50 / 81
SIDE リャンキ
しおりを挟むセイジ殿に言われ、俺はカイエン殿と大鍋を借りに行く準備をしに外へ出た。途端にカイエン殿が「ううむ」と唸り、首を傾げて口を開かれた。
「すごい御仁だなセイジ殿は」
俺はすぐにピンときた。
カイエン殿が言っているのは、今しがた見せられた収納術のことだと。
「はい。まるで幻術を見せられているようでした」
「リャンキもそうか。あの術、我輩には皆目見当もつかん」
「どのようにして学ばれたのか、機会があれば訊いてみたいものです」
カイエン殿が「うむ、我輩もだ」と腕を組んで頷き、言葉を続けられた。
「しかし、それにも増して驚かされたのはあの圧倒的な強さよ。昨日、リャンキも見たであろう? セイジ殿が身の丈ほどある分厚い大剣を軽々と振るう様を」
「ええ。恥ずかしながら三十路を前にして憧れを抱きました」
「わはは、四十路を過ぎておる我輩も憧れたのだ。無理もなかろう」
普段は寡黙なカイエン殿が今朝は上機嫌によく話された。
よほどセイジ殿が気に入ったようだ。
もっとも、それは俺も同じだが。
カイエン殿とにこやかに語らいながら天幕の片付けや馬の世話をしていると、透明な箱型仮設家屋の扉が開き、慌てた様子でセイジ殿が外へと出てこられた。
「二人とも、予定変更だ!」
出てくるなり、俺たちに手の平を向けてそんなことをおっしゃる。
「なにか問題でも?」
俺が訊くと、セイジ殿は「問題大ありだった」と苦笑して続けられた。
「悪いな。俺が間抜けだったんだわ。馬車で向かうと日数がかかりすぎる。ここからだと宿場町まで三四日はかかるだろ? それじゃ遅すぎるんだ」
「馬を潰すつもりで行けば、二日もかからぬと思いますが」
「いや、二人にはそのまま海に来てほしいんだ。目印も出しておくから」
「は、はぁ、わかりました」
実のところ何一つわかっていないが、セイジ殿のおっしゃることなので従っておけば間違いないだろうという曖昧な表情と返答をしてしまった。
カイエン殿に叱られるかとちらりと横目で見ると、カイエン殿もまたそのような顔をしておられ、俺の視線に気づくと咳払いして誤魔化された。
セイジ殿は俺たちの様子など全く気にしておられぬようで、ただ申し訳なさそうに「急な変更で悪いな」と頭を掻きながらおっしゃられる。
なんとも腰の低いお方で物腰も柔らかい。その人柄に尊敬の念を抱く。
これほど力があるのだから、傲岸不遜であったとしてもおかしくはないというのに。そんなところは微塵も見せられない。むしろ御自身を低く見ておられる。
おそらく、目指す先が遥かな高みなのだろう。
そのような御仁、一兵士として尊敬せずにはおれんだろう。
リュウエン陛下が父のように慕うのも頷けるというものだ。今は亡き先帝陛下も、きっとお喜びになられているに違いない。セイジ殿以上の世話役がいるものか。
セイジ殿はただ強いだけではない。力なき者には地母神の如く優しく手を差し伸べ、人の道を外れし者には鬼神の如く容赦せずに裁きを下す。
そのように思い巡らせて俺はハッとした。
もしかすると、このお方は神の御使いなのではないか?
決して馬鹿げた考えではない。そう思いつつセイジ殿を見つめていると、不意にぽんと手を打って「あ、そうだった。言い忘れてたわ」とおっしゃられた。
「言い忘れ? と言いますと?」
「ああ、ついでにって訳でもないんだがな──」
セイジ殿はすぐ側にある南の村の村民に声をかけ、手の空いている者を連れてくるようにおっしゃった。海に向かう途中の農村でも、同じようにせよとのことだ。
「し、しかし、水や食料が足りません」
「問題ない。こいつを使ってくれ」
またセイジ殿は何もないところから大量に袋を出された。
それらは麻の大袋で、中には様々な野菜がみっしりと入っている。
「あとは、これだな」
次には白い蓋付きの箱を出された。中には水がたっぷりと入っている。
「こりゃポリタンクっつうんだ。海に来るまではギリギリな量になるだろうが、ついたら海水を濾過した真水を用意して待ってるから大丈夫だろ」
「か、海水を濾過、ですか?」
「そういう装置があるんだよ。メリッサの用意したもんだからよくわからん物がいっぱいあってな。濾過装置もその一つだ。そんで、大鍋の代わりはこいつを使う」
唐突に、ずんと音をたてて大きな金属の箱が現れる。
「こいつはバッカンってんだ。これに海水を入れて待ってるから、とにかく急いで人を連れて来てくれ。火魔法使える奴は特にな。そいじゃ頼んだぞ」
セイジ殿はそうおっしゃりながら片手を上げ、バッカンなるものを消して家屋へと戻っていかれた。食材入りの大袋とポリタンクなるものを大量に置いて。
「やはりとんでもない御仁だ」
「はい。呆気にとられて術について訊くのを忘れておりました」
「我輩もだ。まぁ、そんなことより積んでしまおう。あまり無茶な要求はできんが、なるべく村民を急がせよう。セイジ殿の足を引っ張らんようにせんとな」
「では、俺とカイエン殿のいずれかが馬で南の村へ向かうのはどうでしょう? 作業を分けて行う方が効率が良いですし、時間も短縮できます」
