務をなんとなくでこなし、飄々と生きてきた自分が、まさか恋愛に振り回される事になるなんて、と笑えてくる。
しかし、さらに戸が開く音がして驚き、顔を向ける。そこには、ずっと思い焦がれていた姿が立っていた。
「……リア」
立ち上がり歩み寄ると本物の彼女がいつもの硬い表情でこちらを見返した。
「どうしたの?来ちゃだめだよ」
そう言いつつも、内心では姿が見れただけで嬉しい。
「確認したいことがあります」
そう部屋に入ってくるリアに後退りする。彼女はカイルの様子にかまわず部屋の中央に進んだ。何か声をかけたかったが、何を言うのが正解か分からず彼女の後に続く。
「貴方の心の中が知りたいのです。私が暇つぶしでも、気まぐれでもないなら、なんなのですか?」
リアに真っ直ぐ見つめられて、動揺した。
そして今まで自分が気持ちを取り繕い、欲望を投げかけるばかりで、本心を伝えることが出来ていなかったことに気がついた。
「……好きだよ。君の気持ちが僕に無かったとしても側に置きたかった。ずるいことをしてでも、僕がいないと生きていけないようにしたかった。それくらい愛してる」
リアの瞳を見つめ、懺悔するように言葉を並べる。彼女の瞳が揺らいだ気がした。
「なんで言わなかったんですか?」
「君がローグに気があるって分かってたから……」
少し恥ずかしくなる。リアに想い人がいることを知っていながら、酷い仕打ちをしていたのだ。
「馬鹿な人……」
リアの手が伸び、カイルの頬に触れた。いつからか溢れて伝っていた涙を細い指が拭った。
少し和らいだ彼女の表情を見るとその優しさにつけ込みたくなる。
「そうだよ。僕はリアの事になると馬鹿になる」
リアの手を包んだ。彼女の手先はいつも通り冷たい。
「教えて。リアはどうしたら僕を好きになってくれる?」
願いを込めて問うと、リアの瞳が今度ははっきりと揺らいだ。
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