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8‐3 戻る記憶(後編)
しおりを挟む「メリッサ―」
呼びかけると、メリッサが何もないところからひょこっと顔を出す。壁が見えないと本当に異様な光景になるな。斜めに生首出てくるってちょっとしたホラーだぞ。
「セイジー、そっちはドアじゃないぞー」
「悪い。ドアの位置まで覚えてなかったわ」
「うっかりものだねー。それでー? その子はー?」
案の定というか、リュウエンは目を丸くしていた。正常な反応だ。
「詳しい話は中でしよう。リュウエン、おじちゃんについてきな」
言語の使い分けをして、メリッサとリュウエンに伝えてコンテナハウスの中に入る。リュウエンは驚き過ぎたのか返事もできない状態だったがしっかりついてきた。
なにはともあれ、まずは風呂。リュウエンは結構汚れているので治療前にすっきりさせる。脱がせてみると下着はつけておらず直に一枚着ているだけだった。
俺のことを信じ切っているのか服を脱がせたときも体を洗ってやっているときも無抵抗。ずっとぽかんとしておっかなびっくりという感じだった。
痩せ細っている上に怪我だらけ。かわいそうに思うと同時に胸糞悪くなる。
子供にこういう仕打ちをしている奴には痛い目に遭ってもらわんとな。
「あの、セイジさんは、魔法使いですか?」
リュウエンは湯船に浸かってようやく口を開いた。恐縮した様子で、俺の機嫌を損ねないようにしているのが見て取れる。そういう態度にまた胸が詰まる。
「いや、俺は魔法使いじゃない。魔力がないからな」
「でも、温かいお湯や、いい匂いのする泡が垢を流してくれました。僕は、僕は夢を見ているような気持ちです。セイジさんの魔法にかかったのかと……」
嗚咽混じりにそう言ってリュウエンが涙を流す。やはり辛かったのを我慢してきたようだ。それにしてもどうして俺はこういう健気な子供に巡り会うかね。
禁忌だなんだと気にするのは止めて、俺はリュウエンの頭を撫でた。
「現実だ。風呂から上がったら怪我を治療しよう。それから飯も食べよう。遠慮せずに腹いっぱい食べていいからな。なにも気にすることはないからな」
リュウエンは顔をくしゃくしゃにして嗚咽をもらし続けた。声を上げて泣かないのは、やっぱり男の子だからだろう。我慢するところがまたいじらしいんだよ。
おじさん涙腺ゆるゆるだから勘弁してくれ。
そう思いつつ、ぐっとこらえて風呂から上がる。
脱衣室に出てバスタオルでリュウエンの体を拭いていると、メリッサが扉を開けて顔を覗かせた。そしてリュウエンの体を見るなり眉を顰めた。
「セイジ、こりゃ一体どういうことなのかね?」
「見たままだ。虐待されてる。というか覗くなよ」
「覗きは許せー。んで、治療はするよね?」
「当たり前だ。虐待した奴も痛い目に遭わせてやる」
「へへっ、それでこそセイジだー」
「そういう訳でリュウエンの治療は頼む。俺は着替えたら合流する」
「まーかーさーれーたー。ほれ、おいでおいで」
まごつくリュウエンをメリッサに託し、俺は自分の体を拭く。腰にタオル巻いといてよかったわ。普通は男が覗くもんだろうがまったく。
メリッサは言葉が通じないのでリュウエンとの会話はできないが、そこはエレスの通訳がある。風呂に入る前に頼んであるので問題はないだろう。
着替えが済んで居間に向かうと、ソファにリュウエンが寝かされていた。麻の服は汚れていたので洗濯籠。今は俺の下着とメリッサのツナギを着せてある。
「ぶっかぶかだな。それよか何してんだ? 治療は済んだのか?」
目を閉じ眉間にしわを寄せたメリッサがリュウエンのこめかみを両手で挟むようにしている。リュウエンもまた同じく目を閉じ眉間にしわを寄せている。
二人とも汗が浮いていて、なんだか苦しそうに見える。
俺の側に慌てた様子でエレスが飛んでくる。顔の前で人差し指を立てていたので、俺は咄嗟に口を手で覆う。集中してるから黙れってことね。
【マスター、リュウエンの治療は滞りなく済みました。現在はメリッサがリュウエンの体内にある異質な魔力を探っているところです】
エレスいわく、メリッサに事情を説明したらこういう展開になったとか。通訳を介し、リュウエンには許可をもらっているとのこと。
【やはりメリッサは素晴らしいですね。異質な魔力が解けていきます】
「ただ探ってるだけじゃないのか?」
こそこそと小声で訊くと、エレスが頷いた。
【はい。メリッサは『リュウエンの中にパズルのようなものがある』と言っていました。私の感覚では絡まった糸玉のように感じられるのですけど】
「そりゃかなり複雑だな」
【そうなのですが、もう残り僅かとなっています。『この程度ならすぐ終わる』というのは本当だったようです。魔力操作に長けているのでしょう】
メリッサは優秀なメカニックだという話だからな。わからなくはない。魔力バッテリーや光弾変換装置も開発や修理には精密な魔力操作が必要なはずだから。
しかし、まさかこういうことにも能力が活かせるとは。
本当に連れてきてよかったわ。
やがてメリッサが肩の力を抜いて息を吐き、額の汗を拭った。
「おわたー。思ったより手ごわかったわー」
「お疲れさん。どういったものだったんだ?」
「こりゃ封印の類だねー。あと、ぽっかり抜けてるとこもあった」
「抜けてる? どういうことだ?」
「さてね? 本人に訊いてみるのが早いと思うけどー?」
リュウエンがむくりと半身を起こし、俺に顔を向けた。
顔つきがまるで違う。聡明さが増し目に強い光が宿っている。
「リュウエン、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です」
そう言うなり、リュウエンがソファの上で正座し軽く頭を下げた。
「セイジ殿、僕──いえ、私をお救い下さり深く感謝いたします。どうやら私はレイジェン皇国の皇帝だったようです。全てを思い出しました」
ほほう、そうきたか。なるほどな。
「メリッサ、ちょっと訊きたいんだが、この世界における皇帝というのは、いわゆる国のトップに立つ陛下と呼ばれる存在で間違いないよな?」
「そうだけどー? セイジの世界じゃ違うのかー?」
「いや、俺の世界でもそうだ。参ったなこりゃ」
風呂に入ったばっかりだってのに、俺はまた頭を掻いていた。
俺の目的は両親を捜すことなんだがなぁ。
ここに来てから厄介事ばっかり引き当ててる気がする。
四十二歳って厄年だっけか?
ああ、そうだそうだ大厄だったな。笑えねぇよちくしょう。
とりあえず、皆で美味しくご飯を食べた。厄介事は後回しだよ馬鹿野郎。
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