「ではリャンキが村へと向かってくれ。我輩は力仕事の方が性に合っているのでな。このツナギとタンクトップとやらは動きやすくていい」
カイエン殿はセイジ殿の真似をしてツナギを半分脱いで袖を腰に巻いている。かくいう俺もそうだ。カイエン殿の言う通り、この服は非常に良い。
それはそうと、先輩であるカイエン殿に村へ向かえと言われたのだから、俺には否定することはできない。馬車への荷物の積み込みをお願いし、俺は馬に跨った。
「では、行って参ります」
「おう。できれば幾つか鍋を持ってこさせてくれ。これだけ食材があっても、我輩たちの持つ鍋では、とてもではないが村民の分までは作れんからな」
「任せておいてください。ついでに料理の上手いのも連れてきますよ」
「わはははは。それはいいな。気をつけて行って来いよ」
カイエン殿が笑い声を上げるのも久方ぶりに見た。
俺も思わず笑みがこぼれる。
セイジ殿は周囲を明るくする力もお持ちのようだ。
是非とも、そのコツもお訊きしたいものだと思いつつ、俺は馬を走らせた。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~
やみのよからす
ファンタジー
病院で病死したはずの月島玲子二十五歳大学研究職。目を覚ますと、そこに広がるは広大な森林原野、後ろに控えるは赤いドラゴン(ニヤニヤ)、そんな自分は十歳の体に(材料が足りませんでした?!)。
時は、自分が死んでからなんと三千万年。舞台は太陽系から離れて二百二十五光年の一惑星。新しく作られた超科学なミラクルボディーに生前の記憶を再生され、地球で言うところの中世後半くらいの王国で生きていくことになりました。
べつに、言ってはいけないこと、やってはいけないことは決まっていません。ドラゴンからは、好きに生きて良いよとお墨付き。実現するのは、はたは理想の社会かデストピアか?。
月島玲子、自重はしません!。…とは思いつつ、小市民な私では、そんな世界でも暮らしていく内に周囲にいろいろ絆されていくわけで。スーパー玲子の明日はどっちだ?
カクヨムにて一週間ほど先行投稿しています。
書き溜めは100話越えてます…
異世界を服従して征く俺の物語!!
ネコのうた
ファンタジー
日本のとある高校生たちが異世界に召喚されました。
高1で15歳の主人公は弱キャラだったものの、ある存在と融合して力を得ます。
様々なスキルや魔法を用いて、人族や魔族を時に服従させ時に殲滅していく、といったストーリーです。
なかには一筋縄ではいかない強敵たちもいて・・・・?
おっさんの神器はハズレではない
兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。
スター・スフィア-異世界冒険はお喋り宝石と共に-
黒河ハル
ファンタジー
——1つの星に1つの世界、1つの宙《そら》に無数の冒険——
帰り道に拾った蒼い石がなんか光りだして、なんか異世界に飛ばされた…。
しかもその石、喋るし、消えるし、食べるしでもう意味わからん!
そんな俺の気持ちなどおかまいなしに、突然黒いドラゴンが襲ってきて——
不思議な力を持った宝石たちを巡る、異世界『転移』物語!
星の命運を掛けた壮大なSFファンタジー!
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
おっさん、勇者召喚されるがつま弾き...だから、のんびりと冒険する事にした
あおアンドあお
ファンタジー
ギガン城と呼ばれる城の第一王女であるリコット王女が、他の世界に住む四人の男女を
自分の世界へと召喚した。
召喚された四人の事をリコット王女は勇者と呼び、この世界を魔王の手から救ってくれと
願いを託す。
しかしよく見ると、皆の希望の目線は、この俺...城川練矢(しろかわれんや)には、
全く向けられていなかった。
何故ならば、他の三人は若くてハリもある、十代半ばの少年と少女達であり、
将来性も期待性もバッチリであったが...
この城川練矢はどう見ても、しがないただの『おっさん』だったからである。
でもさ、いくらおっさんだからっていって、これはひどくないか?
だって、俺を召喚したリコット王女様、全く俺に目線を合わせてこないし...
周りの兵士や神官達も蔑視の目線は勿論のこと、隠しもしない罵詈雑言な言葉を
俺に投げてくる始末。
そして挙げ句の果てには、ニヤニヤと下卑た顔をして俺の事を『ニセ勇者』と
罵って蔑ろにしてきやがる...。
元の世界に帰りたくても、ある一定の魔力が必要らしく、その魔力が貯まるまで
最低、一年はかかるとの事だ。
こんな城に一年間も居たくない俺は、町の方でのんびり待とうと決め、この城から
出ようとした瞬間...
「ぐふふふ...残念だが、そういう訳にはいかないんだよ、おっさんっ!」
...と、蔑視し嘲笑ってくる兵士達から止められてしまうのだった。
※小説家になろう様でも掲載しています。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる