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4‐2 酒場にて(中編)
しおりを挟む「では、スープをお願いします」
そう伝えると粥があると言われた。宿場町に入った時点から雰囲気的に米がありそうだと思っていたので意外ではなかったが、それでも少しテンションが上がった。
「ああ、粥は有り難いですね。二日ほど水以外口にしていないので」
「それなら粥が一番ですな。ただその、今年は不作なもんでして、うちでは古米しか扱っておらんのです。それでも少々値が張るのですが」
「その小粒金で賄えないほどですか?」
「いえいえ滅相もない! この一粒で粥が二十杯は出せますよ!」
イルマが慌てて手の平を向けかぶりを振る。
興味深いな。どうやら否定の仕草も日本とそう大きく変わらないようだ。
首を縦に振るのが否定の意という場所もある。元の世界だと確かブルガリアだっけか。横に振ると肯定で日本とは真逆だったはず。うろ覚えだけど。
異文化交流はそういう部分で誤解が生じやすいからな。何が原因で荒事になるかわからんし、侮辱のサインなんかも早いうちに知っておきたいもんだ。
などと考えながら「では粥を一つお願いします」と笑顔で注文。イルマが奥に引っ込んだところで不自然にならない程度に店内を観察する。
まず広いよな。四五十帖はありそうだ。仕切りが少なくて席の間隔が狭いからプライバシーとかそういうのは完全に無視されてる感は否めないが。
壁際の掲示板付近にも人が結構いる。依頼書を剥がして受付に持っていく形か。それだけを目当てにしてる客もいるようで出入りはそれなりに激しい。
従業員はチャンパオ風の赤い服を着た女ばかりだ。二十代半ば辺りか。客のあしらい方を心得ている感じがする。尻を触られても冗談ぽく叩いて叱ったりとかな。
なんか昔の功夫映画に出てきそうな酒家の印象なんだよな。全てが木造で吹き抜けで、半端なとこに階段があるから店の端は二階の廊下が屋根になってて薄暗い。
二階は宿って話だったな。イルマが勧めてきたけど正直あんまり乗り気じゃないんだよな。昼過ぎだってのに思ったより賑わってて騒々しいんだこれが。
うるさいのもそうだが衛生面も気になる。なんかずっと仄かに臭いんだわ。トイレだろうなこれ。汲み取り式で、外に肥溜めがあって繋がってるんだと思う。
この世界に転生したならそういったものを使わざるを得ないが、俺は召喚された転移者だからな。それに拾ってくれたのは更に上の技術力を持つ輸送艦だった。
昨日まで高水準の衛生環境が整ってた中にいた身には結構きついんだよな。かといって部屋を取らないと不自然なのは間違いないってのがまた。
うーん、どうしたもんかねぇ。
つくづく思う。俺は旅を楽しめない器の小さい男だ。
思い悩んでいると、眼鏡をかけた柔和な顔立ちの青年が「相席よろしいですか?」と声をかけてきた。厚手の青いフードローブを着て先の湾曲した杖を持っている。
おいおい正気かよ暑くないのかよこいつ。こんな炎天下でどっかの魔法学校の生徒みたいな格好して。杖は違うけども。持ち歩くの邪魔そうだな。
む、それより相席か。
ついさっき確認したが、賑わっているとはいえ空席がちらほらある。荒っぽい印象の連中がいるテーブルだった。まぁそういう輩と比べれば声をかけるのは俺になるか。
仕方ない。受け入れよう。
「構いませんよ。どうぞ」
「ありがとうございます。では失礼しますね」
俺のいるテーブル席は二人掛けだ。声もかけずに席に着くような奴と相席になるよりこの青年に座ってもらった方がいいだろう。礼儀は弁えてるみたいだし。
「いやぁ、助かりましたよ。ついさっきダンジョンから戻ったばかりで。補給にきたんですが、なんだか柄が悪そうな人が多くて座る場所に困ってたんです」
「そうでしたか。ダンジョンで収穫はありました?」
軽い世間話のつもりだったが、青年が沈んだ顔でかぶりを振る。
「実は仲間とはぐれてしまって、探索どころじゃなくなってしまったんです。捜しはしたんですが見つけることができなくて、一度出てきたんですよ」
「それはまた、なんというか大変ですね」
「えぇ。弱ったことに、このお店で働いている子も一緒に行方が分からなくなってしまって。イルマさんに説明して依頼を出してもらったところです」
子供が行方不明だと?
鼻ほじりながら聞いてもおかしくないくらい他人事だったのに子供が絡んできたか。参ったなこりゃ。なんだって子供をダンジョンになんて連れて行くんだよ。
訊けば荷物持ちとしてついてきてもらったという。その子はイルマが拾った行き倒れの孤児で、オットーが料金を払い荷物持ちとして貸してもらったのだとか。
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