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第九話

監獄街(1)

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 曇天模様の空の下、俺は巨大な門を前にして口をぽかんと開けて立っている。十年暮らしてきて初めて目にした。こんな大きな門があったのか。

 石造りの壁の中に設置された重厚な鉄の門。表面に赤錆が浮いているから鉄だろう。この世界の鉱物についても学ばないといけない。俺はわからないことが多すぎる。

 だけどそれを訊いたときラフィに言われた。

「イスカ、君が好奇心旺盛で知識欲が高いのは素晴らしいことだし、私も案内人として設定されている以上答えるのはやぶさかではないんだけれど、少し考えてみてほしい。それは本当に私に訊く必要のあることかい? 世間の人には案内人は付かないんだよ」と。

 この世界では学べる境遇を与えられる人も比較的少ないらしい。つまり俺のような物知らずの状態にある人の数の方が圧倒的に多いということだ。

 あれこれと不満をもらしてきたが、それが如何に贅沢なことなのかと今更ながらに気づかされる。訊けば教えてもらえる俺はその時点で遥かに優遇されているのだ。

 なにせ得られるのは正しい情報のみ。考えてみれば教育者が神の御使いっていうのは相当なことだ。色々と起きるおかしなことの一環として扱ってきたが有り得ている時点で奇跡。俺はその恩恵に当たり前のようにあずかっていた訳だ。

 美味い食事、安全な寝床、技能と言語の訓練。至れり尽くせりで申し訳ないという思いを抱いてはいたが、遠慮は一切しておらず、特に『情報をもらう』ということに関しては無遠慮が過ぎていたように思う。例えるなら、意志のあるスパコンに一桁の計算を延々やらせてきたようなものだ。スパコンだっていい加減うんざりするだろう。

 ラフィの言葉は『頼ってばかりいては情報収集能力の成長を阻害する』というようにも受け取れたので、調べられることは自分で調べようと思う。

 ラフィが衛兵と交渉している間、門の側で佇む。入街を望む来訪者は俺とラフィを含めて五人だけ。全員フードローブ姿でフードを被っている。女性も一人。慰問に訪れたのかもしれない。出入りする場所が場所だけに、顔を見られたくないのだろう。

 しかし驚いた。俺の生まれ育った監獄街の貧民区画は、どうもゴミ捨て場と呼ばれているようだ。門の側にある詰所で衛兵がそういう会話をしていた。

 ということは、そこに捨てられていた俺はゴミということだ。だがどちらかと言えばそんな場所に俺を捨てた親の方がゴミだと思う。ちくしょうめ。

 衛兵たちはそのゴミ捨て場に憂さ晴らしをしに行く相談をしていた。つまり俺が貧民区画で見た人狩りの正体はこいつらだった訳だ。へらへらと笑いながら話しているが、人を甚振って殺すのを当たり前の感覚にしている時点でこいつらもゴミだ。ゴミはゴミ捨て場に集積されるということか。本当にとんでもない場所で育ったもんだ。

 それはさておき、驚いたのは【気配遮断サインコントロール】の効果だ。これが相当なもので、気配を消すように意識すると誰にも気づかれることがない。ラフィから少し離れた場所に立っていただけで、驚くほどすんなりと第一関門を突破することができた。

 ちなみに気配を全開にして敵意を乗せると威圧効果もある。これは【気配解放サインリリース】の習得後に教えてもらって確認済みだ。鼠やトカゲは怯ませられた。
 ただし、知能が低く恐怖心のない相手や胆力のある者には逆効果。要は虫や自分より能力値の高い者には挑発として扱われ、引き寄せてしまうということだ。
 また、当然ながらそれ専門の技能である【威圧感プレッシャー】よりは効果が低いらしい。
 が、それを得る程の達人は一握りな上、技量次第では【気配制御サインコントロール】の気配最大化後の敵意でも十分に【威圧感プレッシャー】に張り合えるそうだ。

 結局のところ、当人の実力によって技能の優劣が左右されるということだろう。
 まぁ、そりゃそうだよな。レベル十の【威圧感】がレベル百の【気配制御】の威圧を捻じ伏せるとか、絶対に腑に落ちないもんな。努力も何もあったもんじゃない。

 レベルや技能だけでなく地力も大事な世界で良かった。
 でなきゃ俺の十年、何だったんだって話になるからな。

「なんか、かなり簡単でしたね。忍び込むって感じじゃないんですけど」

「それは私も【気配制御サインコントロール】を使っているからだよ。衛兵たちの意識をこちらに向けていたんだ。彼らもイスカの存在に気づけてはいるんだけど、人って意識を何かに集中すると希薄な物事は忘れてしまうんだよね。印象が薄いと見えていても見落とすんだよ。近いのは物を失くすときの感覚かな。印象の強い何かに気を取られて、どこに置いたかわからなくなる。でも失くした物の印象が薄いと、何を探しているのかもわからなくなる。それどころか探していることさえ忘れてしまう。ふとした拍子に思いだしたりするけど、そういうきっかけがなければ失くした物の存在にさえ気づけなくなるんだ」

 なるほど。確かにそうだ。小学生の頃、ランドセルを担いだことを忘れてランドセルを探している生徒を見たことがある。しかも友達と一緒にだ。二人には余程ランドセルの気配が希薄だったのだろう。散々探し回ってから教師に救いを求め、担いでいることを指摘され、気づいて皆で大爆笑。人とはそういうものなのかもしれない。

 自分の名前は忘れているのに、そんなことは覚えているなんてな。
 俺の名前も相当希薄だった模様。

 悲しくなりながら周囲を見渡す。監獄と言われていたので牢屋が並んでいるのかと思ったが、実際はそんなことはなく粗末な木造家屋が並んでいた。確かに格子窓は入っているがそれも木製。窓枠付近の壁を叩き壊せばすぐに外れそうに思える。

「これで牢獄の役目を果たせるんですかね?」
「んー、ここはあまりそういうの意味がないから。言ってしまえば流刑地だよ」
「ああ、そういうことですか」

 なんとなく察した。要するに、罪を犯した者を離れ小島に送り、監視を付けて本土に帰ってこれないようにしているだけで、生きようが死のうが知ったことではないという放置形式が取られているということだ。級で区画分けされているのは帰還の可能性の有無や身分での住み分けをさせる為だろう。

 しかし、特権階級ってどんな感じなんだろうか。映画で観た光景しか浮かんでこない。できれば関わり合いになりたくない類の人たちな気がする。

 偏見を抱えて第二関門も滞りなく通過。中級区画に入った。住居がそれなりにちゃんとしたものになっている。各家に小さな畑が与えられていて、家庭菜園らしきものもある。格子窓も消えており、普通に洋服を着た人が出歩いていた。
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