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第十話

映写室

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 泣くソニアをなだめすかしたノルトエフたちは、部屋を出て映写室へ続く廊下を歩いていた。先頭を歩くのはイグオルとラスコール。その後ろにシンとスカーレット。最後尾がノルトエフとイリーナ夫妻。イリーナは苦労したと言いたげに息をもらす。

「まったく、急に泣き出すから驚いたよ」
「ああ、どうしたんだろうな?」

 泣き疲れて眠るソニアを抱いたノルトエフが歩きながら言う。

「兄さんの護衛を見てたようだが……」
「そうなのか? シン、何かしたのか?」

 軽く振り向いて訊ねるラスコールにシンが「いえ?」と答え肩を竦める。

「怖かったんじゃないの? シンが」
「それは君だけかと」

 シンが隣を歩くスカーレットの耳元に囁く。スカーレットは小馬鹿にしたような顔と口調だったが赤面して俯く。屈辱を感じたのか唇を噛んでいた。

「この子はよくわかんないとこあるからねぇ」

 イリーナがソニアの寝顔をまじまじと見て指で軽く頬をつつく。それをノルトエフが「こらこら」と咎めつつ、イリーナからソニアを遠ざけるように体を捻る。

「ほっほ、おしどり夫婦じゃな」
「ええ、本当に」

 イグオルの言葉に微笑んで首肯したラスコールが表情を真面目なものにする。

「ところで、送信した内容については目を通していただけましたか?」

「もちろん。大変な事態になっとりますな。議長との話はどうなりましたかな?」

「デッカード元帥から各大将に軍の指揮権を委譲することで話は着きましたが、まだ行使されてはいない状態です。軍を掌握していたのはデッカード元帥ですので、証拠もなく動くと疑念と反発を招きかねないとのことで」

「遺体に残る映像次第ということですな」

 ソニアたちが軍施設を調査した日から一週間が経っていた。ラズグリッドに到着したのは昨日。ノエラートに立ち寄らず直行したが、やはり中央都市までは日数がかかった。道中で襲い掛かってきた不審な兵士たちは帰り道で捕縛し拘束した状態で連行した。現在はGS社の地下備品倉庫に監視付きで放り込んである。

 その兵士たちの中にはガルヴァン・デッカードの息子とカスケル・ベイスの息子がいた。連行中に尋問したが、ろくなことを話さずイリーナがブチ切れそうだったので危険を感じたノルトエフが中止した。

 既にデッカードの息子の身元は取引を行ったスカーレットが確認済みで、車を襲ったときの様子はノルトエフの車に搭載されたカメラで記録されている。

 それでも証拠としては弱かった。合議体はデッカードから偽装依頼書を見せられており、ラスコールの持ってきたノルトエフの調査報告や言い分について半信半疑の状態にあった。その際にスカーレットの行っていた横流しなどの不祥事も露見している為、ラスコールは現在謹慎中。合議体議長とのみ裏で連絡を取っている。

「妙な噂がなければ、それでも対応できたんじゃろうがなぁ」
「敵もただ手を拱いている訳ではないということでしょう」

 世間では軍事基地で起きた火災とその後の再建計画がラスコールの指示の元で行われたことになっていた。根拠もなく報道までされ、GS社の周辺やラスコールの邸宅周辺に取材陣が張り込んでいる。しかし、ラスコールもやられるばかりではない。それが誰の指示で行われたものかはシンが動いて突き止めていた。

 カスケル・ベイスとバイアレン・グッドスピード。シンはこの二人とガルヴァン・デッカードの三人が共謀関係にあることまで掴んでいた。

 やがて廊下を歩いていた面々は映写室に入った。整然と並べられた椅子に腰かけ、スクリーンに映し出されたヒノカの記憶映像を確認する。

「あ、こいつ捕まえた中にいたね」
「ああ。兄さん、確定だ。イグオルさん、この映像から静止画像は取れますか?」
「無論。この男で良いですかな?」

 イグオルが映写機を操作し、映像に映るカスケルの息子の顔をアップにする。

「ええ、この男がおそらくヒノカが遺した手紙にあるエマという少女を殺害した犯人でしょう。身元については不明ですが……」

 ノルトエフが言いながらラスコールを見る。ラスコールは頷き、シンに目を遣る。

「大丈夫です。しっかりと掴んでおりますので。あとは私にお任せいただければと」

「シン、誰なんだこいつは?」

「ノエラート斡旋所支部長カスケル・ベイス伯爵の御子息です。いえ、大変申し訳ありません。御子息ではなく、犬畜生にも劣るクズです。選民思想に染まった貴族主義者で平民相手に度々事件を起こしていますが、表には出ておりません」

 ラスコール、イリーナ、ノルトエフ、イグオルの四人が天井を仰ぎ見て溜息を吐く。

「斡旋所支部長が揉み消しとは……」

「一番駄目なやつだわ。実家のお義兄さんも関わってるって話だけどさぁ、どうなのそれ? お義父さんはお咎めなしって訳にはいかないよねぇ?」

「家督を戻す云々以前に爵位剥奪の後に取り潰しだろう。おそらく経営してる商会もな。なぁ兄さん、父さんと準男爵夫人はどうなる? 連座ってことはないよな?」

「安心しろ。俺が引き取る。お前の母親もな」

 ノルトエフが安堵の息をもらす。

「そうか、助かる。恩に着るよ」

「気にするな。しかし、馬鹿だとは思ってたがバイアレンの野郎……」

 項垂れたラスコールの肩に、ノルトエフは励ますように手を置いた。

 
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